58話 仮初め命
前半 陸視点
後半 男視点となっています。
昨日の宴は夜まで続いて功労者3名として、僕と忍、リアさんが主役として抜け出せないでいた。
そもそも抜け出せない理由をもう一つ作ったもの、途中からニルギヤ様が参加していたのがいけない。
ダマハ商会から持参した大量の酒を振る舞い、酒が大好きな冒険者達によって大いに賑わせた。
街を出る頃には、多くの二日酔い冒険者達に見送られた、視界の端には隅っこでちょっとアレな人達が口から逆流していたのは言うまでも無い。
なんやかんややって日を跨ぎ予定していた一日を過ぎて僕達は、半日は掛かるヘルズ国に向けて街道を馬車で移動していた。
異世界でも日本住みの僕と忍は未成年であり、酒は一滴も飲まなかった臭いにはやられたけど。
冒険者達にも負けずと呑んでいてたニルギヤ様は、平然とし身体には酒気は無く元気だった。
リアはと言うと忍の太股に頭を乗せグッタリしていた、まだ酒臭くうぅ~と唸り気持ち悪そうにしていた。
「おい!、リア。頼むから人の上で吐くなよ?」
自分の太腿を枕代わりしてるローズリアに、心配するが至って真面目な顔で、馬車内での何回目かのセリフを言う。
勝手に膝枕にされ、人の上で吐かれられるのは嫌に決まっていた。
最初された時には「退け」と肩を掴み元に戻そうとしていたが、揺れる馬車頭に響く声更に揺らされる事で、必死な我慢していた物が逆流しようとするローズリアを見て忍は止め。
彼女に取って楽な姿勢を取る事になった、それが忍の膝枕となる。
「うぅ~ー....大丈夫...吐かない......」
自分の声すら出すのが辛いのか、弱々しい声音とは裏腹に頼もしい言葉を呟く。
「そうか、無理そうなら言えよ?。馬車停めて休憩させるからよ、後よ頭辛くないか?。ほら、俺の硬いだろうしなんなら布とか挟むか?」
ローズリアの言葉を聞いた忍が状態を良くしようと甲斐性ぶりが発揮する、それを正面から見ていた陸とニルギヤは微笑んでいた。
「随分と忍も改心的に介護してるね、二人に一体何が起きたのかな?」
「これこれリク殿、お若い二人の邪魔は無粋ですぞ?。それに聞くまでも無く、何かが起きたのは事実よのぉ~ノフォホホホ」
僕は二人に何かあったのには検討ついていた、それは雌型ゴブリンを討伐作戦が始まる直前に会いに来たリアさんが、忍と二人で話していたあの時に何があったのは確実だった。
話し終えた後の忍の顔が何よりの証拠でもあった、だから忍からかうと横に座るニルギヤ様もそれに乗った。
「あんまり変な事言ってんなよ、こ、これはアレだ貸しが有るから世話してるだけだ!」
「そうかそうか、世話と言わずいっその事リアと結婚でもしてくれんかの?。そうしてくれた方が、此方としても嬉しいのだかの~ノフォホホホ」
ぶふっ!....結婚ってニルギヤ様もぶっ混み過ぎでしょ!。
「お、お、お前マジでバカかよ!。俺は良いとしてもリアの気持ちがあるだろうし、結婚よりも先に付き合わないといけないだろ!!...うん?」
ニルギヤの「結婚」という言葉に、真っ赤っかな顔で思った事を口走った忍は。
最後辺りで自分が何を言ってるのかを思い返し、すっとんきょうな表情を浮かべた。
「ノフォホホホホ。さようですか、酔いが醒めたらリアに聴いてみようかの~?」
「忍の好きにしたら良いと思うよ?、僕は大賛成だからね結婚式には呼んでくれよ...」
まだ、思考が現実に戻りきらない忍に僕とニルギヤ様はそう言った。
それと同時に後ろからトントンと叩く音がすると、引戸に成ってる小さい長方形の扉が横に動いた。
「お話の所失礼します、後二時間程でヘルズ国に到着致します」
馬の手綱を握って馬車を操縦していたハリアが、目的地であるヘルズ国の到着までを主であるニルギヤに伝える。
「そうか、ご苦労ハリア。そのまま後も頼むかの」
「はい...」
短い返答だけをして扉を閉めようとして、チラッとハリアの顔が見えるだけの隙間を残すと、充分に車内にハリアの声音が届いた。
「ニルギヤ様。お嬢の御結婚おめでとうございます。シノブ殿....お嬢を頼みます」
それだけを言うとバタンっと閉まる音が成る、此処に来て忍は思考が現実に戻り狼狽する。
「ち、違うんだ!、そう言うつもりで言った訳じゃないだ!。まだ告ってすらいないのに、結婚は無理に決まってんだろ?!。やっぱりじゅ、順番ってのがあってだな...、互いに知ってから....こう....何て言うか雰囲気が有るだろ?」
「それ程嫌がるとは、孫のリアには魅力が無いと言うか?。これでも料理の腕は良く、面倒見も良く子供に好かれるが。何かある度に泣く癖は困ったものだが、それ以外は"魅力的な女性"に育ったと思っておったのだが......シノブ殿の好みに合わなかったと言う事ですな....」
酷く残念そうな表情をするニルギヤ、身内として贔屓する等は無く。
今まで見てきた沢山の女性達に比べれば、リアは上位に組み込む程美女と称しても良かった。
だからこそ、忍がリアに対しての反応が良好と分かり歓喜し心踊った。
忍という存在を知らなければ何処ぞの有力貴族か、王族の血族に嫁がせようとも考えていた。
「別に嫌じゃねぇよ~。確かにリアは魅力的だよ、直ぐに泣いてうっとしい奴だと最初思ってたけど。彼奴が考えた作戦を聞いた時には、俺じゃ絶対に思い付きもしない所には正直シビれた。まだ、数回しか会って話した事しかないけど、なによりそんなリアに惚れてるだと想う....」
真っ直ぐにニルギヤ様の両目を見て話す忍は、膝枕してるリアの頭を撫でながらそう漢らしく語った。
こうも真面目な忍の想いに、僕は口も出さず音を殺した。
ただ、ひたすらとニルギヤ様と忍を交互に見て時間が動き出すのを待った。
「ノフォホホホ。シノブ殿の御気持ち確かに受け取った、ならこれ以上は何かをするのは本当の意味で不粋と言ったものですな....静かに見守るとしよう」
ニコッと陽気な笑みを浮かべ、車内が良い感じな雰囲気を出した中。
それはタイミング悪く崩れ、この後のヘルズ国に向かう馬車内では悲惨であった。
「そ....そんな大きい...声を出さないでください....本当に吐き......うぉぇ~ー!!」
これまで膝の上で半分死にかけていたリアさんが、車内での声量と馬車の揺れに限界を訪れ。
忍の上で盛大に撒き散らした、車内に酸っぱく鼻にツンと来る異臭がたちまち広がった。
「アァァァァアアァァァア!!」
漢らしかった忍の顔は、耳が痛くなる程の叫びを上げこの世の終わりを迎えた表情をした。
.............
..........
......
時を遡るのは1日前。
全身を白一色の容姿をした男が消えた後、移る景色は瞬時に変わる。
白色の椅子と長机の1つしか無い部屋に移動していた、壁も床も天井も白色であり、それ以外の色は存在しなかった。
男は自分の顔に張り付けてる仮面を外し、無造作に長机の上に投げた。
カランと乾いた音が鳴ると、カタカタ揺れ仮面は形を変えもともとの形状に戻った。
拳程の光沢ある石の正体は魔柔石であった、顔に触れていた事により魔力によって保っていた仮面は、皮膚から離れ魔力が無くなった事で変化する前の鉱石に戻った。
上に着てる法衣を脱ぎ壁に掛けては、裾に付いてる汚れを見つけ叩いて落とした。
「うん、綺麗に成った。...それにしても我ながら良いセンスしてるのに、どうして他の人達は理解してくれないのか?。そんなに変かな?、元の形を考えれば変になったけど....はぁー」
男は汚れが取れた法衣を見て独りでに呟く、自分なりにコート風にアレンジしようとしてる途中。
下半分だけ裂いては、腰から上はそのままの方が格好いいというだけの理由で出来たのが、今壁に掛かる法衣(仮)であった。
実際着て動くと動きやすく風を正面から受ける時など、裾がなびきゆらゆらと揺れる様は心内では最高に決まってる気分にされる。
そんな法衣(仮)は他の人達から怪訝な眼で見られ、ダサい、邪魔、キモいと散々の言われるまでに不評であった。
もう一度溜息を吐き、腰に帯刀していた刀を外しては同じく壁に描けておく。
それから袋収納から木箱を取り出し机の上に置いた、ドンと重みのある音共にドチャとする音も鳴る。
木箱をひっくり返し長机の上に、赤い肉塊が広げられた。
微かに残っていた血が机の上を伝い、静かに白を赤く侵食する。
肉塊の上に手を広げ何処から出した小さな1㎝にも満たない刃を取り出しては、掌に当ててゆっくりと横に引き傷を作った。
ツーっと自身の血が重力に従い、掌の真ん中に集まり下に滴り落ちていく。
1滴程の男の血が肉塊に触れると、生命活動が終わった筈の残骸が動き出し。
一つ一つ集まり塊っては生前の姿、雌型ゴブリンの形を取る。
「さぁ、お目覚めの時間だ。君にもう人としての意思は無いだろうけど、せめても"悪"を断罪するする為に今一度命を与えよう」
男がそう言うと、眠りから醒めるように雌型ゴブリンは眼をあける。
すくっと上半身が起き上がると、横に立っていた男を両眼で捉えると襲い掛かかった。
男は慌てる様子も無く「折角...命を与えて上げたのに」と嘆息付き、襲い掛かる目の前の雌型ゴブリンの後ろ首を掴み、下に向け捩じ伏せた。
長机は二つに折れては、白い床にはヒビが入る程の力が加わっていた。
「こらこらシル暴れないの...。って、もう...人の意思は無いだった....」
手の中で暴れる雌型ゴブリンを男は「シル」と呼ぶが、もうあの子はいないだと分かっていてもそう呼んでしまった。
鋭い爪が組伏せている男を襲うが、傷付く事は無かったが服は裂け肌を晒していた。
男はそんな事を気にもしていなかった、何故ならシルと呼ばれた雌型ゴブリンの爪が。
当たった瞬間から瞬時に傷が再生していた、他の者から見れば異常であった。
「私に従え」
言葉と共に殺意を送り手に込める力を上げる、抵抗していた雌型ゴブリンは次第に抵抗は止め怯えだした。
「よしよし良い子だ。君が殺るべき相手は忍だよ?、最後に君を殺した"悪"を殺すんだ分かった?」
首を掴んでいた手を離して、男は悪である人物を殺すよう言う。
「....ギヒャ」
枯れた声が震えながら一声あげる、本当に分かったのかどうかは定かではないが。
雌型ゴブリンは目の前の恐怖(男)とは違う、身体が覚えている獲物を思い出す。
恐怖が言う彼奴を殺せと、そうしなければ自分がまた死ぬんだと本能で知る。
「他の罪も無き人達を殺しちゃダメだからね?、忍を殺るだよ他は巻き込んじゃダメだからね、絶対にね....」
男は大事な事故に2回伝える、雌型ゴブリンも同じく一声上げる。
男は雌型ゴブリンの反応を見てから肩に触れると、白い部屋から一瞬で森の中に姿を出した。
「こっちをひたすら真っ直ぐに行けばヘルズ国に着く、さぁ、行きなさいシル。今の君なら忍を..."悪"を殺せる」
男は笑う何かが面白いって訳でもなく、人の意思を無くした雌型ゴブリンが忍を殺す場面を想い描いて笑う。
男の狂喜が広大な森を木霊する、悪が消える喜びと自分の善行が成されている現実に。
最後にシルと呼ばれた雌型ゴブリンは、男が指した北東の方角に向けて真っ直ぐに消えていく。
ただただ、後ろから聞こえる恐怖(男)の声から逃げるように走った。
男は独りしきに笑った後、再び消え自分の部屋に戻ると壊れた机を見ながら椅子に倒れるように座った。
とてつもない疲れと、動悸が速く動き心臓を締め付けていた。
「やはり...天恵(力)の代償が大きいな」
男は自身の寿命を雌型ゴブリンに与えていた、与えられた分とは差がでるが。
それでも死者が命を吹き返していた。
与えられた時間が僅か10日分としても、それだけで男の寿命を五年は減っていた。




