『凍てついた銀河』で見た! 樹氷に寄り添うもの
さて、あの自身のアイデンティティを確立してからだいたい半年が経過。その間は非常に穏やかな時間が経過している。
起床し、まずは水瓶(氷製)に水を汲むところから始まる。
水道などという便利な物は無く、巨大な水瓶を満たしておかないと後々面倒なためだ。
汲んできた水を使って身だしなみを整える。氷とオオカミの毛を使って作ったブラシで髪を整える。素材のオオカミは以前撃退した奴である。
同じようにして作った歯ブラシで歯を磨き、準備を終えたら朝食。昨日狩った鹿っぽい生物の肉をファイヤブレスで炙ってからいただく。
「いただきます」
引き締まった肉は噛み応えがあり、和牛とかああいった肉が恋しくなる。無論、これはこれでおいしいのだが。
食事を終えたら掃除、なのだが基本ここに埃とかは存在しない。研究室とかが聞いたらうらやましい環境なのだろうか?
ともかく、部屋の中に以上が無いことを確認したら戸締まりをして家を出る。
手に持つのは氷の剣で、向かうのはこの氷原の少し先にある森。ここを狩り場として日々の糧を得る。
無論、丸坊主の日もあれば、昨日のような鹿らしき生き物を得ることもある。
「そろそろ昼か」
同じように昼食を食べ、部屋で知識にあったなめし革の作成を行う。なんか森にある植物と石灰っぽい石を使って水で戻したりしながら術でなめすのが基本だそうな。
地面というか雪面に指で魔法陣を描き、その上に水で戻した皮を置いて、魔力を通す。するとあら不思議、魔力が皮に行き渡ってなめし革が完成。
「これなんかゲームのシステムっぽいな」
アトリエ系ではなくRPGのアイテム合成的な空気がする。
こうして出来た皮を、あらかじめ作っておいたスノーバインダーを細くした糸を使って針で縫ったりしていろいろな物を作る。代表は鞄やリュックサック。
日によってはワイバーンの骨を彫刻してお守りを作ったりしてみたり、近くの水場で釣り糸を垂らしたりといろいろである。
今日はせっかくなので釣りをする事にして、雪で作った釣り糸を水面に垂らす。
さて、ここで氷の剣で得た知識の話しをしよう。
この空間の名前は『凍てついた銀河』と言い、この氷の剣が自ら作り出した世界である。
基本的な世界法則までは外界と変わらないが、太陽は無く、年がら年中この満天の星空で、雪の大地による銀世界である。
そしてこの世界には大きく分けて二種類の生物が存在する。
―――氷の剣の眷属と、世界が生み出した存在である。
限定的とはいえ曲がりなりにも世界なので、『凍てついた銀河』内部では動植物が自然発生し、食物連鎖を築いている。
あのワイバーンもかなり上の方の存在である。ちなみに雪妖精は下から数えた方が早い。
眷属として生成された者は、氷の剣を守り、所持者が現れたら氷の剣についてを説明する役割を担っているとのこと。
自分はどっちなんだろうか、と考えるが、氷の剣が近くにあったところからすると自然発生では無く眷属の可能性は高い。
確証は無いが。
話を戻すが、この世界の生物は眷属か自然発生の生き物しか存在しない。外界から来るのはせいぜい氷の剣取得を目的とした人間くらいだ。
そして氷の剣には今のところ侵入者警報は入っていない。平和なものだ。
垂らした釣り糸が反応するので引き上げると、自分の身の三倍はありそうな魚の魔物が釣り上がる。
上がった瞬間、こちらを敵対対象と見なし、大口を開けて落ちてくる。
「だっしゃらー!」
無論そのまま受け止めるつもりは無いので、氷の剣を相手の頭に打ち付ける、
気絶した大型魚はそのまま血抜きして氷の塊に閉じ込める。今晩はこれをメインに食事をしよう。
次の釣り糸を垂らしながら、今度は自分自身の事を整理する。
雪妖精とは、極寒の地に発生する妖精の事である。耐寒能力に優れ、術をメインとした戦闘を行うらしい。無論ここにも発生すると知識にある。
雪と共に現れ、縄張りの中に入った者を攻撃し、雪解けと共に消える存在とのこと。
食事などは行わず、冬の冷気で体を維持するように出来ている。また、冷気が無くても魔力を与えられればそれで生きていける。
雪妖精とは、そういう生き物とのこと。
しかし、この世界に雪解けは無く、あるのは永遠の凍結世界。つまり雪妖精は永遠に存在し続ける事が出来るのである。
「雪妖精、会ってみるか」
釣り竿と今日の釣果を家の中に仕舞い、氷の剣をスノーバインダーの紐で直接背中にくくりつける。
氷の剣の切れ味ならちょっと力を入れてやればすぐに切り取る事が出来る。
そうして、雪妖精が居そうな場所を探す。具体的には、空気の動きが少なく、気温の低く、魔力が貯まる場所だそうな。
「人それを、ほぼヒント無しと言う」
残念ながら俺が出来るのは身体強化の要領で目の可視範囲をほんの少し広げて魔力を見られるようにする程度だ。
「お、あったあった」
なんだかやや青白い光の粒が、森の方に向かっている。目で見る事が出来れば、流れを追うことは出来る。
そういえば、普段は比較的浅い位置で鹿みたいな生き物を狩っているので、奥には踏み込んだ事が無かった。
慎重になりながら、青白い光を追う。いつもの狩り場を越えしばらく歩いたところに広場が現れる。ここだけ木が無く、中央に氷で出来た木が立っている。
「真の意味で樹氷ってこういうのを言うんだろうか?」
自分自身がファンタジーに足を突っ込んだ存在になっているのにこんなことを言うのは何だが、非常にファンタジーな光景だ。
そのままゆっくり樹氷に近づき、触れる。
「感触は氷そのものだけど、維持には魔力を使っているのか」
この樹氷は自身を支えるのに魔力を集めているらしい。木の根の方から青白い光が上り、枝から吐き出される。そして吐き出された魔力は他の魔物や生物を育み、そしてまた魔力へと還る。
これがここの世界の営みなのだろう。きっと探せばこういう存在がいくつもあるのだろう。
その幻想的な光景に、少し樹氷から離れて座る。そして静かに青白く発光する樹氷を眺める。
「酒があれば風流だろうな」
無い物ねだりをするが、残念ながらここに酒は無いし、俺に酒を製造する技術や知識などは皆無だ。
少し離れて、ちらつく雪の中しばしこの幻想を楽しむ。とても、すてきな光景なんだと思う。
「ま、それもこれも寒さを無視出来るからなんだろうけどな」
そうしてここで樹氷を眺めることだいたい十分ほど。森の中から小さな影が飛び出す。
それは、水色の髪の毛にトンボの様な翅を生やした子供。
つまり、目当ての雪妖精だ。
よく見ると、背後から同じ顔の存在が数人出てくる。なるほど、ベースのデータから製造されるクローンの様なイメージか。
自分と同じ顔、というところが少々気がかりだが、まあもしかすると、こうやってこの場所の魔力だまりを糧として生きているのかもしれない。
せめて友好的に行こう。そう思って手を上げて挨拶しようとして、
「アイスクラッシュ」
飛来した氷の塊をギリギリで回避する。
しかも、俺が適当に作った術で攻撃とか、とそこまで思って背中に括っている物を思い出す。
そういえばこの世界はこいつが作り出した物だったはず。それならこいつが俺の術を世界の常識として適用させることくらいなら可能だろう。術の著作権料払えと言ってやりたい。
しかし問題はそんな単純な部分を越えて進行している。
「……いきなりとは挨拶だな、同胞さんよ」
目に見えるだけで七人ほど。そのすべてが手に魔力を集め、魔法の発動準備をしている。
「問答、無用か?」
「「「アイスニードル」」」
三重に聞こえたアイスニードルの詠唱に、スノーバインダーを引き千切って氷の剣を抜き、そのまま氷の針を叩き落とす。
アイスクラッシュを持ってるならこっちも当然か。
「本気で問答無用かよ!」
「フリーズレイ」
無表情で術を放ってくる雪妖精、放たれるのは冷凍光線であり相手を凍結させ、耐性があっても氷をまとわりつかせて動きを悪くする術だ。
危ないので氷の剣で受け止めて無効化。
どうにも雪妖精自体は冷気の耐性はあれど、無効化出来る訳では無い。むしろ無効化は氷の剣の仕事である。
「一体、何なんだよ! 何も言わずにただ襲いかかるだけの存在なのか、雪妖精は!?」
俺の叫びに反応したのか、それとも術ではらちが明かないと思ったのか、手に氷で出来た剣を作り出して、こちらに斬りかかってくる。
一瞬で作り上げられたそれを見て、未だ氷の武器を一瞬で作れない自分が少し情けなく感じた。
「こんの!」
作り出した剣をもってヒットアンドアウェイ方式で襲いかかる雪妖精、それらをすべて氷の剣で受けたりしながら回避する。
「人の話を、聞け!」
無理矢理鍔競り合いに持ち込む。しかし、至近距離で見ても、その目は虚ろであり、全くの意思を感じられない。
しかし、それでも、呟かれた言葉があった。
「異物、駆除。因子排除……」
一瞬、力が抜け、その隙に何撃か貰ってしまう。すぐに氷の剣が回復を始めるが、回復するよりも、雪妖精の攻撃速度が速く、追いつかない。
俺は、異物らしい。
おそらく同族と思われる存在には、同族と認めて貰えないみたいだ。
笑ってしまう。でも、これで分かった。
この世界で、俺は異物であり、存在してはいけない物らしい。
脇腹と、足を切られる。血が流れる。紙一重で剣を回避するも、その後に別の妖精の剣を避けられない。
気がついたら、自分は空を見ていた。簡単な話、倒れた。
「そうか、不必要か」
こんな閉鎖された世界で、必要の無い存在らしい。
雪妖精の内の一体が倒れている俺の元まで来て、首に剣を突き立てようと剣を振りかぶる。
このまま死ねば、きっと楽になれるだろう。
死を受け入れるのはきっと楽だろう。そう思った。
でも、そう思ったのは俺の心だけだったのだろう。
バキン、という音がして、雪妖精の剣先が折れる。
「え?」
何か分からない。首に突き立てられたはずの剣が、折れている。
そこから、体の変化は劇的だった。
自身の中に存在する魔力が一気に吸い上げられる。服も同じように魔力に還元される。
自分の体から、何かが生えるような感覚。手を見ると、あんなに白く整った手だったのに、その甲に灰色の鱗がいくつも生えてきていた。
「生きろ、って事か?」
鏡が無いので分からないけど、きっと全身こんな鱗まみれなんだろう。
「……全く、訳の分からない状況に追い込まれて」
手に力が入る。
「訳も分からず殺されかけて」
全身に力がみなぎる。
「あげくの果てに異物だ?」
翅に力を込めて、文字通り飛び上がるように起き上がる。
「……何様だ、コラ」
息を深く吸い込む。これで準備完了だ。
先ほどの首を狙ってきた妖精が、再びこちらに剣を向け、突進。
「嘗めるな、三下」
吸い込んだ息を雪妖精に向かって吐き出す。無論、吐き出す息は炎の息。
一瞬にしてこの世界に存在しないレベルのプラス熱量を受けて、苦悶の表情一つあげること無く雪妖精が消滅する。
いや、小さな核となっている石だけが残る。
「決めた、誰がなんと言おうと生き延びてやる。俺が異物だとしてもタダで潰されると思うなよ」
俺が死ぬときはこの世界も終わらせてやる、構え直した氷の剣の切っ先を雪妖精達に向ける。
「例え同種族だろうが、俺の生命を脅かすなら、」
瞬間、翅に力を込めて爆発する様な速度をもって、今にも術を放ちそうな雪妖精の胸元に突き刺す。
「全力で殺して、俺の糧にしてやる」
そのまま縦に振り下ろし、体の下半分を縦に裂く。
俺と違って、こいつらは血が出ないらしい。スノーバインダーで一番遠くに居た雪妖精を捕まえて引き寄せ、横一文字で切り捨てる。
飛んできたフリーズレイは、手で受け止める。この形態はひどく魔力を消費するらしい。
そのまま受け止めた魔力を自分の物として還元して、一人、また一人と仕留める。
そして、最後の一体になっても逃げずに敵対行動を止めないことから、きっとこいつらに自由意志はないのだろうと思った。
だから、そのまま切り捨てた。
血は付いていないが、血振りをして、またスノーバインダーで氷の剣をくくる。
雪妖精の核となっているらしい石を拾う。
全部で七つ、俺はそのうち一つをそのまま口に入れ、飲み込む。
大して力の足しにはならなかったが、それでいい。
「身に掛かる火の粉は、全部こうして喰ってやる」
そして、どんな風になろうと、生き延びてやる。