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闘技場にて

 さて、宿も得たし妖精荘を売り払ったお金もある。手元にあるお金はある程度自由に出来る。そうなればどうするか?


 大抵は趣味嗜好のために費やすだろう。サブカルチャーというのはお金と時間がある人、もしくはそれに価値を見いだした人がつぎ込む物だ。

 そしてその趣味というのは多種多様に渡り、大勢の人が好む趣味も有れば、他人には理解されない物もある。


「いけ! そこで殴れ! ああもうガード遅い!」


 そして俺の趣味というのは誰にでも解りやすく、大多数に理解を得られ、そしてそれと同じくらいに嫌悪されたりもする趣味だ。


「よし、押せ! もうちょいで姿勢崩れる!」

 この『エウド』には他の都市に無い、わかりやすい観光スポットが有る。かつて古代ローマにおいては民衆を熱狂の渦にやった物。

 俺の視線の先には剣と盾を持った半裸の男が、敵であるオーガの棍棒を避けつつ着実に攻撃を重ねる。


 オーガの血しぶきが辺りに飛び、蝶のように舞い蜂のように刺す戦法を繰り返す男に歓声が上がる。


「よーしよし、良いぞ!」


 ここは闘技場という剣闘士達が命を賭けて戦う姿を鑑賞する見世物の戦場。

無論古代ローマとは違い、猛獣では無く捕まえてきた魔物がその相手だ。


 そのまま剣闘士の男が、度重なるダメージで姿勢を崩したオーガの胸に剣を突き込む。


「よし、決まったぁ!」


 そのままオーガの巨体が倒れ込み、オーガから剣を抜いた剣闘士がその血まみれの剣を掲げる。


『ただいまの勝負、コーザの勝利!』


 司会の声と同時に沸く歓声、そして悲哀の叫び。俺はどちらかと言うと歓声側にいる。

 こういったショーにつきものと言えば、あの文化だ。


「よし、取った!」


 観客席から飛び出し、払い出しのカウンターに木札を出す。


「おめでとう御座います、これで三連勝ですね」

「ふっふっふ、ありがとう」


 払い出されたのは銀貨三枚。先ほどの勝利と合わせて合計銀貨七枚を得ることが出来た。

 周辺では「今日は儲けたぜ!」「妖精様のおかげで勝てたぞ!」などというなんかいつの間にか俺に注目が集まっていたみたいだ。


「……スノゥ、お主はなぜここで賭け事をしておる?」

「趣味だ」


 そう、前世といっていいのか分からないが前世では賭け事が趣味だった。残念ながらツキという物は持っていないので弱く、競馬や競艇も競輪も全部予想が当たった試しが無い。


 だが今回は剣闘。どちらが勝つか予想をするというシンプルな物なので、魔物と剣闘士の両方を見ればどちらが勝つなど一発で分かる。


「それもこれも『凍てついた銀河』での修行のおかげだ、いやあ氷の剣さまさま」

「ワシ、そういう目的のために魔物を配置しているわけでは無いのじゃが」


 良いんだよ、金があれば様々な事を経験しやすい。巡り巡って氷の剣の知識欲をほどよく満たすことが出来ると取りあえず丸め込んでおく。

 それに納得した様子なので、俺は銀貨を鞄に仕舞い込み、闘技場を後にする。


「さーて、次の目的地は決まったな」

「どこに行くのじゃ?」


 そんな物は決まっている。賭け事をし、終われば勝ち負けを問わずに向かう場所は一つ。


「酒場だ!」


 そのまますぐ近くにあった大きな酒場に飛び込む。突然の来客、それも妖精である俺の驚いた客達の目線が集まる。

 そのままカウンター席まで進みながら、他のテーブルにのってる物を確かめる。


「え、えっと、注文は?」


 少し若い感じのマスターが混乱しながらも注文を聞いてくる。注文を聞けたのは良いが、取り乱した点はマイナスだ。


「ラムとつまむ物を適当に見繕ってくれ」


 しばらくしてラム酒がコップで、つまみとして茹でた芋数個と腸詰め、いわゆるソーセージが出てきた。


「では、いただきます」


 ラムの入ったコップを一気に傾け、取りあえず半分ほど飲む。堪能したところで芋を頬張り、またラムを飲む。

 途中で腸詰めを囓り、芋を食べて残ったラムで流し込む。


「くっはぁ! たまらん! エール頼むわ! 後、腸詰め追加で!」


 すぐに出てきたエールで残りの芋と腸詰めを平らげ、その後に来た腸詰めでエールを堪能。

 さらにその後おかわりをし、都合三杯分エールを頂いて、ようやく落ち着く。


「くはー! 都合四年近く禁酒した後の酒は格別ぅ! 五臓六腑どころか魂にまで染み渡るぅ……!」


 いろいろあったけど、この理想郷にたどり着くのに、賭け事を楽しんで酒を飲んでという文化的な生活をようやく得ることが出来た。


「今度は葡萄酒お願い! ボトルで!」


 ここからはゆっくり飲むのシフトするため、ボトルでゆっくり行こうと思う。


「ところで氷の剣、知ってる範囲で構わないから聞きたいんだが」


 至極真面目な表情を作り、氷の剣に声を掛ける。


「何だ?」

「妖精って酒飲むと酔っ払うのか?」

「知らん! そんな知識は持っておらんわ!」


 なんだかご機嫌斜め。もう少しハッピーに生きれば良いのに。


「じゃあ今日ここで検証しようか!」

「ああ、なんでこんな奴が担い手なんじゃ……今ワシは白銀竜がこいつを始末しなかった事に怒りを覚えるぞ……!」


 歴代最強の問題児だと手も無いのに頭を抱えて苦悩する様が見える氷の剣をよそに、自分の学術的興味を満たすべくワインを飲む。


 ああ、これは妖精の生態研究という立派な使命だ。決して酒が飲みたいからと言うわけでは無い。


「赤と白一本ずつ頼まぁ!」


 さらに追加で飲む。今のところ酔いが回る様子は無いが、このまま限界まで挑戦しよう。

 さて、白は個人的に冷やして頂きたい。赤は常温で濃いめのを頂こう。


「すまん、ワインクーラーある?」

「……済みません、ちょっとどういった物かが分からないので」


 仕方が無い、自作しよう。

 適当に氷で器を作って、中に氷をぶち込む。そしてその氷の中に白ワインをボトルごと突っ込む。

 そしてそんな風に白ワインを冷やしている間に赤ワインのコルクを抜いて飲み始める。


「なあ、何か煮込み系の料理無い?」

「それならオークシチューはどうでしょうか?」


 じゃあそれでと頼み、赤を半分ほど空けてしまう。煮込みが来る前に飲み過ぎたかも知れない。


「はい、オークシチューお待ち!」


 よく煮込まれたオーク肉と、デミグラス系の色をしたスープを同時に堪能する。深く煮込まれ柔らかいオーク肉と、一緒に煮込まれた野菜の味が染みこんでくる。

 そしてその濃い味に対抗する様に赤ワインを流し込む。


 そうやって肉と酒のコラボレーションを楽しんでいると、オーク肉の煮込みがあっという間に終わってしまう。


「チーズ、ある?」

「はいよ」


 出されたチーズはゴーダ系のチーズで、癖がなく食べやすい。


「うーん白ワインが進む」


 キンキンに冷えた白ワインとチーズ、添えられていたクラッカーで口直しをしながら白ワインを一本空ける。


「おーい、氷の剣、ラムと白と赤で二本ずつくらいで気持ちよくなってきた。妖精の酔いの回り方なんて貴重な知識だぞ?」

「要らんわ!」


 短気な、カルシウムの足りない剣だな。


「さて、これくらいにするかな? 限界まで挑戦すると財布まで干上がりそうだ」


 今の食事で銀貨三枚くらい一気に使ってしまった。今後の生活費も考えるとこれくらいが潮時だ。


「……妖精とはなんじゃったのだろうか」

「ま、稀に変わった個体も出るだろうさ」


 なんか小声でブツブツ呟いている氷の剣を放置して店を出ようとすると、一人のいかにも小物ですといった風貌の男が近づいてくる。


「もし、あなた様が最近この辺りに現れた妖精様ですか?」

「まあ、そうだが?」


 面倒ごと、だろうか?


「だとしましたら、ここに来る途中に商人の荷馬車を一台お救い頂いたでしょう? 実はあの馬車には私どもの大切な商品が載っておりまして、主人が是非にお礼に晩餐へ招待したいと仰せのため迎えに参った次第で」


 なるほど、あの時商人を助けた恩はこのタイミングで返ってきたか。


「いえ、至極当然のことをしたまで。ではこれにて」


 必殺、席を立つ。これを行う事で相手に焦燥感を与え、有利に物事を進められるのだ。


「またまたご謙遜を。しかし困りました、あなた様を招待出来ないとなると私が主人に叱られてしまいます……」

「それじゃあ仕方がないな。招待を受けよう」


 うん、仕方がない。これも人助けの一環だ。うんうん、しょうがない!


「欲に溺れるとろくな事にならんぞ」

「なに、問題無いさ」


 一応の忠告をしてくる氷の剣に、俺は返事を返す。


「別段何も起こるわけないさ。起こったとしても全部切り捨てればいい」




○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○




 小男に連れられて招待された屋敷は、北側のメインストリートから一本裏に入ったところにあった。

 なかなか大きい屋敷で、きれいに整えられた庭が出迎えてくれた。


「なかなか大きく儲けているみたいだな」

「主人はこの辺りでも有名な大店なので、メンツのためというのもありますが」


 苦笑する様に言いながら、屋敷の中へ案内してくれる。


「こちらで御座います」


 なかなかに立派なシャンデリアが飾られたロビーを抜け、これまた豪奢な食堂へ案内される。


「では、今しばらくお待ちを、ああ、荷物はこちらの籠に」


 氷の剣や鞄を籠に入れ、部屋の隅に置く。しばらく待つと、食堂の扉が開かれる。


「ようこそいらっしゃいました、妖精様。私はメルデスと申します。招待を受けて頂き感謝しております」


 握手を求めてきたので、こちらも立ち上がり、握手を交わす。


「いえいえ、妖精としてごく当たり前の事をやったまでです」


 その当たり前が私にはうれしいのですとメルデスが言い、お互いが席に着く。

 そしてそのまま食事と相成った。


「十六年前のタルタロスの門開放からこのところ、魔物の活動が活発化して着ておりまして、やはり地脈の王が目覚めたと言う噂は本当なのでしょうか?」

「うーん、こっちもずっと生まれ故郷で引きこもっていたから分からないな」


 コース料理形式で出てくる料理を見苦しくない程度の行儀作法で頂きながら世間話を行う。

 表面は表面で応対を行いながら、内側で氷の剣に話しかける。


「なあ氷の剣、地脈の魔物ってどんなのなんだ?」

「端的に言えば四匹の化物だ。なにせ地脈の膨大な力を受け止めてなお自我を保つような存在だからな。地脈からの力を受けて戦う関係でやたらと強い」


 以前の担い手と共にそのうちの一体と戦ったと豪語する氷の剣。


「取りあえずそれぞれが称する王の名は確か……戦士王、煉獄王、魔獣女王、大海王の四つだったはずだ」

「で、氷の剣はどれと戦ったんだ?」


 少し苦い声で煉獄王だと呟く。


「もっぱら防具として扱われた」


 ……ああ、煉獄と言うだけあって炎の使い手だったんだな。それで氷の剣からの冷気で相殺して戦ったわけだ。


「ワシ、剣だよな? なんで扱いが防具なんじゃろ?」


 なんか触れちゃいけない何かに触れてしまったようだ。なんかしばらく戻ってきそうにないから食事に集中する。


「そういうわけで、最近は荷を運ぶにも護衛が必要に成ってくるのですよ」

「確かに俺もしょっちゅう襲われたがな」


 家作ってた頃はしょっちゅうオオカミモドキに襲われていた。最終的にはこっちがワイバーンの巣に殴り込んだりしてたけど。


「そういえば、小間使いから聞きましたが、お酒に目がないとか」


 メルデスが手元にあったベルを鳴らすと、使用人が瓶を一つ持ってきた。


「こちら、この辺りの名産ワインでシイレースという白い葡萄酒なんですよ」


 コルクを空け、私のワイングラスに注いでくれる。


「さ、どうぞ、是非堪能ください。きっと素晴らしい味がしますよ」


 勧められるままに一口。口当たりの良さにそのままあっという間に一杯を飲みきる。


「なかなかに甘口なワインだな。シイレースというのはブドウの種類か?」

「ま、そんなところです。ささ、おかわりをどうぞ」


 もう一杯、飲みきってもう一杯飲みきったところで、頭の中が霞み掛かった様になってくる。

俯瞰した自分が制御の効かなくなった体を見ている感覚。これはやられちゃったか?


「ああ、先ほどシイレースとは何かと聞いてきましたが、正しくはブドウではなく薬の種類ですよ。ほんの少し飲むだけで気持ちよく眠ってしまう種類の」


 ああ、なるほど。この感覚は薬か。参った、毒を扱ってくる魔物は『凍てついた銀河』には居なかったから耐性はあまりないな。


「しかし、通常の人間なら一瞬で昏睡する量を入れたのですが、まさか一本分飲みきってしまうとは。妖精に薬が効きにくいという噂は本当だったようですね」


 多分だが、白銀竜を喰った影響もあるだろう。竜ってそういうの効かなそうだし。


「よし、力が入っていない内に拘束して地下に放り込んでおけ。南の広場を根城にしてるサーカス連中なら高値で買うだろ?」


 おおう、昨日街の中央で客寄せやってた珍獣テントに売り払われる訳だ。

 そこまで考えたところで、ぷつりと意識が切れた。


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