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第二章 虚構と現実 1

Σ-type


 中野は今、目の前に広がる光景をうまく認識できず、かなり混乱していた。SFのように空想のような科学実験中、得体の知れないものが飛び出し、襲い掛かってきたのだ。幼稚な発想ではあったが、一種の夢でも見たのだろうという一方的な誤信をしそうになっていた。

 ――ありえない。まさかそんな……俺は何を撃ったんだ。モヤじゃないのか。危険な存在じゃないのか。こいつは、これじゃまるで――

 その時、中野の前にはまたもありえない光景が広がった。ただコンピューターの動作音が響く制御室で、幾人もモヤに包まれて倒れた人々が、高谷たちが皆ゆっくり立ち上がったのだ。誰もが状況を飲み込めておらず、うすら呆けたような表情でゆっくりと立ち上がりだしたのだ。

 一見、当然のような大地震後の光景のように思えた。だが中野の目には確かに異質なものが映っていた。ありえない、現実とは思えない光景が眼前に広がっていたのだ。

 皆がゆっくりと意識を回復させ、高谷もその中にいた。何が起こったのか現状を把握できず、思考を止めることなくも、辺りを見回して現状を認識しようとしてた。

「これはどういう事だ? 実験中に何が……おい、君! なぜ銃を向けて……まて、その足元に倒れているのは誰だ! 君はどうしたんだいったい!」

 中野は激しく混乱した。喋りかけてきたのだ。高谷のように見えるソレが。現状では、どうみても高谷たち科学者や関係者であった。だが中野には違った。ソレは得体の知れない、中野を襲った存在に違いないのだ。

「君は何か知っているのか? だったら」

「近づくな化け物!」

「化け物? 君は何をいって……」

 それが高谷の、高谷と思われる存在の最後の言葉だった。次の言葉を発する為の空気を肺が吸い込む前に、中野の持つM9から発せられた弾丸が皮膚を焼き、肺を貫通し、背中を破裂させていた。周りの者たちも同様、シャワーのように噴出した弾丸が体を貫通し、血しぶきを吹かせる前に絶命へと追い込んだ。弾丸は人体など何の抵抗にもなっていないかのように貫通し、後ろに張り巡らされた強化ガラスを蜘蛛の巣状に割った。

 一斉に多くの人がその場で崩れ落ちた。それから忘れていたかのように体から赤い液体を流し始めていた。狭い部屋が鉄分を含み臭わせる。咽返るようなその場で、中野は過呼吸になりそうなほど早く肺を動かした。心臓が止まってしまうのではないかと思えるほどに動き、それが中野を苦しめた。

 だが、中野は決して狂ってはいなかった。冷静に、慎重に事を運んだのだ。それくらい確信があったのだ。奴らは違うと。

 中野は辺りを見回し、そして足元に転がる最初に現れたソレをもう一度見た。ソレはもはや動かず、だが確実に異常を知らしめていた。足元に転がっていたソレは、明らかに中野の顔をしていた。また、高谷たちの格好をしたソレらの遺体の後ろには、確かに気絶したまま無傷で横たわる高谷たち本人が存在していたのだ。

 ――なぜ同じ人間が二人いる? あのモヤが化けたのか? 夢じゃないはずだ。この臭い、銃撃後の手に残る痺れ、確実に現実だ。じゃあ一体何が起こったんだ。確かにあのモヤは飛び出した。それも半端な数ではなかった。こいつはやばいかもしれん。

 中野だけが覆われた膜の中で唯一、現状を把握しようとしていた。それを伝える為に、ゆっくりと首謀者である高谷へと近づいていった。







α-type


 かすかに回復した聴覚は、地震があったことなど嘘かのように夏を連想させる蝉の鳴き声を認識していた。恭介は自身がアスファルトに倒れている事に気が付き、ゆっくり辺りを見回した。山道の木々は折れ、折り重なるように連なっている。足元のアスファルトは割れ、所々に隆起や陥没を見せている。それらの現状がすぐさま恭介に危機感を募らせた。恭介は危機感からすぐに立ち上がって走り出し、町を見下ろせる森林の裂け目まで行き、見た。

 多くの住宅が倒壊し、魂が抜け出すかのように黒い煙を放出している。遠くの繁華街では崩れかけ、また倒壊したビル群がうっすら見えた。その光景は恭介の危機感を現実的な恐怖感へ変化させるのにさしたる時間をかけなかった。脳裏に仲間の安否がよぎる。どうすべきか、誰がどこにいるかもわからず行動すべきなのか、恭介は少し迷い、気が付いた。

「そうだ、携帯があるじゃないか!」

 そうつぶやき、慌ててズボンのポケットに手を突っ込んでスライド式の携帯電話を取り出した。すぐに着信履歴を開き、一番上にあった智恵の番号をリダイアルした。恭介の中では一番電話に出る確率の高いのは智恵だった。以前メールを一日に行なう回数を聞いて驚いたのを場違いに思い出した。

 しかし、携帯電話は智恵に繋がることはなく、数回のコールの後に電波と電源の切断を告げる機械音を耳に届けるだけだった。

「ちくしょう、どうなってんだ!」

 その後、賢児、遥、優一と次々に電話をしたが、全てが同じく虚しい機械音を響かせるだけだった。恭介は焦り、混乱していた。そして気が付いた。携帯の電波が圏外になっていることに。

「くそっ! くそっ!!」

 恭介は携帯電話を地面に叩きつけようと衝動的に腕を振り上げ、思いとどまってまたポケットにしまった。これで連絡手段はない。町へ確認しに行くべきだ。恭介はすぐに割れたアスファルトの広がる山道へもどり、町へ下るために駆け出そうとした。

 だが恭介は走り出さず、その場で足を止めた。

 ――なにがあっても秘密基地へ……そうだよな

 眼前には厳しい下りの道と、先の見えない上りの道が広がっていた。恭介は振り返えり、迷うことなく上りの道を駆けた。恭介には仲間が全てだった。家族は町におらず、帰る家も初めからなかった。恭介の行くべき場所は秘密基地だった。

 恭介はそう判断した。だが、もう一つの選択肢もあった。それはパラレルワールドだった。もし、あのとき町に走り出していたら。実際ならそれは単なる妄想に過ぎない。だが確かに世界は繋がったのだ。膜を隔てて隣接していた全く同じ時間の流れをたどるもう一つの世界と。







β-type


 恭介が秘密基地に向かってから数分後、恭介にぶつかったモヤは徐々に人型の形を形成してゆき、最終的には、つい先ほどまで恭介が置かれていた状況と同じ形でモヤはアスファルトに倒れていた。

 ソレは聴覚から蝉の音を認識し、視覚は歪んだ木々を捉えていた。それらの現状をようやく認識し始めたソレは、初めて町が危機的な状況になっているのではと思い立った。そして同時に走り、先ほど恭介が町を見下ろしていた森林の裂け目までいき、見た。

 ソレは眼前に広がる光景をただ呆然と眺め、足を震わせ、冷や汗が頬をつたっているのを認識できずにいた。

 すぐに仲間の安否が気がかりになり、ソレは何のためらいもなく走り出していた。森林を抜け、アスファルトの広がる山道へと戻り、一度も秘密基地へ繋がる上りの道を見ることなく険しく下る道を走っていった。

 ソレは何も考えられず、ただ仲間のことを思った。皆の安否を気遣い、仲間の置かれている中での最悪の想像を脳内で構築しては書き消しながら、ただ走った。

 ソレはモヤだった。確かにRT-1から出てきた存在だった。だがソレは恭介だった。間違いなく仲間思いで、仲間の為ならどのような無茶でもする恭介だった。秘密基地へ向かって仲間を信頼して待つのも恭介ならするだろう。でも仲間のために動いたのも、間違いなく恭介なのだ。その時点でソレはソレでは無くなった。この閉鎖されてしまった空間には、間違いなく恭介が二人いた。


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