72話神もまた罪深い
聖白き空間は審判と輪廻を司る神テミストの領域、そこは転神神殿と呼ばれていた。
今、この場には創造神メッセが産み出した五柱が面を会わせていた。
「な~に~こんなに直ぐに呼ぶなんて、テミストにしちゃ~珍しいじゃない~?」
艶めく爪を見ながら、美醜と四季を司るビキが神達を呼び出した本人に聞く。
「それは我も同じ事を問おう」
真っ赤に燃えるような髪をたびかせ、ビキと同じ事を問うは英霊と闘焔を司るグゥ。
「ほんとだよ、こうも短い間に神達が集まるなんて凄いよね!!」
無邪気さを魅せ万歳するが、サイズの合わない袖が垂れ下がるは母海と父地を司るマルナ。
「そうだのぉ~会して集まるなぞ、ここ千年は無かったな?」
ここ千年の記憶の中に、短い時間の間に二回も全員が集まる事は無かった。
その事に少々驚きはしたが、生と死を司るモルータは半身が蠢めかす。
「皆、呼び掛けに応じてくれて礼を言うおう。来て早々早速だが、本題に入ろう」
四柱を束ねるテミストが口を開くと、一気に場は静けさを取り戻す。
「......禁忌に踏み入れた者が現れた、それは神の領域を侵した事になる。よって....その者に裁きを与える」
淡々と喋る最中に、テミスト以外の四柱は反応を示す。
神によって定められた禁忌が存在する、それは破る事も知る事も手を出す事さえ禁じられている。
存在その物を世界の記憶から消した筈だった、なのに、何の因果かはたまた偶然か禁忌に触れた者の存在が現れた。
「何の因果か、それとも只の偶然か....」
一瞬だけ眼を閉じたグゥ、真っ赤に燃える髪が揺れながら呟く。
だが、テミストはこれを偶然とも因果とも思っていない。
必然であり、裏切り神の存在がいる事が事実となっただけであった。
「テミストよぉ、それでその者は何者なのだ?」
禁忌に踏み入れた何者がか気になるモルータは、テミストに訪ねる。
「......その者の名は"真樹"」
目線はモルータに向けたまま、テミストは告げた。
他の三柱が各々真樹に対しての評価が低い反応を示す中で、モルータだけは開いた口を閉じない。
「よって裁きを執行する、モルータよ。お前に命じよう....」
「なっ!...出来る訳がないだろう!!。儂に真樹を殺せと言ってるのか?!」
座から立ち上がりテミストに叫ぶ。
「ほぅ~その様な惚けをするか....。審判の眼から逃れると思っているのか?、それともこう言えば良いか?。...お前が禁忌を伝えたのだと?」
核心してるからこそテミストは言う。
「.....やはり、テミストには隠し事は出来ないか」
嘘のように表情から感情が無くなるモルータ、あっさりと認めてしまうほどテミストの審判の眼を理解していた。
「あんたねぇー何してんのよ~!」
「神が禁忌を教えちゃダメだよ!!」
「.....愚かだ」
三柱の呆れと侮蔑の眼差しがモルータに向けられる。
「ふん.....それがどうした?。禁忌を教えた所で扱えなければ意味もないだろうに、それを一番良く知っているだろテミスト?」
禁忌は到底現世にいる者には扱えない代物であった、扱えるのは神である五柱しか居なかった。
モルータは誰よりも禁忌を理解しているテミストに、そう言った。
「扱える扱えないの問題では無い。モルータお前が禁忌を伝えた事が大罪でしかない、よってお前を裁こう」
五柱を束ねる神として、何よりも審判を司るテミストにおいて掟を破ったモルータは裁きの対象でしかなかった。
「審判を司る法の執行者、神が名はテミスト。掟を破り禁忌を犯した大罪な神モルータを、裁きの.....」
審判を司るテミストの神言、逃げる事も避ける事も出来ない不可避な裁きがモルータに向けられるとする最中。
モルータ以外の三柱は誰も止めようとはしない。
それは当たり前であった、誰が見て聞いての判決は有罪だと決まる。
そこに庇護は無い.....。
「裁けるものなら裁けばいい、だが、一つだけ忠告してやろう.....」
生ある半身の顔が嗤う、神に似つかわしくない笑みであった。
「忠告なぞいらん、お前には永劫の苦しみを悔いあら.....ゴフッ!!......グゥ貴様!!」
神言が終わり、モルータに裁きが与えられる直前にテミストの腹を貫くは燃える剣であった。
真っ赤な剣身にテミストの血を蒸発させながら、それを行った一柱は静かに剣を引き抜く。
引き抜かれたテミストの腹には、今も燃えながら向こう側見える程の穴が空いていた。
「ほれ....忠告してやろうと思ったのにな「危険が迫ってる」とな、どうじゃ痛いか?、久方に感じる痛みは?」
何もない空間を歩き出したモルータが、嗤みを浮かべながら近づく。
「.....な..にを考えている貴様ら!!」
テミストはモルータを無視すると、こんな奇行を行ったグゥは勿論の事。
ただ黙って見ていた二柱にも叫んでいた。
「我らには、テミストに何も語る事は無い」
黙るマルナとビキの代わりに口を開くグゥだが、それはテミストが知りたい答えではなかった。
「そうなのよねぇ~ごめんなさいねテミスト~」
謝る気が無いだと分かる程に、此方を見ず爪の手入れしていた。
「アハハ、ビキ謝罪する気ないじゃん」
ビキの言葉と行動の違いに、マルナは無邪気に笑っていた。
「......」
神の裏切りに唇を噛み締めて堪えた、グゥの一撃さえなければ自分以外の四柱でも相手に出来たのだが。
グゥの神器"灼朽の剣"がテミストの神足らしめる力を燃やしている為に、審判と輪廻を行使出来なかった。
「お別れだのテミストよ、お主の"神"有り難く使わせてもらおうかの」
空間を歩いていたモルータが、テミストの目の前に立つと悲しげな表情を見せた。
「グァアァァあァぁ!!」
内側から無理矢理引きずり出される感覚が、テミストに痛みを与える。
声をあげながらも双眸は神を射殺す程に見詰めた、尚もモルータは悲しげな表情で此方を見る。
それが何よりもテミストを激情させた。
叫び声を上げて数分、ピクリとも動かなくなったテミストをモルータは蹴って下に落とした。
「さらばテミスト、再び会う事を切に願おう。開け、"地獄の門"」
落下するテミストに向けてそう言うと、真下に地獄の門が開く。
無数の白い手がテミストを捕まえ、そのまま引き込むと門は閉まっていく。
完全に閉まるまで見送ると、興味を無くしたようにモルータはテミストが座っていた席に座る。
「グゥ、マルナ、ビキ、まずは礼を言うおかの。さて約束通りに、テミストの"神"を分け与える」
三柱に頭を下げては、事前にしていた約束をモルータは果たそうと動く。
モルータから光の靄みたいのが浮かび上がると、それは三柱に向けて飛び浸透する。
「えぇ~確かに受け取ったわ~、それじゃ此処からは~お互いに自由に行きましょ~」
「凄いなやっと自由にできるだね!、テミストそういうの許してくれなかったから」
「.....」
三柱はそれだけを言うと転身神殿を後にして、消えていく。
モルータは目的が果たせた以上、三柱等どうでもよかった。
今だけは一時の自由を味わって置けばいいと考え、モルータも帰ろうとした時。
未だに消えずの門が目に止まった。
「......可笑しいの?」
役割を終えた門が消えない事に不思議がると、下から音が鳴る。
それはガシャっんと門の内側から鳴っていた、音は徐々に大きくなり門が開こうと揺れる。
「まさか!、テミストか!!。いや、そんな筈は無い、"神"がなければ開く事などあり得ない!!」
モルータに動揺の色が走る、輪廻がなければ地獄の門は扱える筈が無いと輪廻からもたさられた知識が教える。
だが、モルータの期待を裏切るように、門が勢い良く開くと。
真っ暗で底が分からない程の内側から、何かが歩いてきた。
醜く声ともならない叫び声が、歩く何かの後ろから漂わせては、着実に来る何か。
「神が神を裏切るとは、世も末だと思わないか?」
まだ見えない何かから発しられた声は、モルータの両耳に捉えた。
「誰だ!、姿を見せよ!!」
その声はテミストでは無いと分かると、モルータは地獄の門に向けて叫ぶ。
「おいおい、俺達を忘れたとは言わせねぇぞ?。こっちはお前ら神を、忘れた覚えはないのによ?」
怨嗟が籠った声音と共に、地獄の門から出てきた何かの姿を見たモルータは。
.......一瞬思考が止まった。
「そ、そんな馬鹿な....真樹なのか?!」
思考が戻り理解できない脳内でパニックを起こしつつも、口に出た言葉が寄り困惑させた。
「ーーーだったな?。今は何者でもない、ただの名も無き亡者....」
見間違えようのない顔、聞き間違える事もない声。
褐色肌であり何も着てない産まれたままの姿、右肘から肘から先が無い腕。
地獄の門から現れた何かは、モルータが息子だと溺愛する似て非なる存在だった。




