刺身、それはふるさとの味
船に乗り始めて二週間。船の乗客全体に暇だという空気が蔓延し始めた今日この頃。
俺は再び釣り糸を垂れていた。
「スノゥ様、また釣りですか?」
「そう馬鹿にするもんじゃないぞ、新鮮な食料源だからな」
そう言った俺の横には釣り竿が数本立てかけてある。
「でも。釣り竿の貸し出しで商売するのはどうかな?」
稼げるときに稼ぐ、それが商売の鉄則であり、冒険者の鉄則であり、生きるための秘訣でもある。
「ああ、妖精さん、今日も貸してもらっていいかい?」
三日前から始めたこのサービスは、今まで釣りをしたことのない上の客室の方や、三等客室の客が晩ご飯を豪華にするべく挑むギャンブルのような物になっている。
この身なりのいいおじ様も常連となったお客様である、
「どうします、一時間大銅貨三枚だけど、一日借り切りなら銀貨一枚だよ?」
「それじゃあ、借り切りで。いや、釣りがこんなに楽しいとはな」
躊躇なく銀貨で竿を借り切るところからお金に余裕がある人だとわかる。
「それで、今日は釣れたの?」
横のバケツを指さす。中には海水しか入っていない。
「今日はボウズだ。刺身食いたかったんだけどなぁ」
正直こまっしゃくれ過ぎて、刺身を塩で喰うなんてしたくなかったんだけど、醤油が無いのなら仕方が無い。
「サシミ?」
「ああ。こっちじゃその風習無いしな」
そう思った瞬間、竿が当たりを伝える。リールを巻いて手早くつり上げると、そこには鯛のような魚が釣れた。
「お、鯛だ。しかも天然物」
この魔物が生息する海の中で、こんな立派な鯛が釣れるとは。
「タイ?」
「お、釣り竿屋がブリムン釣ったぞ!」
ほかの釣り客が俺の釣り上げた鯛を見て一斉に駆け寄ってくる。
「ブリムン?」
「ああ、高級な魚だな。結構大きいから、港で売ったら高いぞ?」
みんなが口々に美味い、高い、いいなと言ってくる。確かに鯛ならその評価も頷ける。
「それで、どうやって食べるの?」
「とりあえず半身は刺身にするから、まずは寄生虫殺しておくか」
もう半分は何にしようか。今から少し悩みつつ、鯛の身を壊さないように瞬間冷凍を行う。
「そう、ナイトロジェンならね」
液体窒素により、一瞬で鯛の身を凍らせる。ついでに寄生虫もコレで死滅させる。
「凍らせるの?」
「こうすれば食材は長持ちするし、変な虫とか居ても一瞬で殺せるから安心」
あの『凍てついた銀河』の場合は気温が平気でマイナス行ってたので、そんな急速冷凍とか考える必要が無かった。
だから刺身とか平気で喰ってたんだけど、これは後が楽しみだ。
「よし、このあたりにはブリムンが居るらしいぞ! みんな、釣るぞ!」
釣り人たちが気勢を上げる。ま、鯛は深いところにいるから釣り上げるのが大変だけど頑張れよ、と内心でエールを送る。
「それで、サシミって結局なんなの?」
「晩飯まで待ってろ」
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そうして晩飯時。一部の食卓で魚の塩焼きなどが並ぶ中。俺は持ち込んだ鉄板と調味料などを使い、ある物を厨房で仕込んでいた。
「それで、そのブリムンはどうするんだ?」
厨房の一角を借りて調理するのは、先ほどの鯛ことブリムンの調理。山場を乗り切った厨房の中で、コックさんが興味津々でこちらを見ている。
「これでアクアパッツァでも作ろうかと」
鞄から取り出すのは、冷凍保存しておいたアサリに似た貝。そして各種香草とオリーブっぽい実。それとその実から絞った油。後トマト。
鉄板をファイヤーブレスで暖め、ほどよいところで鯛を焼き始める。ある程度火が通ったら貝とトマト、白ワインを投入。
そうしたら後はゆっくりと煮詰めるようにするだけ。
興味津々で眺めていたコックさんが何か気づいたように俺に聞いてくる。
「そっちの半身はどうするんだ?」
こちらは単純。かなり注意して作り上げた刺身包丁でもって、丁寧に切る。
「はい、完成」
「……生?」
「刺身だからな」
あまりのことに衝撃を受けるコックさん。しょうが無いのでそのままその口に鯛の刺身を放り込んでからそのまま放置し、残ったアラを水を張った鍋に放り込む。
吹きこぼれないように煮詰め、塩で味付けして完成。
「これぞ、鯛づくしのメニューと」
コレに保存食のパンを付ければあら不思議、豪華なディナーの完成である。
「生のブリムンがこんなに美味いなんて……」
「最低限、釣ったその日のうちの魚でやれよ? 時間経った魚でやると間違いなくトイレ行きだからな」
できあがった物はそのまま自分たちのテーブルに持ち込む。
「な、生?」
鯛の刺身を見て、ベルとファレ以外。つまりチェルシーと興味本位のギャラリーが硬直。そして食べてみての感想が美味い、いけるだったのは言うまでも無かった。
アクアパッツァの方も大好評であり、またやって欲しいとファレにせがまれたのだった。
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釣りと基礎鍛錬ばかりの船旅もようやく終わりを告げようとしている。
「いいのか、こんなに釣り竿貰っちまって」
仲良くしていた船員が俺の作った釣り竿十数本を前にして聞いてくる。
「ああ、いいんだ。持ち歩くにはちょっと邪魔だし。ま、世話になった礼だ。釣り竿の貸し出しでも続けてくれれば収益にもなるさ」
それに鞄の中にすでに四本入ってるから困らない。
「あっちの氷の像は?」
「食堂の飾りにでもしておいてくれ。格安で譲ったから」
ファレの術練習で作った不滅氷の妖精像に付いてはそもそも持って行くことすら出来ないので金と引き替えにしておいた。
「ま、元気でやってくれ。気が向いたらまた利用するさ」
そうして船員に別れを告げ、船を下りる。
「さて、久しぶりの陸地だ!」
軽くのびをすると、俺以外全員が少し戸惑っているように見える。
「どした?」
「いや、揺れない地面が少し違和感なだけで」
よし、どうでもいい。明日あたりには回復してるだろう。
「しかし、なんかこう、港町なのに活気というか、少し気配が怪しいな」
乗ってきた船は貨物船も兼ねていたので、湊川でも荷下ろしやある程度市場が立ったり、それに釣られた人たちが港をのぞきに来るとか、活気に満ちる物だろう。
「何か、それどころじゃないって感じかな?」
荷下ろしに参加する男の人は少なく、市場の売り手も買い手もまばら。
「これは、戦争じゃな」
「なるほど、男手がかり出されてる訳か」
町中を歩き回っても、若い男の人の絶対数が少なく感じる。
「こりゃ、このあたりの働き手が徴兵されたか?」
「そう見て間違いないじゃろ」
なるほど、創世教の暗躍は結構大規模になっている様子。
「さて、地図によると、この先南東側にアーテル王国の首都。『王都アーテル』がある」
北側に街道を進むと、懐かしの『エウド』にたどり着く。まあ、かなり遠いし、用事も無いから行かないが。
「じゃあ、このまま南東方面に進むの?」
「ま、南東方面へ街道沿いに進むのがベストだろう」
そんな会議をし、その当たりの店で旅支度を調えてから、港町を出る。
空は快晴、雲一つ無いのに、なんとなしに不安が募っていくのだった。




