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ここに風呂場を建てよう、な!

 今日も今日とてチェルシーと戦闘訓練を行い、お茶の淹れ方を学ばせ、ついでなので簡単に一般常識をレクチャーして貰い、ふと気がついた。


「なあチェルシー……」

「どうしたの、スノゥ様」


 自身の腕を見て、スノゥの髪を見る。


「風呂とか、水浴びとかって最後にしたの、いつだ?」


 少なくとも俺は『凍てついた銀河』では湖に飛び込んで、そのまま素早く上がるという方式で体を綺麗にしていた。

 しかし、外界に来てからというもの、そういった水浴びなどの機会はとんと無かった。


「えっと、確か一ヶ月前に体を拭いた程度かな……」


 道理で髪の毛の色がくすんでいると思った。


「よし、風呂に入ろう」

「でもスノゥ様、この宿にお風呂なんて無いですよ? それにそういうのは貴族とか富豪の人たち位しか持ってないですし」


 ふむ、そいつは困った。俺は熱めの風呂に浸かってゆっくりするのが好きなんだが。


「桶と布を貰ってきて、拭く?」


 確かにそれも気持ちが良いだろう。しかし、俺はやはりたっぷりのお湯が欲しい。


「……お主、よからぬ事を考えておらんか?」

「まさか、せいぜい無ければ作れば良いと思っただけだ」


 それを良からぬ事と言うんじゃという声を無視し、宿の裏手にある井戸まで向かう。


「あの、お客様、こんなところに何の用でしょうか?」

「いや、少し話があるんだけど」


 ちょうどいた店員さんが声を掛けてきたので、宿のために掘られた井戸のすぐ近く、ちょうど空き地になっている場所があるのでそこを指差し、


「あの辺に風呂作るから」


 なお、回答は受け付けておらず、施設の作成をもって返答させて頂きます。今回も透明度の低い氷と圧縮雪の組み合わせを降らせてどんどん組み上げていく。

 こんな物であれば五分で歓声する。術の力ってすげー。


「え、あ? ええ!?」


 氷造平屋建ての、だいたい広さ八畳くらいのスペースに、半分を脱衣所として中で壁を仕切り、もう半分を浴槽として、少し高い位置に作る。

 裏手側のスペースにはちゃんと昔ながらのボイラーも設置。薪ボイラーの構造を記憶の底から掘り起こせてよかった。


「というかなんでこんな物の構造覚えてるんだよ……役に立ったからいいけど」


 説明すると水を入れるための貯水タンクの底にパイプが通してあり、そのパイプを通してボイラー本体に水が流れ込む。

 流れ込んだ水はボイラー内のタンクにたまり、タンクの上側に浴槽につながるパイプが付いている。

 そしてタンクの下側に設置されている場所で薪をくべると、その熱がタンク内の水を温める。

 そしてある程度暖まったら風呂場の蛇口をひねることでお湯が出てくるという寸法。


 出来上がったので早速準備。なお、俺は井戸から水を汲むのが非常に面倒なので簡単な方法をとることにした。


「ああもう、なんでこんなことに」


 先ほどまで宿の主人に詰め寄られていたチェルシーが半泣きになりながら貯水タンクの中に入っている氷を斧で砕いていた。

 言うまでも無くこの氷は俺が術で作った物である。


「じゃあ一気に融かすから」


 それをファイヤーブレスで一気に融かし、貯水タンク一杯の水にする。

 そしてボイラー内の注水が完了してから薪ではなく俺のファイヤーブレスでひたすら暖める。


「チェルシー! 風呂の中の蛇口開けてくれ!」


 そうして浴槽にお湯が供給され、建設開始からわずか二時間。


「よし、風呂完成」


 なみなみにお湯の張られた大、いや中浴場が完成した。


「凄い、こんなに大量のお湯見るの初めて……」

「本当に非常識じゃな」


 さて、これで心置きなく風呂に入れるが、最後に絶対にやらなくてはいけないことがある。


「チェルシー、脱げ」


 真っ先にチェルシーを綺麗にしなくては。せっかく出るとこ出て引っ込んでるところが引っ込んでるんだから、このままでいるのは正直損だ。


「いきなり何を」


 最後まで言わせない。手早くチェルシーのメイド服を剥いて、洗い場に放り込む。メイド服自体も後で洗濯するように言わないと。


 俺自身も服を脱いでから洗い場に飛び込む。あらかじめ用意しておいた石けんと布を持っていざ戦場へ。


「ほれ、おとなしく洗われろ。俺もお前もちょっと匂いキツいから!」


 そう、ここ最近汗かいて帰ってくるわで部屋が思春期の運動部系青少年の香りが漂っていた。

 最初は気のせいかと思ったけど、今この風呂場に来て確信を持った。やっぱり俺ら臭い。


 そのまま石けんを付けた布でちょっと強めにこする。垢すりしたときのように大量の垢がぽろぽろとこぼれてくる。


「いたた! ちょっと、痛いって!」

「こんなに垢出しといて何言ってる! 少しの我慢だ!」


 しばし格闘することだいたい十数分。全身満遍なく垢出しを終え、全身少し赤くなっているがぴかぴかのチェルシーを尻目に、俺も自分の体を少し強めにこする。

 多少は出るが、チェルシーほどではない。


「これはあれか。毎朝細かい鱗払うときに一緒に剥がれているのか」


 そう思うと少し嫌だ。


「もうお嫁に行けない……」


 昨日に引き続き深く沈んでいるチェルシーを浴槽に蹴り込む。よい子の皆は絶対に真似しないように。

 俺もそっと浴槽に入り、その熱を満喫する。ああ、正直融けそうだけど気持ちいい。


「どうだチェルシー、気持ちいいか?」

「確かに気持ちいいですけど、それ以上にこんな贅沢なんていいんですか?」


 風呂なんて初めてで気が気でない様子。それでも気持ち良いのか体をしっかり伸ばしている。


「ねぇ、スノゥ様」

「んー?」


 しばらく静かに堪能していると、チェルシーが呟く。


「スノゥ様は私を捨てないよね……?」

「急になんだ?」

「不安なんです。また捨てられるんじゃないかって」


 ぽつぽつと語られるのはチェルシーの過去。

 六歳の時に両親が死に、それ以来自分に出来る事をして一人で生きてきたと言う。


「私、体が弱かったけど力はあったから村では力仕事の時には重宝されてたの」


 でも、それ以外はからっきし、森に入っての食糧確保も出来ないから村の中では厄介者に近い扱いをされた。

 それでも、狩りでは大物を仕留める事が出来ることからまだ生き延びることが出来た。


「決定的だったのは、村にオークの群れが襲ってきた時だった」


 皆で団結して追い払えたのは良かったが、早い段階で息切れを起こし、殆ど役に立てなかった。


「村の中でも犠牲は少なく無かったから、家族を失った人から役に立たない女と石を投げられたの」


 その中には、今まで普通に話していた人も居た。元々身よりもなかったことからあっさりと村のためと売り飛ばされた。


「私、もうどこにも居場所がないんだなって、ヤケになってた」


 粗末な食事に劣悪な環境、他の大した取り柄のない人たちが売れていき、私だけが取り残される。

 そして、俺と出会った。


「売られてから初めて、誰かに頼られたのがうれしかった」


 膝を抱えるチェルシー。


「出会ってから数日程度なのに、初めて心の底から楽しいと思えたし、何よりもこの体にへばりついていた呪いも解いてくれた」


 だから、怖いんです。ここからまた役立たずになって捨てられるのが。


「……」


 やっぱり、風呂は良い。裸の付き合いでしか分からないこともある。


「スノゥ様、」

「ちぇいさー!」


 チェルシーを掴んで投げ飛ばす。浴槽に結構な水柱が上がる。


「ぶは! いきなり何するんですか!?」

「いきなりシリアス振るなよ。まったく」


 そのままチェルシーの元まで歩み寄り、その頭をぐしゃぐしゃとなで回す。


「わぷっ!」


 まったく、こういうのは俺には似合わない。


「お前はそういうのを気にしすぎだ。もう少し自由にすればいい」


 ま、それも許されないのがこの世界なんだろうけどな。


「別段捨てる予定もないし、俺がお前を奴隷として貰ったのは俺の世話係として扱うためだぞ?」


 それ以外は別段自由にさせる予定だし、言わないが俺の事が嫌だというなら解放する位の度量はある。


「ま、当面はしっかり学んでいろいろ覚えて早いところ俺を楽させてくれればうれしいな」


 ぽかんとした表情を浮かべ、そこから笑顔を浮かべたチェルシーが俺の脇の下に手を入れ、抱えるようにして。


「それはどうも、ありがとうございます!」


 そのまま俺を湯船にたたき込むのだった。


 すぐに水面から顔を出し、お互いに大声で笑い合う。


 ああ、そうだ。もう一つだけ言っていない事があった。俺がチェルシーを奴隷として貰った理由だ。

 純粋に三年近くも一人で氷と雪の静止した世界に居ると、誰かの存在が恋しくなった。


 誰でも良かったのだが、チェルシーが、この世界で初めて俺に善意から動こうとしてくれたからだ。


 だから、チェルシーには感謝しているし、今もこうして思う存分彼女とのスキンシップを堪能する。


「どういたしましてぇ!」


 フランケンシュタイナーで湯船に叩き落とす。

 そんなルール無用の戦いを繰り広げ、最終的にお互いがのぼせてしまいダブルノックダウンとなった。

 だるい体を引きずって部屋まで戻り、


「まあ、そんなこんなでこれからよろしく……」

「こちらこそよろしく、スノゥ様……」


 そのまま宿のベッドで仲良く倒れ込む。


「仲良きことは美しきことかな、というシメで良いんじゃろうか?」


 数年ぶりの心地よい眠気の中、そんな氷の剣の声が聞こえた気がした。


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