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ドラゴンへの道

「なんか、首筋がチリチリするな」

 懐かしい感覚。いつぞやの間、死ぬほど味わった感覚。あの時とは比べものにならないほど弱いが。


「うん、解読出来た」


 ベルが解読した手紙を広げる。


「ふむ、奴らが探していたのは丙子椒林剣か。まあ、使いこなせる人間など世界でも両の目の数だけ居ればいい方じゃろ」


 氷の剣が吐き捨てるように言う。


「使いこなせないの?」

「あれは呪剣じゃ。はっきり言ってタチの悪い呪いだ。使用者を妖精に変えていくという人を捨てさせる剣だ」


 あれを鍛ち上げた者が聖戦士に惚れており、種族違いの恋を成し遂げるために作り上げた剣だ、と言う。


「ありったけの思いを呪いに変え、隕石を材料に流星で叩いて、星屑で研ぎ上げた剣の呪いはどっこい聖戦士には何も効果を果たさなかったんじゃがの」


 恒例だが、なんかとんでもない話を聞いた気がする。


「丙子椒林剣は持ち主を妖精の里へ導くって聞いた事がある……」


 導くじゃなくて、妖精の里じゃないと暮らせなくなるかなぁ。かくして伝承は作り上げられるのか。


「ま、本筋じゃ無いな。恐ろしい剣だけど」


 さらに手紙を読み進めると、平行して進められている計画の概要が書かれている。


「なになに、妖精の里を探し当てる、創世王を迎えるための居城の建築、生命の樹を探す……手広いなぁ」


 妖精の里は文献を読み解いているが進捗は芳しくなく、居城の建築は三割完了、生命の樹はめどすら立っていない。


「妖精の里を探すために丙子椒林剣を求めていたということね」

「ベルやスノゥと同じになれるの?」


 果たして、それが幸せな事かは分からないがな。


「うーん、でもわたし、剣なんて振れないし、妖精にならなくても皆一緒だから大丈夫!」


 ファレの笑顔に皆つられて笑う。


「さて、そうなるとこの最後の文章が、あいつらを追うための最大の切り札だな」


 最後の文章は、『アーテル王国の内乱準備完了、内乱と同時にモルジュロペラを我らが手にする』とある。


「なるほど」


 氷の剣が重々しく口を開く。


「生命の樹を探すために、その枝を使う、か。なんともわかりやすい連中じゃ」


 確かモルジュロペラは聖戦器の一つだったはず。


「あれは生命の樹の枝そのものじゃよ。持ち主に莫大な生命力を与える命そのものの剣という奴じゃ」


 剣を握る物に比類無き生命力を与え、その力を利用して不死身の剣士となった。その逸話から命剣とも呼ばれるとのこと。


「じゃが、その応用と言うべきか、悪用と言うべきか、その生命力を子孫繁栄に使いこなしおった」


 じゃから、その当時を知るものからは絶倫剣という不名誉なあだ名もある。


「そうして彼とその嫁達が国を興したというのが、『アーテル王国』ということじゃ」


 歴史の裏側とは、常に思いがけない事実が転がっていると思う。


「当時、あの脳天すっからかん男はその剣を家宝にすると言っておったからのう。今もまだあの国の王家が持っているのでは無いかの」

「だいたいの内容は読めたな。そして俺たちの行き先も決まったな」


 モルジュロペラを得ようとする狂信者を追って、『アーテル王国』へ向かう。最速が船旅で一ヶ月ほど。

 しばらく暇な旅になりそうだ。


「ま、それもこれも全て、この騒ぎが収まってからね」


 ネルソンポートに着いてから一週間、魔物の情勢は未だ安定していないが、次期の主候補はおおかた出そろったので膠着状態になっているらしいのだが、なぜかネルソンポート周辺だけが落ち着かない。


「この周辺が落ち着かないんじゃ、海も落ち着かないからな」


 港周辺の海は魔物の動きが活発で船を出せない。


「昨日、傭兵や冒険者を集めての原因究明に乗り出したって話だけど、気長に待つしか無いな」


 暇だな、と思いながらベッドに寝転がると、この宿屋の親父が飛び込んできた。


「おい、あんたら氷の術が使えるんだろ!? 報酬ははずむから急いで中央の共同集会場に来てくれって!」


 治療に氷が必要だと医者が言っているので急ぎでかき集めているらしい。


「ま、報酬出るなら行くか」


 大急ぎで集会場に向かうと、そこには大小様々な傷を負った男達が倒れていた。


「来たか! 急いでくれ、傷が熱を持って大変だから冷やす必要があるんじゃ!」


 医者の言葉に、俺とベルが大急ぎで氷を作り始める。


「ファレは綺麗な水を用意してくれ! チェルシーはとにかく力仕事全般を手伝ってくれ!」


 そこから先は、戦場だった。ファレが用意した綺麗な水で傷口を洗い流したり、チェルシーが簡易のベッド設営を行ったりしていた。

 俺やベルも十分な氷が確保出来た後はスノーバインダーを使って縫合用の糸を出したり、どうしても間に合わない傷を凍らせて一時的な時間稼ぎをしたり、必死になって行動した。


「よ、ようやく終わったぁ……」


 全員の処置が終わり、その場に倒れ込む。


「しっかし、傭兵と冒険者混成の調査チームが壊滅状態か」


 調査チームは全部で二十七名、馬車の御者などの後方要員が六人。そのうちネルソンポートにたどり着けたのがほぼ半数の十四名、最終的に助かったのが、十一名。


「一体、どんな化け物に襲われたんだ?」


 傷口を見ると、鋭くも荒い爪痕が残されていたり、一部は火傷のような跡も残っている人が居た。


「……あれは、正真正銘の化け物だったよ」


 聞こえてきた声に、顔を上げる。

 ちょうどベッド代わりに準備された机の上に寝かされた男の声だ。


「あんたは」


 顔を含めて全身包帯巻き状態だが、その手に握っていた物で誰かが分かった。


「お前、ミハエルか?」


 あの時、氷柱の剣を渡した男だ。

 ミハエルの口からぽつりぽつりと語られる言葉を少しずつ拾う。


「最初は、雪が降ってきて、それがだんだん強くなってきた」


 常夏の国に、雪。それだけで異常事態だと分かる。


「次に、先頭の斥候役が、白く小さい何かに首を刈り取られた」


 全員が警戒を強めたところに、そいつは現れたという。


「雪ウサギだった。北の方で見る、白い毛並みのウサギだ」


 それを認識した瞬間、白い地獄が顔を見せた。


「そいつが、雪の中を縦横無尽に飛び交い、同時に俺たちの中から血飛沫が飛び散った」


 反撃を試みるも、動きが速く、身のこなしが得意そうな短剣使いがそのウサギに一太刀加えるも、その毛並みで逆に短剣をへし折られた。


「混乱する中、誰かが撤退を叫び、全員が一斉に逃げだそうとした。俺もそれに便乗しようとして、見た」


 そのウサギからあふれ出る、目に見えるレベルの魔力のたぎりと、


「巨大な、白銀の竜を」


 とっさに氷柱の剣を構えた瞬間、強い衝撃と吹っ飛ばされる感覚を味わい、そのまま馬車の荷台に突っ込んだ事までは覚えている。


 銀貨五枚で買った券が、俺の命をかろうじて繋いでくれた。


 その言葉と共に、彼から聞こえるのは、規則正しい寝息。


 彼の命を守った氷柱の剣を見る。半ばまで鋭い何かで断ち切られ、剣としての機能をかろうじて保っている状態だ。

 俺は無言でその氷柱の剣を握る。


「全く、これだからやっつけ仕事はいけないな」


 刀身を構成していた不滅氷と圧縮雪を一度除去し、今度は時間を掛けて圧縮雪で心材を作っていく。


「氷の剣、前に竜核を喰った生物はどうなるって言った?」


 覚えているが、最終確認だ。


「魂レベルで浸食され、最終的に元のドラゴンの姿に戻る、今はまだその段階に達していないが、それでも相応の力は得ているようじゃな」


 氷の剣も、その相手が、誰か分かっているようだ。


「二度目となるか、ドミニオンズ=スノウドラゴン……」


 白銀竜。『凍てついた銀河』の守護者にて、氷の剣の試練。


「まあ、この因縁は、俺がきっちり付けないとな」


 しっかりと圧縮した不滅氷で心材を覆い、さらに外側になる部分の不滅氷を作る。


「ところで、その剣の中身、空洞じゃがどうするんじゃ?」

「こうする」


 ナイトロジェンで生み出した液体窒素を封入し、中に空気が入らないようにしてしっかりと蓋をする。


「これぞ、冷凍剣ってか」


 今度のは不滅氷と圧縮雪、それと液体窒素による氷属性のレイピア。強度もしっかりと上げており、今度はちょっとやそっとのドラゴンの一撃じゃあ壊れないはずだ。


「一眠りして、夜になったら行くぞ。これは、俺がケリを付ける問題だ」


 その言葉を氷の剣に伝えてから、俺はそのまま壁に寄りかかって目を閉じた。




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




 そうして夜。俺は一人、街道を進んでいた。


「そういえば、夜空を見上げるなんてこと、久しくやってなかったな」


 空に広がるのは満天の星。『凍てついた銀河』の時は空の星が時計代わりになっていたが、今では太陽と月が時計代わりだ。


「ところで、『凍てついた銀河』の星空ってこの星空とも違うよな?」

「ああ、あれは人が語り継いだ神話を元に作った物での」


 ああ、星座神話とかそういった感じのか。


「ま、様々な話、民話の類いを織り交ぜたらあんな空になった」


 どれがどういった類いの物かは俺には判別出来ないが、きっと氷の剣だけがそれを知るのであろう。


「さて、再びの白銀竜戦だ。おそらく弱体化しているだろうが、それでも確実に苦戦は免れないだろう」


 空から降り始める雪。あいつの言っていた最初。

 おそらくだが、調査隊の生き残りは俺に対するメッセージ。ここに居るという意味を込めて、わざと生かされたのだろう。


 徐々に激しくなる雪の中、複数の影が現れる。


「なるほど、今回はザコから連戦スタイルですか」


 雪の中から飛び出てくるのは、凶暴化したオオカミモドキと、トロールのような亜人鬼。

 さらに大盤振る舞いなのか、小さいながらも竜も居る。


「うわぁ、面倒くさい」

「言っている場合かの? 来るぞ!」


 向かってきたオオカミモドキに向かって剣を振ろうとした瞬間、背後から重量物が飛んでくる。

 首の横ぎりぎりを掠めてオオカミモドキに直撃するのは、巨大な斧。


「スノゥ様、散歩かな?」


 次いでトロールが炎に焼かれる。


「夜更かしなんていけないんだ」


 最後に残った竜は一瞬で氷漬けになった。


「まったく、考える事が単純で予想しやすいわ」


 置いてきたはずの、皆がそこにはいた。


「いつからバレてた?」


 俺がそう問えば、皆揃ってこう返す。


『最初から』


 もう笑うしか無い。


「雇い主が居なくなるのは困る。衣食面倒見て貰わないと」

「私は、氷の剣の眷属がどんな物か見てみたいだけだから」

「そう言ってるけど、ベルもわたしも心配したから、一緒に行こうって」


 余計な事を言ったと思われるファレがベルに頬を軽く引っ張られている。

 そんな、敵陣だという事を微塵とも感じさせないこいつらの態度が、俺の口元に笑みを浮かばせる。


「さぁて、じゃあ、かわいくなったって噂の白銀竜の面でも拝みに行くか!」


 雪の中から現れる新たな影に向かって、全員で駆けだした。

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