例の男
ついに、噂の男登場です。"例の男"と言っても悪の魔法使いは出てきません。
地元の病院。
電話をして30分もせずに母さん達は学校に来てアズを病院に連れて行った。
医者によると、身体に異常は無いが精神が不安定な状態で、しばらくすると落ち着くということだった。
アズがこのまま植物状態になってしまうのかという危惧もしていただけに、みんなほっとしていた。アズのお母さんについては号泣していたほどだった。
ベッドで眠っているアズを見ながら思ってしまう。
一体、こいつに何があったのだろうか。
こいつは自殺するような弱いメンタルを持っていないし、何かあったら逐一言ってくるしな。
何かの事件にでも巻き込まれたか?
まあ、それはあまりにも現実離れしている。
現実離れで思い出した話があったな。
"悩みを食べる不老不死男"の話。
呼び名が長ったらしいからこれからは"例の男"と呼ぶことにしよう。
実際に呼ぶことはないと思うが。
"例の男"の話をしたのが昨日で、翌日に学校で発見される。
これは偶然だろうか。
いやしかし、こいつが話したのが昨日だったからと言って、こいつも昨日知った訳ではないだろう。それで何か起きるならどちらかというと、こいつではなく俺に起こるはずだ。
しかし、そうなると何が理由でこんなことになったのだろうか。
医者はしばらくしたら落ち着くと言っていたし、理由はその後でもいいかもしれないな。
俺はそんな勝手な結論を出した。
結論を先延ばしにした。
時間はまだ昼の11時であった。
午後の補習に間に合いそうだと思ったのが失敗だったかもしれない。
ひとしきり涙を流したアズのお母さんがやっと落ち着いてきた。そして落ち着かせていた母さんが俺の方を向いた。
「まだ補習は間に合うからあんたはもう行ってらっしゃい」
超能力かよ。
「いや、俺もアズを看病するよ!」
「いいから行きなさい」
「そうよ、カズ君。ぐすっ。加奈子もそうしてくれた方が嬉しいと思うわ」
いや、死んでないし。
その後もなんとか粘ったが、どうやら大人だけで話をしたかったらしく、敏感に察知した俺は引くことにした。
病室から家に行き、時間を置かずに学校へ向かった。
仲間外れにされた気分で、子供っぽく拗ねながら学校に向かった。
登校する人が多く見えてきたところで、俺はそいつを見た。
校門の付近にできた人混みの中で生徒一人一人に話を聞きながら回る男を。
さながら、ポケットティッシュを配る塾講師のような。
しかし、その男は明らかに塾講師とは言えない目立った格好だった。
その男は紋付羽織袴の姿のコスプレ姿で、何か質問をしているようだったが聞こえない。
校門に近づくにつれて声が鮮明に聞こえてきた。
「阿須加奈子はどこにいるか?」
アズを探している?
俺は人混みをかき分けて中心部に行き、コスプレ男に言った。
「アズがどこにいるか知ってるぞ」
つい勢いに任せてタメ口になってしまった。
周りのからかう声を無視して俺は続けた。
「アズが今朝倒れていたのはお前のせいなのか?」
「ふむ。貴様が"カズ"という男か」
男は低い、ゆったりとした声で口を開いた。
「貴様」なんてそうそう呼ばないよな。
こいつ、結構失礼な奴だな。
俺も言えた口ではないが。
失礼な口だが。
俺は少し苛つきながら男に問い詰めた。
「そうだ。それより、どうなんだよ!お前は一体何だ!?アズに何をした!」
周りの生徒の顔が強張るほどの声だったが、男はそんなことはものともしない様子で答えた。
「これは失礼。拙者の名はフジワラノ キョウスケ」
"フジワラノ キョウスケ"?
なんだか昔の人みたいな名前だな。
「阿須加奈子から悩みを消した者である」
「え!?」
"悩みを消した者"?
つまり、こいつは最近噂の"例の男"なのか。
そのことに気付いたのは俺だけではなかったらしく、周りもざわめきだした。
「ここでは目立ち過ぎるからどっか別の場所に行こう」
「ふむ。それは良い案だ。案内頼む」
そうして俺とコスプレ男は、学校から徒歩15分ほどのファミリーレストランに入った。
絶対に動きづらそうな草履を履いているのに、俺の早歩きにコスプレ男は余裕で付いてきた。
むしろ何度か抜かれそうになった。
「俺はドリンクバー頼むけど、あんたはどうする?」
「拙者は何もいらぬ」
注文をしてから俺がコーラを(コスプレ男には水を)取って戻って来ると、コスプレ男から話を切り出された。
しまった。主導権を握られた。
「単刀直入に申す。阿須加奈子はどこにいる?」
「その前に、何でアズを探しているんだ!?アズの悩みを消したっていうのは本当か!?」
「うーむ。どこまで話したものか…」
「理解できるように説明しろ」
「拙者の信用に関わるので詳しくは話せぬが、昨晩、阿須加奈子の依頼で阿須加奈子の悩みを消した」
「そしてその事後処理。現代で言うところのアフターケアまでをやって今回の拙者の仕事は終わりなのだ。しかし問題が発生し、そこまで出来なかったので阿須加奈子を探しているのだ」
そこまで言うと、コスプレ男は水を飲んだ。
つまりその話を信じるとするならば、アズは自分から悩みを消して欲しいと依頼したのだろう。
「その悩みっていうのはなんだったんだ?」
「答えぬ」
即答だった。
「じゃあ、その悩みの解決ってどうやってやるんだ?やっぱり噂通り食べるのか?」
「どうにも、噂で聞いたことのあるあんたは嘘くさくて信じられない」
俺は違う角度から聞いてみた。
少し間を置いてからコスプレ男は説明しだした。
「いかにも。拙者は信じ難い存在なのであろう」
「悩みは解決はしない。"消す"のだ。あと、悩みを食べるというのは噂だ」
「ん?それはどういうことだ?それに、"信じ難い存在"とまでは言ってないからな」
「いやはや。貴様には、拙者のことを一から話す必要があるようだ」
「…一からって?」
「貴様が拙者のことをどのように聞いているか知らぬが、大体合っているのだと思うぞ」
「…」
「拙者は平安生まれの、今で言うところの侍である」
「え…?」
「富士の不老不死の薬を飲んだ効能により、不死身の妖怪となった」
「いやいやいや。ちょっと待って。じゃああれですか。あなたはコスプレとしてそういう格好をしているんじゃなくて、本当の侍だと言うんですか?」
「やっと理解したか」
「してないです!」
衝撃の事実により敬語で話し始めてしまった。
こいつは何を言っているんだ?
通報した方がいいかな。
「証拠は?」
「ん?」
「あなたが侍だという証拠は無いんですか?それがあったら信用しましょう」
しばしの沈黙。
いきなり立ち上がったかと思ったら(テーブルがあって真っ直ぐに立てず)また座り、こう提案した。
「ここでは目立ち過ぎるゆえ、どこか人目のつかない所で見せよう」
俺のお金は炭酸の抜けたコーラを買っただけだった。
今回、歩く速度が男が早かったとありますが、袴でも歩くのは普通に出来るんです。
実際剣道をやっている人は知っていると思いますが、袴はスカートみたいに1枚の布という訳ではなく、ズボンのようになっているんです。
さらに、昔の人は山こえ川こえの強靭な足腰を持っていたわけで、カズはかなりの「早く歩けよ」というプレッシャーを受けていたわけです。
そんなこんなで、今回の話も終わりです。
次話もよろしくお願いします。