生命の杖と見世物小屋
「そうか、生命の樹の枝で作った杖か」
翌日、街まで戻り、今回のことを伯爵に報告をする。
「そうじゃ、おそらく何かの樹に接ぎ木して作られた枝で作られた物じゃ」
今は布で包んだ状態でファレが持っている、
「誰かが生命の樹にたどり着いたのであれば、私の耳に入るのだが、ここ数百年間の間でそのような話は聞かないな」
チリン、と手元にある鈴を鳴らすと、執事のボーンナムが入ってくる。
「ボーンナム、最後に生命の樹にたどり着いたという話が会ったのはいつだったか覚えているか?」
「四百五十七年前に冒険家テオドーラが生命の樹の種を持ち帰ったという話以来ありませんな」
ただ、とボーンナムが全員に紅茶を注ぎながら、付け加える。
「彼が持ち帰った生命の樹の種は八つ、アーテル王国と私どもを含めて七つが当時の国が買い取ったという話です」
「残り一つの種は?」
「諸説あるようですが、テオドーラが肌身離さず最後まで持ち歩いてたというのが一般的です」
なるほど、その種から育った樹がこの杖の材料か?
「しかし、育てるのはどこの国も失敗したという話ですが……」
それ故に未だに宝物庫の中に厳重に保管されているというのはアトラ姫の話。
「そもそも当時はまだアステル王も存命で、絶対に植えずに鉄と鉛で出来た小箱の中に封印しろというお達しでした」
なんでも、育て方を間違えると生命の樹にならず、周囲一帯をすべて森に飲み込むそうだ。
ネルソンビーチのさらに南、かつては精強な帝国が存在したのだが、その一帯がすべて樹に覆われたジャングルになっているとのこと。
「しかし、数百年前の種が未だに育つのか?」
「十数年に一度、種が健在かを確かめるのも王族の仕事なので、私が子供の頃に確認したときは健在でした」
まさしく生命の神秘って奴だな。
「では、報酬は回収してきた生命の杖と、当初約束していたお金で支払おう」
「俺が言うのも何だが、いいのか?」
「我々には生命の力は眩しすぎるのでな。無論回復術などを当てられてもダメージを受けるということは無いが、強すぎる生命に惹かれて燃え尽きかねん」
失った物を取り戻したいと思う存在は死んだ後の人間にも居ると言いながら、紅茶を飲む伯爵。
「では、私からアトラ姫に伝えておくことがある。ラファエルのことだ」
一瞬で、アトラ姫から緊張の気配が漂う。
「後方の安全確保のため、ゴブリンの群れを駆逐した後、現在は両軍がリア平原でにらみ合っている状態だ」
話によると、当初はディーザ伯爵率いる軍がラファエル軍の倍以上の動員をしていたのだが、ゴブリンの煽動などにより前衛を務めていた騎馬隊と一部の歩兵集団が伯爵に反旗を翻した。
結果数の上では互角となっている状況だという。
「ラド将軍……」
「彼はディーザ伯爵の従兄弟を娶っていたため伯爵に付いたが、最終的にはその嫁の一言でラファエル王に付いたという話だ」
こともなげにさらっと情報を追加するが、この伯爵の情報収集力には正直驚いてばかりだ。
「長く生きると、噂を集める楽しみというのもあってな、その結果主要な国の噂はほとんど聞き漏らしは無いよ」
どうやって個人情報に近い情報を集めてるんだろうか?
「私の知るあの男は軍団を率いて戦うことにおいて人類史最強だ。数で同数、その上騎馬隊に重装術兵もいれば問題無いだろう」
「そういえば、親衛隊が居ましたわ。お兄様のことですから、今頃は睨み合いしながら仕込みをしてる最中でしょう」
とりあえず、最初からディーザ伯爵に勝ち目は無かったということだ。それを覆すためのアトラ姫を人質に取ることだっただろうが。
「おそらく平原での戦いは数日以内にはケリが付くだろう。それまでの間はゆっくりしていてくれ」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
紅茶を飲み終えたアトラ姫が部屋を出るのに合わせて、俺も部屋を出ようとして、
「ああ、そういえば……そろそろ街の外れに見世物のテントが立つ。気になるなら見に行くといい」
伯爵の言葉に礼を言い、そのまま部屋を出るのだった。
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そして、翌日。
惰眠を貪っているところに、ベルとチェルシーによって布団から蹴落とされるところから始まる。
「痛てて……普通に起こせよ」
「そんなことはどうでもいいの。スノゥ、知ってて行かせたわね」
寝ぼけた頭で思考を巡らせる。
「ああ、レイナの趣味か?」
「それよ! 一晩中あの趣味に付き合わされたのよ!」
ベルの声に頭を掻いて、少し天井を見た後に俺は口を開く。
「その方が面白そうだと思った」
次の瞬間、無言で放たれるフリーズレイを回避し、追撃で繰り出される巨人の手斧の一撃を回避する。
「殺す気か!」
「まさか、スノゥ様がこの程度で死ぬとでも?」
確かに、戯れで振られた程度の攻撃じゃあ死なないな。
「よーし、いい度胸だこんちくしょう」
そうやって午前中は庭を借りて全員で乱戦。
途中でアトラ姫も混ざってきたりといろいろあったが、最後に立っていたのは俺という結果になった。
「かくも人というのは争わずにいられない生き物なのだろうか……」
「でもスノゥは妖精だよね?」
ファレに一本取られた。
「じゃ、後片付けは明日やることにしたから飯食いに行くぞ」
午後からは食事がてらに街まで赴き、北方の幸を楽しむ。食事を終えた帰り道、ファレが中央広場に立っている看板を見ていた。
「どうしたの、ファレ?」
「グレイトワンダフルショー? だって」
看板に書かれているのは、見世物の告知看板だ。
「なになに、世にも奇妙な生物など、この世界に存在する不思議な驚きをあなたに―――か」
「ねぇ、ベル、スノゥ、チェルシー、見てみたい!」
基本ファレに甘い俺たちはその提案に否と答える気は無かった。看板の案内に従い町外れに向かうと、テントがいくつも立っている。
「さあ、いらっしゃい! この世の不思議な驚きが一杯! お一人様銀貨三枚だよ!」
こういう見世物はやはり入場料がややお高めなのがお約束。夢の国だってチケット代が結構する。まあ、あっちは一日掛けても遊び尽くせないレベルだが。
懐は温かいのでそのままお支払いして入場。
全部で三つのテントにはそれぞれ世にも奇妙な生き物、南方の珍品、そしてこのテント最大の目玉、見てのお楽しみとある。
先に目玉のテントの方を見ると、外にまで人があふれていた。その入り口まで寄ってみると、金属を叩き付ける音と何かの声が聞こえる。
「止めて、止めて……!」
よく見えないが、おそらく教育によろしく無い状態だろう。
「よし、空いているところを見て回ろう」
ベルとチェルシーにハンドサインで目玉テントを見る場所から外すことを告げてから、南方の珍品というテントを見に行く。
「コレって、確かに珍品だよな」
飾られていたのは珊瑚や真珠、それに巨大な貝殻だったりと、確かに珍品だがそこまで感銘を受けるような物はなかった。
その後に向かったのは、奇妙な生物のテント。
「なんか、酸っぱい」
そう、チェルシーの一言通り、このテントの周辺がなんだか酸っぱい。なんというか、花見会場の片隅とか、ビヤガーデンの裏側の茂みとかそんな感じ。
「グロ注意ってことで」
意を決して中に入ると、そこには檻に閉じ込められた奇妙な生物。
勾玉型の体に手足、後ろ足は何というか逆関節な付き方がしている。しかも体表が赤紫系で、口と思われる器官からは何か黄色い液体が垂れている。
ついでに背中からは幾本も触手らしき物が生えている。はっきり言って生物としては好き好みたくない形状をしている。
「さあ。コレが噂に名高いフェアリーイーター!」
調教師と思しき男がその檻の中に何かの肉を放り込む。
その放り込まれた肉を背中の触手で絡め取り、前足で押さえつけた後、口らしき器官から黄色い液体を垂らす。
その瞬間、肉からジュウという音と煙、そして酸っぱい臭いが立ちこめる。
「こいつは獲物を触手で捕らえ、こうやって消化液を掛けて獲物を溶かし、その溶けた肉をすするように喰うのが特徴です!」
ジュルジュルという音が響くのと同時に肉が溶ける音が聞こえる。
「なるほど、妖精くらいなら捕食しそうな凶悪さがあるな」
「うぷっ……!」
うん、俺含めてかなりグロい絵と臭い、そして臨場感たっぷりの音にやられる寸前だ。
というか、一線を越える前に全員で一斉に離脱。奇妙な生物のテントから離れた場所で、外の新鮮な空気を貪る。
「あれは、無理」
全員お昼ご飯を戻さない様に必死だ。俺も結構ぎりぎりのところで攻防を繰り広げている。
ただ一人、いや、一匹だけなにやらテントの方を見ている存在が。早い話がプルミだ。
「なに、あれが喰いたい? いくら何でもゲテモノ食いはおすすめしないぞ」
プルミ曰く、あれを喰えば酸耐性が付き、ついでにかなり大きく育った個体なので力の回復にも役立つとのこと。
「いやさすがにそれはちょっと」
回復を早めたいという気持ちは痛いほどによく分かる。
しかし、そのためにあれを食べるのか、と思うと止めたくもなる。
想像して欲しい。
見た目もかわいらしいウサギがあんなこの宇宙生物よろしくな存在の臓物を食い千切る姿を。
絶対紫とかそういう鮮血で染まるウサギ、弱々しく酸を吐くもそんな物を意にも介さず生きたまま食らっていくウサギ。
うわぁ、地獄絵図。
「済まないが、あれはこの見世物集団の所有物だからあきらめてくれ」
あらかじめ用意しておいた干し肉をプルミの口元に持って行くと、それをおとなしくかじり出す。
しかし、頭の上で干し肉をかじられると、その匂いで少し吐き気がぶり返してくる。
「屋敷に戻るのに反対の人」
誰もその手を上げることはなかった。




