夕暮れどきのオレンジ
僕は、廊下にかけられていたアナログ時計を見上げた。
「16時か……もう帰っているかもなぁ」
そうはいっても彼女を問い詰めなければならない。僕の頭の中はそれでいっぱいだった。
僕は、一年生の教室のある3階に急いで歩いて行った。途中、他の生徒とぶつかりそうになったが、僕は華麗なステップをして避けた。しかし、あたりこそしなかったのだが、女子生徒はもっていたプリントを床にぶちまけてしまったため、僕は一緒に拾うはめになった。
「ごめんなさい」
僕は、素直に謝ったのだが、女子生徒は「わたしのせいじゃないのに」という不満顔で去って行ったのだった。
僕は、悪いことをしたなぁと思いつつ、先を急いだ。教室に戻る頃には、辺りは夕暮れ時になっていて、廊下はオレンジがかっていた。教室の目の前にたち、深呼吸をしてから教室のドアを開けた。
「あら」
教室の窓際の席に、僕が今は話をしたくてしたくて仕方なのない女子生徒が座っているのを僕は発見した。
「桜坂」
「なによ」
僕は、彼女の座っている窓際の席へとゆっくりと歩いて行った。そして、彼女の座っている席の前の椅子に腰掛けた。
「俺を、先生に生徒会に推薦しただろ」
「あれ、君って一人称俺だったけ」
「今日から俺になった。そんなことはどうでもいいだろう」
僕は、あまり感情を声には載せない。しかし、声には載せない代わりに、口調が変わったようだった。彼女は、僕のほうをずっと見ていた。
「たぶん、一人称は俺の方がいいと思うな。なんか僕だと子供っぽいし、なにより弱そうよ」
「なんだよそれ」
僕は、少しだけ照れくさかった。今までそんな風に人から見られていたとは思ってもいなかったからだ。彼女は、また意味もなくニコニコと笑顔であった。
「それで、話ってなんだっけ」
「いや、おまえがはぐらかしたんだろう」
彼女は、その後正直に話してくれた。彼女は、困っている人が居たら助けたくなるらしい。あと、実は生徒会役員に興味があったものの、一人だけ立候補するのは周りの友達に目立ちたがり屋だと思われてしまうのような気がして嫌だったようだ。そのため、俺を一緒に推薦したようであった。中々迷惑な話とも言える。
「いずれにしても、君が気になってた会計にふれるチャンスなんじゃないの?」
彼女は、机の上で指を立てて、トントンと音を小さく立てた。
「書記もついてる。それに、俺は字が汚い」
「わたしがやるわよ。書記くらい。あなたは、会計をやればいいじゃない」
彼女は万事解決!と言いたそうな顔をしていた。僕は、小さくため息を吐いた。彼女は言い出したら後先考えずに突っ込んでいくタイプの女の子なんだと薄々気がついていたが、本日をもって、それはめでたく確信へと変わったのだった。
太陽がしずみかけて、教室全体に紅葉でも舞っているんじゃないかというくらいにオレンジ色になりつつあった。
「ちなみなんだけど」
俺は、彼女に選挙に関する質問をした。選挙と言っても何をやるのか俺にはさっぱりわからなかった。よくテレビとかで見る、朝の駅前で大人のおじさんおばさんがマイクを持ってやっている街頭演説のようなものが俺の中では選挙活動だった。彼らは、分かりやすく説明しているのかもしれないが、歩きながらでマイクの音はぐわんぐわんに揺れて聞き取りづらいし、そもそも中身が難しくて俺にはよくわからなかった。
「たぶん、君が想像していることの中学生バージョンをやるんじゃないかしら」
俺は、唖然として少しだけ目が開いてしまった。
「つまり、マイクなんか持ってなんかしゃべるってこと」
「そうね。しかも1月の寒空に」
「正気?」
「大人なんて正気な人は一人もいないわよ。この学校の先生たちは笑顔でやりなさいっていってくるでしょうね」
俺は、すぐに風邪を引いてしまうだろうという予測が容易にたった。あまりに張り切って街頭演説ばかりやって、最終的な投票前日くらいにぶっ倒れて、「染谷くんは本日お休みになっております」というアナウンスとともに、最終演説がされる事だろう。
意味不明な妄想にひたる俺であったが、そういえば、俺は完全に初歩的な事をわすれていたことに気がついた。
「そうだ。書記会計の枠っていくつあるんだ。肝心なことを忘れてた。それに俺ら以外の立候補者とか。」
「2つだった気がしたわ。あと、立候補者だけど、たぶんあと一人ね。というか、毎年立候補者って定数にたいしてぴったりだったらしいのよ。でも、どこからか生徒会役員の立候補者がいないって聞きつけた女の子がいたらしくてね。だから立候補者は私たちを含めて3人」
彼女は、指で3を作って僕の方に向けた。
「つまり、わたしか君のどちらかは落ちるかもしれないし、どっちも残るかもしれないってことよ」
俺の会計の勉強はいつから始められるのだろうか。ひょっとしたら、俺は回り道をしているのではないかと思うのであった。