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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
88/110

26~41 Side Tsukasa 08話

「ところで、その携帯って翠葉ちゃんのだよね? さすがに中を見るのは良くないんじゃない?」

 朝陽に言われ、厄介なのに気づかれたと思った。

 確かに預かっているものだし普通なら中を見るのは良い行いとは言えないだろう。

「メールチェックとかしてたら引くけど?」

「そんなことするくらいなら本人に直接訊く」

「……だよね? じゃ、何を見てるわけ?」

「……バイタル」

「なるほど。だからずっと見てたんだ」

 朝陽に言われて、今日何度この携帯に視線を落としたかなど数え切れないことに気づく。

「でも、どうやったらバイタルなんて表示されるの? 携帯会社のサービスでは聞いたことないな」

「口外するな」という視線を朝陽に向けると、朝陽は苦笑しながら、

「口を滑らせた瞬間に抹殺されそう」

「翠の左腕にはまっているバングル。あれがバイタル装置になってる」

「あぁ……あれ、そういうものだったんだ? そういえばストールの発案は桃ちゃんのクラスからあがってきたものだったっけ……。外そうにも外せないアイテムを隠すためのものだったわけね。俺はてっきり点滴の痕や体型をカバーするためのものなのかと思ってた。……それにしても、最近の医療機器ってすごいのな? あれ、どうやってもアクセサリーにしか見えないじゃん」

 朝陽がそう言うのもわからなくはない。

 確かにどうやっても医療機器には見えないだろう。

 あれは秋兄が翠のためだけに開発した特注品なのだから。

 俺のできることを……と思いつつ、いつも数歩先を行く秋兄と自分を比べて嫉妬せずにはいられない。

「あ、もしかして――秋斗先生開発の規格外アイテム?」

「そう」

「……で、今それを司が持ってる理由は? ほかの荷物は付き人が持ってるわけでしょ?」

 あまりにも体調はどうなのかと訊きすぎて預けられたとは答えたくない。

 けど、朝陽は「推測」という名の答えを手に訊いているような気がした。

 どうかわすか考えていると、

「ふーん……まぁいいけど。で? 彼女、どうなの?」

「心拍は上がってるが、血圧その他に問題はない」

 そろそろこのままでいるのは限界か――。

 会場のざわめきが徐々に大きくなり、通信を誰に入れるべきか少し悩んでから翠に入れた。

「翠、準備は?」

『準備、整ったよ。茜先輩も大丈夫』

 翠の声から緊張が伝わった。でも、ここは突破してもらわないと困る。

「了解。こっちでカウント出す。四拍を二回。実質三小節目、九拍目から演奏スタート。異論は?」

『ない。それでお願い』

「放送委員、モニター音出して」

 すぐに「了解」の意味で放送委員の手が上がる。

 俺がカウントを口にしようとしたそのとき、「少し待って」と朝陽が制止に入った。

 何をするのか見ていると、朝陽は照明部隊に通信を入れた。

「照明さん、生徒会の美都です。まもなく曲がスタートします。曲はJUJUの『やさしさで溢れるように』。最初は少し暗めからスタートしましょう。AメロからBメロ途中までは茜先輩だけに照明を当てて、Bメロ途中からサビに入るまでに照明を分散。サビと同時にステージ全体を照らすってプランでお願いします。その先は好きに動いてください。これから藤宮がカウントを始めます。九拍目で演奏スタートするのであとはよろしくお願いします」

 現状、一番混乱していたのはここでもミキサールームでもなく会場の照明サイドだったかもしれない。

 事前の曲情報もなければ、そんなステージでのアクシデント。その照明サイドに波に乗るまでの必要最低限のプランを提示。

 朝陽の頭の回転ぶりに自分の口元が緩むのを感じた。

 朝陽の制止が解除され、俺は一定速度で鳴るモニター音に合わせて小さい数から順に四拍を二回数えた。九拍目から演奏がスタートし、朝陽のプランどおりに照明が動き出す。

 波に乗ってしまえば水を得た魚も同然。あとはやりたいように動くだろう。

「あれは完全復活だね」

 モニターを見ながら朝陽が言う。

 その言葉に心の中で「そうだな」と返した。

 もう、それまでの不安定さは微塵も感じさせない。いつもと変わらない茜先輩がステージに立っていた。

 そして、頼まれたはずの椅子はステージ中央にあり、そこに行儀良く座っていたのは一匹の猿だった。


 歌が終われば一際大きな拍手喝采が沸き起こる。

 それは奈落も会場も変わらなかった。

 茜先輩はそれらに丁寧なお辞儀を返す。

 十分な時間をかけても鳴り止みそうにはない拍手に見切りをつけ、ステージと実行委員に昇降機を下げるように伝える。 

 昇降機が下がってきても拍手は鳴り止まない。

 今度は奈落での拍手が再燃する始末だ。

「あとはこっちでどうにかする。ほら、司はスタンバイ入って」

 朝陽に促され中央昇降機に近寄ろうとするも、人垣が邪魔だった。

 そんな中、茜先輩が歩く場所は人が避ける。

 前から真っ直ぐ歩いてきた茜先輩は、

「色々とありがとう。もう、大丈夫」

「なら、アレの返却願えますかね」

 俺がにこりと笑みを浮かべれば、茜先輩は肩を竦めて笑った。

「占領しててごめん」


 昇降機サイドでは、翠と会長、漣が話をしていた。

「私は……何かできたんでしょうか」

「……千里、どうする? あの茜を泣かせた子がこんなこと言ってるけど」

「ほーんと、鈍感でやんなっちゃいますよね。鈍感を相手にするって大変だろうなぁ……。俺にはまず無理」

 途中からは俺に向けられた言葉に思えてならない。

 漣、翠が鈍いのは俺のせいじゃない。

 そんな視線を送ると、実行委員から「上がります!」と声をかけられた。

 これから俺が歌う曲はいきものがかりの「ふたり」。そのあと、ラストに控えているのはドリカムの「何度でも」。

 何がどうして女性ボーカルの曲なんだか、と思っていたが、今は誰かこの状況を読んでいたんじゃないか、と思うような選曲だ。

 俺にこんなふうに思えるだろうか……。

 翠に好きな男がいたとして、その想いが敵わないなら自分が受け止めるなど、そんなこと――。

 体質や少し厄介な思考回路。そのままの翠を受け止める覚悟はある。

 が、ほかの男を想う気持ちごと受け止められるかはその限りではない。

 なぜ悩みを話してもらえない? なぜ俺を避ける?

 手さえ伸ばしてもらえたら、助けを求めてもらえたら、何を躊躇することなくその手を取るのに――。

 せっかく得た俺のポジションを取り上げてくれるな。その場所を俺から奪うな――。

 ……いや、奪われたのなら取り戻すまでか? 自分から手を伸ばし、その手を掴むまでか?

 逡巡しているうちに歌は終わっていた。

 昇降機が下りるとき、佐野姉妹の片割れ――水色のドレスを着たほうに声をかけられた。

「君、迷走中?」

「あ! 確かに! 迷い走るほうのメイソウ中っぽかった!」

 ピンクのドレスを着た女が指を立てる要領で弓を立て、楽しそうに笑った。

 迷走中、ね……。

 言いえて妙だが、的を射ている気がした。


 奈落へ下りると朝陽がすぐに寄ってきて、

「特設観賞スペースへの移動をお願いします」

 かしこまった対応を訝しく思いながらついていくと、翠のいるスペースへ案内された。

 その前にだって人垣はあっただろうに、今はモニターまでの空間には人がひとりも立っていない。

 会場アナウンスが、「モニターに映し出される映像をお楽しみください」と言っていたが、このあとは茜先輩の歌のはず……。

 普通に茜先輩の映像が映し出されるんじゃないのか?

「ほら、司も早くっ!」

 朝陽の声にモニターから視線を前方へ移す。と、翠と視線が合った。

 けれど、それはすぐに逸らされる。

 ……いい加減にしろ。

「そこまであからさまな態度取られるとむかつくんだけど……」

 たぶん、翠はこっちを見ずに答えるのだろう。

 さて、なんて答える?

「ごめん、なんのことかわからない」

「……ずいぶんと性格悪くないか?」

「うん。もともといいほうじゃないの」

 本当になんなんだよっ――。

 問い詰めようとしたとき、曲が始まり意識を殺がれた。

 モニターに映し出された映像に自分が映っている。

 見事に染め上がった夕焼けと俺と翠――。

 やられた……。

 これは間違いなく会計作業で残った日、ふたりで帰ったときのものだ。

 俺は翠といるとき、どれだけ注意力散漫になるのか……。

 モニターに流れる映像を見て、己の未熟さに舌打ちする。

「いやさー、ふたりともなかなか写真撮れるタイミングなくて苦労したよー」

 仕掛け人は会長か……。

「これ撮るのにバズーカレンズのレンタルまでしたし! 写真部も隠密よろしく背徳感いっぱいで隠し撮りがんばったんだから! 司なんてすぐレンズに気づいちゃうから、結局バズーカレンズ使用。翠葉ちゃんはなっかなかひとりの写真が撮れないしさ。すんごい苦労したんだよ? あ、紅葉祭が終わったらDVDも写真もあげるからね!」

 もう、なんの反応もしようがなかった。

 流れている映像を今さら止められるわけもなく、ただ見ているだけ。

 あの日、手をつなぐことが決まっていたわけじゃない。

 たまたま――たまたま翠が躓いて手を差し伸べた。

 あのときはこんな笑顔で素直に手を乗せてくれたのに、今は――。

 モニターから視線を外しすぐそこにいる翠に移すと、大きなその目から涙が溢れていた。

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