半身との別離
私の持っている術とは、氷の剣の知識を下敷きにした雪妖精が持っている基本的な術に、認めたくないが発想力の天才とも言えるあの異物が作った術。
惜しむらくは術に対する知識が足りない故、その発想力を完全に反映出来ない事。
時間が無いので、今はこれが精一杯だけど、十分。ゴーレムの真上に飛び、エルフィ・ゼクスを呼び出す。
「フォーメーション、ダブルデルタ」
六人で描くのは二重の正三角形。それぞれがスノーバインダーで作った魔力の紐を持ち、魔法陣を描く。
「バレル展開! 射線上から退避!」
知識にあった、『りにあれーる』とかいう、反発し合う力を推進力に変えるというよく分からないもの。
それを術に応用したのが、このマジックバレル。
「フリーズ、ブラスタァー!」
放たれる魔力を大量に込めたフリーズブラスター。それが一つ目の魔法陣で加速、二つ目の魔法陣を通過した瞬間、拡大。
光は一瞬でゴーレムの全身を飲み込む。強化された冷気がゴーレムを一瞬で凍結させ、魔力の奔流がその凍った体を砕いていく。
「これぞ、フォーリンダウン!」
「これぞ、じゃねぇ!」
横合いから飛んできた異物に思いっきりドロップキックが飛んできた。
「何するのよ、この馬鹿!」
「バカはお前だ! 氷の剣を覆ってたカバーが完全に凍って二回り太くなっちまったじゃないか!」
なるほど、こちらの警告が遅く、とっさに氷の剣を盾にしたわけだ。
「ちっ」
「聞こえてるぞ」
まあいい、始末出来なかったのは良いが、あの程度で死ぬなら苦労はしていない。
「そんな事よりも、早く逃げるわよ! それと後で絶対この分は返す」
こんな異物と道化を演じてる暇は無い。急いであのメイドの元まで降り立つ。
「うぅん、スノゥ?」
メイドに背負われていたファレが目を覚ます。
「良かった、体は大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
やや元気が無い。まだ魔力が足りていないのだろう。しかし、普通に動く分には問題がなさそうだ。
「体の中にあった何かが、今は無いから少し辛いけど、もうちょっとすればいつも通りになるから」
「分かった、それじゃあ逃げるよ?」
ゴーレムが排除されて、脱出しやすくなったのを見て、人が門に殺到する。こちらもそれに巻き込まれないように脱出しないと。
「うん!」
頷くファレ。私はその手を引いて前に進もうとして、突き飛ばされる。突き飛ばされながら見た物は、ファレの胸元に食い込む、風の刃。
「ファレ!」
真っ赤な血が舞い、そして地面を深い赤に染める。刃の飛んできた方向を見ると、あの時地下に居たローブの男達と同じローブを着た男。
目は血走っており、とてもまともな精神状況とは思えない。
「ひ、ひひひ、すべては創世の御心のままにぃ!?」
「テメエはぁ!」
次の瞬間、あの異物が氷の剣を持ちながら突撃、手に持っていた杖ごと腕を切り落とす。
腕が無くなり、板目で絶叫する男を蹴飛ばし、地べたを這いつくばらせながら。首元に氷の剣を突きつける。
「誰の差し金だ! アリアンか!」
「そ、創世神様ぁ、今、御許へ!」
そう叫んだ男が、一瞬だけ震えたかと思うと、そのまま息絶える。
「毒、か? くそっ!」
ファレの血が止まらない。さっきから抑えているけど止まらない。
「どうしよう、止まらないよ……!」
「慌てるな! チェルシー、何か布!」
「は、はい!」
異物が何か叫んでいるがよく分からない。
「シャンとしろ! 今お前が我を失ってどうする! 生きてるなら最善を尽くせ! 何か知識に対策は無いか調べろ!」
異物に言われ、大急ぎで自身の知識の中にある対策を探す。
方法はすぐに見つかった。
「荒っぽいけど……!」
傷口に魔力を通し、強制的に凍らせる。これで出血は防げる。
「良し、最低限の処置を済ませたら大急ぎで出るぞ! ここは危険だ!」
チェルシーが持ってきた布で傷口を隠すように巻く。そしてそのままチェルシーに背負わせると同時に、全力で門を抜ける。
そうしてだいたい三十分くらい走り続け、リブラリの街が少し小さく見える位置までたどり着くことが出来た。
「容態はどうだ……って、ここまでする必要があったのか?」
「これしか、死神を食い止める手段が無かった……」
異物が持っていた知識にあった、体を極低温にして活動自体を停止させるという方法をもって、なんとかここまで命を繋ぐことが出来た。
「……そうか」
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「なぁ、氷の剣」
「お主の血を与えるのは止めておけ。チェルシーの時は下地があったが、この子に関しては下地が何も無い上にすでに体自体が死にかけている」
そんな事は百も承知だ。だからこそ、俺には何も出来ないでいる。
「どうにもならないの?」
出来るならとっくに何かしている。
「……手は、まだある」
ゆらり、と昼のスノゥが立ち上がる。
「来なさい、エルフィ・ゼクス」
呼び出される、六人の雪妖精。その手にはスノーバインダーで呼び出された紐が持たれている。
「―――おい、本気か」
「本気よ」
意識下で受け取った知識から、こいつが何をしようとしているかが伝わってくる。
「私が、雪妖精の核と共に融合すれば、その時得られる魔力とファレ自身の魔力を合せて体の回復力を高める事が出来るはず」
「待つのじゃ! そんな事をすればお主が消えるぞ!」
「それでいいの。ただの雪妖精を友達と呼んでくれたんだから、お礼はしないと」
何というか、俺と違って義理堅い。
「ごめん、手伝ってくれない?」
「分かった」
無論、俺もファレに死んで欲しくは無い。
「おいスノゥ、分かっているのか? これを実施すると言うことはお前の中の妖精としての力がかなり減衰する事になるぞ、それにこやつも失う事になる」
その程度なら問題無し。元々ソリも合わなかったし、この体は晴れて俺の物になる。
「じゃが!」
「妖精の力に関しては問題無いな。なにせこの体という器を失うんじゃ無くて、こいつの精神が消えるだけだ」
妖精としての力は多少減るが、減る分は初期の雪妖精と取り込んだ分の核にあった物を合せて計七体分の魔力。
「それくらいなら、問題ないな」
「では、氷の剣様。短い間でしたが、ありがとう御座いました」
恭しくお辞儀をし、エルフィ・ゼクス達が魔法陣を作成する。それに俺が魔力を通す。
「じゃあね、異物。ファレを泣かせたら承知しないから」
「あばよ」
そう言って、魔法陣の中心で術を練る昼のスノゥ。
「おや、こんなところになんか微妙な術式が。どれ、少しオレ流に効率よく書き換えてやろう」
ま、発動まで後三秒だが、数値を少々書き換えるだけだから問題無し。
「ちょ、お馬鹿!」
それが、俺の聞いた昼のスノゥの最後の言葉だった。
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リブラリから南に進んだ、すぐ近くの宿場町。ここに滞在を始めて一週間が経過した。
あの時、リブラリは確かに魔物の襲撃という地獄が顕現していた。街のいたる所から現れた魔物の群れは、周辺に居た人たちを襲い始めた。
通常であれば、街に駐留する騎士団が組織立って対応するのだが、ここに学術都市という特性が加わり被害が拡大することとなる。
本来であれば領主からの命を受けて、騎士団が出動するのだが、その領主が何者かによって殺害されており、上の指揮系統が大混乱に陥った結果がこれである。
俺たちが地上に上がった辺りでようやく騎士団が出動、しかしその判断は少し遅く、リブラリという都市は魔物の手によって都市の半分が壊滅という被害に遭う。
街の復興に関しては現在騎士団が全力で対応しているが、難航するとは思われる。
「スノゥ様、戻ったよ」
買い物を頼んだチェルシーが戻ってくる。手には果物の入った籠と、少々大きな包み。
「ああ、で、頼んだ物は?」
これ、包みごとと投げ渡される。
手早く包みの布を解くと、そこには一枚の肖像画。リブラリの領主の物だ。
「これって、あの男ですよね?」
「ああ。アリアンだな」
これは、どう見るべきなのだろうか? アリアンが領主本人なのか、それとも、殺した領主のガワを利用しただけなのか。
まあ、今は良いだろう。次何かカチ合ったときは絶対殺す。
「そういえば、体の方は問題ないか?」
「うん、私は問題ないよ」
そう言って力こぶを見せるように腕を捲るチェルシー。どう見ても細い腕なのに、俺より腕力あるんだよな。
「それで、ファレちゃんは……」
「体の中の魔力から考えると、そろそろ目が覚める頃合いだと思う」
魔法陣に魔力を強制的に供給させられ、そして昼のスノゥが融合したあの時。
あの時からファレは目を覚まさない。おそらくだが、失った血の量が多いのと、それをすべて昼のスノゥが肩代わりし、その影響で魔力自体が枯渇してしまったのだろう。
「しかし、一時は危篤状態じゃったが、なんとか持ち直したか」
本当に、持ち直して良かった。
「さて、どうなることやら」




