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無人の町

私が暮らしているこの町は、とてもおかしな町だ。


犯罪は滅多に起きないが、誰一人笑って過ごしてはいない。


悪人はいないが善人もいない、ただ“無人”だけが暮らしている町。


だから、無人の町と呼ばれている。



「おはよう」


「……」



朝、通学路の途中で会った幼馴染みに声をかけると、一瞥したくせに黙って目をそらされた。


この町の人間は一様に他人に興味がない。


学校では皆が別々に何か違うことをして過ごしていて、どこを探しても賑やかさなんてものが見当たらないくらいだ。


何故ならこの町では、誰かのために何かをすることが禁じられている。


悪は人の善意から生まれるというよくわからない町長の持論のもと、そういうルールが存在するのだ。


相手が友人だろうと恋人だろうと家族だろうと、困っている時に手を差しのべてはならない。


ならば、いっそ最初から関わらないほうがいいのだと、みんな人に対する関心を失ってしまった。



「……ちぇっ」



わたしは唇をとがらせて、幼馴染みとは違う方向へ歩いていく。


こうして人と違うことをしていても、誰も何も言ってこない。


注意はわたしのためになることだし、一緒にサボって勉強についていけなくなっても、誰も助けてはくれない。


だからみんな、よそ事や人のことなんかは一切気にせず、ただただ自分がやるべきことだけをして過ごしている。


そうすれば将来何かで困るようなことはなくて済むし、困らなければ弱味につけこまれるようなこともなくて済む。


結果、犯罪者にも被害者にもなる確率はグッと下がって、誰もが平穏に暮らすことができる。


この町は、そうやって回ってる町なんだ。



「虫や機械と変わらない、退屈な町……。 ……はーあ」



通りすがる人々は誰も笑っていないけれど、誰も泣いてもいないし、困っているようにも見えない。


みんながやるべきことだけをやっていれば、誰かが足を引っ張ることもない。


ただただ、現状維持だけが続けられれば、それが一番平和で、一番穏やかなのだと、この町は証明している。


……でも。



「おーじさん!」


「おお、あかねちゃん! また来たのかい」


「うん、学校なんか行っててもつまんないからさ」



町の外れにある、スクラップ置き場。


そこを住み処にしてるホームレスのおじさんは、みすぼらしい見た目をしていて、いつもお腹をすかせている。


だけど、それでも毎日笑っていて、とても楽しそうに見えるんだ。



「おじさん、また話聞かせてよ」


「いいよ、なんの話がいい?」


「えっとね、こないだのドフゴンボールの続きがいいな!」


「いいよ、ラリーザにリリリソが殺されてしまったところからだね」


「うん!」



わたしはおじさんの隣で地面に腰を落として、膝を抱える。


この町では持つことさえ禁止されている“物語”の話。


それをここに来ておじさんから聞くのが、わたしの何よりの楽しみなんだ。



「ラリーザァァーーーーーッ!!!」



物語の中では、誰もが助け合い、時に傷つけあいながらも、必ず自分らしい生き方を貫いている。


この町ではそんな生き方をしてもただ不便なだけだから、誰もしようとはしない。


誰かがいなきゃ自分らしさは成立しないし、そもそも誰かと違う生き方をするということは、誰かにできないことができるようになる一方、誰にでもできることができなくなるという不安定な側面も持ち合わせるからだ。


そうなると、誰も助けてくれないこの町じゃ、生きてはいけない。


かつて、物語を書いて生きていくことを夢見たおじさんは、それじゃあ何一つお金にならないことを悲観して、この町を出た。


そして、そして、長い年月を経て、この町に帰ってきて、このスクラップ置き場を居場所にした。


その理由を、おじさんはわたしの未来が狭まるかもしれないからと言って、教えてくれない。



「……さて、今日はこれくらいにしておこうか」


「えーっ!」


「えーじゃないよ、ほら」



おじさんの指差す空は、既に穏やかな緋色に染まっていた。


いつの間にか相当な時間が流れていたらしい、まあ、いつものことだけれど。



「人工人間編、楽しみだなぁ」


「うん、また明日からだね」


「うん! 楽しみにしてるね! ばいばい、おじさん」


「うん、またね」



おじさんはシワだらけの顔でくしゃりと笑って、立ち去るわたしに手を振り続けてくれた。


夕陽に照らされるおじさんは、なんだかよくわからないけど、眩しくて、あたたかくて、わたしにとって宝物のようななにかに思えた。


神様というものをおじさんの話の中で聞いたことがあるけれど、もしかしたらおじさんは、わたしにとってのそれなのかもしれない。


一人でにやにや笑いながら、帰路を急ぐ。


早く帰って早く寝れば、早く明日になるからだ。



「ただいまー」


「おかえり。 あかね、今日も学校に行かなかったらしいな」



リビングでソファに腰かけていたお父さんが、読んでいた新聞越しにジッとわたしのことを睨みつける。


でも怖くはない、平気な顔で「そうだよ」と返すと、「……そうか」とだけ言って、冷たい目付きを新聞に落とした。


これだ、これがこの町での家族のあり方だ。


家族でさえこんなだから、誰も他人に関心を示そうとはしない。


善人も悪人もいない、無人の町。


ここで生きてる人間は、みんな一人ぼっちなんだ……。


……そういう意味でも、無人の町、なんだと思う。



「……っ」



つい、歯噛みしてしまう。


他人のおじさんでさえあんなに優しくわたしに接してくれるのに、この家族は、あの幼馴染みは、この町はなんなんだろうと。


物語なんていう作り物の中でさえ優しさは溢れているのに、なんでこの町ではどこを探してもそれが見つからないんだろう。


なんで、誰かのために何かをすると、殺されたりしてしまうのだろう。



「…………嫌な町だ」



次の日のスクラップ置き場で、わたしは一人、そう呟いていた。


スクラップ置き場には、もう誰もいない。


……朝のニュースでやっていたんだ。


最近ここの近くで転んだ子供が居て、それに手を差しのべた人がいたけど、その子供が警察の人の子供だったから、後からバレて今朝射殺されてしまったんだと。


スクラップ置き場には無機質なスクラップの山と新たな錆となるだろうおびただしい血痕だけが残っている。


わたしは下を向いて、乾きかけの血が広がっている地面を見つめながら、ギリリと強く奥歯を噛んだ。


どうしても、どうしても、目から涙が止まらない。


頭の中にはおじさんと過ごした日々と、おじさんの優しい笑顔が焼きついている。


きっと夕わたしは、陽を見るたびにおじさんのことを思い出してしまうのだろう。


わたしはそのたびに、悲しくなって、憤って、今すぐにでも叫んで走り回りたい衝動に駆り立てられるのだろう。


こんなクソみたいな町にはもう一秒でもいられないから、わたしはいつものようにスクラップ置き場から自分の家への道を走って、すぐに荷物をまとめた。


お母さんは荷物をまとめるわたしをジッと見て、小さなため息をつく。



「……気をつけてね」



そして、簡単にそれだけをこぼすと、すぐにお昼のワイドショーを見ながらソファに横になってポテチを食べる時間に戻った。


町で買い物をして、野宿するのに必要そうなものもあらかた揃える。


それからまた家に戻って、大荷物の入ったリュックを背に家を出る頃、日はすっかり傾いていた。



「あれ……なんだよ、その荷物」



いつも朝の挨拶すら無視する幼馴染みが、ちょうど学校の帰り道を歩いていた。


カタツムリのように大荷物を背負ってゆっくりと歩くわたしを見てか、彼は少し驚いているように見えた。



「べつに。 あんたには関係ないでしょ」


「ああ……まぁ、そうだけどさ……」


「……」



プイッと顔を背けて話していたから、表情はわからないけれど、久しぶりに聞いた幼馴染みの声は、どこか寂しそうに聞こえた。



「寂しいなら……あんたも、来る?」


「どこに?」


「この町のそと……」


「じゃあ、どこにも行かないってことか」


「意味わかんない、バカなの?」


「これ以上はダメだ、言ったら殺される」


「はぁ?」


「結婚……しないどくから」


「い、意味わかんないっつーの」


「じゃあな」


「ふん!」



本当の本当に、最後まで意味のわからない幼馴染みだった。


いや、正直わかるところもある。


この町じゃ、結婚相手は成人式の日に決まるのが通例だ。


その日に適当に良さそうな相手を指名しあって、カップルが成立したものから入籍、余り物でまた同じことをして、極力そこで独身の二十歳をいなくする。


恋愛なんてしてる暇も無いこの町じゃ、それが当たり前なんだ。


だから、結婚相手を成人式の日に選ぶって概念はあっても、結婚相手を決めておくとか、結婚しないと決めておくなんて話は、滅多に聞いたことがなかった。


あいつが、あの幼馴染みが言ったことは、つまりそういうことなんだと思う。


……本当、意味わかんない。


わたしは熱くなる顔を押さえながら、町の外への道をヨタヨタとおぼつかない足取りで駆け出した。





今まで16年間この町で過ごしてきたけれど、わたしにとって思い入れのある場所や人なんて、もう何一つ無かった。


町の外に出る時はおじさんのことしか頭に浮かばなかったし、夕陽を見たらやっぱりおじさんのことで泣けてきたけれど、ただそれだけだった。


それでもその二十年後、わたしは何故か、この町に帰ってきていた。


他人だらけの外の世界で、ただひたすらに生きることだけにしがみついて、気づいたらもう二十年も経っていた。


忙しかった理由はただひとつ、お金と能力だ。


16歳でなんの能力もツテも無いわたしがお金を稼げる方法なんて限られていたし、それで得られるお金も最低限の生活をするために消えて無くなる。


そうやってただただ働くだけの日々を過ごす内に、何故だか無人の町のことが恋しくなったのだ。


何も言わない家族だったけど、黙ってわたしのことを養い続けてくれた。


挨拶も無視するような幼馴染みだったけど、結婚相手に選ぶ程度にはわたしに興味を持ってくれていた。


どこに行ったって他人は他人だ。


べつにわたしを傷つけてくることが無いのなら、たとえ無関心だろうと、まだ家族や顔馴染みの人間が居る他人だらけの場所に居続けたほうが、ずっといい。


ただただ無謀に今とは違う環境を求めて飛び出すというのは、嫌なことから逃げるための自殺に近いのだと、今ならわかる。


わたしの生まれ育った町は無人の町。


でも、外の世界も変わらない。


むしろ犯罪や犯罪スレスレの出来事、格差に嘘が横行する分、もっともっとたちの悪い、“無人の世界”だ。


……結局、わたしは無い物ねだりだったんだろう。


おじさんみたいに明るくて優しい人がこの町に戻ってきた理由はわからない。


でも、少なくともわたしは、もうこの町から出ようとは思わない。


わたしは疲れたから、もうここでいい。



「ただいまー」


「……おかえり。 ずいぶん長い寄り道だったな」


「うん」



ずいぶん老け込んだお父さんは何も言わず、新聞に目を戻す。


お母さんも何も言わず、晩御飯の支度を進めていた。





無人の町で生きてきたわたしには、無人の町で生きていく程度の能力しか身についていない。


それに外の世界に出て、学校も、幼馴染みも、家族も、実は殺されないギリギリの優しさでわたしに接してくれていたのだと、よくわかった。


あの頃わたしは、本当に無人の町に居たのだろうか?


あの頃わたしは、本当に孤独だったのだろうか?


二十年、外でただフラフラと過ごして、わたしは沢山の後悔に苛まれている。


知り合いが誰一人居ない外の世界こそ無人の町で、無関心でもよく知った誰かが居るこの町は、しっかり有人の町だったのだから。


もう少し、この町での時間を大切にすれば良かった。


ま、それはこれからでもいっか。


幸いわたしには、まだ両親も、居場所も、結婚相手だっているんだから。



無人の町、完

おっぱいボイーン!


なんか説教臭い話だなぁ……という感想。


もっと笑えるところとかあったらまだ読むに堪えたかも!


構成してないし読み返してもいないので不快だったらごめんなさい……。


しかしまぁ、久しぶりになんか書きました。

思い描いてたのと大分違う感じになったけど、まぁ最初はこんなもんか……。


大分……大仏……大福……ダイブ……、……海かぁ。

もうすぐ夏ですねぇ………、……いやその前に梅雨か!


読んでくれた人達が雨に濡れて風邪引いたりしませんように(‐人‐)なむなむ


あとはどうでもいい



PS.ぼくも読んでない人だった

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