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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
98/110

46~56 Side Tsukasa 01話

 人の出入りが激しい図書室の一角、窓際の席で俺は翠の飲み物を作っていた。

 作るといっても難しいことをするわけではない。ただ、果汁一〇〇パーセントのジュースとミネラルウォーターを同量で割るだけ。

 昨日、高崎が取った方法は悪くない。自分で用意したものなら何を心配することなく翠に飲ませられる。

「翠、少し休憩入れろ」

 翠はディスプレイから視線を上げ両手でペットボトルを受け取ると、

「あり、がと……」

 言葉に詰まりながら礼を口にした。

「どういたしまして。翠が会計を一手に引き受けてくれるおかげで、俺はあまり頭使わなくて済んでる」

 昨日の露骨さと比べたら幾分かはよくなったものの、「いつもどおり」とはいかないらしい。

 それでも、指定席にとんぼ玉が鎮座しているのを見ると安心する。

 とんぼ玉はいつものように髪を結うのに使われていた。

 会計に頭を使わない分、空き容量ができた脳は「翠」というソフトを起動する。が、立ち上げた途端に動作が重くなる始末。

 起動した瞬間にフリーズしないあたり、OSソフトが未対応というわけではなくメモリ不足といったところだろうか。

 そんなことを考えながら、窓に映る翠の後ろ姿を見ていた。

「姫ー、巡回行くよー」

 図書室の入り口から青木が声をかけると、

「あ、今行きますっ」

 翠はデータに保存をかけて席を立つ。

「昼には戻れよ」

 短く声をかけると、翠はコクリと頷いた。

 翠と入れ替わりで戻ってきたのは海斗。

「何? まだ翠葉とケンカしてんの?」

「別に」

「俺がジャッジしていいなら、朝のは司のデリカシー不足ってところだけど?」

 こんな話をしていたらほかのメンバーが食いつかないわけがない。が、そこは海斗が牽制の一言を発した。

「あ、うっかり内容を知っちゃった日には司のデリカシー不足が伝染するけど大丈夫?」

 その言葉にメンバーは、俺を訝しがるように見ては追求をやめた。

 海斗の背後に唯さんの生霊が見えた気がしなくもない。

 そんな話をすれば今朝の基礎体温を思い出し、翠の生理周期が気になり始める。

 気になる、というよりは引っ掛かりを覚える。

 前回は十月の頭、パレスから帰ってきた翌日に学校を休んだ。

 マンションまで様子を見に行ったからよく覚えている。

 その前の九月は始業式。

 生理は規則正しく来ているようだが、確か今月からピルを飲み始めたんじゃなかったか?

 低容量ピルを飲み始めるとき、たいていは生理中に服用を開始する。

 それを二十一日飲んだら休薬期間が七日。それら二十八日を一クールとするはず。

 だとしたら、紅葉祭準備期間中に生理になる計算――。

「あ……」

「どうかした?」

 朝陽に訊かれて、「こっちのこと」と答える。

 翠の場合は避妊目的じゃないから排卵を抑える必要はない。それなら生理期間に関係なく服用を開始できる。

 翠のことだ、次の生理がくる時期を調整できると知ったら紅葉祭後を選ぶだろう。

 ならば、紅葉祭直後の二連休に照準を定めるはず。

 逆算すると、飲み始めの時期は中間考査あたりか?

 その前後の翠の様子を思い出してみても、ひどい副作用が出ているようには見えなかった。

 副作用で多いのは吐き気や倦怠感だが、吐き気に関しては手持ちの薬で抑えられているのかもしれない。

 倦怠感はCFSと症状がかぶることから、あまり気に留めていないのか……。

「司、やることないなら会計手伝ってあげたら?」

 朝陽の一言に思考が遮断された。

「そのつもり」

 ノートパソコンに向かった途端に忙しくなり、それからしばらくは翠のことを考える余裕はなくなった。


「なーんか客の動きがおかしいんだけど……」

 海斗の言葉に発信機が映し出されているウィンドウを表示させる。と、ディスプレイに写る緑色の点は何かに導かれるように動いていた。

 このルート……。

 そこから先は嫌な予感しかしなかった。

「すぐに青木に連絡。生徒会枠から連絡入れると翠に筒抜けになるから風紀委員のチャンネル使うように」

「あ、なるほど……。これ、翠葉たちの巡回ルートか! って、どれだけ人連れて歩いてんだよ」

「帰って来たら歩く集客機とでも呼んでやれば?」

 海斗にそんな一言を返すと、

「なんだったらこのままスクールアテンダントしてもらおうか?」

 朝陽がにこりと口にする。

「ふざけるな。こんな危険因子はとっとと回収するに決まってるだろ」

 このあと、どれだけ放送を使って集客緩和を呼びかけても無駄だということが発覚する。

 青木に巡回の足を止めてもらったが、それはなんの意味もなさず、一、二年棟の三階に人が集まりだしていた。

 人だかりはさらなる人を呼ぶ。

『司、そろそろ限界。これだけの人間に囲まれたら警備も難しい』

 突如割り込んだ秋兄の通信に、「了解」とだけ答える。

 大勢の前で地下道は使えない。

 そもそも、一階まで下ろすくらいなら二階からテラス伝いで図書棟へ戻すほうがいいだろう。

 そんな中、青木から奇妙な通信が入る。

 こちら側に入れている通信ではなく、青木側の会話を聞こえるようにしている。そんな感じ。

『何? 姫の知り合い?』

「青木、戻れ」

 翠の中学の人間にろくなやつはいない。

 過去の出来事を思い出せば、間違いなく翠の心は不安定に揺れる。それに、その輩が翠の心を再度抉ることだってないとは言いきれない。

 そんな事態に陥る前に、翠を自分のもとへ戻したかった。

 青木からの返答がなく苛立っていると、新たなる声が聞こえてくる。

 またしても、こちらに向けて発せられているものではない。

「姫、チケット確認。本当に藤宮くんの招待客ならチケット番号が二〇〇一で始まるから」

 俺の招待客と言ったか……?

 俺の招待客は全員で五人。滝口以外の人間は、名前と海新高校の弓道部ということくらいしか知らない。

 その中に翠と同じ中学のやつがいたということか?

『確認取れた? なら藤宮くんに連絡とってやんなさい』

 少しすると、翠の携帯に俺の携帯から着信が入った。

「翠?」

『ツカサ……? あのね、海新高校の……方がいらしてるの。弓道部の……えと、インターハイで一緒だったっていう人』

 インカムと違い、携帯からは周りのざわつきがうるさく感じるものの、翠の声は落ち着いていた。少なくとも、ひどく緊張を帯びた声はしていない。

 そんなことにほっとする。

「それ、相手しなくていいから。ちょっと代わって」

『うん? わかった。待ってね』

 携帯の向こうから、「司本人です」「ありがとね」という会話が聞こえ、すぐに滝口が出た。

「藤宮くん、どこに行けば君に会えるのかな? とりあえず、校内ざっと歩いてみたけど見かけないわ出くわさないわ……。人だかりのとこにでも行けばいるかと思えば違う子にたどり着くわ……。ま、おかげでこの電話にありつけたわけだけど」

 どんな探し方をしているんだ、と言いたい。

「図書棟にいる」

『じゃ、そこに行けばいるのね?』

「今はな」

『相変わらずつれないなぁ……。ところでさ、君、忙しいのかもしれないけど、携帯出ようか?』

 携帯を翠に持たせていることまで話す必要はない。

「昨日今日と、自分の携帯持ってないから」

 端的にそれだけ答えた。

『え? 持ってない? は? 昨日今日と忘れた? 見かけによらずドジっ子?』

「誰が忘れたと言った……。持ってないだけだ」

『ふ~ん……まぁ、いいや。とりあえず、図書棟ってとこ目がけてみるわ』

「十分くらいなら待ってやる」

『どれだけ俺様……? 自分、一応一学年先輩のはずなんだけどなぁ……』

「知るか」

 そう言って携帯を切ると、インカムから青木の通信が入った。

『藤宮くーん?』

「青木、応答が遅い」

『まぁ、そう言わずに……。姫さん一緒だと男が釣れて釣れて巡回になんないから返却願いたいんだけど?』

 何を今さら――さっき戻れと言ったはず。

 あぁ、そうか……。その通信を翠は知らない。これは翠向けの会話だ。

「縄でもつけて帰って来い」

 突如翠の声が割り込む。

『ツカサっ、縄はひどいっ』

 今この校内において、俺の発言以上に自身の存在が最悪だということを本人は知らない。

『じゃ、今から連れて戻るけど、通ってほしいルートがあったら言って? 巡回ついでに客を落とすことも拾うこともできそうよ? も、ち、ろ、ん、姫効果でね?』

「……最短ルートで戻ってこい」

『了解。ほら、姫、戻るわよ? そこの人たちも。藤宮くんに会いに行くなら図書棟』

 青木が誘導してくれるのなら、滝口たちも十分以内に図書棟に着くだろう。

 何が問題かというなら、その場にいるのが本当に翠の中学の同級生なのか、ということ。

 それから、翠が慣れない男と行動を共にすること。

 青木がいるから大丈夫だとは思うが、あれは簾条とは違う。簾条ほどには翠を気遣うことはしないだろう。

 昨日の奈落での件を青木が知らないわけはないと思うが、翠の突発的に出る男性恐怖症に対してどれだけの対応ができるかは別。

『司、誘導はできたのか?』

 秋兄からの通信に、

「今から二階へ下りてテラスから戻ってくる」

『わかった。今後翠葉ちゃんは巡回に出すな』

「そのつもり」

 通信を終えると席を立ち、図書棟の入り口に迎えに出た。

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