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人生初の異世界で~俺だけ何も貰えなかった~  作者: 氷鬼
二章 北の大陸 ハースト
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48話 親友との絆




「咲?...本当に言ってるの?、冗談よね?冗談なら笑えないから止めて....」


「ごめんなさい、本当に誰なのか分かりません」


「真樹は?!、咲が好きな人も忘れてしまったの?!」


「....?。ごめんなさい、好きな人は居ますが真樹という人は知りません」


葵の問いに咲音は本当に分からなそうに謝る、葵も咲音が冗談を言ってるようには感じられず、本当なんだと実感した。


その一時始終を見ていた僕達も、動揺を隠しきれないでいた。

地球での思い出も、異世界での日々も咲音の中から僕達が消えていた。

咲音にとって存在...生き甲斐と呼んでも差異は無い大きい彼さえ、名前は消え好きという想いだけ残っていた。


「舞...舞花の事も忘れちゃたの?」


「ごめんなさい、舞花?さん貴女の事も誰なのか分かりません」


咲音本人からハッキリ言われる「記憶に無い」、こればかしは舞花もショックを受け気があからさまに見て落ちていく。


「咲音の好きな人の名前は何なのかな?、名前や顔も覚えてる?」


自分でも意地が悪い質問してるな....。


記憶が消えた咲音に陸は、想い人の名前や顔を鮮明に思い浮かぶか聞く。

すると咲音は即答する構えで口を開き声を出そうとして止まる、口をあわあわ慌てさせ眼には戸惑いが見て取れる。


「な、名前.....顔....。分からない....覚えてるのに出てこない、何で...何で!..何でなんで!何も出てこないの!!。胸が痛くって苦しいのに...こんなに好きなのに...っ何で.....」


彼女は直ぐにでも出てくる筈だった、名前や顔を出てこない事に動揺し心が乱れる。

本当に苦しそうに自分の胸を力強く抑え、眼からは大粒の涙が流れる。

僕の質問で今を苦しませている事に罪悪感が生じるが、それでも思い出して欲しかった。

真樹を想う気持ちは誰よりも強い彼女だからこそ、彼女の中から真樹が消えちゃいけなかった。


ふと、葵の視線に気付き互いの眼が合う。


陸はその瞳が意味する事に察し、忍や他の皆にメイド達に事情を説明し食堂から退室をお願いする。

皆、一返事で了承し食堂には三人だけを残して退室する。

メイド達は一時的にその場から離れ、用が有れば呼んでくださいと言って去り。

食堂入り口付近でクラス皆が心配そうに残った三人を見守る、クラスの大半が自分達に『何か出来ないのか』と伺うが。

陸は「二人に任せるしかない、だから今だけはそっとしておこう」と、皆を宥め解散させる。


解散させる時にも皆は中々離れようとしなかったが、忍の一言があって渋々離れるしか無かった。


『いいか?、俺らが居ても何も出来ねぇよ。しかも此処で煩く騒いだりしたら、逆に迷惑を掛ける。本当に彼奴らの事を思うなら、俺らの出来る事しようぜ?、なぁ?...』


その忍の言葉に、彼なりの優しさと気遣いを感じながら。

僕は改めて忍を惚れ直したと呼ぶべきだろう、彼が地球では不良と呼ばれ世間的に悪い印象だけど。

彼を良く知らないで悪く言う奴がいるなら、僕はきっと忍の味方をしてそいつらの敵になる。

これ程背中を任せられる漢はいない、僕の仲間で忍と一緒にいれる事に感謝さえする。


「なんだよ?、人の顔を見てニヤニヤしてよ?」


「何でもないよ、後は二人しか任せられない自分が悔しいなってね」


「あぁ、だな...。本当にこういう時は歯痒いな、さっきも言ったが、今は出来ることしようぜ」


『ニヤニヤするのが悔しいのか?』と忍は思うが、陸が話を変えた事には気付いている為に深くは考えはしなかった。

だから、咲音の現状に自分は何も出来ない事に忍は苛つく。

精神面では自分は無力で、出来ることが有れば敵を叩き潰す事しか出来ない自分に腹が立つ。

その為、食堂に残った葵と舞花に頼るしかなかった。


..........


......


...


葵の意思を汲み取った陸が、他の皆を引き連れて食堂に三人だけを残してくれた。

陸達が出ていった後、咲音の口から出る忘れた真樹との断片的な記憶を口にしていた。

初めて出会った日、クラスが一緒なれた事、異世界で初めて街に出掛けた、下の名前を呼んでくれた。

咲音が口にするのは、消えた彼と自分が嬉しかった思い出ばかり。


どんな場で、どんな会話をしたのか。


それらが鮮明に覚えていても、顔、声、匂い、体、名前、彼に関する物が消え。

どんな風に笑ったり悲しんだり怒ったり、どんな風な声だったのか、低かったのか高かったのか。

どんな匂いをしていたのか、シャンプーや柔軟剤の香りさえ。

体つきは男らしいのか身長は大きいのか、それとも小さく可愛らしいのか。

好きで堪らない彼の名前を呼んでるのに、名前が出てこない、さっき「真樹」と呼んでいたがそれが本当に彼の名前だったのか。

自分の思い出の中に人が、白い靄みたいのでフィルターされている感じだった。


目の前に映る二人や他の人達さえ、何も思い出すことが出来ない。

辛く悲しい表情する二人、自分の事を知っているのに自分は思い出す事が出来ない。


だからなのか、自分の胸がズキズキして苦しくって、チクチクして痛くって胸の奥がザワついてる感触が酷く不快で気持ち悪かった。

だから胸を抑えないと耐えられなかった、肉体的では無いのは分かってる、けど、抑えられずにはいられなかった。


葵と舞花は、今咲音が何を思っていてどんな気持ちなのかを知っている。

長年一緒にいる時間は長かった三人、例え咲音が自分達との記憶を消しても三人の絆は消えはしない。

だからこそ、胸を抑える咲音の手を片手ずつ二人が繋ぐ。

左手を葵が右手が舞花が、二人は咲音の眼を見詰めながら言葉を掛ける。


「咲が私達を忘れても私達が咲を覚えてる、彼を忘れても私達が教える。今は無理に思い出そうとしなくっても良いの、時間を掛けてゆっくり少しずつ知っていこう?」


「葵の言う通りだよ。今は誰か分からなくっても、舞達はずっと側にいるから。忘れても舞達のここここで繋がってるから、だから一緒に頑張っていこう....」


掴んでる手とは逆の空いてる手で舞花は、自分、葵、咲音の順の胸に指を当て身体的じゃなく内面的での心を指した。


「あ、貴女達が誰か分からないのに!、今さっきまで痛くって苦しかったのに、今はジンジンと暖かくって安心するのに!。本当に貴女達を思い出せない自分が、許せなくって嫌なのに。辛い想いさせてごめんなさい....」


さっきまで愛しい彼や目の前の人達を思い出せなかった事が、胸を締め付ける程痛く苦しかったのに。

手を握られ時からそれらが和らいだのに、名も顔も誰か分からない人達から掛けられた言葉は、胸に広がる暖かさが有り二人の顔を見るだけで安らいだ。

だからなのか、今度はそんな自分が死ぬ程嫌いになる。

自分は泣いて声を震わせてるのに、目の前の二人は自分を安心させる為に無理をさせていた。

本当なら二人も辛くって泣きたい筈なのに、自分の性で無理に我慢させている。


そんな二人に自分が出来る事が謝るしかなかった、涙で二人の顔が滲んで見えながら。


「ううん、いいのよそんなのは。名前なんて覚えれば良いんだから、宮田 葵...それが私の名前よあ~ちゃんって呼ばれていたわ咲...」


握った咲音の手を自分が握ってるだと強く握り、目の前に映る自分が咲音の親友の"宮田 葵"なんだと教える。


「舞は舞だよ佐藤 舞花、舞ちゃんって呼ばれてたかな?。可憐で可愛くって美少女が舞ね、隣が怒ると鬼みたいでこわーいのが葵だよ」


自分の事を称えながら"佐藤 舞花"だと教え、咲音に笑顔を見せながら隣にいる葵を鬼と例える。


「誰が鬼よ!、しかも自分の事を可憐で可愛くって美少女ってバカなの?!」


「いたっ!。咲音ちゃん今の見た!、舞の可愛らしい頭をグーで殴ったよ!。やっぱり鬼だよ!、しかもバカって言った!」


舞花の発言と余計な事に葵は拳を頭に振り落とした、振り落とされた頭を片手で抑えながら咲音に、明るく調子よく振る舞う。


「フフっ...本当にありがとう。宮田 葵さんも佐藤 舞花さんも、二人を思い出せるように頑張るから、こんな私を支えてください」


二人のやり取りを見て咲音は自然と声が出た、懐かしいようで暖かい雰囲気を感じて。

改めて教えられた名前を、今度こそ忘れないように胸の奥に大事にしまうように告げる。


「何言ってるのよ、そんなのは当たり前でしょう?。逆に咲も私達を支えてね」


「まだ堅いけど....そんなのは慣れていくしかない!、でも、さん付けは止めて欲しいなぁ~。こう....背中がむず痒くなるって言うか?、ぞわぞわするって言うか....」


さん付けされ舞花は背筋に走る感覚に、何とも言えない表情をし背中を掻くような仕草を取る。


「それを言うなら照れ臭いじゃないですか?、舞....ちゃん?」


「そうそう、そんな感じかな!。って舞ちゃんって呼んでくれた!、えへへ嬉しいなぁ~」


言い淀む言葉を咲音が答え、自分の事を舞ちゃんと呼んでくれた事に嬉しくなり。

握ってる手を離し咲音の身体に抱きつき、頬を擦り合わせる。


突然の事に咲音も驚くが、無理に退かそうとはしないで好きさせて上げる事にした。


「舞....ちゃん、抱き付いたら熱いよ~」


「えへへ、だって嬉しいだもん!」


「咲...私は呼んでくれないのかしら?、舞花だけ呼ばれて不公平ね....」


自分よりも先に舞花の呼び方を言われたのが、葵にとってちょっとだけほんの少し嫉妬する。

舞花も頬を擦り合わせながら、先に呼ばれた事えのドヤ顔を葵に見せていたのも嫉妬の原因と言えた。


「えっと葵....?」


「.......」


下の名前で呼ぶが本人は無言のまま黙り、無言の圧力が咲音を襲う。


「.....あ~ちゃん?」


「まだ、ぎこちないけど妥協点ね咲...」


自分の呼び方に若干のぎこちなさを感じながら、葵は今だけは満足し舞花と同じように手を離して二人を包み込むように抱き付く。


「もう、二人して抱き付いたら熱いです」


「本当は咲音ちゃんも嬉しいくせに~」


「私達なりの愛情表現よ、熱くっても我慢しなさい咲」


咲音の身体に抱き付く二人、身体的にも精神的にも熱く暖かい涙が溢れ頬に二つの筋が通る。


葵さんも舞花さんも、こんな私でも受け入れてくれてありがとう....。

何時か分からないけど、必ず思い出すからそれまで待っていてください。


密かにそう決心し、今だけはなすがままにされる。

安心しきった心は、食堂に来た目的であった彼がいない事を静かに受け止めると。

盛大な音が腹から鳴り出す、鳴った本人は顔を別の意味で朱に染め上げ。

それを聞いた二人は互いに顔を見合せ、盛大に笑った。


「そうよね....起きたばっかなのをすっかり忘れていたわ、直ぐにご飯にしましょう」


「舞達もさっき食べたばっかだけど、一緒に食べよう?....今なら限界越えられそう!」


「限界越えてまで食べたらダメだよ?、それでも一緒に食べてくれるの楽しみです」


「それじゃ決まりね、食べるなら外に行きましょう。それまで少し時間だけ我慢してね咲、その後は美味しいのが待ってるわ」


「外って事は....あそこだねスターリック!、舞も賛成だよ...りっくん達は...誘わなくっても良いか?」


食堂で食べるのも良いかなと考えたが、葵は折角なら外の空気でも吸わせる為に敢えて外に行くことを決める。

舞花も外で食べると聞いて、直ぐに頭の中には店で食べた料理を思い出して場所が分かった。


「今回は私達だけで行きましょう。咲、りっくんはさっき近くにいた男二人の内の筋肉じゃない方が陸で、そのもう一人の筋肉が忍ね」


葵は陸と忍を、本当にざっと簡単に説明した。


「はい、分かりました。筋肉が無い方が陸さんで、筋肉が有るのが忍さんですね?」


咲音は口に出しながら二人の特徴を思い出し、忘れないように名前と顔を復習しとく。


ジャージのような物を着てスラッとした高身長で、綺麗にカットされた髪形は清潔が有るのが陸。

体格も良く筋肉が盛り上がり此方も高身長で、何処か気だるそうな雰囲気を出したのが忍。


咲音の中では、そうな風に二人を纏めた。


それからは三人共、食堂を出て目的地であるスターリックを目指す。

場所といい陽当たりも良く、活気が有りながら静けさがありながら落ち着いた店内。

マスターも従業員を良く、ご飯を食べるなり、会話をするなりに打ってつけの場所を気に入っていた。


咲音の空腹も現に越えている為に、少しの我慢には何とも思う事は無かった。


咲音が自分達の記憶を無くそうとも、彼女等の絆は揺るぎる事は無かった。

より一層深まったと言うべきかも知れない、廊下を歩く三人の笑った笑顔は耀くほど眩しかった。



それらを見ていた一人の・・・には、不快で嫉妬深な気持ちで聴いていた。

皆の前では・・・・・偽りの仮面を被り周りに合わせ時を伺い、真樹が死んだ事を半年も喜んでいたのに。

陸がとても正気を疑うような戯れ言を抜かした事には、眼を大きく開き驚いては裏でバカにして嗤いもした。


なのに、なのに!。

あのバカ共は簡単に鵜呑みして信じりやがった、それに相手が生きてる事が万が一でもあちゃいけない.....。

お前は八重さんから消されてるだ、無能で役立たずだから!。

でも、本当に生きてるなら今度こそ俺の手で殺してやる古里.....。


三人が行った方向とは逆に男は歩みを進める、自分よりも仲良く咲音の好意を寄せられていた奴に、男は醜悪な笑みを浮かべ殺す事を考えた。


ブクマや感想にアドバイス等は、作者である自分の今後の励みになります。



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