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はげ山の一夜

「よく来てくれたな、私がランキ伯爵領の領主、リント・ランキ伯爵だ」


 ウェーブの掛かった白髪と表現するような真っ白な髪と、それに負けない位に病的に白い肌。


「晩餐にお招きいただきありがとうございます、伯爵様」


 アトラ姫が礼を返すと、伯爵が微笑む。


「ラファエルは私の盟友だ。よく君の話を聞かされていたよ。自分には過ぎた妹だと」

「そんな、兄様は大げさ過ぎるのです」


 にこやかに談笑する二人。そんな中、俺は苦しくて死にそうである。


「くるしい」

「我慢しなさい」


 思わず声に出すほど苦しいのは精神的では無く物理的にだ。

 アトラ姫を含め、俺たち全員が伯爵から貸し出された正装を着せられている。そして正装につきものなのは、コルセットだ。


 ゾンビメイド達に風呂で全身磨かれた後、召し物を取り替えられた。そしてその時にコルセットでウエストを強制的に細くさせられた。


 おかげで内臓が口からはみ出そうだ。


 なお、この処置は全員受けており、慣れているアトラ姫とチェルシー以外は表情をなんとか取り繕っている。


「そりゃお前はコルセットしてないからそういうこと言えるんだろうが」


 チェルシーはコルセットをしていない、いや出来なかった。


「軟弱なコルセットのほうが悪い」


 彼女の腹筋に耐えられるコルセットがなかった、ただそれだけである。


「それで、君が今代の氷の剣の担い手か」

「スノゥ・ドラコリィだ。よろしく」

「ふふ、イグベルトを思い出すな」


 横に立てかけた氷の剣が声を出す。


「思考のぶっ飛び具合では間違いなくトップクラスじゃ」


 失礼な。


「氷の剣、君がねぐらから出てくるなんて、やはり周期の関係か?」

「いや、スノゥが強制的にの」


 一瞬だけ虚を突かれた表情をした伯爵が笑う。


「やはり、君の主は強引な人が多いな」


 ひとしきり笑った後に、伯爵が鈴を鳴らす。その音を合図にメイドが部屋に入り、テーブルに食事を運び出す。


「久しぶりの客人だ。晩餐を楽しもうではないか」


 そうやって始まった晩餐だが、なかなかに高そうなワインが出てきた辺りから雲行きが怪しくなった。


「ところでアトラ様、以前の作戦はうまくいったのかな?」

「いえ、お兄様ったら、下着姿で寝所に潜り込んでも、そのまま添い寝するだけで何もしてくれなかったのです」


 女性的な魅力が足りなかったのでしょうか? とのたまうアトラ姫。


「ふむ、やはり一線を越えるのが最大の課題か。ラファエル自身も今はまだ妹をそういった対象で見ることが難しいのかもしれぬ」


 これまたぶっ飛んだ意見が伯爵から飛び出す。


「アプローチを変えてみては? 肉体的ではなく、精神的に攻める方向で向かってみればいかがか?」

「ええ、今はお兄様に寄り添う可憐な妹方面で道を模索中です」


 そう語るアトラ姫の目つきは獲物を狙う猛禽のそれだった。

 そういう特殊な趣味嗜好の話はほどほどにお願いしたいと思う。


「ところで最近レイナ様とはいかがでしょうか?」

「ああ、今は冷却期間中でな、これが終わったら思う存分戯れる予定だ」

「寝所でですね、分かりますわ」


 お互いに和やかなムードで談笑しているが、中身はとんでもないインモラル的な話ではないのでしょうか?


「これがなのでしょうか、氷の剣様?」

「ああ、百年近く生きると、暇つぶしに兄妹で戯れるんだそうな」


 兄が妹のことを愛しており、妹もまた兄を愛している。この世でたった二人きりの兄妹だからとお互いに契ったのだ、とうんざりした声で語る氷の剣。


「だからこそ、同好の士であるアトラ姫にああまでアドバイスしているのじゃろ」

「なるほど、ブラコンでシスコンか。濃ゆいな」


 なかなかに過激な方向になってきた話を、ベルとチェルシーが周囲のメイドを捕まえていろいろ話を聞くという方式で遮っている中、俺もワインに口を付け、一息で飲んでしまう。


「なかなかいいワインだな」

「お口に合いましたか、スノゥ様?」


 レイナがメイドに合図をし、俺のグラスにおかわりを注いでくれる。


「ああ、素敵だ。この世界で出会ったワインの中では今のところコレが最高峰だな」


 今まで熟成の浅い一年物、いわゆるヌーヴォーワインが中心だったから十年単位で寝かせたそれはとても深く感じる。


「我が領で栽培されたブドウで作られた物です。近隣でも評価いただいております」

「何本か譲ってくれないか? 代金は払うから」

「ええ、何本かいいのを見繕うように頼んでおきます。それとスノゥ様、晩餐の後、私の部屋に来てくれませんか?」


 少々お願いしたいことがあるので、と微笑むレイナ。

 非常に穏やかに見せかけてがっつり濃い晩餐は、その幕を閉じるのであった。




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




 晩餐後、約束通りにレイナの部屋を訪れる。扉をノックすると、中からレイナの声が聞こえる。


「どうぞ、お入りになってください」

「お邪魔します」


 レイナの部屋は明るい茶色と白系統でまとめられており、非常にシックなイメージでまとめられている。


「ようこそスノゥ様」


勧められるままにソファへ腰掛ける。執事のボーンナムさんが紅茶をテーブルに置いてから部屋を出て行く。


「それで用事とは?」


 紅茶を飲み、単刀直入に聞く。


「お願いしたいことが二つあります」


 差し出されたのは羊皮紙。文面を確認すると、この街のほんの少し北にある洞窟から植物系の魔物が繁殖し始めているらしい。


「この原因探索と可能であれば魔物退治を行って欲しいのです」


 何でも。植物系に対して不死系の魔物は相性がよろしく無い、とレイナが語る。


「ヤドリギや寄生キノコも居る様子で、領民が乗っ取られる恐れがあるのです」


 ほかにも木が寄り集まったゴーレムらしき存在も居るので、寄生生物に強いけど打撃に弱いスケルトンが近寄れないとのこと。


「確かに、そりゃきついな」

「ガストやレイスは絶対数が少ないのと、言うことを聞いてくれる人が少ないので」


 そのことを語るレイナの目が少し死んでいたので、日頃苦労させられているんだろう。


「現金での報酬と先ほど話をいただいた葡萄酒を報酬として付けさせていただきます」

「分かった、皆と相談して、明日の朝辺りには受けるかどうか決める」


 たぶん、反対意見は出ないだろう。しばらく世話になるから心象はよくしておきたいし。


「それで、もう一つのお願いって何だ?」

「ええ、それは」


 そのままソファから立ち上がり、部屋の奥にあるクローゼットを開ける。

 そこには、これでもかというくらいにフリッフリなロリータ系の服が大量に。


「私、お恥ずかしながら、人を着飾るという行為が大好きなんです」


 もういやな予感しかしないぞ。


「中でも、子供をかわいらしく着飾らせるというのが大好きでたまらないのです。特にスノゥ様くらいの大きさの子を飾るのが、特に」


 手に持っているのは、ピンク色の生地を使った、フリル満点の服。それを持ったままにじり寄ってくる。


「待て、なんで俺!? ベルもファレも居るだろう!?」


 むしろあいつらの方がこういうのは似合うはず。


「確かにあの子達はかわいいですね」

「だろう?」


 悪く思うな二人とも、俺は自分が生き残るのに常に全力の精一杯を尽くす。


「でも、男勝りの子供をかわいく着飾らせて、自身の纏う雰囲気の変化に戸惑う姿が大好物なのです!」


 しかし逃げられなかった!


「変態だ! なんか変なこじらせ方した変態だ!」


 説得は失敗、速やかな脱出を計ろう。氷の剣を取り出そうとして、致命的な失敗に気がつく。


「しまった!」


 積もる話もあると言うと氷の剣と伯爵に気を遣って、氷の剣を貸し出したのだった。


「大丈夫です、最初は皆暴れるんですけど、そのうち自分がかわいくなっていく過程でおとなしくなりますから」

「待て待て!? 俺はそういうのは通り過ぎて」

「大丈夫、怖くないですからね?」


 ドアまで駆け出し、開けようとするも、俺の馬鹿力を持ってしても開かない。何らかの封印術をもって封じられているのは分かるが、解析の時間が無い。


 だってほら、今にも背後にピンクの悪魔がほら! ああ! 背中に! 何かなめらかな布の感触が!


「あああぁ! 鍵が! 鍵がぁ!」

「さぁ、おめかししましょうねぇ?」


 その後のことは覚えていない。気がついたら朝になっていて、部屋のベッドで寝ていたこと。

 俺が帰って来たのを部屋の中にいたはずの皆が知らなかったこと。


 そして、俺の鞄の中に見覚えのない服とワインの瓶がいくつも入っていたこと。


 ただ、得体の知れない恐怖を味わった、そんな感覚だけを残して、伯爵領での一日目が終わった。

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