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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
99/110

46~56 Side Tsukasa 02話

 混雑しているテラスの先に、翠の姿がちらりと見えた。

 何事もなく、と言っていいのかは怪しい限りだが、無事に戻ってこられてよかったと思う。

 青木はほかの人間を引率するかのようにひとり前を歩き、その後ろに翠と滝口と男がひとり。さらにその後ろにもう一列男が並んでいるようだ。

 翠は手すり側を歩いていた。

 人ごみの衝撃からは守られているようだが、やけに親しげに話す滝口に苛立ちを覚える。

 翠はというと、ポカンと口を開けた状態で滝口を見上げていた。 

 図書棟の入り口にたどり着くと、

「あら、こんなところに低気圧が停滞中」

 青木がクスリと笑い、嫌みたらしく口にした。

 低気圧で結構。機嫌は最高潮に悪い。

 嫌みのひとつでも返したいところだったが、とりあえずは礼を述べ巡回へ戻るように言った。

「翠は巡回に出なくていいから会計作業に戻れ」

 俺を見た途端、翠は開けていた口を閉じ、不安そうに瞳を揺らす。

 その視線に耐えかね再度「戻れ」と口にすると、翠は慌ててその場の人間たちに会釈した。

 翠が身体の向きを変え図書棟に向けて数歩踏み出したとき、滝口の隣を歩いていた男が翠を呼び止めた。

「翠に何か?」

 満面の笑みで応えてやると、その男は少しうろたえる。

 次はなんと畳み掛けてやろうか――。

 そう考えていたところ、

「ツカサっ? あのね、鎌田くんは友達なの」

 中学の同級生に「友達」がいるなんて初耳なんだけど。

 俺は気づかず翠にも厳しい視線を向けていたのかもしれない。

 必死にその男を庇うのと同時に、翠は俺の視線に耐えられないとでもいうような素振りを見せた。

 そんな翠に俺が居たたまれなくなるのだから悪循環にもほどがある。

 その空気を破ったのは諸悪の根源――中学の同級生という男。

「御園生、クラス教えて? これ、投票するから」

 男は手元の簡易ブレスのバーコードを指差す。

「あ、一年B組のクラシカルカフェ。私、午後の二時間はクラスに戻るから、もし時間があったら寄ってね」

 翠は伝えなくてもいい情報まで丁寧に伝えて図書棟へ戻った。

 その場に残されたのは男五人。

 何を思ったのか自己紹介を始めたけれど、覚える気はさらさらない。

 訊かれたことにも適当に返事をしていた。

「基本的に、藤宮は全国模試の上位常連者が多いけど、二学期はなんか異常じゃない?」

 俺と同学年らしい男が訊いてくる。

「二学期は模試の平均が八十点以下の人間は後夜祭参加権がないから」

「えっ!? 学園祭の後夜祭参加権まで成績関係すんのっ!?」

「それが何か?」

「いやっ――やっぱ藤宮って半端ねぇ……」

「俺、女子はいないけど海新でよかったわ。藤宮に入れたとしても後夜祭参加権が得られる気がしない……」

「ホントホント」

 ほかの人間がそんな話をしているところ、翠の同級生という男が俺を見てにこやかに口を開いた。

「二学期はさ、藤宮の生徒に上位独占されちゃうから、うちの学校は『打倒藤宮!』になるんだ」

「へぇ……」

 確かに、以前会ったことのある人間とは違うようだが、だからといって翠に近づけたいわけでもない。

「なぁ、弓道場の見学とかできるの?」

 滝口に訊かれ、できる旨を話すと場所を尋ねられた。

 滝口が持っていた冊子を開かせ現在地を教える。

「この階段を下りたら校舎沿いに進めばいい。突き当たった道路向こうに弓道場の案内が出ているから、あとはそれにしたがって」

 道場まで案内する義理はない。

「じゃ、おまえらちょっと行ってこいよ」

 滝口が言うと、四人は他校の弓道場に関心を移し、図書棟脇の階段を下りて行った。

「「で?」」

 滝口と声が重なる。

「何? 俺も行くと思った?」

「思った。……俺、暇じゃないんだけど」

「そうみたいだね? ……で、藤宮くんは好きな人がいるんだって?」

 は……? なんの話の流れでその質問?

「さっき、御園生翠ちゃんが教えてくれた」

 翠が……?

 思考停止に陥りそうになった自分を叱咤する。

「名前が違う。翠の名前は御園生翠葉だ」

「ふーん……つまり、自分以外の人間に『スイ』って呼ばれたくないってやつかな?」

「……正式名称を間違えて覚えている気がしたから訂正しただけだけど?」

「あの子かわいいよね?」

 また話が飛躍した。

 この男、何が言いたい?

「藤宮くんはさ、彼女が好きだよね? じゃなかったら、うちのかまっちゃんをあんな目で見ないだろうし、彼女に自分の携帯を渡したりもしない」

 滝口は確信を持った口調で話す。

「俺、彼女に今日初めて会ったんだけど、かわいくて仕方なくて即行告っちゃった」

「っ……!?」

「ま、即刻振られたわけだけど……。彼女、好きな人がいるらしいよ?」

 にこりと笑うと、「じゃ、お邪魔しちゃ悪いから」と滝口は手を振って階段を下りていった。

 滝口が何を言いたかったのかは不明。だけど、意外な形で翠に好きな男がいるという確信を得た。

 それから、告白されて瞬時に断ることができるということも知った。

 呼吸法で感情のコントロールを計っていると、手元の時計がピピっ、と鳴り十二時を知らせる。

 それと同時に、「お弁当をお持ちいたしました」と警護の人間が現れた。


 弁当を受け取り翠と図書室の奥へ移動したわけだが、目の前の翠は弁当の蓋も開けずにじっと弁当を見つめている。

「今日は母さんが作った弁当だから、昨日ほど豪華じゃない」

 そうはいっても、落ち着きを失った翠は俺と弁当を交互に見る。

 そして、何か大切な箱でも開けるように蓋を取ると、今度は中身を注視した。

 自分の弁当を開けてみたものの、別段珍しいものは入っていない。

「そんなにじっくり観察するほど大したものじゃないだろ?」

「えっ!? そんなことないっ。情報たくさんっっっ」

「……情報って何? ただの弁当だろ?」

「え? あ、う……なんでもない。情報は関係なしで……」

 翠が口にしてなんの意味もないわけがない。

 情報ってなんの……?

 もう一度自分の弁当を見たものの、やっぱり意味がわからず視線を翠に向ける。

「ほっ、本当になんでもないから」

 翠は慌ててプラスチック製の箸を手に持った。

 今翠が手にしている弁当箱は、俺の手の平に収まる大きさのもの。

 それは姉さんが幼稚部のときに使っていたと聞いたことがある。

「おいしい……」

 翠は一口一口、ゆっくりと味わうように咀嚼する。

「いつもこういう味付け?」

「家で食べるものと変わらない」

 卵焼きにカジキマグロの照り焼き、アスパラを肉で巻いたものと煮物――。

 何ひとつ珍しいものは入っていないと思う。

 翠の弁当箱が赤いということもあり、レタスやブロッコリーの緑がやけに映える弁当であること以外は……。

 弁当箱を指でなぞる翠に、

「それ、姉さんが幼稚部のときに使っていた弁当箱だって」

「湊先生の?」

「そう。姉さんの、幼稚部、のときの弁当箱」

 これだけ強調して話しても、俺の伝えたいことは伝わらない。

 翠はきょとんとした顔で俺を見ていた。

「翠は今いくつだっけ?」

 その一言で気づいたらしい。

「文句は私の胃に言ってください」

「胃に独立した意思があるなら胃に言わせてもらう。が、残念ながら胃には独立した意思はない。よって、その持ち主であり、宿主である翠に言うのが妥当かと思うけど?」

「……わかりました。じゃ、私が聞いて胃に伝えておきます」

 こんな会話でもないよりはまし。

 避けられるよりも、言葉に詰まるような受け答えをされるよりも、憎まれ口を叩かれるほうが断然いい。

 もっとも、憎まれ口を叩いているのは自分で、翠はそれを受け流すための返答をしているだけだけど……。

 食べ終わったらそれらを回収しようと手を伸ばすと、翠の声に遮られた。

「ツカサ、お弁当箱は洗って返したいっ」

「面倒だからいい」

「別にツカサが洗うわけじゃないでしょうっ!?」

「こっちの都合でこういうことになってる。だから、そういうことまでされるのは気が引ける」

「ツカサ……? ……これからも友達でいる限りはこうなのでしょう?」

「申し訳ないけどそうなる」

「……なら、それを普通にさせてほしい」

 ――ソレヲフツウニ。

「お弁当を作ってもらったのならお礼を言いたいし、せめてもの礼儀としてお弁当箱を洗って返すくらいのことはさせてほしい。これがずっと続くのならなおのこと」

 翠は必死の形相で話しだす。

「言ったよね? 私はここにいたくてここにいるって……。だから、気が引けるとか、申し訳ないとか、そういうのはやめて?」

 最後は上目遣いで「やめて?」と言われた。

 正直、そういう目の遣い方は反則だと思う。

 けど、本人は無自覚だから余計に――性質が悪い。

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