消えた名前
目を覚ますと、氷の剣を握ったまま、倒れていた。
「異常は、無いな」
握った氷の剣には血の曇りなど一切無く、作ったブレザーはボロボロだがまだ主要部分は隠せている。
画面の中にどこから差しているのか分からない光で遮られる事もなさそうだ。
「術力は、結構回復してるか?」
おそらく必死に術を使ったことで術力の器が大きくなったのだろう。体の中にある流れとは別に、魔力がゆったりと貯まる場所がある感じ。
「傷は、無いな」
もの凄い衝撃を受けた脇腹だけど、念のため捲って確認したが折れたりでかい青アザが出来たりしている様子も無し。
「もしかして、これのおかげ?」
握っている氷の剣から流れてくる知識は、持つ者に氷の祝福を与えるとあるが、これがそうなのだろうか?
「スノウナイフ」
先ほどの要領でナイフを作り、軽く指に傷を作る。痛みは走るが、血が出てきてすぐ、傷がふさがる。
「なるほど、自動回復してくれるんだ」
試しに氷の剣を一度離してから指先に傷をつけるが、傷が回復する様子が無いので、やはり氷の剣の力だ。
もう一度握り直して傷を癒し、剣を眺める。
水色に透き通る刀身と今の自分の倍近くの長さと自分の体と同じくらいの横幅。言うなれば氷でできた剣というのはあまりにも武骨で以下略な感じか。
ちょっと違うのは完全にまっすぐな刀身ではなく、やや波打っておりフランベルジュともとれるところか。
「振り回せるな」
持っても重さを感じないので、振り回すのは簡単だった。とりあえずよくわからないけど氷の剣を使って生き延びることにしよう。
あのワイバーンに勝てるくらいだから、この剣があれば生き延びるくらいは出来るだろう。
「ではさっそく」
氷の剣二度目の出番である。
「あってよかった氷の剣の知識、ワイバーンの解体方法!」
ワイバーンの解体を始めることにしよう。なんでもうまく解体して皮を得られればそれでいろんな防具を作ることができる。
牙も削ればナイフになるし、肉は肉で食べることができる……らしい。
「天然冷凍庫だから鮮度もばっちり!」
自分の基準ではわからないけど、さっき撒き散らされたワイバーンの血はあっという間に凍っている。
「ええと、とりあえず血抜き血抜き」
氷で巨大な物干し台を作り、そこにワイバーンの尻尾をひっかける。スノーバインダーで固定したら、凍結している首の肉を少しだけ切り、中に残っている血を出し切る。
ついでに下には受け皿を氷で造り、血を受け止める。なんか価値がありそうなので残しておこうと思った。
しばらくして血が抜けきったので物干しから降ろす。そこでふと思い立って、ワイバーンの体を持ち上げてみる。
どう考えてもこんな可愛らしい体で持ち上がるはずがないと思っていたが、いともあっさり持ち上げてしまった。
人体の限界、妖精だと天井知らず。
「結構可愛い顔つきしてたけど、体がマッチョじゃなくてよかった」
グラビア女優の顔にボディビルダーのコラ画像とか誰得な話になるところだった。
「まあいいや、解体解体」
と、のんきに鼻歌を歌いながら解体していると、今度は何かの足音が聞こえる。
周囲を見渡すが、何も……
「いや、保護色かな?」
とっさに氷の剣を構え、背後から現れた気配に対応する。
「グルゥア!」
勝手に反応する体、振るわれる氷の剣。相手が白いオオカミのような物と認識する前に一刀両断。
そいつの攻撃を機に四方八方からオオカミモドキが跳びかかってくる。
素早く前転で回避、さらに回避地点に跳びかかってくるオオカミモドキにアイスニードルを飛ばして牽制し、出来た隙に対し切りかかる。
数秒オオカミと睨み合っている間に背後方面の気配を感じ、気取られないように氷の剣の反射で見る。
するとそこには私のワイバーンに食らいつくオオカミモドキたちの姿が!
「ってオオカミなのにハイエナか!」
氷の剣を構え、まずはワイバーンまでの道を塞ぐようにしているオオカミモドキたちを相手取ることにする。
「でも面倒臭いから、唸れ雹嵐よ、アイスストーム!」
適当にそれっぽいことを言って力を籠めると術になる。術とはこうなるというイメージが最重要、俺はそう学んだ。
氷混じりの嵐が吹き荒れ、オオカミモドキを巻き込みながら吹き飛ばす。吹き飛ばされまいとしていたオオカミモドキを切り捨て、地面に落ちたオオカミモドキを顧みることなく、
「このハイエナが!」
こちらに気付かず肉を貪り食っているオオカミに、振りかぶった一撃を叩き込む。
そんな中、脳内に氷の剣が一つ知識を授けてくれる。
―――自身の技術が世界に認められた時、その技術はあまねく世界に伝播する。この現象を『技』という!
「なんでそんなナレーター風!? ええい、スマッシュヒット!」
何も考えないで全力で振り下ろす一撃は、大気自体を圧縮して巨大な槌と化す。
斬られるのではなく、膨大な質量の打撃を受け、一瞬でミンチになるオオカミモドキ。
ついでに地面に当たった剣から衝撃が伝播し、氷の大地を揺らす。
「つまらぬ物を斬ってしまった……」
斬らずに潰しているが気にしない。半ば埋もれた剣を引き抜いて振り返ると、オオカミたちは一斉に逃げ出していた。
とりあえずは、このワイバーンをどうにかしないと今後も襲われるということだろう。
少しだけ憂鬱になった。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
三日、経過した。誰も来ない。ついでに言うと、主観時間での三日なので正確なものかは不明。
「そうだよなぁ、空が満天の星空から一切動かないんだからなぁ……」
ただ、周期はあるのか星自体は動いているので赤く光る星が自分の頭上に来る時を正午として、同様に青白い星が頭上に来た時を深夜0時としている。
この三日の間、眠気は襲ってこなかった。これも種族としての特性なのだろうかと考えたが、今この時は便利なので有効活用した。
ワイバーンの解体に、自身のためのセーフハウス作りとやることは山ほどあった。
一度ワイバーンを完全に術を使って氷の中に閉じ込め封印。ついでに雪の中に埋めて隠しておく。
その間に氷の剣が置いてあった台座を中心に圧縮した雪を使ったかまくらを作り上げる、のだがこれが大変だった。
ワイバーン襲撃に耐えられるほどの強度を出そうと躍起になり、厚さ1メートルの壁を造ろうとして魔力が途中で足りなくなり、
回復中にはまたオオカミモドキが襲い掛かってくるのでこれを撃退し、魔力が回復したらまた壁を作り、で三日。
「やっと、やっと完成した……!」
そうして今、最後の天井部分を埋めて、圧縮雪のかまくらが完成。内装はまだだが扉は付けたので今の状態でも立てこもることはできる。
窓が無いため扉を閉めると真っ暗になるが、防衛上の観点から窓は作れなかった。
しかし、ようやく落ち着ける空間を得たので、まず雪でソファを作り、寝そべる。
「ヴァー……」
寝そべりながら魔力の回復を待って、内装に取り掛かる。広さは半径200メートルの円形、つまり氷の剣から離れられる領域ぎりぎりの大きさにした。
この大きさが自分の首を絞めていたわけであり、自分の無計画さを罵ってやりたい。
「まずは、明かりか?」
氷の剣の知識にあった術で光を呼びだすものがあったので、それを使う。
「かの物に光の加護を、ファイヤフライ」
物体を淡く光らせるという術であり、これを丸く作った氷の塊に付与して天井や壁に埋め込む。
明るくなったところで今度は家具類を一気に作る。この三日間で飛躍的に伸びた魔力の器に物を言わせて椅子やテーブルなどを作り上げる。
食器は総氷製、知識の中にあった不滅の氷という融けない氷を使用して作る。不思議なことにこの氷、冷たくもなく仮に落として割れても鋭い破片になるだけである。
しかし、極度の高温には弱く大体400℃くらいで柔らかくなり、液体状になるらしい
「これガラスじゃね?」
突っ込みを入れつつも、万年氷という硬く融けにくい普通の氷を使った食器も同じく作る。少しレベルアップしたのか、それとも氷の剣の恩恵か、氷のイメージがしやすくなった。
試しにナイフをイメージしてみるが、ミニ氷の剣というべき物が出来た。ただし本家に比べると非常に脆く、ナイフ生成に比べて倍近いの魔力を消費する事が分かった。
そのままでは使えないのでスノウナイフの刃部分として組み込むことで消費量をそんなに変化させずに強化させることに成功。
脇道に逸れつつも、そんなこんなで、かまくら内部に仕切りの壁を入れ、最後に服と同じ要領で布団を生成して完成。
「ふー……」
なお、この作業に一週間ほどお時間をいただきました。壁があるって最高。
久方ぶりに外に出て、軽く伸びをする。玄関となる部分には郵便ポストを立て、立派な玄関フードを造る。
そして表札を造ろうとして、気が付く。
「俺って、なんて名前だ?」
急に、足下がふらつく感覚に襲われる。確かに男としての記憶がある。しかし同時に女としての知識もあることに気がつく。
「え、あれ? じゃあ、俺って何なんだ?」
疑問が一瞬で膨れあがり、怖くなって家の中に駆け込む。そしてそのまま布団を被って、丸くなる。
全身が寒い。外気温じゃ無く、心が凍えている。
「怖い」
全身を支配しているのは、恐怖だ。自分が自分でないという恐怖。氷の剣から貰った知識の様に、この人格もただ氷の剣から貰った物ではないかという恐怖。
「違う」
必死に否定するけど、自分の中にある恐怖は違わないとささやく。
「違う!」
強く身を抱えて恐怖に抗う。ただひたすら恐怖に抗う。確固たる自分を探して自分の記憶をたどるが、答えを見いだせない。
「俺、私、僕……どれなんだ!」
恐怖に明かして、家の中を走り回る。そしてたどり着いたのは、あのワイバーンの死骸、氷の中に封印したそれだ。
それを見た瞬間、俺の頭の中にあった恐怖は、静かになった。
「ごめんな、お前も生きたかっただろうに……」
でも、あの時の俺も生きたかった。だから襲いかかってきたこいつを殺した。
「それなのに、俺は自分自身が分からないって怯えている」
氷の封印を解く。手に呼び出した圧縮雪のナイフで、一口大に肉を切る。そして切り出したそれを思い切り噛み、咀嚼して飲み込む。
それだけで、勇気が出た気がした。生きるために殺し、そいつを喰らう。自然的な本能が自分の中にあった恐怖を殺してくれた。
「だから、いただきます」
味付けもへったくれもない、ただのワイバーンの肉をひたすらに切ってはむさぼるようにして食べる。
自分の数倍以上の体躯の存在をひたすら食べ続ける。ワイバーンの肉を食べている内に、離れているはずの氷の剣から知識を得る。
『竜の肉は、取り込むだけで力となる』
そしてそれと共に得る、俺の雪妖精としての存在が歪み、雪竜妖精と変貌するのを感じる。得た力は術として昇華され、
「ファイヤーブレス!」
なぜか火を吹くことが出来る様になっていた。
○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○
そうして、ワイバーンを食べ、骨と皮だけになったそれを再び氷に封印して、外に出る。
玄関先に表札を作りだし、氷の剣で文字を刻む。
「俺の名前は、雪妖精が竜の力を得た新たな存在として刻む物とする」
―――その名は、『スノゥ=ドラコリィ』と。