2.胡蝶の夢
もう、夕方?
茜色の闘技場の中央で、アレクさんがエイルリオンを持って立っている。
アレクさんがエイルリオンから手を離すと、エイルリオンが刃を下にした状態で浮く。
「聖母ヴィエルジュよ。アークトゥルスの契約代行者、アレクシス・サダルスウドの名の元に、契約の終了を宣言する。エイルリオンをその御手に返還し、エイルリオンと共に在った、すべての精霊の解放を願う」
契約、終了?
急に立っている場所が揺れて、思わず膝を突く。
地面から現れた輝く蔦がエイルリオンに絡まって、花を咲かせる。
あの姿は、剣花の紋章。
蔦がエイルリオンの全身を覆うと、光を放って…。消えた?
消えると同時に揺れも収まる。
「さぁ、これで因縁も消えた。・ェ・・ュ・・。私は完全に人間が支配する、人間の為の世界を創ることを約束しよう」
アレクさん…?
どういうこと?
アレクさんが、宙に向かって手を伸ばす。
「アレク!だめだ」
エルがアレクさんの傍に駆け付ける。
そして…。
サンゲタルが。
エルの、体を…。
『エル!』
「エルっ!」
嘘だ。
アレクさんが崩れるエルの体を掴んで、その剣を抜く。
走って。
走って、そのままリュヌリアンを振る。
けど、血を流すエルを盾にされて動きを止める。
「嘘って、言って」
碧眼と、不自然に閉じる片目。
そこにはレイリスとの契約の証であるはずの菫の瞳がない。
「嘘じゃないよ」
嘘だ。
これは、夢に違いない。
※
体の震えが止まらない。
「リリー?」
すぐそばで、大切な人の声が聞こえて抱き着く。
鼓動の音。
金色の光。
「エル…」
生きてる。
エルが私を抱えて、膝の上に乗せる。
「また、変な夢でも見たのか」
「…うん」
エルが私を強く抱きしめる。
「俺が死ぬ夢?」
「…うん」
どうして、こんな夢ばかり見るんだろう。
しかも、まだ夢の感覚が全部残ってる。
「死なないよ」
その言葉がどれだけ当てにならないか、エルはわかってない。
「何か飲むか?」
「こうしていて」
離れるのが、不安だから。
エルが私の髪を撫でる。
窓から、茜色の光が射しこむ。
…夕方?
「私、いつから寝てたの?」
「…終わった後から」
「終わった後?」
「ランチも食べずに寝たんだよ」
エルが私のおでこを指で突く。
ここ、ソファーの上だ。
いつの間にか着替えてる。
これ、前にライーザさんが用意してくれた服の一つだよね。
足元にはマントが落ちてる。エルが私にかけてくれていたのかな。
テーブルの上には、フードカバー。
急に、お腹が鳴ってエルが笑う。
「コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「コーヒー」
「了解」
エルが私を膝から降ろして、コーヒーの準備をしに行く。
『リリー、大丈夫?かなり、うなされていたみたいだけど』
「大丈夫だよ」
うなされてたから、エルが起こしてくれたのかな。
足元にあった靴を履いて、テーブルの傍に行く。
脱ぎっぱなしだった鎧も片付いているし、テーブルも寝る前とは違う。
きっと、私が寝てる間にライーザさんが来たんだ。
「簡単なものしかないけど」
フードカバーの下にあったのは、ランチと言うよりはお菓子。
クリームや果物が飾ってあるものを取って食べる。
「美味しい」
これ、サヴァランだ。シロップが生地に染み込んでて美味しい。
「どうぞ」
エルが私の前にコーヒーを置く。
良い匂い。
あたたかい飲み物が体に染みわたって、体が目覚める。
…やっぱり、さっきのは夢だよね。
アレクさんがエルを攻撃するなんてあり得ない。
あれだけエルを大切にしている人が…。
でも、アレクさんの瞳が消えたことは妙にリアルだった。
レイリスとアレクさんの契約は、エルを守ること。
アレクさんが契約違反をした結果、レイリスとの契約が解除されて瞳が消えたんだ。
片目のない人間なんて見たことがないのに、あの不自然な瞼の閉じ方が忘れられない。
本当に、夢?
立ったままコーヒーを飲んでいるエルを見上げる。
「ん?」
今が夢だったら、どうしよう。
エルが私の口元を舐める。
「…甘い」
「甘い?」
「クリームがついてたから」
エルが私の口にキスをする。
「美味しい」
「…ばか」
「髪、結ばないとな。いつもので良い?」
「うん」
エルが私の髪を撫でる。
「食べ終わったら、外の様子を見に行ってみようぜ」
ここは闘技場で。
今は、夢と同じ夕方だ。
…どうか。何も起こりませんように。




