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ランキ伯爵領のはらわた

「何者だ! ―――姫様!?」

「火急の用件です、お兄様に取り次ぎを!」


 さて、アトラ姫を無事届けてそれで終わり、という訳でもなかった。

 あの後、野営地にたどり着いてから、すぐにラファエル王への目通りが叶った。


 そこに居たのはアトラと同じ赤い髪を持った、黒い鎧を着たイケメンだった。なるほど、美男美女兄妹という訳か。


「お兄様!」

「アトラ、どうした? こんなところまで来て」


 そこで話されるのは謀反の話。それらを遮ることなくすべて聞き遂げたラファエル王は静かに頷く。

「話は聞いた。しかし、この場所で一緒に居ることも危険だな。よし、冒険者達よ、アトラを北のランキ伯爵の元まで送り届けてくれないか?」


 ラファエル王の言葉に、周囲の重臣達がどよめく。


「そんな、北の死者王のところに!?」


 周辺にいた彼の側近達が口々に声を上げるが、


「下手な人間よりは信用に値する。それに私と彼は盟友なのでな」


 その言葉に黙り込んでしまう。


 その後に無論報酬は出す、というラファエル王の言葉に、二つ返事で受けたのは絶対に俺のせいではない。

 そんなわけで、その話から一週間経過した今、俺達はエウド方面の道を歩いている。


「ところで、そのランキ伯爵ってどんなやつなんだ?」


 死者王、側近の人が行っていた名称だが、死者を操る人間か?


「ランキ伯爵はかの聖戦士の時代に、彼に力を貸した人物と聞いています。そしてその実はすでに死んでいる身と」

「ああ、……あの兄妹か」


 深い、絶望に包まれた氷の剣の声が響く。


「おい、今度はどんな変態だ?」

「……性格は会えば分かる」


 ほんともう聖戦士の時代は変人しかいないのかもう。


「あやつらは聖戦士のスポンサーだ。元はただの平民だったが、ある術の才能だけ突出しておった」


 それは、死者を操るネクロマンスとのこと。


「若くして死の淵に立った二人はお互いにその術を行使した。そしてそこから商売を初め、得た財でワシらの行動を金銭面で支えておった」


 そしてその功績が讃えられ、生まれ故郷を領地として与えられたと。なるほど、わかりやすい成り上がりの物語だ。


「それぞれにネクロマンスを行ったってことは、今もずっと代替わりせずにいるのか?」

「そうじゃと思う。まあ、あいつらが代官を置いたりしていない限りはの」


 情報提供感謝です、氷の剣。


「お、あの山の麓か?」


 見えてきたのは、雪の深そうな山の麓、そこに大きめの街が一つ。


「あれがランキ伯爵領です」


 遠くに見えるは石造りの街。全体的に灰色な街に白い雪が降り積もり、真っ白に見える。


「さて、後一息だ。急ごう」




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




「うーん、久しぶりの雪! 気持ちいい!」


 街の周辺に来るにつれ、寒さが増してきた。しかし、寒いと言っても『凍てついた銀河』ほどでないし、むしろ快適だ。


「ファレ、これが天然の雪よ!」

「うん、ベル! 冷たいね!」


 ファレとベルも楽しんでいる様子。ま、ベルは同族だし、ファレはファレと融合した観点から寒さには耐性があるはず。


「三人とも、元気ですねぇ」


 メイド服の上に薄手のポンチョ一枚で問題なさそうなチェルシー。おそらくだが俺の血の影響よりも、筋肉による発熱量が多いのだろう。


「な、何度来ても寒いですわ」


 一番寒そうなのはアトラ姫である。せっかくなので俺が作った内側起毛のトレンチコートの様な物を着せているが、それでも寒そう。


「慣れぬ人間にはここの寒さはこたえるじゃろう」


 確かに。


「しかし、この山の麓になったら急に寒くなったな」

「山の中腹にある屋敷に向かう道で分かる。ここだけが寒さがきつい理由がの」


 少し陰鬱な氷の剣の声を聞き流し、そのまま伯爵の屋敷に向かう道を進む。しばらく進むと、城壁と門があり、そこの門番が槍を交差させて私たちを止める。


「失礼、ここから先は伯爵様の私有地です」

「ご用がありましたらお伺いいたします」


 うん、至極もっともな対応だ。屈強そうで強そうだ。


 ―――ゾンビじゃなければもっと好感持てたけど。


「あやつらは重度の死体フェチじゃ」

「ネクロフィリアとかいきなり業がふっかいなぁもう!」


 個人の趣味をどうこう言うつもりはないが、いきなりのことで満腹ゲージが一気に満タンだよ。


「ああ、この町は初めてでしたか、妖精どの。ようこそ、雪と死霊の街、ランキ伯爵領へ」

「私、アトラ・アーテルと申します。ランキ伯爵へ用向きがあって参りました」


 全く動じずにアトラ姫が手紙を差し出すと、それを丁重に受け取る門番ゾンビA。その間も警戒を怠らない門番ゾンビB。


「いやはや、驚かれたでしょう? こちらの雪の辺りになると、ゾンビ系の人たちが多くなるんですよ。外壁に近い位置ほど普通の人間さんが多くなるのもこの街の特徴ですよ」


 朗らかに、しかし油断無く警戒しながら話をするゾンビB。


「では、確認しました。お通りください」


 恭しく礼をするゾンビA。


「ありがとうございます」


 こうしてランキ伯爵の屋敷の敷地を歩く。


「なあ、アレも伯爵の趣味なのか?」

「ランキ伯爵は意識あるゾンビ達や外道の呪法で死霊と成り下がった人たちを改心させては領民として囲った結果、ああなったそうです」


 ありがとう、アトラ姫。俺の正気度はファンブルで判定ミスりましたよ。


「この分じゃスケルトンだのワイトだのガストとかも生息してそうだな」

「え? さっき軒先で露店開いていたのってガストでしたよスノゥ様?」

「はい?」


 え、なに? 俺そんなの見逃してたの?


「いろんなところにいろんな死霊系の魔物がいるって話だよ、今上の方をレイスが通ってったけど」


 慌てて上を見上げると、青空の中、貴婦人といった感じの幽霊が飛んでいた。


「……人の趣味は、人それぞれだな」


 気を取り直して進んでいると、大きな屋敷が見えてくる。


「あれがランキ伯爵の館ですね」


 扉のドアノッカーを叩く。しばらくして出てきた執事に応接間へ案内される。


「紅茶でよろしいでしょうか?」

「うん!」

「お願いいたします」

「スノゥ様は?」

「ああ、俺もそれで」


 そうやって執事の人が慣れた手つきで紅茶を淹れる。その手つきを食い入るように見つめるチェルシー。

 俺もその手並みには感心しているが、そろそろ突っ込みたい。


 何でスケルトンが執事やってるんだよ! と。


 しかし、彼? の淹れた紅茶は美味いものであったので、それで突っ込みを押し留める。


「お待たせしました、兄リント・ランキ伯爵に代わり、私レイナ・ランキが皆様を歓迎いたします」


 しばらくしてから入ってきたのは、真っ白な髪をした、まだあどけなさが残る少女だった。


「アトラ・アーテルです、あなたの話は私の兄、ラファエル王からかねがね伺っております」

「私も、お兄様より話を伺っております。現在執務中故にこの場に来られないことを悔しがっておられました」


 お互いに握手をするアトラ姫とレイナ。


「……おや、懐かしい物がそこにありますね。ご無礼を」


 レイナがこちらに向けて手の平を向けてきたかと思うと、いきなり収束された熱線を放ってくる。

 半ば反射で氷の剣を抜き、それを受ける。


「おいおい、雇われ部外者だからっていきなり乱暴ってどういう了見だ?」


 俺が構えたことにより、レイナを除くこの場にいる全員が武器を抜く。執事もどこから出したのか手には投げナイフが数本握られている。


「相変わらず思考の方向が物騒じゃの、レイナ」

「やはりあなたでしたか、氷の剣」


 熱線を浴びた部分の圧縮雪のカバーが剥げ、氷の剣本体が露出している。


「す、スノゥさん、そ、その剣は?」

「あ」


 外部にバレたのはこれが初めてか。


「ああ、この間話した雪妖精の至宝の話は嘘。こいつは氷の剣だ」


 アトラ姫が息をのむ気配を感じるが、俺はいきなり熱線ブッパしてきたレイナに対して警戒レベルを最大にする。


「ご無礼をお許しください、お客人。そして氷の剣」

「気にするな、これしき防げないようでは担い手として及第点はやれぬよ」


 レイナが深くお辞儀をする。とりあえず氷の剣は別に気にした様子もないので、俺も一応矛を収める。


「こちらの妖精が今代の担い手ですか?」

「その通りじゃ。眷属の雪妖精がなぜか担い手として選ばれた訳じゃ」

「スノゥ・ドラコリィだ。よろしく頼む」


 俺が握手のつもりで右手を差し出すと、その手をつかんで握手してくれる。


「よろしくお願いします。スノゥ様。―――美味しそう」


 最後になんと言っていたか聞き取れなかったが、一瞬、ものすごくゾクッとした。この体になってから滅多なことで感じない寒気だ。


「では、晩餐になりましたらお呼びいたしますので……ボーンナム、部屋に案内を」


 そのやりとりだけでボーンナムと呼ばれた執事が部屋の扉を開き、部屋まで案内してくれる。


「では、アトラ様は手前の部屋を、皆様は奥の部屋をお使いください」


 案内された部屋に入ると、ごく普通の内装、たとえるならホテルの部屋という感じだ。

 とりあえず荷物を下ろし、詳しく確認出来なかった氷の剣を抜く。


「分かってて聞くが、大丈夫か?」

「あの程度で何か起こるほど柔ではないわ」


 さすがに頑丈。いつか溶鉱炉に近づけてみよう。


「今とんでもないこと考えおったな」

「いえいえとんでもない」


 ま、いつか悟られないようにやろう。そんなことを思いつつ、氷の剣を偽装用の圧縮雪で覆う。


「晩飯まで寝るわ」


 それだけ告げて、自分の割り当てのベッドに寝転ぶ。


 目を瞑り、思い起こすはあの雪原。

 命懸けのサバイバルだったあの頃を少しだけ思い起こしながら、眠りにつくのだった。

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