出会い、地下商品庫の少女
さて、今俺は星空の中を浮かんでいるように感じる。全身がふわふわと軽く、翅に力を入れていないのに空を飛んでいる気分。
「この粗忽者め、何を腑抜けた事をほざいておる」
おやこれはこれは氷の剣様。
「現状を認識しておるか?」
ああ、大丈夫。寝る前の状況はしっかり今思い出した。酒に仕込まれた薬で眠らされた後で、ここは夢の中。そうなれば思考速度は無限大という奴だ。
「つまりこのまま行くと『無残妖精〜珍獣に初めてを奪われる妖精〜』とかそういう薄い本展開になるわけだ」
「待て、なぜそんな展開になる? というか薄い本とは何だ?」
お約束だ。ファンタジーならハードなプレイでも許容される文化があるから大丈夫。
「ま、対象が俺な時点で売れそうにもないし、何よりもそれを許容する気も無い」
それで、そっちの状況は? と聞く。
「男共五人がかりで籠ごと運ばれている最中じゃ。ま、ワシ非常に重たいし」
今更ながら自分自身の無駄なハイパワーっぷりに驚く。
「んー、まあここからは人質にとられた娘を助けに行く退役軍人のマッチョマン張りに体張っていきますか」
そう言って、全身に力を込める。体の中の魔力の流れを意識して、眠気の原因である薬を押し流す。
数秒続けると、体から薬の影響が消える。そして気怠かった体から活力を取り戻してから、目を開ける。
「ひゃっ!?」
目の前に少し薄汚れた女の人が居た。年の頃はだいたい十五くらい、薄汚れているのでわかりにくいが、たぶん黒に近い紺系の髪色。磨いたらきっと光りそう。
「んあ? 誰?」
少し怯えているようにも見えるが何かあったのだろうか?
「え、えっと、魘されてたから……」
少し不安そうに彼女がそう告げてくる。
「それで、ここは?」
「……メルデス様の商品保管庫って呼ばれてる」
彼女の服装も気にしていなかったけどよく見るとぼろ切れを適当に縫い合わせたワンピース状の物だ。
さらに周辺を見渡すと、だいたい六畳間くらいの部屋に彼女と俺のみ。それからさっきから気になっていたのだが、それぞれの足に鎖と鉄球のついた足枷。
さらに翅は紐でひとまとめにされ、両手にも手枷と鉄球のおまけ付き。大サービスにもほどがある。
「何というか商品に対する扱いじゃないし、俺に対しては過剰としか言いようのない対応してるなぁ……」
たぶん、氷の剣の重さからこれくらいしないと駄目だと思われたんだろう。
「えっと、寒くないの?」
そこで俺の服が剥かれて全裸である事に気がつく。三年ぶりくらいの全裸だ。
「むしろ暑いくらいだ」
彼女の足下に落ちている鉄球を軽く叩き、音からだいたいの強度を割り出す。うん、だいたい普通の鉄の玉って感じ。
「さて、出るか」
「え? 無理だよ。君、手枷に足枷、しかも翅も縛られてるんだよ? それにあの鉄製の扉は外から開けないよ」
「何だ、そんなもんか」
全く、妖精を嘗めすぎとしか言い様がない。
「それにここに入るときに服従の紋っていう術を刻まれるって話しを聞いたの。刻んだ人が魔力を込めるともの凄い激痛が走るって!」
そこまで喋って彼女が咳き込む。かなり湿って重たそうな咳だ。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫、少し興奮しちゃっただけ」
喘息とか気管支系の病気なのだろう。多少の動きでこうなるのなら、それが原因でこんなところにいるのだろう。
「その肩に刻まれているのが服従の紋だって」
ふむ、気がつかなかったが何か鎖をモチーフにした紋様が刻まれているな。紋自体に魔力を感じるからそういう染料か何かで束縛用の術を刻んだとかそういう感じだろう。
術は独学なので詳しくないが、やっぱり妖精を嘗めているとしか言い様がないな。
「現状は十分に理解した。ところで一つ取引しないか?」
「取引?」
いぶかしげにこっちを見てくる彼女に背中を見せる。
「そう、妖精との取引。悪魔より良いだろ?」
「こんなところで一体何の取引するのよ」
手枷で動かしにくいが、翅を縛っている紐を指差す。
「この紐を解いてくれたら、お前をここから自由にしてやる」
彼女から感じる気配が揺らぐ。
「さて、ただ俺よりもほんの少し自由な手で紐を解くだけで自由にしてやるって言っている。失敗しても俺が自力で解いたと言えば実害はないって話だ」
さあどうする? ともう一度彼女の方に向き直り、問いかける。
「……いいよ、その取引、乗ってあげる」
そのまま俺の背中に彼女が手を伸ばし、紐をほどく。背中にあった違和感が消えたので、軽く翅を動かす。
「ありがとう、そういえば名前を聞いていなかったな」
「チェルシー」
「じゃあ、取引は成立だ、チェルシー。お前はここで寝ながら結果を待つといい。ああそれと」
そこまで言ってから、全身に魔力を漲らせる。軽い冷気と共に青白い光が現れる。
「この程度の術で俺を縛ろうなんて、ドラゴンを絹糸で縛るのと同レベルの話だ」
体の中に満たした魔力を紋様に向かって全力で注ぎ込む。やることは非常に単純。紋様に指定の対象への服従、さもなくば激痛を走らせるとかそういう効果があるのであれば、こっちの全魔力をもって紋様の術を全部焼き切るまで。
「ぎっ!?」
紋様から激痛が走るが、所詮はただの激痛。伊達に三年間ほぼ毎日のように死にかけていたあの頃に比べれば何の問題もない!
「なんぼの、もんだぁ!」
叫ぶと同時に紋様が炎を上げ、一瞬で燃え尽きる。
「よし、ぶっつけ本番だったが上手くいった」
「……え、具体的な勝算なかったの?」
チェルシーのつぶやきには答えず、さらに全身に魔力を込めて、身体能力を強化する。
まずは邪魔な手枷を力任せに引き千切る。破壊された手枷が外れ、手首に当たる外気が少し気持ちいい。
足枷は細長い氷を鍵穴に突っ込み、中で氷を成長させて破壊し穏便に外れてもらう。
さすがに全裸で平気なほど文明捨てていないので、またスノーバインダーの応用で下着を仕立てる。
「よ、妖精の術って、凄い……」
「まあ、出来る事は限られているけどな」
では、脱出と行きましょうか。
取りあえず手には氷の剣と同じ大きさの圧縮雪で固めた剣を作り出す。氷で作っても良いんだが、思いの外服従の紋を壊すのに魔力を使ってしまったので少し節約。
「せーの、スマッシュヒット!」
振りかぶった一撃が、鉄製のドアを弾き飛ばす。勢い余って正面にあった壁にドアがめり込む。
そのまま部屋から飛び出ると、何人かの男がこっちに向かってくる足音が聞こえる。
足音の聞こえた方向へ進み、通路で鉢合わせした男の喉元を剣で突いて仕留める。
「なっ」
「遅い!」
男が突き刺さったままの剣を振り、男の後ろにいたのも切り捨てる。突き刺さっていた男もろとも真っ二つだ。
「ひ、ひぃいい!?」
もう一人いたが、その場で腰を抜かしてしまったので、剣を突きつける。
「俺は嘗めた真似をしてくれたお前の雇い主にちょっとばかし教訓を与えに行くところなんだが、どちらに行けば良いかな?」
慌てた様子で懸命に通路の先の階段を指差していたので、ひとまずスノーバインダーできっちり拘束してから階段へ向かう。
階段を登り切る手前で一度泊り、上の様子をうかがう。
「しかし妖精が商品として手に入るなんてな」
「口は悪いが見かけは一級品だ。あの見世物テントだったら金貨十枚は堅いだろうな!」
下っ端三人が暢気に酒盛りをしている。さらに確認するとあの時の下男も一緒にいる様子。
「ところで下の様子見に行った奴が戻ってこないな……おい、見てこいカルロ」
「へいへい、分かりましたよ」
カルロと呼ばれた下男がこちらに向かってくるので、天井に張り付くようにする。ついでにスノーバインダーで細い糸を作る。
「たぁく、ツケがあるからってこき使いすぎだと……」
ま、せっかく来てくれたんだし、役に立って貰おう。
カルロが階段を数段降りた瞬間、天井から首に向かって糸を投げ、そのまま絡ませる。
ピンと張った糸を強く引き寄せ、訳も分からず引き留められたカルロの首筋に剣を当てる。
「騒ぐなよ? これ結構鋭いんだよ」
首を縦に振ったので剣を当てたまま回れ右をさる。
「よーう、本日はお出迎えありがとうな、カルロくん?」
「な、ななな……あれだけ拘束しておいたはずなのに!」
「そこは気にするなよ。禿げるぞ? さて、今回もちゃんとご主人様の元に案内してくれるかな?」
首を激しく縦に振ったので、そのまま階段を上らせる。
「ん、どうしたカルロ?」
それがその男の遺言だった。
階段から飛び出し、そのまま剣で真っ二つ。それに驚きながらも剣を抜く他の下っ端共、それよりも早く尽きだした左手からアイスニードルを打ち出し、行動を封じる。
出来た隙に飛び込んで、そのまま心臓に剣を突き立てる。背後から襲いかかってきた奴は剣から手を離し、作り出したナイフで剣を受け止める。
「アイスクラッシュ!」
均衡状態からアイスクラッシュで相手の頭に氷をぶつけて一撃で意識を刈り取る。死んではいないみたいなので、スノーバインダーで拘束。
「で、カルロくん? 俺の荷物は?」
「そ、そこに先ほど入れて頂いた籠のまま置いてありますぅ!」
置いてあった籠のふたを開ける。
「よっ、湯煎されてないか心配だったぜ」
「たかが湯ごときでワシを融かせる思うな」
よし、元気そうなので問題なし。氷の剣を床に突き立てる。
「あれ? 俺の服は?」
「えっと、その、ボスが好事家に売るって言っておりました!」
取りあえず落とし前は付けようか。
「じゃ、案内よろしく」
今度は氷の剣を突きつけて、カルロに道案内をさせる。二階に上がり、突き当たりの部屋まで案内される。
「よし、扉開けろ。おかしな真似したら剣がカルロくんの体を貫通する術を繰り出しちゃうぞ?」
「ご、ご主人様、カルロです!」
おう、迫真の演技ごちそうさまです。
「なんだカルロ、呼んだとき以外来るなと言っただろうが!」
メルデスが扉腰に怒鳴ってきたので、取りあえず扉をスマッシュヒットで吹っ飛ばす。
今度は木製だったのでそのまま砕け散ったが、道を阻む物が無くなったのでよしとする。
「よーう、メルデスさん。お楽しみの最中済まないね。いやその様子だとこれからだったか?」
奥に見えるベッドには俺の服を見る下着姿の女性がいる。おそらくお楽しみ前に品定めでもしてたって感じか。
目を見開いて、声もなく驚いているってところか。
「待て待て待て! 鋼鉄製の手枷に足枷、しかも鉄球付き! 翅も紐で縛っておいたのに何で!」
「あの程度なら気合いで引きちぎれるわ。妖精の腕力嘗めるな」
完全に絶句しているメルデス。そろそろどこかの血管が切れそうな感じ。
「さーて、落とし前はきっちり付けて貰わないとなぁ?」
氷の剣を構えたところで、メルデスが一歩たじろぐ。後ろには壁以外何もないが、そのまま追い詰めてしまおうか。
「契約を司る精霊の紋よ! かの紋に逆らえる者を戒めよ!」
ベッドにいた女性から魔力が放たれ、俺に直撃。なるほど、彼女がさっきの従属の紋とやらを刻んだ張本人か。
「馬鹿め、従属の紋を刻まれているとも知らずに無謀だったな!」
「ガっ! ぐああ!」
さっき消したので全く痛くないが、痛い振りをしておく。その場でへたり込む、ように見せかけてベッドの女に向かってナイフを投げつける。
ちょうど魔力を放つためにこちらに向けていた手の平にしっかりと刺さる。
「な、きゃあ!?」
そのまま低い姿勢から翅で加速して女に肉薄、そのまま突き刺さったままのナイフの柄を蹴り飛ばす。手のひらを貫通したナイフが壁に刺さる。
そしてそのまま声もなく倒れる女を見てから、メルデスの方に向き直る。
「さてと、抵抗するとどうなるかわかりやすいよな?」
改めて接近して剣を突きつけるとメルデスがその場でへたり込んだ。下着が台無しになっていない事を祈るばかりだ。
「じゃあ、落とし前を付けようか。と言っても俺の要求は単純だ。俺小遣い欲しいんだよ。剣闘場で少し勝ったとはいえ少々路銀が心許なくてな」
氷の剣からお主最悪じゃなと突っ込まれるが、あと少しで本当に無残妖精になるところだったので、まあ、慰謝料代わりだ。
「それとお前のところの商品、あれちょっと欲しくなってな? まあ、譲って貰えるよな?」
笑顔を浮かべながら、俺はメルデスの首元に氷の剣を押し当てるのだった。