立候補
気がつけば、中学一年生の生活も、冬になっていた。
満開だった教室から見える桜の木も、ピンクから緑、緑から茶色へと変化していった。
それからの僕はといえば、なんとなくバトミントン部に入って、毎日毎日締め切った体育館で素振りをする日が続いていた。たまに、シャトルを打ったりもしたが、やはり下級生だから上級生に比べて打つ機会は少なかった。
桜坂とは、それなりに仲良くやっている。体育祭では一緒に男女混合玉転しの時は一緒に球を転がしたし、合唱コンクルールでも一緒だった(彼女は大変歌がうまく、あまり歌を歌うのが得意でない僕はしょっちゅう、放課後の練習教室から逃げていたが、見つかるたびに彼女に連れ戻されていた)まぁ、同じクラスであるということが大きいと思う。
ある日僕は、担任の坂本先生に職員室に呼び出された。僕は、特段目立つようなこともしていなかったし、悪いこともしていなかった。ひっそりと毎日学校にかよっていた部類だったから、呼び出された時はちょっとびっくりした。
「失礼します」
僕は、職員室にノックをして中に入り、坂本先生の方に歩いた。
「僕に何かようでしょうか」
「おお、染谷か。すまんすまん。まぁ、座れよ」
先生は、そういって隣の先生の椅子を僕に進めてきた。となりの椅子の上にはピンク色のクッションが置いてあったから、女性の先生の机だと僕は推測した。
「まぁ、なんだ。話と言えってはなんなんだが」
僕の中で、坂本先生は毎回おちゃらけているイメージがあった。年齢的には40代で、教師としてはベテランといえる。おちゃらけていたはずが、なぜだ真剣な顔をして僕の方を見ていた。
「生徒会役員になってみないか」
僕はびっくりした。生徒会役員という役職があるのは知ってはいたが、特段やりたいと思ったことは一度もなかったからだ。
「お言葉ですが、どうして僕なんですか」
僕は先生に率直な質問をした。
「今年はなぁ、意外と生徒会役員に立候補する奴がいなくてなぁ。来年の1月から選挙やるんだよ。でもなぁ、立候補者がいなくてなぁ」
「はぁ」
僕は、小さい声で返事をした。
「そしたらな、桜坂が目の前を歩いていて、落ち込む俺を見て声をかけてきてくれたんだよ。どうしたんですかって」
桜坂らしい優しさである。なんとなく、その情景が僕の頭の中に入ってきた。
「桜坂に生徒会役員が1年生から2名必要なんだけど、立候補者がいなくてなぁって。できれば男女一名ずつがいいんだけどなぁって言ったんだ」
先生の顔が、急に嬉しそうな顔に変わった。
「あ、そしたらそれ私やりますよ!うん。たぶんん、もう一人は染谷くんがやってくれますよ!任せてください」
桜坂はそう言ったらしい。あの野郎。僕にめんどくさいことをさせる気か。
先生は、椅子をくるっと回して、グランドの方を見た。
「悪い話じゃないと思うんだけどね。うん。高校の進学の時の内心に生徒会役員っていうの書けるし。ちなみに、役職は【書記会計】だから」
「書記会計」
僕は、役職名に少しだけ反応してしまった。会計と役職名についてるということは、会計の仕事が少しくらいあるのだろうか。
「先生、ちなみにどんな仕事をするんですか」
僕は、興味があるのだけれど興味があるとは悟られないようにボソボソとしゃべった。先生は、その言葉に反応して、グランドから僕の方に体を戻した。
「ん?ああ。書記会計は、委員会の会議とかで書記をやったり、いろんな行事での会計係りをやったり。ほら、おまえも知ってるかもしれないが、夏祭りで中学校から出店出してるだろ?あれは生徒会役員の子達が毎年出してるんだ。みんな楽しそうにやってるよ」
ああ、夏祭りだったら小学生の頃行ったことがある。確か、とうもろこし焼きを金草中は売っていた気がした。
僕は、少しだけやってみようかと思っている自分がいることに気がついた。
「先生、ちなみに会計って中学生から学ぶべきでしょうか」
僕は、会計というものが入学以来気になっていたから、先生に質問をしてみた。先生は、この子はなにを言っているのだろうかというあっけにとられたような表情をしていた。
「ん?ああ。そうだな……。会計は中学生から学ぶのが正しいよ。俺もこの年になってから気がついた(会計って‥…たぶん簿記とかのことだよな。俺そういうのよくわかんないんだなぁ)」
先生は、胸を張って僕の質問に答えた。先生は自信満々であった。
「わかりました。やります」
「ほ、本当か!」
「やりますよ」
先生は、あまりに嬉しかったかのか僕の両肩をポンポンと叩いた。
「じゃあ、さっそくなんだけど……」
僕は、先生の喜んでいる姿を見て、少しだけ嬉しかった。僕でも人を喜ばせることができるのかと思った。
「生徒会立候補時に読み上げる文章を考えてきてくれ。そうだな……五分くらいのヤツ。頼んだぞ!ははは」
僕は、大人というものは怖いとこの時思った。僕に政権公約的なことが思いつくわけがない。
僕は、とりあえずこの場は去り、桜坂を問い詰めなければと思ったのだった。