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9/9

花屋の娘

「とりあえず、帰りましょうか」

 彼女は、そういってカバンを持って肩にかけた。彼女の学生カバンはすっかり彼女に馴染んでいた。俺らが入学したときは、カバンが肩にかかっているような状態だったが、今ではしっかり彼女がカバンを持っているような感じであった。

 あたりは、すっかり真っ暗になっていた。中学校の前のマンション群のあかりが教室から見えた。周りが暗い中で光っているから、ちょっとした星空のように見えた。

 彼女は、スタスタと校舎内の階段を降りていった。ここで気がついたのだが、俺は部活の練習に出るのを忘れていた。まぁ、一年生ではあるもののすっかりレギュラー争いのレールからすでに脱落していたから特に気にはしなかったのだが。

 校舎を出ると冬の寒さが、一気に体全体に押し寄せた。冷たい空気となんだか乾燥した感じが、もう季節は冬なんだぞ!と誰かが言いたそうな感じであった。

「君は、将来何になりたいとかあるの?」

 桜坂は、白い息を吐きながら前を向いて俺にいきなり質問をしてきた。

「わたしはね、幼稚園生の頃、お花屋さんになりたかったの。お花を売るお姉さんの笑顔がとてもかわいくて、お花を買いに行くのが毎回楽しみだった。お母さんに何度もお花を買いに行きたいって駄々をこねたなぁ」

 こんな勢いで生きているような雰囲気の女の子が言うとは思えないセリフであったので俺はびっくりした。

「でも最近は、ちょっと変わっていて、学校の先生とかになりたいなって思ってて。小学校の先生が本当にやさしかったんだぁ。卒業式の日は、すごい泣いてくれたの。別に二度と会えないわけじゃないんだけど、あの年齢で、あの姿でみんなが一堂に集まって会えるのはあの瞬間が最後だったからだって。それで先生は泣いてしまったって言っていた。そういうことを感じ取れる人間て素敵よね」

 一期一会。そんな言葉が僕の頭に浮かんだ。ラッパーとかヒップホッパーとか若手ロックバンドとかが「いちごいちえいちごちえいちごいちえいちごいちえ」と呪文のように唱えてヒットした曲がたくさんあったから、僕としては、軽い言葉でありあまり好きではなかったが、桜坂が語る姿を見ると僕はちょっとだけその言葉の重みをあげようかなと思った。

「きっと、桜坂が先生になったら、生徒のみんなは一瞬一瞬を大切に生きる生徒になれると思うよ」

 俺は、柄にもないことをボソボソと喋った。

「まぁ、桜坂が一瞬一瞬をまずは大事に生きないとダメだけどね。1日を大切に生きるとか」

「君は、本当に難しい言葉を言うよね」

「天才だから」

「はいはい」

 桜坂は、「わたしこっちだから」といって、校舎うらの階段のほうに歩いて行った。「またね」といって手を揚げた彼女を俺は「あいよ」と言って見送った。

 俺は、両手をダッフルコートの中に突っ込んで、少しだけ背中を丸めて歩き始めた。体育館の前を通ると、シャトルやらバスケットボールがダムダムと跳ねる音とかが聞こえてきた。剣道場からは、床を思いっきり足で叩く音や、大きな声を叫ぶ声が聞こえてきた。あたりは暗いけれど、まだ17時だったことを思い出す。冬の時間感覚は中学生ながらに難しいなと思ったのだった。部活をサボって、女の子としゃべっていたなんてことがバレたら僕はどうなるのだろうか。いや、桜坂は女の子とは呼べやしない。まぁ、友達であることは否定できないし、否定はしたくはないけれど。



「ただいま」

 俺は、家に着いた。中学校が近いのは素晴らしいなと思った。

 母さんが、リビングから玄関まで歩いてきた。

「あら。早いわね。部活はどうしたの」

「ちょっと、先生によばれちゃって。そしたら、出るに出れない中途半端な時間になったから、今日はサボった」

「まぁ、サボったっていう言い方はどうかと思うけれど、先生に呼ばれたらしかたないわよね。で。なんか悪いことしたの?」

 俺は、スニーカーを無造作に脱いで、リビングに向かった。

「悪いことなんてしてないよ。なんか、俺、生徒会に立候補しないといけなくなったから、その話をしてた」

 俺は、リビングでテレビのリモコンのスイッチを入れた。午後のワイドショーがやっていて、都内での500円ランチ特集をグルメリポーターが紹介していた。

「え、なにそれ。あんたそんな頭よかったっけ。生徒会とかって頭がいい人がやるもんでしょ。それに、あんたがそんな面倒くさそうなものをやるとは思わなかった。母さんびっくりよ」

 母さんは、両手で口を塞いで驚いていた。その姿はなんだか面白かった。

「まぁ、いろいろあってね」

 テレビの中では、リポーターが、肉がとろけるとか、しゃきしゃきの歯ごたえとか、美味しく伝わる表現の言葉を連呼していた。

「ふーん。あと気になったんだけど」

「なに」

「自分のこと、俺って言うようになったんだね」

「まぁね。いろいろあって」

「ふーん」

 母さんの目が細くなって、テレビを見ている俺の顔をじっと見た。

「母さん的には、違和感たっぷりでかっこよさよりも生意気感たっぷりで、逆に可愛く見えるくらいだけど、まぁいいんじゃない」

 桜坂とは真逆のことを母さんは言ってきた。俺は、「はいはい」と流すものの、何が正解だかよくわからなくなってきたのだった。

 

 

 


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