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第一章 日常の憂鬱と崩壊 4

 高谷達がRT-1を稼動させる少し前、緩やかな傾斜の坂道を、恭介は汗を流しながら急ぎ足で登った。それなりに重大な理由があった。それは上昇し続ける夏の気温を和らげるため、あるいは流れるような景色が好きだからであり……いや、そうじゃない。ただ生まれながらのスピード狂なのさ――。恭介は自分に言い聞かせていた。

 原因は遅刻の副産物である。それは仲間内での鉄則である。裏切りは罰金という制度に基づいての焦りで、つまりはまだ高校一年に成り立ての人間には、遅刻も裏切りにカウントされる理不尽な鉄則に順ずる罰金が痛すぎるのである。

 それらの心情が、三十度を越える暑さから湧き出す汗とは違う、一種の冷や汗を恭介の頬から滴り落とさせていた。

 焦りを抱きながらも、恭介は軽快に目的地である秘密基地が建つ丘へと進んでいく。秘密基地のある丘は住宅街を抜けた街の真東にあるため、山岳に囲まれているせいか、やたらと坂の多い道のりを通らなくてはならない。

 それでもずっと産まれ育った地元であり、数ある地元民御用達の裏道を進めば苦労はそんなにない。恭介は、このまま行けばなんとか集合時間には間に合いそうだという確信と安心を得たため、歩く足に体力を使いつつも、仲間達との再開に心を弾ませていた。

 そしてようやく住宅街を抜け、あとは丘まで緑豊かな山道を行くだけとなった時、恭介は周りの僅かな異変に気が付く。

 それはほんの小さな揺れであった。周りの伸びきった雑草が、風の力とは別の物によって左右に振られ、木々も葉を騒がしくない程度に鳴らしている。

「地震……か?」

 恭介は靴の下から伝わる振動を確かめた。それは徐々にだが大きくなっていた。手で熱く熱せられたアスファルトを触ってみる。 すぐに収まる。恭介はそう考えていた。だが地震はそのまま大きくなっていき、ついに立っているのも困難な震動へと変わっていった。

「こっこれはまずいだろっ!」

 恭介はそう叫びながら立っていることも出来ず、頭を両手で抱える形を取りつつ、太陽光で熱くなった灰色のアスファルトにしゃがみ込んだ。

 でか過ぎる! これは……賢児、優一、晃、智恵、遥! 皆――

 恭介は体験した事の無い地震で混乱していた。

 耳に届く木々の撓る音、地面を割る地鳴り、近くの電柱が倒れる。それらの原因である地震の中で、恭介はただ揺れが収まるのを願う。


――?――


 確かに酷い振動であり、それは極めて非常であった。あったのだが、恭介はその非常な中で奇妙な光景を見ていた。

 始めは遠くの方、山道の先が歪んで見え、それは陽炎とでも言える現象にすぎなかった。だがその陽炎が視界に映る全ての風景を歪ませている事は、巨大な地震に匹敵する非常な事だった。木々は弓のように曲がり、恭介の横に倒れる電柱はクラップにされたかのようにさえ見えた。

「なん……だ? こ……れ、おかし……いんじゃ……」

 陽炎が恭介をも飲み込み、恭介はその場で自身が瞬間的に落下したような、上空に振り飛ばされたような感覚に襲われた。かすかな感覚は視覚で、最も遠くにあり巨大な施設を捕らえる。同時に何かがいっせいにRT-1から噴出したのを恭介は見た。

 未体験の状況の中で恭介は、圧倒的な悪寒、不明慮な最悪の想像をせざるおえなかった。その不明慮さがなんなのかを恭介が実際に視界で捕らえたとき、モヤは恭介へ衝突し、恭介の意識はゆっくりと遠のいていった。







 同時刻、繁華街を基地に向かって歩いていた賢児の足元で、微かな振動が起こり始め、次の瞬間には莫大なエネルギーが地面から放出された。

「じ、地震?」

 突然の揺れに辺りは騒然となり、賢児は慌てて人波から離れ、近くに設置されていた車両進入禁止の標識を掲げる鉄パイプを握り締めた。その揺れは凄まじく、街並みのショーウィンドーが激しく砕け散り、どこかで建物が倒壊する轟音さえ聞こえてくる。人々は慌て、かなりがパニックに陥っていた。

 強烈な地震の中、賢児は鉄パイプを握り締めながら、不思議な物体の出現を山岳の頂上辺りで目にした。

「あれはなんだ? か……壁?」

 それは突然、緑が連なる山岳沿いに出現した。賢児のいる繁華街から山岳部までの距離はかなりあるので、その連なる壁の大きさは相当なものである事が賢児にはわかった。壁は薄い膜のようなもので、オーロラのようでもあった。幕はゆっくり町を包み込み、ドーム状に覆い被さっていった。

 なんだありゃ、あれが地震の原因なのか――賢児はそう直感した。

 その直後、陽炎のような歪みが辺りを包み込み、それを賢児が感じたと同時に、背後から何かがぶつかる衝撃を感じて、気を失い鉄パイプにうなだれる形で崩れ落ちた。







 智恵は賢児と同じ繁華街のさらに中心で、その体験したことの無い地震に巻き込まれていた。デパートの等間隔で設置された蛍光灯が光を失い、店内は星の無い夜のように闇が支配する。騒然となる人々、逃げ惑い、ぶつかりながら己の保身のみに意識が集中してしまっているための混乱。闇は恐怖のみを意識から抽出するかのようだった。

 智恵も同じである。RT-1がもたらしたブラックホールの吸引によって引き起こされた事象であることなど知るよしも無く、ただ地震が収まるのを座り込み、無心で待つほか無かった。

 新しい建築物であるにもかかわらず鉄筋は歪み、コンクリートは剥がれ落ちて人々を襲った。エレベーターは停止し、階段は瓦礫に埋もれ、エスカレーターはその機関ごと崩落する。粉塵が巻き起こり闇と穢れた空気は絶望を生み出すのに数秒と時間を掛けない。

 智恵は無心でいることさえ出来ず、ただ子供のように心の中で叫んだ。

 ――助けて! 助けて! たすけて! たすけて! タスケテ……タス…………

 智恵はモヤに襲われるまでも無く気を失った。同時に頭上から沢山のコンクリート片が降り注ぐ。







 遥は子供たちを助けるのに必死だった。

 ――なんとか子供たちだけでも!

 その気持ちに偽りはなかった。圧倒的な揺れは人のバランス感覚を奪う。だが遥は子供を抱えてはホームの外へ連れ出し、また抱えては外へ、を繰り返した。この状況の中で、遥は自身が死ぬかもしれないという現実を受け入れている自分に気が付く。

 泣き叫び、ただ動かずにいる子供達を一人でも助けたかった。遥は自分が嫌いだったが、初めて好きになるにはどうすればいいのか、この状況で気が付いた。

 捨てられてホームに来たのではないという汚れた自負心は、自分だけが分かるもので、その辛さを知っている。ならばその自負心を子供たちが汚れずに持てるよう、自分が本当の母親のようになってあげればいいのだと。誰も捨てられてなどいない。

 ――私は一人も捨てない!

 遥は最後まで子供を外まで運び続けた。汚れた自負心の塊とも言えるホームが倒壊するその時まで。






 優一は豪雨のように落ちてくる本を避けながら何とか逃げ延びていた。この未体験の災害の最中でも、優一は冷静に現状を分析できた。

 地震として何かがおかしい。感覚的に、実証的に。そもそもこの地域は地震のあまり多くない土地であり山岳も火山ではないのだ。それに揺れが妙である。どちらかといえば地面が揺れているというより空気が、空間が振動しているような感覚だった。整備されていない荒地を走る車の車内のように。そう考えていた。

 直感的に優一は真実の的を射る寸前まで行った。

 ――たしかRT-1は核エネルギーを利用した加速器だったはずで、現在はブラックーホールの生成を行なっているはずだ。ならば、まさか核が! メルトダウンか!

 そこまで考えて、優一の思考は停止した。本棚で詰まった壁際を歩いていた優一の頭上から絞めすぎたボトルをこじ開けたような軋む音がし、その瞬間には優一の何倍はあろうかというコンクリートの天井が落下した。







 晃は地震の原因を直接その目で見た。それは偶然の出来事であったのか、それとも必然であったのか。答えはわからない。ただ、晃はそれを望み、誰かが叶えたのだ。

 晃は何となく笑ってみた。声には出さず、感情も無く、ただ笑ってみた。視線の先にはRT-1から漏れ出し、広がっていく一瞬の闇と、町をドーム状に包み込む膜があった。その光景はひどく美しく、晃の心を強く揺り動かした。現在足元で放出されている地震の揺れよりもはるかに強く。

 ――本当になんでもうまく行く。これだからつまらないんだ。だが、今回のは中々面白そうではあるな……

 晃は年齢には似つかわしくないほどの精巧なギミックで稼動する腕時計へ視線を落とした。凄まじい大地震。倒壊する建築物。逃げ惑い、そして絶命する人々。もう間も無く全ての人が襲われたモヤがやってくるだろう。だが、町がそのような状態にある中で晃は、冷静に、普通に、当然の如く思った。

 ――もうすぐ恭介との約束の時間だ。


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