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酒、それは人生の縮図

 翌朝、ベッドで寝ているチェルシーを見る。体に変化は無い様子。

 ただ、一点変わったところがあるとしたら、いつの間にか近くに置いておいた巨人の手斧を抱きかかえて寝ていた事。


「この危険物抱きかかえて眠れるのは正直凄いな」


 斧系女子などとどうでもいい事を思いつつ、額に手を当てて熱を測る。


「平熱がどれ位か分からないが高熱でない事は確かか……」

「スノゥ様?」


 チェルシーがゆっくりと目を開く。


「おはようチェルシー、具合はどうだ?」

「体調的には問題無いけど、精神的にはあまり良くない……」


 どういうことか問いかける前に、チェルシーが口を開く。


「倒れた後、夢を見たの。巨人が一杯押しかけてきて、小さな同族だって皆が私胴上げしようとするの」


 チェルシー曰く、胴上げと称していたが実質的にはキャッチボールに近く、終始投げ飛ばされ続けたとのこと。


「それが終わった後、巨人達と何でか試合する事になって、作って貰った斧で戦ってたんだけど……」


 なるほど、夢の中で俺が喰った巨人達と交信し、戦いになったときに自分の武器をイメージ出来る様に斧を抱いて寝ていたと。

 そこから、チェルシーが何か遠い目で窓の外を眺めながら呟いた。


「死ぬって思ってからが本当の地獄だって初めて知ったわ」


 そっとしておこう。俺も似たような地獄を『凍てついた銀河』で味わったから。これは自分で飲み下すべき案件だ。


「えーと、咳とかは大丈夫か?」

「そっちは普段に比べて吸ったり吐いたりするのが楽だから問題無いかな?」


 良かった、血を与えたことが結果オーライで本当に良かった!


「反省はしろよ、この馬鹿者め」


 うっさい、十分に反省してるわ。


「ところでスノゥ様、今誰もいないのに声が聞こえませんでしたか?」

「ああ、ワシじゃ。スノゥの持ってる剣じゃ」


 チェルシーが数瞬固まった後、


「えええ!? 知性ある剣!?」

「ちなみに名前は氷の剣だ」

「よろしく頼む」


 え、あれ、ええ? と混乱しているチェルシーが落ち着くまでの間、もう一着チェルシー用のメイド服を作り上げる。


「こ、氷の剣って聖戦士のお話に出てくる武器ですよね!?」

「左様、ワシがその聖戦士の仲間、イグベルトが振るった氷の剣じゃ」


 その言葉をじっくりと飲み込み、


「……マジ?」

「マジじゃ」


 この後チェルシーの絶叫が響くが、気にせず予備のメイド服を作り上げる。

 そんなチェルシーにとって驚きの連続を終え、宿の食堂で食事を済ませてから、また街の中をぶらぶらする。


「今日は訓練しないの?」

「その体に入れた物なじませないと訓練にならないだろうからな。今日やるかどうかは今のところ分からん」


 え、何かしたの、と怖がっているチェルシーを尻目に、目的地へ到着する。


「ここって酒場?」

「その通り。酒場だ」


 一昨日、しこたま飲んでいた酒場だ。


「おい、お主何するつもりじゃ?」


 チェルシーに向き直り、少し浮かんで彼女の両肩に手を置く。


「お前、酒の味は分かるか?」

「えっと、村のお祭りで少しだけ飲んだ事がある位だからあんまり」


 どうやら問題はなさそうだ。


「じゃあ、俺が酒の楽しみかたを教えてやろう!」


 若い奴に酒の楽しみ方を教えるのもまた酒飲みの楽しみ。


「昼間からお酒!?」

「本当に何でこんな奴が担い手なんじゃ……」


 チェルシーを引っ張って、酒場に入る。マスターが入ってきた俺とチェルシーを一瞥し、


「いらっしゃいませ」

「おう、取りあえず葡萄酒の赤と白をボトルで。後はラムをジョッキで二杯」


 かしこまりました、とマスターが奥へ引っ込む。

 その間にテーブル席へ向かう。


「さて、本日の訓練はアルコールへの耐性を付けることです」

「お主今それ考えたじゃろ」


 当たり前だ。言い訳を考えるのも楽じゃない。


「えっと、アルコール、ですか?」

「そう、酒の中に入っていて、食品などに含まれていると体中に回ってくる薬にも毒にもなる物だ」


 飲んで一時的に体を温めたり、消毒に用いたりと用法用量を守れば薬だが、多量に摂取すればそれもまた毒である。

 わかりやすい例は急性アルコール中毒で、一気飲みなどで血中アルコール濃度が高まると、段階を経て深くなる酔いが、スキップで階段を駆け上るかのごとく上昇するためだ。


 気がついたときには遅いという意味合いでは一酸化炭素中毒と似たような物である。


「つまり、飲むという事は節度を守れば問題は無いが、度が過ぎれば死にもつながる」

「……えらく真面目じゃな」

「村の人がやってた飲み比べとかって結構危なかった?」


 飲み方さえ間違えなければ良い物である。


「正しい知識を身に付けてから飲めば良いが、それ以上に大切な事がある」


 チェルシーののどが鳴る。氷の剣も自分の知らない知識なのか、黙って聞いている。


「自分の限界がどこまでなのかを知るのと、楽しく飲むことだ」


 マスターが頼んだ酒を持ってきてくれる。テーブルに並べられたラム酒のジョッキをチェルシーに渡す。


「それじゃあ、乾杯!」

「えっと、乾杯」

「おい、もう少し詳しくアルコールと人体の関係を話すんじゃ!」


 酒を飲んでいるときに小難しい理屈は不要!


「まずはゆっくり少しずつだ。一気に飲むとそれだけ一気に酔いが回るからな。少しずつ自分が一回で飲める量を把握するんだ。そうすれば酔いつぶされる心配が無くなる」


 お酒が苦手でも自衛のための飲み方というのは学んだ方が良い。


「うーん、お酒自体は嫌いじゃない味です」

「お、なかなかに見所あるな……マスター、揚げ物ってあるか?」

「ええっ? いえ、私には皆目見当も付かないのですが」


 仕方が無い。


「マスター、油貰えないか? この鍋に一杯分。無論会計に付けて良いから」


 あらかじめ買っておいた小鍋に油を入れて貰い、その間に鞄にしまって置いたラッシュボアの肉と、卵、それに小麦粉とパンを取り出す。


「これで何をするんじゃ?」

「まあ見てなって」


 パンを細かく切り刻み、肉も筋斬りをしてから小麦粉ととき卵を付ける。刻んだパン粉をまんべんなく塗して準備完了。

 ファイヤーブレスで鍋ごと炙り、温度を上昇させ、指先に付いた衣を落として温度を見る。衣がすぐに浮かび上がり、細かい泡を立てる。


「よし、問題無いか」


 さっと衣を付けた肉を落とす。


「なんかもの凄い音してるけど大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫」


 一人暮らしすると料理スキルは上昇する。俺と言って良いのか分からないが、俺の場合は揚げ物と一部の煮物系スキルが非常に上がった。絶対につまみのせいだ。


「これなんて料理だ?」

「カツだ。結構贅沢な料理だぞ?」

「ああ、また変な技の使い方を……」


 なんか氷の剣の嘆く声が聞こえるが、努めて無視。

 そんなこんなでカラッと揚がったカツを網を乗せた皿にのせ、油を切る。


「で、これがカツだ」


 ナイフで切り分けて、ソースがないので塩を付けてさくっと一口。うん、少し物足りない気もするが、揚げたては美味い。


 チェルシーとマスターに一枚ずつ揚げてやり二人が食べる様子を見る。


「凄い、お肉のおいしさがぎゅっと詰まってる」

「これは店に出せるレベルの味ですね。詳しい作り方を教わっても?」


 頼んだものなどをカウンターまで運び、カウンター越しにカツを含めた揚げ物と、モツ煮を教え込む。

 で、教え込んだ天ぷらとカツ、コロッケを堪能する。チェルシーも出てきたそれらを食べながらワインを飲んでいる。


「美味しーですね、カツって。あとこのコロッケって凄く良い!」


 なんかさっきからチェルシーが凄い勢いでワインのボトルを空にしている。気がついたら三本くらい


「……おい、飲み過ぎじゃないか?」

「少し気持ちいいですけど、何か危険性を感じるほどではないかにゃあ?」


 うん、なんだか様子がおかしい。


「よし、お前の限界点はある意味この辺だ」

「いえ、まだ行けます!」


 そのままくいっとワイン一本分開け終わったところで、体が左右に揺れてきた。


「おーい、生きてるか?」

「いきて、ましゅ」


 結局今回も自分の限界を計ることは出来なかったが、チェルシーの上限を知ることが出来たのでそれでよし。


「マスター、勘定置いとく」

「ありがとう御座いました」


 そのままチェルシーを担いで店を出る。


「ん、むにゃ」


 最初はただ頭を揺らしていただけだが、だんだんと頭の揺れが収まり、寝息に変化していった。


「当初の目的は達成出来なかったけど、これはこれで面白い事になりそうだ」

「今度は何を企んでおる?」


 企むとは失敬な。


「なに、現在絶賛体質変化中のチェルシーにアルコールを投与したら、アルコールに対する耐性が付くのか気になってな」


 ちょっとした実験である。


「ふむ、それは少し気になる。無論お主も何故そんな変化を遂げてしまったのかと言うのも観察記録の一つだが、どれ、この娘も少し見ておくか」

「え、俺観察対象だったんだ?」


 このどこにでもいる妖精を捕まえて失礼な。


「お前みたいな妖精が大量にいたら今頃世界は妖精が中心に回っておるわ」


 それは褒め言葉なのだろうか?


「それで、氷の剣的にチェルシーの体、どうなると思う?」


 今のところ巨人の力がかなり強く出ているが、今後がどうなるかは分からない。


「竜の力は余り芽生えぬじゃろうな。あれは直接、しかも定期的に摂取しないと難しいじゃろ」


 確かに、ワイバーンを定期的に狩りして食べたり、白銀竜の鱗やら何やらもずっと食べ続けていたからこその今の体だろう。


「お主の血はあくまで一時的に摂取した物。あの娘の体は自分に近い物をその血から選ぶのが精一杯だったと見ている」


 巨人については直接肉を食うのではなく魔石を食べていった。俺が魔石を喰った後に巨人が夢に出るとかそういうことは無かったから、何か違いがあるのだろう。

 それも今考えたところで結論が出る物でもないし、いったん脇にやっておこう。


「さて、明日からはチェルシーのメイド教育だ」


 何をする気だ? と氷の剣に問われれば、


「……紅茶の入れ方と戦闘訓練か?」


 と返すのだった。

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