75話 降り立った地上
その日を世界は空を見上げ騒然とした。
煌々と太陽が輝く空は地上に生きる全ての生命に、溢ればかりの日の光を齎していた。
しかし、そんな空は一瞬にして暗く冷気を地上に齎した。
暖かった筈が急な寒気に全ての生きる生命が白い息を吐き出し、動揺する。
理解が追い付かない最中、煌々とした太陽か黒く暗く塗り潰され、世界はそうして闇に覆われた。
全ての生命が動きを忘れ空を、黒き太陽を見詰めて時が止まってしまったかのように静寂が訪れた。
永い永い静寂の最中、黒き太陽が縦に亀裂が入る。
ゆっくりと亀裂は外側に向けて湾曲していく、ある程度広がると、亀裂の内側から見える煌々とした太陽を覗かせる。
「.....っ.....眼だ....」
比喩でも揶揄でもなく、黒き太陽は巨大な眼球に見えた。
黒い眼球が何かを探すように動いた、そんな気がする程生きる全ての生命は瞼を数回ほど開閉した。
暫く黒い眼球は存在していた、全てに忘れられない程にくっきりと焼き付くように。
ふとっ、気付けば空は何時もの明るい空に戻っていた。
煌々と輝く太陽も健在であり、黒き太陽なんて黒い眼球すら無かったように、いつも通りの日の光が世界を照らしていた。
吟遊詩人は唄う、この日の夢幻を忘れないように。
........
.....
...
ヴァイスは歩く、ディギルが作った綻びで転神神殿から出られた。
出た先は道の廻廊を呼ばれる、白い空間の永い通路だった。
嘗てはーーーも通った廻廊、ディギルとテミストの記憶から引き出した事で知った。
此処がどの様な役割の場所なのかさえ、外に出る為にはもう一つ通らないといけない事も。
ふと、ヴァイスは横に眼をやる。
『成る程な....これが余所見するなって訳か』
ーーーが、神モルータに言われた真っ直ぐに歩けの意味を知る。
そこには夥しい程の真っ黒な俺達がいた。
今にも襲い掛かりたそうにギラついた血色の双眸は、見てて滑稽だった。
『これが僕らって全然似てないね、姿形を真似ても中身がね』
眼に映る真っ黒な俺達に似たコイツらを、ディギルが哀れみの声で言う。
姿形が似ていても本質が違うのなら、これ等はただの模造品以下でしかない。
そんな役割を与えられてしまった、"殻"に俺達は少しだけ慈悲を与える。
『...多分すごい勢いで襲ってくるよ?』
『あぁ、分かってる。ディギル、やってくれ』
俺達はディギルに構わないと了承する。
転神神殿の時と同じに、道の廻廊に綻びを開けさせる。
そこから何者に成れなかった"殻"が、ゴキブリのように我先にと密集してワサワサと穴から溢れだした。
その光景を見てるだけで、俺達がゴキブリの形に見えてしまった。
......気持ち悪い。
内側に存在する無数の女子供の魂が、そう叫び震えた。
『この感情は不要だな、破棄しよう』
そう思うと、借り物の感情である今抱いた感情を、必要無いと考え消した。
すると"殻"を見ても何も感じられなくなった。
『.....』
ディギルは何も言わない。
いや、これに関して言える立場にはなかった。
"殻"と呼ばれる何者に成れなかった存在は、密集したままヴァイスに向かって襲い出した。
ヴァイスは興味を無くしたように、追い付かれまいと走る。
白い空間の永い通路はヴァイスの後方を、黒く染めながら呻き声を上げながら来ていた。
ヴァイスの気紛れの慈悲によって、広い空間に躍り出た"殻"は動くヴァイスを捕まえたかった。
彼等はその者の人生の中に含まれる、誰にも知られる事もない声として道の廻廊に置かれていた。
その者が声に振り替えれば、その者を引き込み自分達と同じ"殻"にする為に。
暫く追いかけっこは続くと、不意に場所が変わった。
深い水の底、下から上へと昇っていく大きな泡。
ヴァイスは戸惑う事もなく、足腰に力を入れ蹴りあげてジャンプした。
大きな泡を触れて割れる前に足場して、次の泡に跳び移って上に上がっていく。
泡が割れると、先程の神モルータとのやり取りが再生される。
思わずヴァイスは笑みを浮かべて、ひっそりと微笑んだ。
下に一瞬だけ視線を降ろすと、黒い似た姿の"殻"が高く重なりながら昇ってくる。
下は黒一色に変わっていた、ディギルはそれを見てヴァイスに語り掛ける。
『このまま着いてきたから、"殻"はどうなるのかな?』
『さぁ~な、どうなるかは外に出れば知るさ』
これに関してはテミストの記憶覗いても無かった。
それも当然だろう、この様な事態は初なのだから記憶に存在はしない。
昇ってから5分が過ぎた頃、上から射し込む光を見付けた。
それは外へと通ずる出口に他ならない、ヴァイスは一気に加速して出口に向かった。
片腕を徐々に近付く光を触れようと伸ばした、渇望した外が待ってる。
そうして、光に飛び込んだヴァイス。
"殻"も同じ様に光に潜り込むと、光の漏れ日ですら消してしまう黒一色が下から永遠と迫っていた、
それ等が世界....外にどの様な変化を齎したのか。
"殻"は何も知らないまま、外に溢れた。
.........
......
....
そして今現在、転身神殿から外に出られたヴァイスに待ち受けていたのは。
地上から約200㎞離れた空気が存在しない、宇宙空間だった。
今も秒毎にヴァイスの内側にいる魂が、死を肩替わりして消滅していた。
そんな自身の消滅も危うい状況に、ヴァイスは慌てる様子もなく落ち着いていた。
『準備はいいか?』
俺達はディギルに聞く。
『僕はいつでもイケるよ』
返ってきた返答を聞いて、俺達は背をウェルに向けて五本の指を噛みきって反対側に飛ばした。
真っ黒な血がプカプカと漂いながら、力が入った方向に飛んでいく。
転身神殿でも神モルータにやった、血から沸く魂を実体化させた亡者に俺達を押させる。
押すまでに実体をもった亡者は直ぐ様消滅するが、1㎜でも確実に距離を詰めてウェルムに進ませる。
この場合は、落下してると言うべきなのだろうか。
徐々にだが進む速さは上がっていく、この分なら地上につく頃には魂の数は穣程で済むだろう。
転身神殿で半分以上の魂を消費したのは痛手であったが、まだ、充分に有る、それに世界には魂が溢れてる。
そこから補充すれば良いだけの話し。
充分に加速したヴァイスは気付けばあっという間に、宇宙空間を抜けて大気圏に突入する。
ここまで来れば後はウェルムの重力に従い、加速はドンドンとスピードを上げ赤い膜がヴァイスを覆う。
空気との摩擦により熱を持ち燃える、人間サイズなら直ぐ様燃え尽きるがヴァイスの死を無数の魂が受け持つ。
ヴァイスは真っ黒な血を自分の身体に浴びさせると、そこから黒骨の亡者が身を包む。
直径100m程の球体が出来ると、その中心にヴァイスがいた。
これで大気圏よりも下に、せめて4万mに達しれば断熱圧縮が無くなり。
燃え尽きる心配が無くなれば、落下時の衝撃も一回の死の替えで問題なくなる。
そこまで瞬時に考え付いたのは、ヴァイスの内にいる無数の魂の知識と経験によるものだった。
『....ヤバイかも知れないね』
ふとっ、ディギルから焦りの声が掛かる。
『どうした』
『どうやら、殻が先回りしてたみたい』
俺達の視線を通して、ディギルがいち早く気付き驚嘆していた。
密集した黒骨の隙間から見えた"殻"、前方に空間の亀裂が縦に裂かれ沸き出ていた。
直径100mの塊である今の俺達を待ち構えている、自分で"殻"を出したが、こうもしつこいとは思わなかった。
『気に入ったみたいだね君を、あんなにも熱烈に求めてるよ』
微笑してそうにディギルが気持ち悪い事を言う。
『.....死にさらせ』
思わず悪態ついてしまう、慈悲など上げなければ良かったと考える。
俺達は前方に待ち構えている殻を見る、裂いた空間から沸いて出てる部分と、空間の奥までいる殻は非常に多い....底が見えない。
このまま通り過ぎるのは簡単だが、この後もしつこく付き纏われる事を考えれば。
ここで全て消滅させた方が良いだろう。
全"殻"の消滅を決めるとヴァイスは早速動く。
自分の内側にいる無数の魂から、圧縮して百程の魂を作ると。
それを真っ黒な血に乗せると、殻とすれ違う間際に裂いた空間に投げ垂らした。
すると外にいた殻さえ、空間に投げ垂らした血を追い掛けていった。
『俺達を追いかけなければ、何処にでも行けたのにな』
殻を見ずに心の内で思うが、それは当然ディギルに聞こえていた。
『.....』
自分に語り掛けたのか、独り言なのかを分かるディギルは何も言わない。
裂いた空間に投げ垂らした血の存在を感じながら、ディギルはヴァイスの揺れと衝撃を同じに体感する。
裂いた空間にいた"殻"の存在は、跡形もなく消えた。
全てとは行かないだろうが、当分は空間から出てこれないだろう。
これで一時の安心は得られたろう、これに懲りて無茶はやめて欲しいと思うとディギルであった。
ヴァイスが行ったのは魂による昇天だった。
百の魂一つ一つに百万程の魂を圧縮し、それを取り込ませた殻を強制的に消滅させた。
「....っう....」
痛みを感じない筈のヴァイスの呻きに、ディギルには何も出来ない。
それは、無数の魂が形になして作られた体は、魂の消費によって維持できず瓦解してしまう。
何よりもーーーの本来の割れた魂では、その負荷に耐えられない。
それの魂の痛みがヴァイスを襲っていた。
『もうこれ以上は天恵を使わない方が良い、今はーーーを探す前に体を手に入れる方が先だよ....』
心配だからこそ、そう切に願うが聞き入れてくれないのは分かっていた。
言っていて悲しくなる、こんなに消耗が激しいのなら、もっと魂を集めれば良かったとすらディギルは考える。
だからこそ、ヴァイスの言葉に耳を疑った。
『.....あぁ、ディギルの言う通りにしよう。先ずは体を探す、その後にーーーを探す』
『良いの?!』
『意外そうだな、そんなにも俺達は信用できないか』
『ち、違うよ!。ーー...じゃなくってヴァイスが、素直に聞いてくれるなんて思ってなかったから。ビックリしただけだよ!』
思わずヴァイスをーーーで呼びそうになったのを喉元で堪えて、ヴァイスの変化に驚きを露にした。
『....そうか』
俺達はディギルに対して一言、そう言った。
内側のディギルの反応が伝わる、本当に驚いていて何処か嬉しそうにも感じた。
地獄にいた頃じゃ出来なかったが、今は借り物感情だけど。
歪な嗤いしか出来なかった俺達が、自然と初めて笑えた気がした。
ふとっ、俺達は言い忘れた事を思い出した。
『確かにお前は俺達の天恵だが、ここまで導いたのはディギルが居たからこそ。だから一生....俺達を最期まで導いてくれ』
前振りもない突然の事にディギルは唖然とした、数秒ほど得て理解すると。
ヴァイスの内側で大いに喜びを示す、その後も話し掛けるのだが、ヴァイスが何も言うことはなかった。
暫しそんな事があったが、100mの黒い塊はそのサイズを燃えながら小さくなっていく。
大気圏を過ぎて9..8...7......4と地上から約4万㎞に到達すると、覆っていた赤い膜が消えた。
サイズも20m有るか無いかぐらいにまで燃え尽きたようだ、着地まで90~100秒程で着くと無数の魂が勝手に教えてくる。
地獄で永遠に近い刻を過ごしたのに比べれば、90~100秒など0.1にも満たない時間だ。
そんな風に考える内に、どうやら何処かに着弾したらしい。
その衝撃で覆っていた黒骨の亡者は吹き飛び、剥き出しになった俺達は一度爆散する。
が、直ぐ様に爆散死は他の魂に入れ替わせて事なきを得た。
『気分はどうだい?、変な所とか無い?』
「あぁ、大丈夫だ。気分は....最高に良い」
着弾した衝撃で、地面は約40m程の大きなクレーターが出来ていた。
元々そこにあった木々は粉々に散らばり、比較的被害が軽傷な木々でさえ太い幹が折れてたりしていた。
その中央で立つヴァイスは、空を見上げながら声に出した。
青空を見て、地面を踏み締め、周りを見渡す。
地獄にはなかった景色が眼前に広がっている、魂で作られた体では有るが、その肌を風が撫でる。
『そうか、なら安心だけど。ここが何処なのか知る必要があるね?、その後は体を探し行こうか?』
俺達を導く為にディギルは何をするのかを教えてくれる、一言『あぁ』と答えておく。
クレーターから出る為に歩きだす、何処に行くかは分からないが。
多くの魂の反応がする方角に決めた。
それが人族なのか果ては魔物と呼ばれる存在かは、知らぬが行けば分かるだろう。
失った分の補充とはならないだろうが、俺達が存命出来れば充分だろう。
そんな風に考えながらヴァイスは素足でクレーターを歩く、岩や吹き飛んだ木々の破片を踏みながら。
「ちょっと速くしてよ!、轟音がしたのはこっちなんだから!」
「ってるよ!。もう少しは慎重に進めよ何があるのか分からないだろう?」
多くの反応に気を囚われ過ぎて、近付いていた小さな反応2つに声で気付く。
どうやら着弾したこの場所を目指してるようだ、自然とヴァイスの足取りも止まってしまう。
どうしたものかと考えてる内に、ガサガサと草根を掻き分けて来た人族に目線が行ってしまう。
「うわー凄い事になってるよ!、リスト!!」
着弾した後に出来た大きなクレーターを見て驚嘆する人族の女が、後にいる人族の男の名を呼ぶ。
その興奮は異常に高かった。
クレーターを隅々まで見ていき、クレーターの縁に立ち人族の女を見ていた俺達と目が合う。
女の口がパクパクと動き、視線が自然と下に向かうごとに徐々に顔が赤面していく。
「.....き、きゃゃゃゃゃやゃゃゃゃ!!」
人族の女の悲鳴が森に木霊した。




