原初というのは大抵えげつない
デジェスト。スライムの中では厄介な種類のスライムだ。
自身の体内に取り込んだ存在を溶かし、栄養に変えて増殖する。厄介なのは基本的に肉食な点であり、動物を取り込んだときの増殖速度は目を見張る物がある。
時たま、農村などではデジェストに子供を喰われ、そのまま連鎖的に村一つがスライムに沈むという自体が起こることがある。
こいつの対策は、焼くか凍らせるか。水では殺せず取り込まれ、そのほかの物理現象では逆に喰われるか無力化される。
人どころか家ごと飲み込みそうな大きさのこいつは、術士が十数人単位で協力しないと殲滅は無理だろう。
「術士達はわ、私たちを守れ! 他はあいつを片付けるんだ!」
突然の襲撃に混乱した雇い主達は自分たちを守るため、術士を防御に使った。
「ダニエル、右側の奴をやれ! ジャックは左側! なるべく核だけ狙え!」
「ミハエル! こんなんじゃ武器が持たねぇ!」
「くそっ!」
確かに、体内で何でも溶かすと言っても、鉄製品などは溶かすのに時間が掛かる。
その間に核を切ってしまえばただのゼリーになる。
しかし、無尽蔵とも言える数を前に、武器がそんなに持つはずも無い。
「のわぁ!? 離せ! どこ触ってやがる!」
ダニエルが隙を突かれて武器を叩き落とされ、そのまま触手で絡め取られる。
「この野郎! エクレイル!」
叫びと共に、握ったレイピアで刺突技のエクレイルを放つ。知り合いに銀貨一枚で教えて貰ったが、中心核のあるスライム系相手には役に立つ。
「済まない!」
「くそ、どこもかしこもおんなじ状況だ!」
女性の護衛とかはあられも無い姿にされかけている。一部男性も同じ状況だが、見苦しいことこの上ない。
そう思った瞬間、俺の横を冷気が通り過ぎた。
「あ」
そう思うと同時に、俺が相対していたスライムが、凍り付いて砕け散る。その砕け散る氷の破片と共に、振り向くのは真っ白な大剣を抱えた妖精。
同じように白い槍を振り回す妖精と、身の丈の倍はありそうな巨大な斧でスライムを切り裂く従者。それと場違いのように見える、杖を抱えた子供。
「き、君たちは!?」
大剣を持った妖精が、答える。
「ちょいと苦戦してる様子だから、加勢しに来たぜ。幾らで雇う?」
幻想的な光景とは裏腹に、非常に現実的な事を言う妖精にあっけにとられる。大剣の妖精が他の二人からまずは殲滅が先と怒られている。
街の中で、妖精の冒険者がいるという噂を聞いたことはあるが、見たのは始めてだ。
「か、加勢か!?」
「助かったぞ!」
ともかく、妖精達の加勢で、場の空気は一気に変わった。
三人が手当たり次第にデジェストを狩っていく。
「俺も負けてられ……!」
そこで気が付く。俺のレイピアが、酸に負けてぼろぼろになってしまっている。予備の武器はあるが、今は護衛対象の馬車の中だ。
せっかく優勢になりそうな環境なのに、一人抜ける事になるのは不味い。
「ああ、鋼鉄製で高かったのに……!」
何よりも出費が痛い。
それに気が付いた大剣の妖精が寄ってくる。
「後払いで良いが、武器はいるか?」
「割引してくれると助かるがな!」
この際、なんでも構わない、剣であれば問題なし。出来ればレイピア系の刺突剣で。
「よし、じゃあ、今作るわ」
こいつ今何言った?
妖精が俺のレイピアに手を当てると同時に、酸で溶けたレイピアの刀身が凍り付く。
さらにそこから侵食でダメになった部分の氷だけが砕け、根元だけが残る。
「さて、仕上げっと」
雪で芯が構成され、その上から透き通った氷が刃を形成する。
「ま、名付けるなら氷柱の剣ってところか」
じゃ、励めよと言って妖精が飛び立っていく先は、大本である大型スライムの方だった。
「……俺、破産しなけりゃ良いんだけどな」
貰った氷柱の剣という白い剣でスライムを突き、核を貫いて仕留めるのだった。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
なかなか、即席で作った割には氷柱の剣は良い出来だと思った。
元となる鋼鉄の根元に、圧縮雪で堅い芯を作り、不滅氷で覆う。強度を確保しつつ氷属性を付与する。
オマケに材料は魔力だけ。これで銀貨一枚位貰えれば良いな。
「で、こいつどうする?」
巨大スライムから飛んでくる触手を氷の剣で弾き落としつつ、先に進んでいた二人と合流する。
触手は打ち落とすたびに凍結させているのだが、凍結した瞬間に切り離して全体凍結を防がれている。
「どうしよう、スノゥ様?」
チェルシーが横薙ぎに斧をスイングするたびに発生する豪風で触手が散らし飛ばされる。
「私が凍結させる?」
それも良いだろうが、気になった噂がある。
「なあ、氷の剣。スライムスープって聞いた事あるか?」
そう、術や武器加工のための素材として、スライムの素材があると聞いた事がある。
「ああ、熱によって体積が縮んだスライムの体が材料じゃな。主にドラゴンの鱗や爪を加工する薬品に使うのじゃが」
ならば、答えは決まった。
「よし、ファレがやってみるか!」
「いいの?」
「むしろこの場で出来るのはファレだけだな」
俺とベルは火と絶望的に相性が悪いし、チェルシーは脳筋で術とは縁が無い。
「なんか今失礼な事考えられた気がする」
気のせいだとチェルシーをあしらいつつ、ファレに攻撃の準備をさせる。
「じゃ、ファレの準備が整うまで俺たちは防御だな」
「頑張ってね、ファレ!」
「うん!」
ファレの足下に魔法陣が展開される。白く輝くそれは、あの家にあった魔法陣を下敷きにした物だ。
「えっと、降り注げ創世の時、始まりの地獄をここに顕現せよ―――」
あ、あれ? なんか物騒な詠唱が聞こえるぞ?
「なあ、ベル? お前なんか変な術教えたか?」
「氷の剣の知識にあった術で、『原初の火』って術だけど、原初って言うくらいだからたぶん初等術でしょ?」
血の気が一瞬で引いた。そして氷の剣の気配もヤバいくらいに揺らめいている。
「なぁ、氷の剣。俺の予想が正しければこの術ってとんでもないよな?」
「ああ、ドS修道女が唯一使えた攻撃術じゃ。指定した範囲に地獄の火炎を展開する殲滅術じゃな」
氷の剣に「使うと相手はどうなるの?」と問えば、端的に「死ぬじゃろ」と返ってくる。
あまりの威力に使用した場所は焦土と化して、敵は跡形も残らないそうだ。
「落ちて、原初の火よ!」
「か、壁! 壁張って!」
大急ぎで圧縮雪で壁を作る。その壁の内側にチェルシーが地面を捲り上げる様にして岩の壁を展開する。
瞬間、音が消え、光だけが支配する。そして、数秒後に光が消え、
「ど、どうなった?」
円形に焦土と化したスライムが居た場所と、
「あーうー。魔力空っぽ……」
魔力切れで杖に体を預けるファレの姿があった。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
そんな事があって、今、俺たちはこの馬車集団の守り神の様な意味合いで先頭にいる。
「お前さ、もう少し意味考えて術教えろよ」
現在の俺。ベルに説教中。
「それにもう少し常識という物をわきまえろよ」
「スノゥがそれを言うかの」
だまらっしゃい。
「ファレちゃん、大丈夫?」
「うん、少しだるいだけ」
チェルシーが俺手製のうちわでファレを扇ぐ。そんなファレは気力の無い声を上げる。
「まあ、回復力も早いからしばらくすれば動ける位には回復しきってるだろ」
残念ながら魔力を回復させる薬は基本的に高く、なおかつ一部の物以外は酒をベースにして作られると聞く。
つまり、あったとしてもファレには使えない可能性がある。
「それで、私はいつまで正座してれば良いの?」
少なくとも、ネルソンポートに着くまで。そう言ってからまた、馬車の上に戻る。
「スノゥさん」
馬で併走する先ほどの護衛の一人、ミハエルが声を掛けてくる。
「本当にこの剣、銀貨五枚で良いのか?」
「何度目だ? いいって言ってるだろ?」
彼に作った氷柱の剣だが、今まで握ったどの剣よりもいいと言って、持ちうる物全てをこっちに譲り渡そうとして着た。
さすがに間に合わせで作った物にそこまで貰えないと謙虚な姿勢で交渉し、手持ち現金の銀貨五枚で手を打つことにした。
他人の破滅を見る様な趣味は無いのでこの辺りが良いところだったと思う。
「しかしなぁ、属性付きの武器って最低限で金貨、それもせいぜいボウイナイフ位の大きさだぞ? こんな立派なレイピアなんて貴族くらいしか手が出ないぞ」
出回ったとしても、金貨を積まないと入手は不可だとも言う。
「手抜きにそこまで金取れねぇよ。ま、後ろめたいんだったら今度酒でも奢ってくれ」
ま、そんな事を話しながら馬車を走らせていると、前方に港町が見えてくる。
「お、見えてきたな」
今夜はゆっくりとくつろげるな、と思いながら馬車の上で思いながら空を見る。
日も大分落ち始めており、空がだんだんと赤く染まってゆく。
そんな光景を楽しみながら、俺は空を眺め続けるのだった。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
遠くに見える人共が使う乗り物の群れを見ていた。
その中で、先頭を走る乗り物の上に、そいつは居た。あの時よりもほんの少し小さくなった魔力と、失った分を補ってあまりある魔力の持ち主が二体、魔力は無いが強靱な肉体の持ち主が一体。
かつて、あの地へたどり着き、私を下した者と、その仲間達を思わせる。
後に星を司る剣の持ち主に、生命を司る剣の宿主、光を掲げる者、虹を越える者、そして氷の担い手。
私は彼らのために世界を渡る翼となり、あの短い時間を駆けた。
そのわずかな命の輝きは、すぐに消えた。
一人は何も言わずに姿を消し、一人は王になると頭を下げ、一人はすべき道を見つけたと歩き、一人はその輝きの向こうに向かい、そして一人は肉体が朽ちてもその魂は私と共にと言い残して。
だからこそ、私は見定める。彼女が本当に担い手としてふさわしいのか、そしてその仲間がそれぞれにふさわしい存在なのかを。
舞台が整い、演者が揃った。私と彼女たちと、そしてこの平原がその舞台となるだろう。




