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第一章 日常の憂鬱と崩壊 2

 暗がりの建築物内では、今まさに産声を上げようとするかのようにRT-1の制御をつかさどる最新鋭の大型コンピュータが唸りを上げていた。稼動の知らせを告げる無数のLEDが夏夜の星々のように、美しく輝き放っていく。陽電子を放つための機構がピストン運動を繰り返し、それがカウントダウンのように徐々にスピードを増してゆく。それらの光景を最上層にある強化ガラス越しの制御室から眺めていた関係者は、それぞれが一様に興奮と不安に包まれていた。

 高谷はその中で世紀の一瞬を待ち、大型コンピュータを操作する研究員に科学の最先端の先を垣間見るため号令を下した。

「RT-1を稼動させる。実験結果の観測と蓄積を怠るな。超マイクロブラックホールが生成されるのは一瞬だ」

 その声を受けた研究員は制御室から核管理室に対して信号を送る。壁に一番大きく設置されている回転灯が赤い光を部屋中に拡散させた。耳に危機感と警告を促すようなサイレンが施設内に響き、誰しもが足を止めた。

 中野は配置で偶然高谷たちと同じ制御室を命じられ、同じ場でその音を聞いていた。一番多くの配置先は生成器から直線一キロの場に待機となっていたから、当たりではあった。誰しもが緊張に襲われている中、中野は興味なく仕事をこなしていた。これが終わったらタバコにビールで決まりだと思っていた。中野は冗談のつもりで、あるいは幼少の頃からあった危機察知能力の高さから、強化ガラス越しに重い銃器を自然と構えた。

 RT-1は数キロにも及ぶ巨大な施設を、陽電子と電子が衝突するまで凄まじい加速をさせた。そして生成ポイントにて莫大な高エネルギーが発生し、混ざり合い、三次元構造である空間に、時間を加える四次元を瞬間的に狂わせた。この事象を観測した大型コンピュータは計測での時間を奪われ、エラー表示を制御室にあるディスプレイに表示させた。

 関係者たちは一様に不安を表し、心に誰しもが実験の失敗を浮かべた。

 しかし、責任者である高谷には予想の範疇であった。ブラックホールはあらゆるものを取り込む、時間だって例外ではないのだ。その一つか証明されたことに、一人感動を覚えていた。時間が狂うのならば、やはりその先もあるのだと。

 その時、大型コンピュータからエラーの表示が消えた。一瞬の静寂が当たりを包む。中野は銃器の構えを崩さなかった。ただ視界は生成室を映し出す大型のディスプレイに奪われていた。そこには何も映ってはいなかった。ただ本当に小さな闇が、徐々にではあるが、膨らみ、大きく、成長しているようであった。中野はこの違和感を表現できなかったが、高谷は理解していた。光を透過して物体を目で認識している人間には、光さえも吸収してしまうブラックホールは、ただの黒い塊にしか見えないのだ。それも純粋の黒である。

 また、このとき関係者は一瞬のことで気がつかなかった。超マイクロブラックホールは極小の粒子サイズであるから、目で見えるはずがないことを。

 認識しようとした時には遅かった。蒸発して消滅するはずのブラックホールは一瞬で数千キロを飲み込んだ。RT-1のエネルギー全てを使い、町から山岳に至る一帯を包み込むかのように吸収し、三次元空間を著しく変異させた。だれも気がつかないように、誰も知らないうちに。高谷さえも気がつかなかった。

 空間的には何も変化がなかった。モニターでは変わらず黒い塊が映し出され、大型コンピューターはその物体を観測するためにフル稼働で動き、関係者は皆今回の実験が成功したのだと思った。歓喜の声が拍手に包まれ、一様に笑顔を高谷に向ける。

「おめでとうございます! ブラックホールの生成に成功しましたよ! これは世界的なニュースです!」

「すぐに関係者各位に連絡を取るんだ。大々的に発表するぞ!」

 色々な声が入り混じった。

「…………」

 高谷は沈黙した。終わりではない。これからだ。そう思い一人気持ちを高揚させ続けた。その期待に呼応するかのように、ブラックホールは一瞬で収縮し消滅した。そして消滅したポイントから、今度は何万ルクスといえそうなほどの輝きを放出し始めたのだ。これもまた、誰も気がつけなかった。ブラックホール反存在であるホワイトホールへと反転し、あるものを放出した。

 世界である。まったく同じの、まったく違う次元での世界を放出した。今流れている時間と同じでありながら、一枚の幕を隔てて存在する別の世界を繋げてしまったのだ。そして二つの世界は緩やかに、そして確実に同調し始めようとした。

 RT-1の中で、その変化に無意識で気がついたのは、この実験の発案者ではなく、くだらないSF程度の知識しかもたない中野だった。高谷はせいぜいブラックホールが輝きだした所までである。

 違和感だった。目には見えない何かが、敵意を向けて自身に近づいている。そう思った。

同時にホワイトホールからは無数の蜃気楼のようなモヤが解き放たれた。その全てが目的を持っているかのように、ブラックホールが包み込んだ町に住む人々へと向かった。敵意はなかった。あったのは中野にだけであったのだ。だから気がついた。

 中野の前にモヤが出現した。周りは誰も気がついてはいない。だが確実にそこには何かがいた。モヤが段々と人の形のようなものを形成してゆく。

 中野は迷わなかった。――こいつは倒さねばならない!

 構えていた銃を中野はすぐにモヤへと向けた。支給された銃、ミネベア9mm機関拳銃(M9)はその圧倒的な発射速度で銃口からシャワーのように弾を噴出し、モヤを貫いた。弾は貫通して防弾ガラスに直撃し、一瞬中野は無駄だったのかと考えた。だがモヤは赤い液体を弾が貫通した部分から噴出させ、同時にモヤは重量を持ったように床へと倒れこむ。

 その発射音で周りの人間は全て中野を見た。見たと同時にモヤはそれぞれの人々に覆いつくすかのような形で出現し、覆われた全ての人が何かを感じ取る間も無く、気絶した。

 誰も動かない。コンピューターの稼動音だけが制御室に響き渡り、中野だけがいまだにM9を構えたままで立ち尽くしていた。倒れたモヤの周りには、おびただしい量の赤い液体が水溜りのように広がってゆく。そしてモヤが徐々に形を形成し人型へと変貌していく。中野はその正体を見て絶句した。

「こ、こりゃどういう事だ?」


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