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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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42~43 Side Tsukasa 01話

 今日一日、ステージがハードだったといえばハードだった。が、それ以上に感情の起伏に疲れた感が否めない。

 翠のことは唯さんが迎えに来る。

 唯さんたちが側にいるのなら何を危惧することもなくなるし、迎えが来るまでは警備員が目を光らせているだろう。

 奈落の一画に佇む警備員を確認し、作業に加わろうとしたそのとき、肩に重力が加わった。

 それは優太の腕。

 絡みつく腕を払いたいと思うのに、そんな動作にすら身体が鉛のように重く感じる。

「お疲れお疲れっ!」

 声は明るいが、やけに同情じみた視線がいただけない。

「重い、離れろ」

「つれないなぁ……せっかく今日の功労者を労わりに来たっていうのに」

「これが労わっているつもりなら、おまえはもう一度語句の意味を調べたほうがいい」

「え? そう?」

 オーバーリアクションをとった割に笑顔すぎ……。

「……俺、賭けに勝ったけど?」

「あはは……はは。ほんっと翠葉ちゃんて強敵な?」

 外されそうになった腕に捻りを加えて掴み、優太の右手首を掴んだまま背後に回って淡々と説いて聞かせる。

「それで? 優太と朝陽はこの賭けの代償に何をしてくれる? 俺にあんな歌を人前で歌わせた挙句、翠を見て歌えとか――この先、軽く見積もっても二十年分くらいのサービスはしてやったつもりだけど?」

「司っ、たんまっ! ちょっ、緩めてっっっ、ギブっ、ギブっ!」

 仕方なく手首を解放してやる。

「で? 何をしてくれるって?」

「えぇとえぇと……なんでもお申し付けください。それはもう、高校卒業するまで下僕にもなりましょうっ!?」

 でかい図体で何を言うかと思えば……。

「残り一年半で足りると思うな。この先二十年は覚悟しておけ」

 そう言って作業へ戻る。

 とはいえ、今日の疲労は身体を使ったからという物理的なものからは程遠く、どうにもこうにも何をする気にもならない。

 気力が残っていないとはこういうことをいうのだろう。

 そんなところに朝陽がやってきた。

「唯さんが迎えに来て翠葉ちゃんは上がった。司も疲れてるんだろ? 今日は上がれよ」

「…………」

 これ、素直に受けていいものか?

「ほら、そんな顔してないで上がれってば。別にこれを賭けの代償になんて思ってないからさ」

 背を押され、「早く行け」と言われた。

「悪い……」


 地下道から図書棟へ戻ると、図書室は暗く人の気配がなかった。

 きっと、翠たちは早々に引き上げたのだろう。

 空気だけがあたたかい図書室に足を踏み入れると、窓際の椅子に手をかけぞんざいに身を預けた。

 背もたれに背を預け、天井を見上げるような姿勢で窓から外を眺める。と、大きな月がぽっかりと浮かんでいた。

 そんな月を横目に、ゆっくりと首をめぐらせストレッチを試みる。

 頭を抱えたくなるような出来事が多かったからか、単純な動作ががひどく気持ちよく感じた。

 何度かそうしていると、等間隔に震える振動が携帯の着信を告げる。

 きっと翠だろう……。

 そう思いながら携帯を取り出しディスプレイに目をやると、俺の携帯からの着信ではなく、唯さんからの着信だった。

 はっきり言って出たくない……。

 こんなにも頭が回らない状態でこの人と話すのは得策とは思えない。

 そうは思うものの、コール音はなかなか途切れない。

 俺は諦めて通話ボタンを押した。

「何……」

 喋ることすら億劫だと思う。

 せっかく出てやったというのに応答がない。

「今、翠の近くにいるんですよね? ……なら、この携帯にかけてくる必要はないと思いますけど?」

 無言電話とか、あんたいくつだよ……。

 疲労のためか、感情のコントロールすら危うい状態だと思った。

 そんなときは相手が誰であろうと関わらないに越したことはない。そう結論付け、

「用がないなら切る」

『――司っちー? 今電話かけてるの俺じゃないから』

 紛れもなく携帯の持ち主、唯さんの声。

 でも、声は遠いし、今かけているのが唯さんじゃないのなら誰が――まさかっ。

『あまりにもキツイ口調で話すもんだから、リィが怖がって話せないことになってるけどー?』

「翠っ!?」

『あ……はい、翠葉です』

 ぬかった……この人、こういう人だった……。

 きっと翠が携帯を変えたまま忘れていたとか言い出して、わざと自分の携帯からかけさせたのだろう。俺が唯さんだと思ってぞんざいな対応をするところまで見越して。

 でも、翠――これ、「携帯」なんだから何か一言くらい話せよ……。

「……今まで何度も言ってきたけど、もう一度だけ言わせてほしい。これ、通信機器だから、話さないと意味を成さないアイテム」

『うん、ごめん……』

 そんな硬い声で話すなよな……。

「俺の携帯なら持って帰ってもらってかまわない。もし、翠がかまうっていうならあとで家に届ける」

 そういえば、今日は家族水入らずで鍋だと言っていたか?

「……ただ、今夜は鍋で家族水入らずらしいから、玄関のドアにでもぶら下げておこうか? 俺のはコンシェルジュにでも預けてくれればいい」

『いい……。ツカサが困らないのなら、このままで……』

「問題ない。因みに、別に俺にかけるのに唯さんの携帯使う必要ないから。むしろ、そっちのほうが紛らわしくて迷惑」

『わかった』

「じゃ、切るから」

 俺は半一方的に通話を切った。

 最後の言葉が翠らしくなかった。それに声の硬さが増した気もする。

 でも、それらを尋ねる気力も何を考える力も残ってはいなかった。


 マンションへ帰るといつものようにコンシェルジュに出迎えられ、兄さんがカフェラウンジで待っていることを伝えられる。

 兄さんの座るテーブルまで行くと笑顔で迎えられた。

「おかえり」

「疲れてるから急ぎじゃないなら明日以降にしてほしいんだけど」

「別に用ってわけじゃないけど、姉さんが急用で出かけたんだ。で、おまえの夕飯、なんでもいいから食べさせろって仰せつかった」

 俺は自分の面倒も見られないガキだと思われているのだろうか。

「疲れてて自炊は無理だろ? ついでに脂っこいものも勘弁って顔」

 そう言って立ち上がり、無理やり俺を座らせた。

「七倉さん、消化のいいものをお願いします。俺にも同じもので」

 兄さんは適当なオーダーをして向かいの席に座った。

「別に今日のステージがどうだったとか、父さんが面白そうな顔をして見ていたとか、母さんが嬉しそうに笑って見てたとか、姉さんがからかいたくて仕方がないって目をしていたとか、そんな話はしないからさ。そう嫌そうな顔をするなよ」

 ……十分言ってると思うけど?

「ほかにじーさんとか静さん、紅子さんや斎さん、そこら辺のあれこれ話し始めるなら、俺、真面目に帰るけど」

 加減なしに睨みつけると、

「わかったわかった、お疲れさん」

 兄さんは苦笑しながら読んでいた本に視線を移した。

「……兄さん」

「何? 聞きたくなった?」

「ならないし……。俺が訊きたいのは別のこと」

「別のこと?」

「……翠の記憶が戻る可能性ってどのくらい?」

「……何かあったのか?」

「すごく些細な記憶を思い出しているみたいだった」

 生徒総会のときの、なんてことのない会話……。

 もしかしたらそれ以外にも何か思い出しているのかもしれない。

「こればかりはなんとも言えない。可能性を数字に換算できない域の問題。このまま少しずつ思い出していくのかもしれないし、ある日突然すべてを思い出すのかもしれない。もしくは、部分的に思い出すだけですべては思い出せないかもしれない。ケースバイケースだよ」

「そう……」

「怖いのか?」

 怖い? 何が……?

 俺が何を怖がる必要がある?

 けど――。

「……怖いものなんて何もない。俺が恐れなくちゃいけない要素なんて何ひとつない」

 そのはずなんだ。

 なのに、何かを恐れているのは確かで――。

「対象」がわからないからこそ不安は大きくなる。

 だから、早く「対象」を明らかにしたい。

「司、夕飯食べたらシャワー浴びて寝ろ。おまえ疲れてるんだよ。今考えたところでまともに考えることはできないだろうし、そんな状態で出した答えなんて当てにならない。まずは休め」

 兄さんに諭され、静かに頷く。

 確かに、今こんな状態で考えたところで論理的な答えを導き出すことはできないだろう。

 兄さんの言うとおり、夕飯を食べたらシャワーを浴びて早めに休むとしよう。紅葉祭はあと一日あるのだから――。

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