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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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26~41 Side Tsukasa 07話

 それからずっと、俺は翠と話す機会を得られずにいた。

 いつだって気がつけば茜先輩が翠の隣にいる。さらには、どうしたって口を挟める雰囲気ではない。

「藤宮、茜先輩の次の曲の音源持ってたりする? もしくは、誰かが持ってるとか音源のありか知ってたりとか……」

「いや……?」

「おっかしいなぁ……。誰も預かってないみたいなんだ。さっきから底をさらう勢いでさがしてるんだけどないんだよね」

 確かに進行表上ではブランクになっていた曲だが、その曲は次だ。

「音源が提出された履歴は?」

「それもないんだ」

「何暢気にかまえてる? おまえの頭は飾り物か?」

 翠に対する苛立ちとは全く別の種類の苛立ちを感じていた。

 綿密に確認を重ねてきている中、チェックにミスがあるとは思えない。これは間違いなく音源が提出されていないということだろう。

 踵を返し茜先輩のもとへ行こうとしたとき、漣に止められた。

「それ、俺が回収してきます」

 漣は俺の返事も聞かずにふたりのもとへ向かい、真っ直ぐ茜先輩を目指した。

 ……あれも一枚噛んでいるのか?

 そんな気がする。

 茜先輩と会長、それから漣――どんなふうに絡み合っているのかはわからないが、確かにそこに関わっている人間の匂いがした。

 少しして漣がCDを手に戻ると、放送委員が困った顔をする。

「ここから流すこともできるんだけど、できれば上のミキサールームから流したかったんだよね」

 音の操作レベルの問題があるのだろう。

 なら、なんでもっと早くに対応しなかった? この場を預かる責任者としての自覚が足りないんじゃないのか。

 そんな視線を投げると、

「先輩、俺が行きます」

 佐野が申し出にCDを預けると、佐野は即座に駆け出した。

 佐野が走ることを注意する人間はいない。この場で一番の俊足を持つ人間に任せるのが最善だからだ。

 不穏な空気には奈落中の人間が気づいていた。そんな中、漣と翠がふたり並び、茜先輩をステージへ送る。

『間に合いましたっっっ』

 息の上がった佐野からの通信に、奈落の人間が沸き立つ。

「佐野くん、まじでありがとう!」

 放送委員が礼を言えば、

『こんなことでお役に立てるならいくらでも!』

 翠に視線を戻すと、翠は佐野の姉ふたりと話をしていた。

 漣だけなら自分がそこへ行くつもりだったが、しばらくはここから見ていようか……。

 双子が楽譜を取り出すと、その片割れがモニターに注意を払う。

 疑問には思ったが、取り立てて何かがあるわけではない。しかし、翠も訝しげな表情でモニターを見上げていた。

 次の瞬間――。

「サザナミくんっ、久先輩どこにいるか知ってるっ!?」

 翠は漣の袖を掴み、普段よりも大きな声で問う。

「俺ならここにいるけど……」

 人ごみの中から出てきた会長も同様にモニターから目を離さない。

 俺には気づかない程度のものだが、確かにステージで何かが起きているのだろう。

 いったい何が起きている……?

「サザナミくん、身体を貸してほしいっ。それから、久先輩も一緒に来てくださいっ」

 なっ!?

 翠はふたりの腕を掴んで会場に上がる階段の方へと引っ張る。

 その行動には緊急を要すような切羽詰ったものがあった。

「翠葉ちゃんっ!?」

 奈落はステージよりもこの場の翠に意識を奪われていた。

 そのくらい、翠の行動は突飛なものだったと思う。

 走るなバカっっっ。

 俺が止めに入る前に腕を掴まれていた会長と漣が止める。

「御園生さん、走っちゃやばいでしょっ!?」

「そんなのどうでもいいからっ」

「「よくないでしょっ!?」」

「だってっ、ステージに久先輩を届けたいっ」

「絶対に引かない」と、翠の目が言っていた。

 何がどうして会長がステージに必要なのかなんて俺には理解しようがない。

 気まずいことになっているふたりをわざわざステージで会わせてどうしたいんだか……。

 が、漣にはわかったようだ。

「わーった。そういうことなら俺が責任もって会長を上に届ける。だから、御園生さんはここにいて」

 漣は会長と会場へ続く階段を駆け上がった。

 取り残された翠はその場にしゃがみこむ。

 ――「何も、できない」。

 翠の唇はそう言葉を紡いだ。

 歩み寄ろうとした瞬間、佐野姉妹に先を越される。

 ふたりは翠の両脇に座り、何か話しているようだった。

 ことの真相を知るのはまだ先になりそうだが、一緒にいるのが男じゃないならいい……。

 モニターに視線を移すと会長が映った。次の瞬間には歌が止まる。

「っ……!? 放送委員、マイクはっ!?」

「問題ありませんっ」

 何が、何がステージで起きている!?

「会場、すべての照明を落とせ」

 通信範囲をインカム所持者全員に切り替え指示を飛ばす。

 同じように奈落のどこかで状況把握に努めているであろう朝陽の指示も聞こえてくる。

『放送委員、オケ止めてつなぎっ。理由はマイクの不調』

 マイクの不調でないことは明らかだ。

 ここから――ここからどうしたらいい?

 会長から連絡が来るのを待つべきか、こちらから尋ねるべきか――。

 いつものふたりならとっとと連絡できるものを……。

 そもそも、いつもどおりならこんなことにはならなかった。

 放送委員の奈落責任者と実行委員長がすぐに集り、このあとをどうするか話し合いが始まろうとしたとき、翠の声がインカムに響いた。

『佐野くんっ、円形ステージの奈落、階段下に来てっ』

 インカムはつけている人間すべてに聞こえる状態になっていた。

 皆が奈落から会場へと続く階段下に目をやる。

 そこには不安そうな翠と、やけに楽しそうに笑うヴァイオリニストふたりがいた。

 何か策があるのか……?

「ゲスト様方、何か考えがあるのかな? それにしても、佐野くんを呼びつけて何するつもりだろう?」

 朝陽が口にした疑問はこの場の皆が思ったことだろう。

 佐野が現れると滅法嫌そうな顔をした。

 その後の姉弟の会話を聞いていれば何をやるのかは想像がついた。

「直ちにフォークソング部と軽音部の召集。それを最優先にバックアップ体制に入れ」

 皆が無言で己にできる場所へと向かう。

 プロにはプロの切り抜け方があるだろう。それをフォローすべく、生徒レベルなりに体制を整える。

 今、俺たちにできることはそれだけ――。


 演奏部隊の選出は佐野姉妹によるものだった。

 最初こそ何人かの手が上がったものの、「自信のない人は手を下ろして」の言葉に二本の腕しか残らなかった。

「君たち楽器は?」

 ふたりはベースとギターと答える。

「んじゃ、決定。基本はモニターの音を基軸にした演奏になる。ぶっつけ本番で合わせも何もできないから、リズムが複雑なところは縦のラインをしっかり意識して」

「あの、ドラムとキーボードは?」

「ドラムは明、あんたが上がりなさい。やれないとか言わせないわよ? それからピアノはお姫様。そのスコア使っていいから」

 翠は自分に振られるとわかっていただろうに、それでも瞠目する。

「おひい様、助けたいでしょ?」

 翠は唇を強く噛みしめた。

「できることはあるのよ。あとは、やるかやらないか」

 諭すように話すが、言っている内容はかなり厳しいものだ。

 自分で決めろ、と言っているのと変わらない。

 手を離すのか伸ばすのか、それは自分が選べることだと言われていた。

「御園生、諦めて……。この人たち言い出したら聞かないから」

「失礼な」

「失礼ね」

 佐野の言い分に反論するふたりは、どこか自分の姉に通じるものがある気がしてならない。

「あの……私、初見は苦手で」

 不安そうに口にした翠に、

「ショパンのエチュードにラフマニノフの嬰ハ短調プレリュードだっけ? そんなのが弾けるんだからなんとかなるわよ」

 少し冷ややかな印象のするほうが答えた。

 ラフマニノフ嬰ハ短調プレリュード――その曲名には覚えがある。

 俺と一緒に市街へ出かけたときに買った楽譜がそんな名前だった。

「さ、上がる準備しよっか!」

 ピンクのドレスを着た女の一言で人の移動が始まる。

「会長、今から演奏部隊が上がります。左昇降機を下げるので気をつけてください」

『助っ人参上? それは嬉しい限り。了解した。俺たちはステージ中央にいるから、右も降ろして大丈夫だよ。でさ、できれば椅子ちょうだい』

 奈落の慌てぶりとは異なる穏やかな声が返ってきた。

 声も穏やかだが対応も穏やかだ。余裕がうかがえる。

 なんとかなる域なのか……?

 ……そうに違いない。そうでなければすぐに会長から指示があったはずだ。

 指示がなかったということは立て直しが可能ということ。

 大丈夫だ、いける――。

「大丈夫そうだね」

 気づけば朝陽が隣にいた。

「あぁ、会長があの調子なら問題ない」

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