夜の散歩道に酸の飴が降る。
そうして、全員の食事量が減った夕食を経て、全員がベッドに入る。そして月が天頂付近にある時間帯、俺はふと目を覚ます。
空には満月、その光が照らすのは、雪に彩られた庭。ただ、三分の一ほどは午前中の戦いでひどいことになっているが。
酒でも飲もうかと思い、鞄からワインを一本取り出す。その栓を開けようとして、ふと手が止まる。
「止めて、か……」
あの見世物テントの目玉、何かの声が訴えかける。
それを振り払おうとしたが、一度意識してしまった物を取り除くのは難しい。
「全く、いつの間にこんなお人好しになったんだか。いや、違うか」
寝間着から着替え、準備を整える。
「どうした、スノゥ? こんな夜中に」
「いや、深夜のお散歩だ。酒を楽しもうと思ったら少し気になることがあるから、それを取り除いてから存分に飲む」
窓を開け、久々に高く飛ぶ。顔を隠すのにマフラーを作り出して、首と口元を覆うように巻く。
「久しぶりの空だな」
「確かに、『凍てついた銀河』の時はしょっちゅう飛んでおったの」
そのまま街外れのテント付近まで飛ぶ。
極力音を立てないようにわずかに浮かんでテントの入り口に立つ。そっと氷の剣をテントの中に差し込む。
「どうだ?」
「ワシの聞こえる範囲では何も居ないな」
そっと入り込むと、大きなテントの中央に金属製の檻が一つ。
その檻の中に、それは倒れていた。
「なるほど、ファレに見せなくて良かった」
「ワシにとっては見慣れているが、一般的には見慣れていない存在じゃの」
それは、褐色の肌に、翡翠の様な髪色をした妖精だった。
「火妖精かの? 南国の珍品などもおいてあったから南で捕まえたのじゃろう」
檻の錠前に指を当て、氷を生成して鍵を破壊する。
ひどい状態だった。着ているのはぼろ布を適当に縫い合わせた物で、その布で隠れている部分には痣や傷跡が見える。
「全く、こういうのは痛めつけるよりもきれいに着飾らせてこそだろうが」
「その言葉だけ聞くとお主もそういう趣味に聞こえるぞ」
まあ、趣味嗜好はこの際どうでもいい。檻の床に直結している鎖を切り、足かせを切る。
そしてそのまま担ごうとして重大な事実に気がつく。
「なあ、氷の剣。こいつ臭いんだが」
「このような環境ではそもそも体を洗ってもらえたとは思えんの」
その場で妖精一人包める位の布をスノーバインダーで作り、それに包んで持ち運ぶことにする。
「ま、臭い物には蓋ってことで」
そうして檻の外に出たところで、異変に気がつく。
「妙だ」
「どうした?」
俺が隠密行動を心がけたのもあるが、それにしては静か過ぎる。
この周辺に、まるで人の気配が感じられない。
そう思った瞬間に、その場から飛び退く。数瞬前まで居た場所に、何かが落ちてくる。
「なるほど。静かなわけだ」
何が起こったかは分からない。ただ、この見世物テントの人間は、おそらく皆死んでいる。
「フェアリーイーターの餌という訳かの」
フェアリーイーターが触手をざわめかせる。俺の方もその場に妖精を下ろし、氷の剣を構える。
先に動いたのは、フェアリーイーター。数本の触手がこちらを狙って空を裂くが、それを切り落とす。
切り落とされた触手がしばらく地面でビチビチと跳ねる。その間、フェアリーイーターから目を離さない。
「ところで、お前ってあれの特徴って知ってる?」
「まあ、触手がすぐに再生するのと、口から強酸を吐くのと、意外にジャンプ力が高いところかの」
確かに、切られた断面がボコボコと泡立ち、数秒で元通りの触手になる。
再生仕切ったと同時に口から吐かれる強酸、それを氷の壁を作って遮る。氷の壁が酸に侵されて溶けるのと同時、フェアリーイーターが跳躍、氷の壁を飛び越えて、こちらに向けて触手を振り回す。
「洒落臭い!」
氷の剣で切り落とし、そのまま肉薄しようとして、横に飛ぶ。それと同時に強酸が先ほどまでいた地点を通り越す。
息をつく暇も無く、繰り出される触手を回避。
「なるほど、強酸と触手の防御ってことか」
寄れば触手、寄らぬば強酸、相手が遠距離攻撃が可能であれば跳んで近寄る。
そして副次効果として、強酸を浴びた床に足をやることが出来ない。
「オマケにすごく酸っぱい」
「そこ、問題か?」
個人的にはすごく。
飛ばされる強酸をステップで避け、氷の壁で防ぐ。
「どうする、防戦一方だぞ?」
「大丈夫、もうすぐ、あいつが死ぬ」
氷の剣が意図を確認しようとした瞬間に、俺はアイスニードルで瞬間的にフェアリーイーターの手足を縫い止める。
当然五寸釘程度の氷の針では一瞬で砕かれる。しかし、その一瞬で十分。
フェアリーイーターの真上から降ってきた白い存在が、そのまま魔力の刃でその首を落とす。
そして吹き出す血を氷でガード。次の瞬間に氷の壁がジュウジュウ言い出したので血を浴びなくて良かったと思った。
「ニンジャも真っ青な首狩りお見事」
フェアリーイーターが崩れ落ちる。天井に張り付いて機会をうかがっていたのは、プルミだった。
「お前本当に食い意地張ってるな」
「調味料のない生活に飽きたから外に出たお主が言うな」
ごもっとも。
「うわぁ、あいつ内臓こんなのなんだ。なにあの真緑の器官?」
「あれが強酸を生成する器官じゃと思う。中身はワシも初めて見るが、前に似たような器官を持った魔物を見たことがある」
プルミ三分ショッキングな解体ショーを尻目に、一度火妖精の方に向き直る。
「それで、どう思う?」
「若い妖精じゃな。おそらく好奇心からジャングルの外縁部に出て、不意を打たれて捕まったというところじゃろう」
認めたくない物だな、若さ故の、
「ま、冗談言ってる場合じゃないな。ずらかるぞ」
「完全犯罪者の思考じゃな」
やかましい、実際こんなところ目撃されたらブタ箱行きだ。
「おーい、プルミ!」
プルミの方を見てみると、残っているのは骨と口に相当する器官のみ。周辺には青紫系の血っぽい物が飛び散ってる。あ、そうだ。
「スノゥ?」
火妖精からぼろ布をはぎ取り、その青紫の血だまりに放り込む。
「これでこいつは喰われておだぶつってことで」
速やかにテントから撤収、大空に舞う。
「さて、帰ったら風呂だな」
今は鼻が麻痺してるから感じないけど俺絶対酸っぱいし、この妖精も絶対臭い。
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「ふぅん、見世物テントが壊滅状態か。下手人は持ち込まれたフェアリーイーターか、ねぇ……檻が溶かされていて、死体が溶けてるなら下手人はあいつだろ」
新聞を眺めながら、チェルシーが注いでくれた紅茶を一口。
「お、腕を上げたなチェルシー」
「ボーンナムさんが教えてくれたおかげね。自分でも結構レベルが上がったと思う」
後は反復練習あるのみ、と息巻くチェルシーを見て、新聞の続きを読む。
「おそらくテントの目玉であった妖精もまたフェアリーイーターに喰われたものと思われるか。まあ、妖精を喰うのがあの魔物の生きがいみたいなものだしなぁ……」
「怖いね、スノゥとベルは気を付けないと」
「そうね、魔法をメインで戦う妖精に対してはめっぽう強いって話だし、私も気を付けないと」
同じく紅茶を飲むベルとファレも、新聞記事に興味津々の様子。
「それで、皆様に伺いたいのですが……」
同じく紅茶を楽しんでいたアトラ姫が、部屋の隅に目を向ける。
「あの子、どうするのでしょうか?」
そこには、ベッドで眠る火妖精が一人。
「いや、どうしようか?」
いつも通りとも言える、ノープラン。はっきり言うと、チェルシーの時と同じく気まぐれだ。
とりあえず体を清め、ファレに作って貰った火属性の魔石をすりつぶして与えたので、魔力面での問題は無いだろう。
後は起きたときにどれだけ食べられるか、だ。
「どんな子なのかな?」
「さぁ? 起きてみないと分からないな」
アトラ姫に伯爵の様子を聞いてみると、やはり見世物小屋の事件の処理に追われている様子。妖精のことは報告だけしておいたが、現段階で伯爵の出方は不明。
「ううん……」
どうやら眠り姫の目覚めの様子。
「レイジア……? これは夢?」
「いや、夢じゃないな。それに俺はレイジアじゃない」
どうやら、いい夢を見ていた様子。まだ寝ぼけ眼の火妖精の意識が徐々に覚醒していく。
「はっ! ここはどこですか! それに何奴!」
構えられる右手には魔力が集まっている。
「落ち着け、まあ、少なくとも危害を加えるつもりはない」
とりあえずパンを差し出す。
「食えそうか?」
しばらく迷う様子を見せるが、そのままパンを受け取り食べ始める。
その目には、少し涙が浮かんでいた。
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「助けてくれてありがとう……アタシはアルティミ」
泣きながらパンを食べ、全部食べ終わってからもしばらく泣き続け、それらが収まってから、泣きはらした顔で名前を教えてくれた。
「じゃあ、こっちも。俺はスノゥ、あっちのそっくりさんはベル。で、ベルの依り代のファレに俺のメイドのチェルシー。それとアトラ姫」
ファレが手を振り、チェルシーとアトラ姫がお辞儀をする。ベルはベルで自分との差異が気になってアルティミの体のあっちこっちを見ている。
「に、人間」
「ああ、大丈夫。むしろこの場所においては人間の比率の方が低いから」
ちょうど目の前を幽霊が通り過ぎ、そのまま天井へ消えていく。あまりのことにあっけにとられているアルティミ。
「なにここ! 悪霊の巣窟!?」
「いや、ちょっとゾンビの多い普通の屋敷だな。ま、少なくとも今までいたところよりは安全だろ」
それだけ告げて、部屋の外に出る。
「スノゥ様、いかがなされましたか?」
「ボーンナムさん、あの子が目を覚ました。そのことを伯爵に伝えて欲しい」
かしこまりました、と礼をし、特に慌てた様子もなく歩いて行く。ああいういつでも冷静沈着な人物というのには憧れる物だ。
部屋に戻ると、
「なるほど、私たちとは違い、蝶の羽を模した物ですか。風を大きく受ける分だけ、速度より小回りと滞空性能が高そう……」
「どう? 私の紅茶は?」
「ねえねえ、生まれたところってどんな場所なの?」
「妖精って、皆こんなに綺麗な髪なのでしょうか?」
なんか目を離した隙に転校生が来た初日みたいな集られ方してる。
「す、スノゥ! 助けて!」
助けを求められるが、正直良かったとは思っている。
あれだけの目に遭っているのだから、対人恐怖症みたいな物に掛かっていてもおかしくは無かったと思う。
「よし、者ども、順番だ、それにまだ体力回復しきってないからそこら辺考えろよ」
全く、俺は引率の先生か、とそんなことを思いながら、残っていた紅茶に口を付けるのだった。




