白の静寂をやぶるもの
あの後家に戻り、ベッドで一息付く。
数日ほど寝て過ごしながら回復に努めた。そしてその間に氷の剣から得た知識によると、雪妖精は自意識を持たず、冬の寒さと魔力を糧に冬のみ発生する術法生物という分類らしい。
本来は食事もせず、生み出された空間をなわばりとして、敵対者を殺してはその魔力を奪って生きるとのこと。
俺は毛色が違うのか、こうして意識を持ち、思いっきり食事をして生活している。魔力は二の次でも問題ない。
そして本来食事は必要無いのだが、魔物を体内に取り込むとその分だけ自分の能力が向上する事が判明している。
ワイバーンの時はファイヤーブレスと、竜の鱗を全身に出す竜化という物を習得する事が出来た。
正確には習得、と言うより体の機能不全が解消されたというのが正しい。
竜というのは体の中に強大な魔力を生む器官を備えており、その生み出された魔力を体の各部に分配して強大な力を得ているとのこと。
ワイバーンも同じなのだが、あれは魔力器官が小さく、ファイヤーブレスも吐けるがそれ以上に身体能力の強化を最優先にしているらしい。
しかし、この身のベースはあくまでも妖精であり、そんな器官など持って生まれていない。
ワイバーンも今のところあの一頭しか食べておらず、器官の生成完了までに時間が掛かっていた。
出来上がった後も今まで無かったが故認識出来ず、雪竜妖精という魔力器官を持っているがその存在を認識していない竜であった。
「うーん、心臓に重なる部分から大きく魔力が生み出される感じか?」
器官や全身に分配する魔力の管は準備され、一定数の魔力は流れていたが、既存の妖精ラインとの接続が上手くいっていなかった。
それ故今まで機能不全を起こしていたが死の淵に立ったおかげで既存のラインと合流を果たし、機能不全が解消された様子。
現在は溢れた魔力が末端などに影響を与え、わずかばかりに小さな鱗が浮かび上がらせてくる。
鱗といっても皮膚が踵のように硬質化したような感じで、少し気持ち悪い。手で少し払えば落ちるので落としているが乾燥肌みたいで嫌だ。
そして現在時点ではどんなに意識して魔力を通しても、完全な竜化形態になることが出来ない。
「因子、みたいなのが足りないのか?」
おそらくだが、食べたのがワイバーンのみなので、竜になるための因子の様な物が足りないと思われる。
だがそのおかげで魔物を喰うという行為で得られる物を理解した。
たとえば先日つり上げて凍らせておいたこの魚の魔物だが、こいつを食えば自分の体が強化されるし、最初に食べた時は水中での呼吸を可能にするという能力を得た。
無論ゲームのステータスの様な表示は無いのだが、本能で自分の体の変化が理解出来る。この弱肉強食の世界を生き延びるためには強く無くてはいけない。
だからこそ、こうして毎日魔物を食らっている。一歩でも先に進むため、強くあるために。
少し口寂しくなったので、鹿肉のジャーキーを囓る。調味料こそ無いが十分な食事だと思う。
「しっかし、異物か」
あの雪妖精が口にした言葉で、これは紛れも無く俺の事を指している。
氷の剣の知識によると、本来氷の剣は俺を生成するときに眷属として生成を行う予定であった。だが、俺の魂という異物が入り込み、あまつさえ定着してしまったがために自意識を得た。
これは本来あり得ない事だ。
大抵は異物に対して拒絶反応を引き起こし、正しい魂か体が崩壊するはずだったのだが、奇跡的に拒絶反応を引き起こさず定着した。
この世界では異質な存在である俺は、本来この世界の生物に駆逐されるはずだった。
生まれたての時のワイバーンやオオカミモドキが良い例だ。いや、オオカミモドキはワイバーンを喰いに来てただけかもしれないが。
その反応が過剰に出たのが雪妖精の反応だったのだろう。その場の魔力の影響を受ける呪法生物であれば、世界からの影響を全力で受けてもおかしくは無い。
ともかく世界の異物排除機構によって、俺は排除の対象であった。
それを変えたのが、氷の剣を所持したことと、こうして魔物を食べる事だ。
氷の剣は世界そのもののため、所持する事が出来ればこの世界を統べた事になる。しかし元々が氷の剣から生み出された存在。
いわゆる眷属のため、どうにも純粋な所持者として認められていないらしく、これだけでは足りない。
そこでこの世界の魔物を喰う事で自身もこの世界の連鎖の中に存在する事を示す。
生きるために行っていた事の結果論だが、半年間繰り返してどこに居ても殺してやるぞな状態から、ようやく視界範囲に入ったら殺すにまで、世界に認識させることが出来た。
この調子だと、この世界を統べる者としての頂点はどこまで掛かるのか。少々気が遠くなる。
空を見上げる。赤い星が水平線に沈もうとしているので、釣り道具を片付け、かまくらに戻る。
明日は、魔物狩りをしよう。少しでも強くあるために。
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現在、『凍てついた銀河』を南側に進んだ辺り、外円部まで残り半分という位置、通称『天の川』まで来ております。
なお『天の川』とは俺が命名しただけであり、実際には地名もへったくれもありません。
ちなみに中心部、かまくらがある辺りは『大氷原』で、狩り場の森は『獣の森』と呼んでいる。
この『天の川』は、本当は家の辺りから続いている湖なのだが、純粋に水面に映る星空が本当に川のように見える事から命名している。
ここについては基本飛んで渡るか、途中にある氷の浮島とその周辺の浅瀬を経由する必要がある。
無論飛んで渡るのが俺のセオリーになるが、今日は違う。
この浮島はかなりの広さを誇っており、戦闘を行う足場としても使うことが出来る。
そして、川を渡り切るには全部で三つの浮島を通らなければいけないが、浮島一つごとに魔物が存在する。
その魔物とは、全長五メートル位、だいたい俺の五倍の身長がある巨人だ。
魔物として生成された存在であり、浮島を通ろうとする生物や『天の川』の巨大魚を補食して生きる存在。
ワイバーンに並んで生態系の上位である存在だ。
ちなみに最上位に関しては知識ですでに知っているが、外円部に居る上、今の俺では殺り合っても三秒と持たない存在だ。
なので、ここで巨人を狩り、喰って俺の力とする。ワイバーンの力と巨大魚喰いで得た積み重ねの力をを今こそ発揮するとき。
翅に力を込めて上空まで飛び、浮島に居る目標を探す。しばらく眺めていると、『天の川』で魚を捕っている巨人を発見。
ちょうど武器である巨剣を置いて、素手で水に手を突っ込んで魚を捕まえているために隙だらけだ。
しっかりと剣を構え、この半年の間で閃いた技を繰り出す事にする。
「スカイブレイカー!」
説明しよう、スカイブレイカーとは相手に向かって飛び上がり、落下の際に相手に剣をたたき込むという非常にわかりやすい技だ。
なんか覚えた技が力技しかない。もう少し技術を駆使した技が欲しいが、教わってもいない剣を覚えるなぞ天才でも無い俺には無理だ。
なので、力技万歳。このまま一撃をたたき込む。
だいたい上空1000メートルの自由落下エネルギーを得て、眼下の巨人に剣を向ける。
しかし巨人も馬鹿では無いらしく、風切り音を聞きつけ、こちらの攻撃に気がつく。
とっさに剣を握ろうとするが遅い。そのまま巨人の頭部に氷の剣が食い込み、そのまま落下エネルギーに任せて縦に真っ二つにする。
人型の生き物ではあるが、魔物だと分かっていれば殺すことに忌避感はない。ただ、これを食べるとなると、抵抗が生まれる。
しかし氷の剣は肉を食うのでは無く、魔石を喰えと教えてくれる。
真っ二つにした胸元を探ると、拳大の二つに割れた石があったので、それをそのまま口に放り込む。
すると、巨人の力を無事に取り込めた。全身の筋肉が強化され、体力も上がった様に感じる。
これはなかなか、と思っていると、浮島に向かって巨人が数匹集まってくる。巨人は目の色が赤いときは敵対存在と交戦状態にあると氷の剣が教えてくれる。
同時に、同族の魔石を持つ者に対してはそれを奪い自分の物にするという習性も存在する。
なので通常、魔石は持ち帰らずにそのままにするのが基本とのこと。
「なんか氷の剣の知識伝達の順番に悪意を感じるぞ」
実はこいつも潜在的な敵か? そんなことを考えながら、浮島に渡ってきた巨人と相対する。
構えた巨剣をこちらに向かって振り下ろす。こちらはひとまず回避し、氷の剣を構える。
そして回避地点に横薙ぎで振るわれる剣に対してこちらも剣で受け止める。が一撃が非常に重く、踏ん張っていられない。
仕方が無いので踏ん張らずにそのままはじき飛ばされる。
地面を数十メートルほど滑り、ようやく停止。そのタイミングにはもう巨人が剣を振りかぶりながら目の前まで来ている。
「スマッシュヒット!」
振り下ろされる剣にこちらもスマッシュヒットで対抗。今度は問題なく受け止めに成功。
ただ、現時点の通常筋力では巨人の攻撃は受け止め切れない。どうしたものかと思いつつ、巨人の剣を回避回避と逃げの一手を取る。
こうなったら絡め手で行こうと思い、再びスマッシュヒットで剣を受け止める。その時に意図的に攻撃を受けきれないように振る舞い、移動しながらこちらも攻撃と相手の受け止めを行う。
攻撃は右側に流れるように受け流す。それを繰り返し、巨人の周りを一週。そのタイミングで攻撃を受け止めると同時に足を踏みならす。
足で描いた魔法陣が発動し、合計十本の雪で出来た紐が巨人を拘束。力任せに振り切ろうとしているところを狙い、首を切り落とす。
巨大魚で強化された肉体を持ってしても息が上がり、疲労が蓄積される。覚えている範囲でもスマッシュヒットを五回は放っており、これ以上は厳しいというのを実感する
「後何匹か……」
現在見えるだけで三匹、一匹はもうすでに浅瀬を渡りきっている。無理、撤退決定。
素早く魔石をえぐり出し、口に含むと、最初に倒した巨人の巨剣を手に取り、上空まで飛び上がる。巨剣が重く、飛び上がるのが遅れたがなんとか逃げ切ることに成功。
そのまま一度家まで戻るのだった。