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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
92/110

42~43 Side Yui 01話

 俺のいるここ、秋斗さんの仕事部屋はさっきまでの慌しさから一変し、お茶をのんびり飲みつつ歓談ができる状態になっていた。

「ライブも終わったか……」

 ほんの数分前まで必殺仕事人って感じでパソコンに向かっていた人が残念そうに口にする。

 ま、そりゃ残念なんだろうけれど……。

 リィの出るステージは全部体育館で見るつもりだったのに、緊急事態発生でここに戻ってくる羽目になったわけだから。

 それでも、防御ソフトの改良をしながらパソコンディスプレイに小さくステージの映像を表示させていたことを俺たちは知っている。

「俺、これに専念するから何か問題があれば声かけて」

 秋斗さんは蔵元さんにそう言ってインカムを外し、代わりのイヤホンを耳に装着した。

「これ」ってさ、普通に考えたら「ソフトの改良に集中する」のはずだけど、絶対に違うと思う。

 ただ、リィの歌を聴きたいから外した、の間違いだよね。

 俺は身の安全と給料の安全を考慮して、心の中で突っ込むのみに留めた。

 でも、秋斗さんだけではなく、俺もあんちゃんもみんながパソコンのディスプレイにコンサートの中継を映していた。

 それも一種仕事。司っちと海斗っち、それからリィの警護も兼ねているから。

 そんなこんなで、リィが最後の曲を歌い終わったあとにステージで泣いちゃったのも全部見ていた。

 ステージ以外の部分で何があったかは知らないけど、明らかに何かあったんだろうな、と思えるような、そんなリィを見続けていた。

 一方、司っちは司っちで文句なしに格好いいステージングするわ、カメラ目線バッチリだわ……。

 ありゃ、女の子がきゃーきゃー騒ぐのも無理ないでしょ。

 最後なんて、らしくもなくシャウトしてるチックだったし……。

 強いて言うなら、目力ありすぎてちょっと怖かった。


 リィの心拍は司っちが歌い始めるたびに駆け足を始める。

 それ以外のときでもなんだか不可解な動きを見せてはいたけど……。

 この場の誰もがリィの心拍の異常には気づいていたと思う。けど、誰ひとりとして口にはしなかった。

 危険性のある不整脈でない限りは口出し無用。

 バイタルをモニタリングしている理由を履き違えちゃいけない。

「うっし! ライブ終わったからリィ迎えに行ってくるー! あんちゃんも行くっ?」

「いや、唯は大丈夫でもさすがに俺が行くと浮く」

 苦笑で断られたけど、本当はすぐにでも迎えに行きたかったんじゃないかな。

「美都くんがさ、ステージ終わったら上がらせますって言ってくれたんだ。だから、すぐに連れて戻ってくるよ」

 あんちゃんに言っていると見せかけて、その場のみんなに伝えた。


 地下道をルンルン歩く。

 この暗さがなんともいえず、探検気分を盛り上げてくれる。

 先の方に明かりが見えて、少し歩調を速めた。

 すると、ちょうど昇降機が下りてくるところで、俺は見てはいけないものを見てしまった気がした。

 誰も気に留めてないけど、リィと司っちの手だけがまだつながれたまま。

 リィはあんちゃんの彼女さんと話しているし、司っちは美都くんと話してる。

 ふたりで話しているわけでもないのに手だけがしっかりとつながれていた。

 リィは司っちを選んだか……。

 そう思えるような光景だった。

 昇降機が完全に下がるとふたりの手は離れ、言葉を交わすでもなく次の行動へ移った。

 そんなふたりに違和感を覚え、さらには周りの動きにも微妙な変化が見受けられた。

 おかしい……。男がリィに寄り付かない。

 声をかける男もいなければ、好奇の目を向ける男もいない。

 今までなら「隙あらば」と話しかけにくる男がいたし、近くを通った男が振り返るなり遠くからひっそりと見つめる姿だって簡単に見つけることができたのに。それが全くないって何?

 考えられるとしたら、司っちが牽制したってところだけど……。

 でも、本当にそうなのかな?

 海斗っちならわかる。全校生徒の前で公開告白とか、すごくらしいと思うし。

 でも、司っちに限ってそんな派手なことは奈落でだってやりそうにないんだけど……。

 俺が司っちって人間を誤解してるのかな? 勘違いしてるのかな?

 俺が察するに、牽制するにしても地味に近づくなオーラを放つくらいにしか思えない。

 何さ何さ、いったい何があったのさ。ふたりの関係に進展があったわけ?

 不思議に思いながらリィのもとへ歩み寄る。

 気分的には、ホップステップジャーンプっ!

「リィっ! 迎えに来たよっ!」

 振り返ったリィは驚きの声をあげる。そして、ふわりと笑った。

 俺は単純だからさ、リィがこんなふうに笑える状況なら大丈夫かな、とか思っちゃったわけだ。

 でも、本当は全然大丈夫じゃなかったよね。

 目は真っ赤に充血していたし、細っこい身体にこれでもかってくらいたくさんの想いを抱えてた。

 俺がそれを知るのはもう少しあとのこと。

「美都くん、もう連れて帰っていいんだよね?」

「はい、どうぞ」

 俺に答えたあと、彼はリィに向き直る。

「今日は色々とあったからすごく疲れてるんじゃない? あと一日あるから、今日はもう上がって?」

 彼の王子スマイルにリィは苦笑して、「すみません」と頭を下げた。

 リィは近くにいる人たちにだけ声をかけ、奈落をあとにした。

 その行動に、前ほど無茶はしなくなったかな、なんて思う。

 だって、俺には美都くんが言う「色々」なんて想像もできなかったから。


 リィとふたり地下道を歩いている途中、後ろから足音が聞こえてきて立ち止まる。

 振り返ると、リィと一緒に歌った女の子が息を切らして現れ、びっくりすることを言って去っていった。

 あの秋斗さんが願掛けの代償になっただなんて、にわかに信じがたい。

 でも、どうやらそれは本当らしかった。

 学園祭の準備中、秋斗さんがリィに一切コンタクトを取らなかった、とリィの口からはっきり聞いた。

 会えていないであろうことは知っていたけど、それはリィが学校ではなくマンションで作業をしているからで、メールのやりとりくらいはしていると思ってた。

 あーあ……。そりゃ、今日って日を人一倍楽しみにしていたわけだよね。

 図書棟に戻ると、あんちゃんよりも先に相馬先生が口を開いた。

 立ち上がると蔵元さん級の高さの人が、「お疲れさん」とリィの頭に手を置く。

 それ、あんちゃんの専売特許なんだけどなぁ……。

 思いながら、役をぶんどられたあんちゃんの腰に軽くジャブを入れ「どんまい」と声をかける。

 相馬先生は家に帰ってからのあれこれをリィに話し、

「おら、男ども全員席外せや」

 と、俺たちを部屋の外に締め出した。

 ま、診察か何かで薄着になるからなんだろうけれど……。

 不憫なのはあんちゃんか秋斗さんか――。

 ふたりのちょうど真ん中くらいに立ってしまった自分が恨めしい。

 んー……悩むところだけど、とりあえずはこっちかな?

「秋斗さん、かわいい子に頼まれて願掛け対象になってたんですって?」

 これはあんちゃんも知らない情報だろうから、ちょっとした情報提供にもなるかと思った。

「さっき、こっちに戻ってくるときに女の子が駆けてきて、そんな説明をリィにしてました。びっくりですよ。時間的に会える余裕はないだろうとは思ってましたけど、電話もメールもしてなかったなんて」

「……どっちにしろ、電話で話す時間は取れなかっただろ」

「そうですね。家に帰って来たらまずは寝て、お風呂に入ったら夕飯食べて作業して……。そのあとには予習復習。気づけばあっという間に日付が変わる時間帯。ここのところはずっとそんな毎日だったから、電話なんてする時間はリィにはなかったでしょうけど……」

 なら、メールくらい送れば良かったのに。

 メールのやり取りをしてるのかなんてそうそうバレやしないんだからさ。

 そう思っているのが顔に出たのだろう。

「その件に関しては何も言うつもりないよ」

 そう言ったきり、秋斗さんは貝のように口を閉じた。

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