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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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43~45 Side Soju 02話

「もうすぐ三十分になるわね」

 母さんがそう口にしたとき、「ただいまー!」と父さんと翠葉が戻ってきた。

 翠葉の手にはマグカップがふたつ、父さんの手には毛布とホットマット。

 部屋に入ってきた翠葉は真っ直ぐ俺と唯のもとへ来た。

「蒼兄、唯兄……」

 翠葉が口を開けた途端、唯が「待ってました」と言わんばかりに立ち上がる。

「ハーブティー淹れたら行くから、あんちゃんと先に部屋に行ってな」

 唯は「ほらね?」って顔で俺を見て、翠葉の持っていたカップを引き受けキッチンへと歩きだした。

 俺は、唯のこんな自信を羨ましいと思う。

 どうしたら翠葉が自分たちに話してくれると思えるのか……。

 少し前までなら、翠葉はなんでも俺に話してくれた。でも、今は話してくれることとそうでないものが混在していると思う。

 そんな部分を見て、翠葉の成長を喜ぶ反面複雑な感情を抱える俺にはちょっとわかりかねる。

 いつか唯に、その自信の理由を訊いてみたい。


 翠葉の部屋に入ると、俺は自分から訊くべきか翠葉が話し出すのを待つべきかに悩み、声をかけてくれたのなら訊いてもいいんじゃないか、と答えを導き声をかけることにした。

「何かあった?」

 翠葉は俺の顔を見ると今にも泣き出しそうな顔になる。

「翠葉が言ってこなければ訊かないでいるつもりだった。これはそういうふうに使うものじゃないと思うから」

 そういうの、翠葉が気にしているかどうかはわからないけれど、一度きちんと話しておきたかった。

「なんかさ、今日一日お疲れ様ってその心臓に言いたくなるくらいの心拍数を連発してたよ」

 ステージが終わりに近づけば近づくほど、翠葉の目は赤く充血していった。それを見て、何が起きているのか、と駆けつけたい衝動を必死で抑えていたのだ。

 そんなとき、母さんや父さんはどんな気持ちで翠葉を見守っているのか、とか。秋斗先輩はどんな思いで見守っているのか、とか。ほかの人の心情でも考えないと冷静にはなれなかった。

 だから、こうやって話そうとしてくれることが嬉しいと思うし、その「位置」をまだ完全に失っていないことに安堵する。

 だめだな、俺……。

 自分の前で泣いてくれる妹に安心してどうするよ――。

 唯が入ってくると、

「ありゃ? もう話し始めてたりする?」

「いや、まだなんだけどこの状態……」

 唯は不思議そうな顔をした。

「何がどうして泣いてるのか……」

「うーん……聞いてみないことにはわからないよな」

 唯はトレイをテーブルに置くと、俺にしがみつく翠葉の頭を繰り返し撫でた。

 十分くらいして、少し落ち着いた翠葉に唯が話しかける。

「落ち着いた?」

 唯に顔を覗き込まれた翠葉は泣き笑いを見せた。

 毎回思うんだけど、「泣き笑い」ってなんでこんなに切なく見えるのかな。

 翠葉は唯の差し出したお茶に口をつけ、ゆっくりと話し始める。

「この人が好きってわかったのに、わかったのにね、その人には好きな人がいたの」

 翠葉は話しながら涙を零す。

 でも、俺の頭にはクエスチョンマークしか浮かばない。

 翠葉の好きな人って……たぶん司だろ? でもって司の好きな人は間違いなく翠葉だ。

 それがどうしてそんな悲しい涙に変換される?

 あれ? 俺が何か根本的に間違っているのか?

「翠葉……参考までに相手のイニシアルとか名前とかクラスとか学年とか――」

 混乱したまま言葉を口にしたらそんなことを訊いていた。

 すかさず唯に突っ込まれる。

「あんちゃん、しっかり……。それ、全部言えって言ってるじゃん」

「あぁ、そうか……。とりあえず、なんでそんなことに?」

 早いところ、何がどうしてこうなっているのかを知りたい。

「ツカサ、すごく大切に想う人がいたの」

 だから……それ、翠葉だろ?

 そう思う俺の隣で唯が翠葉の話に相槌を打つ。

「あぁ、司っちね」

 この場で「司」というキーワードを出していいのか悩んだ俺はびっくりしたが、それ以上に翠葉が驚いて見せた。

「唯兄も知っているのっ!? え? やだ、もしかして蒼兄も……?」

 声が少し大きくなる程度には驚いたのだろう。

 しかも、何か話が読めない方向へ読めない方向へと進み始めている気がするのは俺の気のせいだろうか……。

 翠葉相手に嘘がつけない俺は、

「んー……どうだろう」

 少し視線を逸らしてやり過ごす。

 こんなの「知ってる」と言ってるようなものだけど、それでも追求されたらなんて答えたらいいのか悩むことになりそうで、微妙な返答しかできなかった。

「やだ……やっぱりなんでもない。ふたりとも出ていってっ」

「なっ、翠葉っ!?」

「リィっっっ!?」

「だって、ツカサの好きな人が誰だか知りたくなっちゃうものっ。本人のいないところでこういう話はしちゃだめってわかっていても、訊きたくなっちゃうものっ」

 翠葉の手元にあったクッションを手当たりしだい投げられて唖然とする。

 唯はそれをうまいことキャッチしては、翠葉の肩に両手を置き、「どうどうどう」と宥めた。

 が、翠葉の暴走はおさまらない。

「学校で佐野くんに訊いちゃって、本当にバカなことしたって思ってるんだからっ。おうちに帰ってきてまで同じことしたくないっ。ツカサ本人にまで訊いちゃって、私、本当にどうしようかと思ったんだからっっっ」

 え……? 何、今なんて言った?

 唯と一瞬顔を見合わせ、すぐに翠葉と向き直る。

「えっ!? 司っちに直接訊いたのっ!?」

「司に直接訊いたのかっ!?」

 声がかぶったことよりも、翠葉の返事が気になって仕方がない。

 翠葉は視線を落とし、

「だって……不意打ちで訊かれたから……思わず口にしちゃったんだもの」

「で、司は?」

「びっくりしてた……。そのあと呆れられて置いていかれちゃった」

 一連の流れに力が抜ける。

 司、申し訳ない……。本当に、こんな妹で申し訳ない……。

 でも、この先これが直るとか変わるとか、あまり期待しないでくれ……。

 俺は心の中で司に頭を下げた。


 翠葉は前後関係なしに話し始める。

 きっと、そのくらいに頭の中が混乱しているのだろう。

 それをすぐ制止したのは唯だった。

「リィ、今日使ったタイムテーブル出そうか?」

 翠葉はすぐにかばんからプリントを取り出しテーブルに広げた。

 そこからは、物事が前後することなく順を追って話を進めた。

 俺だけだったら、そのまま翠葉の話を聞いてしまっていただろう。

 こういうところ、唯は本当にうまいと思う。

 翠葉も時系列を確認することで落ち着きを取り戻したのか、話し終えたときには幾分かすっきりとした顔をしていた。

 泣きながら話す翠葉は悲愴そのものなわけだけど、俺たちは頷くことしかプログラミングされていないロボットのように相槌を打つことしかできない。

 時間が経つにつれて司のステージが荒れていく、というよりは、表情が険しくなっていったのにはこんな事情があったのか……。

 そう思ったのは俺だけじゃない。

 唯が珍しく苦い笑いを俺に向けていた。

「今日はここまで。まだ明日もあるしね?」

 唯が仕切るが、そんな簡単に終わらせられる話だろうか、と翠葉の様子をうかがい見ると、

「あのね、これだけ訊いてもいい?」

 おずおずと条件提示をされる。

「何?」

「蒼兄も唯兄も、好きな人に好きな人がいたらどうする? その人の恋愛を応援する? それとも、自分を応援する?」

「俺は断然自分応援派」

 唯は即答し、俺は少し考えた。

「相手が桃華だったとして――俺もそう簡単には諦められないかな。自分なりに努力はすると思う。ほら、何もせずに諦めることほとやなものはないだろ? 中途半端ってさ、どれも不完全燃焼に終わる気がしない?」

「誰を応援するか」という質問の答えにはなっていない。でも、これが俺の考え方。

「誰を応援するとかしないとか、そういうことじゃなくて、自分の気持ちを大切にしたらいいんじゃないか?」

 どうして「誰を応援するか」という話になったのかを少し考え、今日は色んなところで告白したりされたり、ということがあったのかもしれないと想像した。

 もしくは、悩む翠葉に誰かがそういう話をしてくれたのかもしれない。

 どちらにせよ、いつもの翠葉の思考回路にはないもの。「らしくない」という言葉がやけにしっくりくる。

「あの人は応援せずにこの人を応援する――そういう選択の仕方を翠葉は普段しないだろ? 無理矢理型に当てはめようとしなくていいんじゃないか? せっかく新しい気持ちを知ったんだから、その気持ちを大切にすればいい。ただ、それだけだよ」

 そんなふうに話すと、

「……いい、のかな?」

 不安で自信がなくて、といった表情。

「いいんだよ。だって、それは翠葉の心であり想いなんだから」

 人の気持ちなんて複雑に考えようと思えばいくらでも複雑にできる。

 でも、そうしてしまったら見えない糸に雁字搦めにされて身動きが取れなくなる。

 そうなる前にそこから抜け出そう……?

 目の赤い妹にそんな視線を送ると、

「ほら、明日も早いでしょ? 顔洗って薬飲んでとっとと横になる!」

 唯が翠葉を立たせ部屋の外へ追い出した。

「あんちゃん、じっくり話を聞くことも大切だけど、もっと大切なのはペース配分」

 ビシリ、と人差し指を向けられた。

「リィの体力と睡眠時間考えないと」

 言われて時計を見れば、すでに十時を回っていた。

「ペース配分って苦手なんだよな……」

 思わず本音が漏れる。

「俺は秋斗さんと蔵元さんに伊達に鍛えられてないからね? あのふたりと一緒に仕事してるとそこだけは確実に鍛えられる」

 そう言った唯がなんだかとても頼もしく見えた。

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