153 大敵
夕飯の後片付けをした後は、ガラハドの家を出て、リリーと一緒にオルロワール家を目指す。
この時間は静かだな。
それに、夜は冷える。
「エル。刀が光ってる……」
刀?
忘れてた。
これも光るのか。
「ロマーノで、太陽の神の力を得たんだ」
「ロマーノで?」
リリーに彩雲と逆虹を出して見せる。
そういえば、リリーはこれの名前を知らないんだっけ。
「これは彩雲。こっちは、逆虹。どっちも、太陽に縁のある名前だろ?」
暗がりだと、松明代わりになるぐらい光ってるな。
リリーが彩雲と逆虹を見て首を傾げる。
「これ作ったの、師匠じゃないよね?」
「良く解ったな。作ったのはアヤスギだけど、ルミエールに手入れしてもらったんだ」
「師匠が……」
太陽の神の力を得る条件だったからだけど。
名工の力を借りられて良かった。
オルロワール家に行って、ヴィエルジュの力を借りてアレクの所へ。
見慣れたバルコニーに降りて、部屋の中に入る。
「こんばんは。ロザリー、ライーザ」
「こんばんは」
ソファーに座って編み物をしていたロザリーが顔を上げる。
「エル、リリー。こんばんは」
横に居たライーザが頭を下げて、メイドの待機部屋へ行く。
「アレクは?」
「もうすぐ戻ると思いますよ」
忙しいな。
ちゃんと休んでるのか?
「ロザリー、何を作ってるの?」
「膝掛けです。以前、王妃様にお作りしたのですが、侍女にも同じものを贈りたいと仰られたので」
……王妃様が気にかけてくれてるのか。
正式に婚約者としてお披露目があった後は、貴族社会に入っていくことになる。王妃様が味方になってくれたら心強いだろう。
「エルロック様。バイオリンをお持ち致しました」
ライーザがバイオリンを持ってくる。
俺のバイオリンだ。
「良くわかったな」
バイオリンを取りに来たって。
「コーヒーをお淹れいたしましょうか」
「ん。頼むよ」
「かしこまりました」
せっかくだから、何か弾こう。
……ノクターン風レントにするかな。
バイオリンをケースから出して、音を出す。
調律済みだ。
このまま弾こう。
物悲しい旋律だけど。
包み込むように穏やかで優しい曲だ。
最後の長く伸びる一音に光が宿る。
拍手が聞こえて、顔を上げる。
「アレク」
気づかなかった。帰ってたのか。
「美しい音だったね。エルがバイオリンを続けていること、先生はお喜びになるんじゃないかな」
「会ったのか?」
「昨日、演奏しにいらっしゃっていたからね」
城に来てたのか。
バイオリンをケースに仕舞う。
「用件は、バイオリンだけかい」
「いや。封印の棺を一つ、持って行きたいんだ」
「封印の棺を?」
「リリーの案で、あいつと賭けをすることにした。あいつが勝ったら、封印を解いた棺を渡すって」
アレクが少し考えて、顔を上げる。
「そこまでして望むものは何だい」
賭けをするのは、決闘の果てに望むものが死ではない証拠だ。
ただ、この理由をアレクが納得してくれるかわからない。
「あいつに、ヴィエルジュに告白してもらう」
一拍おいて。
アレクが、腹を抱えて笑い出す。
……ある意味、その反応で安心したな。
「笑う前に、ちゃんと答えろ」
「いや……。うん。……あぁ、本当に」
だめだ。話にならない。
しばらく放っておこう。
リリーの方に行くと、ロザリーがアレクの方へ向かった。
ソファーに座って、まだ温かいコーヒーを飲む。
「アレクさん、どうして笑ってるの?」
「本人に聞け」
こうなったら、収まるまで手が付けられない。
アレクがロザリーの肩に頭を置いて、呼吸を整えてる。
「良いよ。……その案に乗ろう。……用意するのは、砂漠の棺」
もう少し落ちついてから話しても良いのに。
でも、持ち出せるのは砂漠の棺ぐらいだろうな。場所がばれてるのはもちろん、クレアが使ってない場所でもある。
「夜も遅いからね。私も行くよ」
「え?」
「今から取りに行くのか?」
「明後日には出発するのだし、今夜の内に終わらせておこう」
「別に、時間がかかることじゃないぞ」
棺を回収して封印を解くだけだ。どちらも月の渓谷にあるし、すぐに終わる。
「私が取れる時間もあまりないからね」
「アレク。出かけるなら、近衛騎士を連れて行くべきです」
「撫子の騎士が一緒だよ」
「リリーの主命はエルの護衛です。アレクの護衛ではありません」
「参ったな。……ライーザ、グリフを呼んでくれるかい」
「はい」
素直に聞くのか。ロザリーの言うこと。
っていうか、一緒に行くなんて言ってないのに。
「ロザリーの護衛はどうするんだ」
「ロニーが居るよ」
今の時間は、ロニーが専任してるのか。
……近衛騎士が足りてないな。ちゃんと増やさないと、ロザリーも出かけられないだろう。
ライーザに呼ばれたグリフが部屋に入って来る。
「どうしたんだ?」
「出かけるよ」
グリフがため息を吐く。
「大陸会議の間は、これだけにしてくれよ」
「グリフに頼むのは、今回だけにしよう」
今回だけって。
懲りないな。
ばれたら、もう勝手な外出は陛下が許さないだろ。
「その前に、ヴィエルジュに棺を運んでもらえるか聞いて来る。リリー、ヴィエルジュに頼んで来よう」
「うん」
ベランダに出て、ヴィエルジュの元へ。
「ヴィエルジュ」
「何だ」
「頼みがあるんだ。封印の棺の運搬を手伝って欲しい」
「良いだろう」
なんていうか。
協力的なのはありがたいけど、たまには疑ってかかっても良いんじゃないのか?
「砂漠で呼び出したら、来てくれるか?」
「可能だ」
「えっ?大丈夫なの?」
リリーが驚く。
砂漠は砂しかないように見えるけど……。
「砂漠にも植物はあるからな」
「あの地はかつて、植物が豊かにあった場所だ」
「……そっか」
過酷な土地とは言え、オアシスもあるし、植物も育つ。
「月の渓谷で呼び出して、封印の棺を回収し、その後、皆でここに戻って来る。棺はヴィエルジュが保管していてくれ」
「保管?どこかに運ぶのではないのか」
「運ぶよ。神の台座に。封印を解いた状態で」
ヴィエルジュが眉をしかめる。
「あの男に神の力を渡すなど、あってはならない」
アレクより、こっちの説得の方が面倒だったか。
「あのね、ヴィエルジュ。これは……」
ちょっと待て。
リリーの口を塞いで、耳元で小声で話す。
「今、話したら意味がないだろ」
あいつに言わせないと意味がない。
「俺たちは、この棺を賭けてあいつと交渉するつもりだ。交渉にはヴィエルジュも参加してもらう」
「交渉?そんなもの、あの男には無意味だ」
「俺たちは、意味があると思ってる」
「勇者に望まれているものは、そんなものではない」
聞く耳を持たないな。
『エル。リリーに任せてみたら?』
……イリス。
ヴィエルジュの気持ちには、リリーの方が寄り添えるか。
リリーから手を離す。
「あのね。これは、私たちが勝つ為に必要なことなの」
「勝つ為に?まさか、神の力を取り込むつもりか?神の力を取り込むことが出来るのは、あの男だけ。お前たちが中身を手に入れようとしたところで……」
「勘違いするな。俺たちは、中身が欲しいわけじゃない」
それに、人間が簡単に手に入れられる力じゃないことも知ってる。
「では、あの男に中身を明け渡そうと言うのか」
「そうじゃなくって……。私たちは、私たちが納得する方法であの人に勝ちたいの」
「戦いによる勝利とは、敵の死を意味するだろう」
「違う。私たちは、滅ぼす為に戦うんじゃない。取り戻す為に戦いたいの」
「取り戻す?」
「本来あるべき姿に」
それは、エイルリオンとジュレイドの目的。
ヴィエルジュが思案するように目を閉じる。
エイルリオンとジュレイドで、あいつを本来あるべき姿に戻したところで。あいつが力を得る方法なんて、いくらでもあることをヴィエルジュは知っているはずだ。
……でも同時に、エイルリオンとジュレイドで出来ることがそこまでなこともヴィエルジュは知っている。ヴィエルジュがあいつと戦う為の方法として二つの剣しか提示しなかったことを考えると、単純にあいつの死を望んでいるとは思えない。あいつに止めを刺すには、別の剣が必要不可欠だ。
……どう答えるかな。
ヴィエルジュが、ゆっくりと目を開いてこちらを見る。
「良いだろう。封印の棺は、私が神の台座へ運ぶ」
利害は一致した。
「ありがとう。ヴィエルジュ」
「ただし、神の台座のどこへでも運べるわけではない。運べるのは、すでに私の大樹がある場所だけだ」
「その場所、あいつは知ってるのか?」
「知っている」
「なら、問題ない。……俺たちは、これから転移の魔法陣で砂漠へ行く。月の渓谷で呼び出すから、待っててくれ」
「わかった」
ベランダから部屋に戻ると、アレクとグリフが厚手のマントを着ている。
砂漠に行くなら防寒対策は必要か。
「話は付いたのかい」
「あぁ。……リリー、防寒着は持ってるか?」
「大丈夫」
リリーが毛皮のマントを羽織る。
懐かしいな、それ。リリーがグラシアルで着てたやつだ。
俺は、せっかくだから炎脈のコートを着ていくか。
「行きはセントオ経由でコッロの魔法陣へ飛ぶ。ヴィエルジュを呼び出して封印の棺を預けたら、リリーが封印を解く。そして、皆でヴィエルジュと一緒に帰って来る」
「ん?それだけか?」
「そうだよ」
だから、わざわざアレクが行く必要なんてないんだけど。
ずっと城に居るし、たまには外に出たいのかもしれない。
アレクがロザリーの頬に触れる。
「行ってくるよ」
「はい。気を付けて」
アレクの部屋に魔法陣を描く。
「全員、手を繋いでくれ。セントオに飛ぶ」
※
懐かしい砂の匂い。
月の明かりも星の明かりもない冷え切った世界で、月の石がほのかに光を放っている。
「エル。先にヴィエルジュを呼び出してくれるかい」
慣れない土地は来るのに時間がかかるんだっけ?
「ヴィエルジュ。ここに来てくれ」
少しの間をおいて、暗い砂の地面から大樹が伸びる。
そして、いつものように大樹の洞が開いた。
これで準備は完了。
「じゃあ、封印の棺を……」
振り返ると同時に目の前で剣が閃いて、慌てて腰に差していたジュレイドを引き抜いて防ぐ。
アレクが顔に笑みを浮かべる。
「砂時計の砂が落ちるまでに私を倒してごらん」
視界の端に映ったのは、グリフが持っている砂時計。
紅茶用よりも大きい。乾燥パスタの茹で時間でも計るやつか?
「おいで」
マントを捨てて、アレクが飛ぶ。
場所は、月の渓谷の上。
「戦うの?エル」
……越えないと。
「行ってくる」
月の渓谷の上。
足元の月の石が淡く光を放ってる。
これだけの明かりがあれば、視界は充分だ。
アレクがサンゲタルを構える。
「エイルリオンは使わないのかい」
「余裕があったら使うよ」
気圧される。
アレクの強さは十分知ってる。
そして、サンゲタルが、アレクが一番信頼してる剣であることも。
本気で斬りに来るつもりだろう。
呼吸を整えて……。
ジュレイドをしっかりと左手で握って。
剣を構える。
「良い構えだね」
言うなり、アレクが俺に向かって駆けてくる。
初手は、突き。
上手くかわして次の一手を繰り出すのが定石だ。右手に?左手に?
だめだ。
違う。
どこに逃げても、素早く強烈な切り返しを浴びることになる。
一歩踏み出して。ジュレイドを振って、サンゲタルの刃の下に滑り込ませ、サンゲタルの軌道を上にずらしながらアレクの懐に入って、ジュレイドを……。
刃が何かにぶつかる音。
アレクがサンゲタルのガードにジュレイドの刃を当てて、軌道をずらしてきた。
そう簡単に入らせてはくれないか。
サンゲタルのガードに向かって力を入れて、反動を利用して一歩下がる。引き戻したジュレイドを、もう一度アレクに向かって刺すと、アレクが俺の剣を弾く。
強い。
でも、引かない。
アレクの剣先が向いてるのは左手。ジュレイドを手放して、右手で背負っているエイルリオンを抜いて、両手でアレクを斬る。
外した。外すことなんて考えられない距離で。
続けて薙ぎ払うと、エイルリオンがサンゲタルと交差した。
鍔迫り合い。
でも、力負けなんてしない。
お互いに弾いて、数歩引く。
「ジュレイド、来い」
エイルリオンを背に戻して召還すると、ジュレイドが左手に戻って来た。
今度は、こっちから。
ジュレイドを持って、アレクに向かって走る。
アレクと剣を交える時は、いつも稽古をつけてもらう側だった。
新しい技術を教わって、不要な癖を直されて。俺に向いた戦術も教わった。
だから、アレクは俺の戦い方を誰よりも知ってる。
……また、防がれた。
行動が読まれてる。
まだアレクの技術に追いつけていないし、アレクの強さも正確に把握できていない。
でも。
見えた。
いつものように弾かれる前に剣の向きを強引に変えて、ほんの少し空いた隙に向かって剣を刺す。
刃は空を切った……?
アレクが微笑む。
「素晴らしいね」
頬をかすめたらしい。
連続して突き刺したけど、逃げられた。追いかけたいけど、今のままじゃ勢いが足りずに返り討ちに合う。
落ち着いて、仕切り直し。
一撃一撃が重い。
受け流しているつもりでも、確実にこちらの体力を削ってくる。
でも、進まないと。
勝つ為に。
連続して防御した後、右手に抜ける。
アレクのがら空きの左側からジュレイドを思いきり振り上げると、アレクがサンゲタルで防ぐ。
けど、それは折り込み済み。
両手でジュレイドを持って、力ずくでサンゲタルを弾く。そして、アレクに向かってジュレイドを……。
この動き!
「……っ」
『エル!』
ジュレイドとサンゲタルが交差する。
俺がサンゲタルを弾いた瞬間、アレクは、リリーのように素早く一回転して。俺の攻撃を避けると同時に斬りつけてきた。
慌てて行動を修正したおかげで、何とか防げた。
……けど。
「時間だ。……惜しかったね」
今の攻撃。
本気のアレクなら、俺に攻撃が入っててもおかしくなかったんじゃないのか。
「本気だったよ」
「本当に?」
アレクが笑う。
「楽しかったよ。まさか、最後の一撃が入らなかったなんてね」
防げたのは、リリーのことを思い出したからだ。
アレクが、俺の頬に触れる。
「エルは強いよ。自分を信じて進めば良い」
信じて……。
「エル!」
リリーの声がして、振り返る。
砂の魔法で、ここまで飛んで来たのか。
手には、砂時計を持っている。
砂時計の時間通り。
リリーが俺たちの傍に来る。
「怪我してない?」
「してないよ」
出しっぱなしだったジュレイドを、鞘に納める。
結果は、引き分け。
でも、リリーが居たら勝てたかもしれない。
……こう思ったの、二度目だな。
顔を上げたところで、急によろけたアレクに頭をぶつけた。
アレク?
「アレクさん。ちゃんと言った方が良いと思う」
……何を?
「エル」
アレクに呼ばれて。
……抱きしめられた。
「私の元から離れないで」
それは……。
―遠くへ行っても、必ず帰って来ると約束して欲しい。
古い約束。
「約束しただろ?どこへ行っても、必ずここに帰るって」
「……そうだったね」
そんな顔、しなくても良いのに。
「アレク。もう一戦してくれ」
「時間だよ」
「決着なら、すぐにつく」
「えっ?」
エイルリオンを引き抜いた勢いでアレクに斬りかかろうとすると、アレクが数歩下がってサンゲタルを構える。
「リリー。手伝ってくれ」
「えっ?私っ?」
続けて、アレクに攻撃する。
「エイルリオンとジュレイドで斬る。攻撃の隙を作って」
「カート、コートニー。援護を」
『了解』
『わかった』
アレクの右手に払い抜けると、目の前で闇の精霊と光の精霊が顕現する。
「絶対に剣にぶつからないでね!」
言いながら、リリーが下段からアレクに向かって剣を斬り上げる。
『うるせー。んなもんに当たるかよ』
リュヌリアンが斬ったのは、闇の魔法がかかったアレクの影。
でも、そんなことはリリーも解ってるらしい。続けて繰り出した攻撃がアレクのサンゲタルに当たる。
エイルリオンをアレクに突き刺して、ジュレイドを……。
かわされた。
リリーがアレクを追って攻撃を繰り出したところで、光の魔法が目の前で煌めく。
急いで闇で覆ってリリーの視界を確保する。
……流石だな。リリーがアレクの攻撃を抑え込んでる。アレクの後方に回って……。
『後ろだ!』
ジュレイドを振ったけれど、アレクに当たらない。それどころか、こっちに向かって攻撃された。
「エル!」
いつも通りの、アレクのカウンター。
何度見ても簡単に避けられない。今日のはいつもより素早くて強烈だ。
攻撃を弾いた次の瞬間、ジュレイドがリリーのリュヌリアンと交差した。
なんで?
目の前に居るリリーと目が合う。
アレクは?
『上だ』
一瞬前に見えたアレクは、光の魔法の幻だったんだ。
飛んで追いかけると、下から砂の魔法を補助する砂嵐が舞う。
リリーの魔法だ。
飛ばされて、アレクと同じ宙へ。
ジュレイドを突き刺す。
届いた!
続けてエイルリオンで斬るけど、間に合わない。アレクのサンゲタルに叩かれた。片手じゃ力負けする……。
『アレク!避けろ!』
下から飛んできたリリーが、アレクのサンゲタルを弾く。
今だ!
ジュレイドとエイルリオンを突き刺す。
「……!」
『アレク!』
『アレク!』
リリーの腕を引いて、後方に下がって着地する。
目の前で、アレクが地面に落ちて。
「見事だ」
膝を付いた。
「アレク……?」
本来あるべき姿に戻す剣。
アレクには、何の影響もないはず……?
『アレク、』
『おい、大丈夫なんだろうな』
「大丈夫だよ。少し、目が痛む程度だ」
光の精霊が癒しの魔法を使ってるのは、アレクの瞳?
「アレクさん!」
リリーと一緒にアレクに駆け寄る。
「心配要らないよ」
アレクの菫の瞳から、血が流れてる。
それは、レイリスの……。
「エイルリオンを貸してくれるかい」
アレクにエイルリオンを渡す。
「何か変わるの?」
「エイルリオンには、持ち主を癒す効果があるんだ」
「そんな効果があるんだ」
他にも色んな効果がある剣だ。
「アレク。エイルリオンとジュレイドで斬られたらどうなるか、知ってたのか」
「まさか。でも、この剣が契約に干渉可能かどうかは気になっていたことだよ。結果として、契約を反故にするほどの影響はないことがわかった。異物である瞳に反応はしたが、レイリスとの意思疎通は可能だよ」
「そんなこと言ってる場合かよ」
アレクの肩を抱く。
……自力で起きていられないほど弱ってるじゃないか。
リリーがハンカチを出して、アレクの血を拭う。
もう血は流れ出ていない。出血は収まったか。
「痛くないですか?」
「大丈夫だよ。コートニーが癒してくれているからね」
いつも、アレクの傍に居る光の精霊。
闇の精霊は、カートか。
「俺に出来ることは?」
「下に運んでくれると嬉しいかな」
「容体が落ち着いてからだ」
「なら、グリフに連絡してくれるかい」
「あ。私、行ってきます」
リリーが走って行く。そっちは任せて大丈夫だろう。
アレクの瞼に触れる。
「心配しなくても、すぐに落ち着くよ」
「心配だよ。こんなアレクを置いて戦いになんて行けない」
アレクが笑って、菫の瞳を開く。
「私たちは、安心して送り出せるよ」
レイリス……。
「本当に?」
「もちろん」
アレクが立ち上がって、俺に手を差し伸べる。
「誰かに負けたのは、どれぐらいぶりかな」
アレクの手を取って、立ち上がる。
『実戦で負けたのは初めてだぞ』
『成人で負けたのは初めてだろう』
……本当に負けなしだったんだな。アレク。
「寄り道せずに帰って来るんだよ」
「どうかな。今回は欲しいものはないのか?」
「空が晴れるなら、文句はないよ」
雲で覆われた暗い空を見上げる。
「わかった。リリーと一緒に、虹を届けるよ」
アレクが微笑む。
「楽しみにしているよ。さぁ、封印の棺を運ぼうか」
そうだった。
※
月の渓谷にある封印の棺を、リリーと一緒にヴィエルジュの大樹の中へ運ぶ。
「エル、もっと奥の方に入れられる?アレクさんの精霊が触れたら大変みたい」
「そうだな」
アレクが連れてる王家の精霊は、アレクとは契約していない。
「ヴィエルジュ、もう少し広げられるか?」
「可能だ」
空間が広がった。
中に入って、ヴィエルジュの左側に封印の棺を押し付ける。
この辺で良いだろう。
「これから封印を解くから、開けないように気を付けてくれ」
「わかった」
外へ出る。
「リリー。封印を解こう」
「えっ?あの……」
「ちゃんと教えるよ。魔法陣の中央に立ってくれ」
「うん」
リリーが魔法陣の中央に立つ。
「魔法陣が消えるイメージをしながら、スタンピタ・ディスペーリって唱えてくれ」
頷いて、リリーが両手を組む。
「スタンピタ・ディスペーリ」
封印解除。
砂の上に描かれた魔法陣が光り輝き、魔法陣に描かれた記号が浮かび上がる。
そして、正しい配列に形を変えると、眩しい光を放って、消えた。
「これで、終わり?」
「あぁ」
これで、封印の棺の封印は解かれた。
「帰るぞ。俺は封印の棺の傍に居るから、リリーは入口の方で、アレクの精霊を守ってやってくれ」
「わかった」
大樹の奥、封印の棺の横に座る。
「お前らも、俺から出るなよ」
『了解』
『もちろんよ』
『一緒に居れば大丈夫なんだよね?』
『あぁ』
『そぉねぇ』
『大丈夫だよー』
続いて、グリフとアレク、そして、リリーも来た。
「皆、私の前に居てね」
リリーが宙に向かって話しかけている。
アレクの精霊とも仲が良いのかもしれないな。
「エル。皆、揃ったよ」
「ん。じゃあ、ヴィエルジュ、アレクの部屋に戻ってくれ」
「わかった。では、転移する」
大樹の洞が閉じて。
転移する。
アレクの部屋のベランダに到着。
リリーを先頭に、アレクとグリフも外に出る。
精霊も無事に出たかな。
残ったのは、俺とヴィエルジュだけ。
「ヴィエルジュ」
「何だ」
―エルロック。お前は、今の世界が好きか?
「ヴィエルジュは、今の世界が好きか?」
ヴィエルジュが望むのは……?
「失われて良かったと思うものなど一つもない」
過去。
「それは、今の世界も同じ」
現在。
「私は、すべての世界を等しく愛おしく思う」
短い寿命を繰り返すだけの生き物には、到底、理解できないぐらい長い時を見てきた存在。
神が。精霊が、ヴィエルジュが、時を越えて世界を大切にし続けてくれたから、今の世界がある。
でも。
もう、そんな義務はない。
「あいつが世界を壊す気なら、俺は必ずあいつを止める。あいつと戦うことは、勇者として選ばれた俺たちの役目だ。でも、ヴィエルジュの役目じゃない。……だから、自由になってくれ」
「自由?」
「レイリスは言ってたぞ。精霊は消えゆく種族で、だから今は自由に生きられるんだって。ヴィエルジュだってそうだ。初めから何にも縛られてなんかいない。自分で考えて、好きに選べる」
「そんなわけにはいかない」
「まだ、人間が誰かに守られなければ生きられない弱い存在だと思ってるのか?あいつは、神を越えた。今度は、俺たちがあいつを越える。導く存在なんかなくても、力なんてなくても。俺たちは生きていける」
だから。
自分の意思で、選んで。
「エル」
リリーが大樹の洞からこちらを覗く。
「バイオリン持ってきたよ。このまま帰る?」
「そうだな。帰ろう」
リリーの手を引いて、大樹の中に入れる。
「ヴィエルジュ、オルロワール家に行ってくれ」
「……わかった」
※
ヴィエルジュにオルロワール家まで連れて行ってもらって、そこからガラハドの屋敷に戻る。
遅くまで帰りを待ってくれていたブリジットに礼を言って、部屋へ。
「今日は疲れたね」
リリーが大きく伸びをする。
「そうだな」
でも、手ごたえのある戦いが出来た。
あいつの戦術も剣技も正確に把握出来ていないけど、リリーと一緒なら、勝負が出来る。
急に、リリーが俺の頬をつつく。
リリーの方を見ると、リリーが笑った。
「いつも、エルがしてくるから」
あれは、膨らんだ頬が可愛いからしてるんだけど。
リリーを抱き寄せて、頬に触れてキスをする。
「ありがとう、リリー。一緒に戦ってくれて」
応えて。
「ありがとう、エル。信頼してくれて」
ずっと、わかっていたことだった。
リリーの強さは。
でも、ずっと自分の力で守りたいと思っていた。
失うのが怖くて。
でも今は、心から思える。
リリーは俺に守られる必要なんてないぐらい強い。
自分の意思を通して、自力で突き進める。
だから。
「愛してる。リリー」
「愛してる。エル」
一緒に進めるって。
心から信じられる。




