始まりの日! 夢見られない一面銀世界!
初めての人は初めまして、前作など読んでいらっしゃる方はお久しぶりです。
妖精による物語をどうか、寝物語としてでもご覧ください。
なお、更新に関しては、書き上がった章単位で毎日更新となります。
更新が無いと言うことは書き上がっていないという事なので、そこのところよろしくお願いします。
目覚めると、そこは一面の銀世界だった。
遠くに見える稜線、天には満天という言葉がよく似合う、漆黒にちりばめられた宝石の群れ。
「ここどこ?」
確か、スキー旅行でニセコに向かい、その上質な雪を満喫した後にペンションでウィスキーをチビチビやって、気持ちよくなったから眠ったはず。
それが、ただのバスローブ一丁でこんな場所に放り出すとか普通死ぬぞ。運が良くても凍傷で末端壊死とか十分あり得るのに。
しかし、何か違和感が。とりあえずまず寒さを感じない。こんなに空気さえ凍り付いて静止しているような空間なのに。
疑問は尽きない。たとえば、医者に節制を勧められるような万年三段腹が消え、スリムになっている。視界に入る手指も非常に細く丸っこくなっている。
「声もなんか高いし、なんか前髪も長くなってる?」
さらさらとした、水色の前髪、尻にも同じような感触がある。つまり、超ロングヘアと言った感じだろうか?
さて、そろそろ現実逃避をやめようか。
「俺のマイビックサンが消滅してるぁ!?」
いやデカいわけじゃないけどこうでも言っておかないと精神が保てないというか。
「というか何故ゼンラーマン!? わけがわからないよぅ!」
どなたか、この状況をフロイトの夢分析にかけてください! 俺とんでもないド変態になってもいいからこれを夢と言ってくれ!
念のために髪の毛を引っ張ってみるが、ものすごく痛かった。さすがに鍛えられない部分だけあって、ものっそく痛い。
「くそ、何かないか? あたりに何か!」
とりあえず一回転して何かないか見てみると、背後に何か棒状のものが突き刺さっている。
恐る恐る見てみると、透き通るような空色を纏った何か。そう、材質としては氷、パッと見は剣のようにも見える。
わずかに反射する面を利用して自分の姿を見る。水色の髪の毛に新緑を思わせる緑の瞳、出るとこ出てない幼児体型、パッと見完全幼女。
そしてこれ一番重要なんだけど、背中側に何かトンボのような透き通ってる虫系の翅が二対。
「認めたくない現実は、妖精っぽい生き物に転生でした。しかもTS付とかなにこれワロス」
もう驚きとか何もかも通り越して、文章にすればひたすら草しか生えないような事態に、俺は意識を失った。
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再び目を覚ましてから周辺を探索してみた。と言っても探索はまったくはかどらなかった。
「むう、ここが境界かな?」
あの仮称氷の剣の突き刺さっているところから大体二百メートルくらいしか離れられない。
リードにつながれた犬状態で非常に窮屈。一度無理やり範囲外に出ようとしたら、強烈な頭痛に襲われ断念。何らかの条件が存在している可能性あり。
現在は周辺に自分の足跡で大体の感覚を測り、頭痛のしない範囲を割り出し終えたところ。
「あの剣も抜けないし、一生このまま?」
ファンタジー的な要素ならあの剣を手に入れに来た存在に剣を託して消滅するような守護者的ポジション? それはさすがに嫌だ。
動ける範囲で確認したところ、この体はこの極寒状況に完全に適応している。というかいまだ全裸なのに寒気を感じない時点でお察しだ。
おかげで歩ける範囲にある何でか凍っていない水場で水浴びしても寒くないというかむしろ気持ちいい。
周辺は蒔かれた水が飛び散ってダイアモンドダストみたいにキラキラ輝いているが。
そうしてみるとこの水場も凍っていておかしく無いはずなのだが、この現状では考える意味が無いと思う。そもそも身に起こっている事の方が今は大事だ。
「ところでこの翅って飛べるのか?」
意識するとピコピコ動くこの翅に力を入れてみる。動くけれど揚力は生まれない。肩甲骨を動かす要領で回したり片側だけ動かしたりしてみるけど結果は変わらず。
むう、せっかくの翅なんだから飛ぶ方法はないものか?
とりあえずなれない筋肉を動かして疲れたので氷の剣にもたれかかる。当然剣の腹の部分なので切れはしない。
「ん?」
なんか、氷の剣が当たっている部分が非常に気持ちいい。なんというか酷使された筋肉がほぐれていく感じ。
ついでなので頭も触れてみる。頭痛自体は引いているが、あの時の感覚が残っているような感じがするので、今のうちに追い出しておきたい。
この世界において初めて感じる温かさを受け入れつつ、目を閉じる。
すると、どうだろう。頭の中に、体の使い方などの知識が流れ込んでくる。慌てて頭を離すと、その頭の中に流れてきていた熱が途切れる。
二度ほど深呼吸をし、さっき得た知識を試すべく、翅に力を籠める。
「たしか、体の裏側に流れる流れを意識して流せば……」
翅に力が集まり、青白い粒上の光が溢れて、私の体が宙に浮く。その状態で羽を動かすと、旋回、加減速はお手の物。もっと広い範囲で飛べればいろんな機動が出来るだろう。
しかし、この体の裏側を回る力というのがどういうものなのかがよくわからないが、いろいろ出来そうなので少し使い方を学ぶため、氷の剣にもう少しくっ付いてみよう。
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結論。脳味噌へいろいろ直接書き込む系の技術は痛い。しかし寝る時の枕にすることで、痛みで気を失っても睡眠学習で情報を叩き込めることがわかったのは大きい。
まず、この体は雪妖精という種族らしい。寒さに絶対的な耐性を持ち、逆に炎にはめっぽう弱い。
体の裏側を巡る力は魔力であり、これをいろんなイメージを基にした言霊に沿って動かすと術になるらしい。
翅で空を飛ぶもその要領であるとのこと。試しに氷を手のひらに呼び出すことをイメージして言霊を紡ぐ。
「氷よ!」
手から氷の粒が現れる。大きさは大体製氷機で造られる大きさくらいか。冷たさは感じないのでそのままその辺に投げる。
「雪よ!」
同じように雪玉をイメージして言霊を紡ぐと手のひらに雪玉が現れる。
「圧縮!」
雪玉があっという間にゴマ粒サイズに。でも手にかかる重さは変わらない。とりあえず投げ捨てておく。
氷の塊をイメージして、それを手のひらサイズに圧縮するが、雪に比べて時間が掛かった。
今は手のひらサイズの実験だけど、サイズが大きくなるとこの辺りの時間も変動しそうだ。
それに何でか氷のイメージが扱いにくい。種族が雪妖精だから氷関係の中でも雪に適正があるとかそういう感じか?
しかし、魔力をイメージ通りに動かすという訓練は成功と言える。
「さて、これであれが試せるな」
順調に魔力を扱えることが分かった俺は、かねてより目を逸らしていた問題について、向き合うことにした。
「この全裸をどうにかしないと」
現在は『お巡りさんこの子保護してやって』の状態だけど、妖精種は魔力で衣を作るって刷り込み知識にあったから、服をイメージしてみることにする。
「ま、まずは下着から!」
万年恋人どころか女性接触なしの人間には、せいぜいゲームくらいでしか知らない内容だけど、上はいわゆるスポーツブラ的なああいうので十分なはず。
下はなんでか黒タイツと白レースのショーツというような子供が履くものじゃありません系になってしまった。
ただ、履き心地は悪くないのと、面倒なので変えない。
「次は服だけど……」
なにせイメージが全然湧かない。せいぜいワンピース的な物と、学校制服くらいしかイメージが、と思っていると魔力が服を構成し始める。
白いワイシャツに首元は赤いリボン、スカートは黒に雪の結晶が散りばめられたプリーツスカートで、足元にはローファー。
さらに上着には灰を基調としたブレザーが作り出され、胸ポケットにはやはり雪の結晶が刺繍されている。
「おおー」
ついでだから髪型も首と同じ色合いのリボンでポニーテール風にまとめてみる。
無論、鏡代わりに使っているのは氷の剣である。
「お、なかなか可愛いじゃんか」
自分自身でなかったらクラスの中でも目立つ存在くらいにはなってるだろう。
「……ナルシストじゃあないぞ」
誰に言い訳をしているのかわからなくなるが、これで文明的生活を送れるはず。
後は寝床やそのほかの家具とかを整えたりする必要がある。まあ、しばらくすれば生活環境も整えられるだろう。しばらくは努力をしてみよう。
ひとまずはかまくらを作るところから始めてみよう、そう思って魔力を集中する。しっかり力を込めて、解放しようとした瞬間、一瞬だけ何かの気配を感じた。
「なんだ?」
その気配の方向、空へ目を向けると、何か白い物体が見える。
最初は鳥かと思った。しかしよく見ると鳥の様な羽毛に包まれていない。シルエットだけで見るとコウモリの物に近いような尖った翼が見える。
後、なんか全体的にトカゲっぽい。
「ファンタジー的なお約束的な存在でしょうか、氷の剣先生」
受け取った知識の中を必死に捲ると、あの存在の正体が分かる。
「なるほど、ワイバーン……牙とその巨体による格闘戦が得意、と」
うん、俺が襲いかかられたら死ぬわ。
「しかし、影が大きくなってないかな? そして心なしかこっちに突っ込んできてない?」
さっきまでは遠目で見える程度だったのに、いつの間にか結構大きくなってますが。
「って、ヤバい!」
とっさに飛び退くのと同時、ワイバーンが突っ込んでくる。着弾した場所を中心に雪煙が上がる。
雪煙の中心を見ながら、身構える。なんとかして逃げ延びるか倒すかしないと死ぬ。現代生活でなまっていた生存本能が呼び起こされる。
「ギャアアアアアア!」
雪煙が晴れると同時に響く咆哮。それがワイバーンの物だと判断するのにミリ秒もいらない。
自分の手持ちを必死に考える。覚えたての魔法に、この作りたての制服。そして、抜くことの出来ない氷の剣。
せめてもの威嚇に使えないかと思い、手の中で雪を作っては圧縮、それをナイフの形にする。
いわゆるサバイバルナイフの形状になるが、正直猛獣を前に木の枝を構えているような物だ。心許なすぎる。
となると、覚え立ての術がメイン攻撃手段になるはず。
「貫け、アイスニードル!」
詠唱が短い、牽制用の氷の針を飛ばす術を放つ。一直線に飛んでいったそれを、
「ガァ!」
なんとまあ咆哮のみでかき消した。ヤバくないでしょうか? そんな暢気な思考は飛び掛かってくるスノーワイバーンの爪を避ける事で吹っ飛ぶ。
「こんの!」
二撃目の爪をナイフで受け流す。受けた部分が一センチほどへこむ。強度はあれど長続きしない危うさがある。
「戒めよ! スノーバインダー!」
雪と氷で作られたロープが現れ、ワイバーンの足に引っかかると同時に全身に巻き付く。束縛系の補助術だが、先ほどの様子から絶対数秒しか持たないはず。
「アイスクラッシュ!」
氷の塊をいくつも呼び出し、ワイバーンの頭にたたきつける。まだ拳大の大きさしか作れないけど、何発も頭に浴びれば脳震盪とか引き起こせるはず。
氷の塊をたたきつけられたワイバーンが怯み、首をくねらせて氷の塊を回避しようとする。めげずに何発か当てた後、数秒ほど動かなくなっては復活を繰り返すようになる。
そこからは持久戦だ。アイスクラッシュで脳震盪を起こしている間に切れそうなスノーバインダーを掛け直して拘束を強化する。
これぞゲーム的パターンハメ戦法! そんな思考を隅に追いやりながらひたすら攻撃を繰り返す。
俺の術を扱うための力が尽きるのが先か、相手がくたばるのが先か。ひたすらなまでに覚え立ての術を繰り返す。
だんだん精度が上がり、同じ力を使っても拳を越えて頭の大きさくらいの氷を呼び出し、一本だけのバインダーが三本、四本と呼び出せるようになっていく。
しかし、それでも元々ある術の力の総量が変化する訳では無い。
「アイスクラッシュ、スノーバインダー!」
少なくなる力に焦りを感じ、集中が途切れそうになる。ほんの一瞬でも気を抜いてはいけない戦いに、一瞬だけ隙が出来る。
ワイバーンの頭に当たるはずの氷の塊が、わずかにずれる。
「しま」
思ったときにはもう遅い。拘束を引きちぎり、長い尾を振り回し、俺の脇腹に直撃。
鈍い音が体の中に響くと同時、交通事故のダミー人形のごとく吹っ飛ばされる。
雪と氷の地面を滑り、何かにぶつかって止まる。
「痛ぅ……」
再び飛び、こちらに反撃の隙を与えないように突撃からの爪攻撃で仕留めようとするスノーワイバーン。
俺はぶつかった何かに掴まりながら、立ち上がる。頭の中には、何も存在しなかった。
真っ白だ。新雪の降り積もる平原のごとく、何者も踏み荒らすことのない神聖で何者も寄せ付けないような純白。
何者にも染まるような白の癖に、すべてを拒む極寒。だからだろう、目に映った光景をそのままに受け入れられるのは。
思考はしなくても良い、体が生きたいと叫んでくれた。だから、ここからの行動すべては無意識の行動だ。
突進してくるワイバーンに対して、ナイフを投げる。それを爪で払い落とし、さらに速度を上げる。
術の力をすべて全身に回し、足りない身体能力を補う。無意識故の全リミッターカット。
その手に入れた身体能力は、掴んでいた物を使うには十分な物だった。
そう、氷の剣を。
台座から抜き放たれたそれをその勢いのまま、下から振り上げる。ワイバーンの爪を受け止めたと思った瞬間には食い込み、裁断して腕ごと切り落とす。
腕を失ったワイバーンが喚くが、翅に力を込めて飛び上がり、そのままその首めがけて振り下ろす。
あっけなく落ちる首と、飛び散る鮮血。純白と黒の二色だけの世界に、鮮血の赤という色が混ざり合う。
「良かった、俺、生きてる」
そして、世界は黒く染まった。