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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
82/110

26~41 Side Tsukasa 02話

 赤面していた?

 だからなんだ、と言いたい。

 翠が赤面するのはこの顔に、だ。

 ただ、それだけのこと。

 赤面しただけで俺の気持ちが伝わったとでも思っているようなら、朝陽が翠を理解するのは無理だと言い切れる。

 翠の思考回路はもっと複雑で、もっと理解しがたい変換能力を備えているのだから。

 会場から和太鼓の音がしてくると、翠が階段に姿を見せた。

 俺を見て、少し気まずそうな顔をする。

「インカムにくらい応答しろ」

 つけていなかったことを知っていつつも、「外すな」の意味で口にすると、翠は申し訳なさそう顔で謝罪の言葉を口にした。

「ま、調弦するのにインカムなんてつけてられないよね? 代わりに俺が応えたんだからそう怒るなよ」

 朝陽が預かっていたインカムを翠に返すと、翠はすぐに装着した。

「休憩を取るのに図書棟へ戻るから」

 ほんの短時間、翠が目の届かないところにいただけでイライラしている自分がいる。

 こんなの、どうやって慣れろって言うんだ……。

 無言で第四通路を進むものの、後ろから聞こえてくる足音は少しずつペースが落ちていく。

 持っていた携帯を見るものの、数値に異常は見られない。

 疑問に思っていると声をかけられた。

「ツカサ、どうしても――どうしても図書棟まで戻らないとだめかなっ?」

 もしかして、和太鼓の演舞を聴きたいとか言うんじゃないだろうな……。

「……横になって休んだほうがいいだろ」

 取り合うつもりなく歩みを進めると、

「……でも、これ聴きたい」

 翠にしては珍しい。基本、こういうわがままは言わない。

 言われた記憶があるとしたら、夏休みの花火大会のときくらい。

 まぁ、いくら珍しくても譲るつもりはないけれど……。

 今頃、図書室には相馬さんが待機しているだろう。

 それから、オーダーしておいたサンドイッチや飲み物も届いているはずだ。

「あとで編修されたものがDVDで見れる」

「そうじゃなくて……今、この瞬間に鳴ってる音。振動とセットのがいい」

 本当に珍しい……。

 でも、「珍しい」とそのまま口にするわけにもいかず、

「……わがまま」

「うん……」

「開き直るな……」

 そこで諦めたのか、翠は何も言わずに俯いた。

 左手は、歩きながらもずっと壁に添えられている。それはきっと、会場から伝う振動を感じるため。

 俺は少し考え、深く深くため息をつく。

 俺、間違いなく翠には甘いと思う。

 それを翠はどれほど理解しているのだろうか。

 歩みを止め、手早く唯さんに通信を入れた。

「唯さん」

『蔵元さん、司っちに応答してあげて』

 は……?

 この人にしては珍しく大雑把な言葉が並ぶ。さらには、目上の人間に遣う言葉でもない。

 普段なら敬語を使いそうなものを――。

『司様、唯は手が離せない状況ですので、ご用件をお伺いするのは私でもよろしいでしょうか』

「あぁ、かまいません。ここにいるわがまま姫が第四通路で休憩を取りたいと言いだしたので、お忙しいところ大変恐縮なんですが、手配してもらったものをすべて持ってきていただけますか」

『それは、飲食物のほか、医師と寝具類も、でしょうか?』

「えぇ、布団以外も、です。ここはあくまでも通路で、決して人が寝るための場所ではないのですが、そこで休むとか言い出した、バカ、がいるので……」

 蔵元さんに話すというよりは、すぐそこにいる翠に嫌みを言っているようなものだった。

『かしこまりました。すぐにお持ちいたします』

 通信を切りその場に座ると、俺のすぐ近くに立っている翠を見上げた。

「今、蔵元さんが軽食と飲み物、その他布団など――持ってきてくれるから座れば?」

 翠は「本当にっ!?」といった顔をして、隣にぺたりと座り込む。

 翠は背中全体が壁につくように座り、身体全身に振動を感じているようだった。

 少しすると背を丸め、体育座りしている自分の膝を抱えるようにして目を閉じる。

 きっと、音や振動に意識を集中させているのだろう。

 邪魔はしたくない。けど、訊きたいと思う。

「……本当に音が好きなんだな」

「うん」

 翠が今何を感じているのか、そんなことまで知りたくなる俺は、いったいどこまで知ることができたら満足できるのだろう。

「音からは何が伝わる?」

 俺を不思議そうな顔で見た翠は、ゆっくりと話し始めた。

「……そうだな、色、でしょ? 温度、でしょ? 質感とか、色々……。奏者の感情とか作曲した人が伝えたかった旋律やリズム、本当に色々」

 目をキラキラと輝かせながら答える翠に少し見惚れた。

 奏者の感情、ね……。

 でも、俺の気持ちには気づかないんだろ?

 何かに気づいたとして、「誰か好きな人がいるのだろう」とかその程度。むしろ、それに気づけていたら上出来だ。

 

 通路の先から足音がふたつ。

 姿が見えてから翠がはっとした顔をした。

「ツカサ、もしかして図書棟に戻るのって、私の診察も込みだったっ!?」

 もともと話してはいなかったし、今さら気づいても遅いし……。

 顔を背け、相馬さんと翠の会話を聞いていた。

「ったく、待機してたのによぉ。元気なくせして俺に足を運ばせるとはいい度胸だ」

 あぁ、もっと言ってやってください。

 図書棟にあなたを呼びつけたのは自分ですが、ここまで来させたのは翠ですから。そこのところ間違えないように。

「おら、脈見せろや」

 相馬さんは翠の両手首を取ると目を閉じ、感覚だけに集中する。

 東洋医学での脈診には興味があった。

 それができたら翠の身体の状態をもっと詳しく知ることができる。

 バイタル装置とは別の情報を得ることができるそれに魅力を感じていた。

「ま、悪くはない。ほらよ、エネルギー摂っとけや」

 蔵元さんが持っていたプレートが相馬さん経由で翠に渡される。

 翠はプレートをじっと観察していた。

「全部坊主の手配で図書棟に届いてたもんだ」

 言うだけ言って、相馬さんは来た道を戻っていく。

 余計なことは言わなくてもいいものを……。

 話をこちらに振られそうだったから、振られて困る前に気になっていたことを蔵元さんに尋ねた。

「唯さんがインカムにも応答できない状況ってなんですか。……今日、あの人に出番はないはずじゃ?」

 唯さんはホテル内の仕事のほか、メインコンピューターに携わる仕事と秋兄直下の仕事しかしていないはず。それが、あんなに余裕のない状態というのはごく限られた状況しか浮かばない。

「さすが司様ですね。今、この学園には会長直系の方がたくさんいらっしゃいます。今日、会長がここにいることも一部にリークされていまして、そこまでは想定内だったのですが……」

「ほかに何が?」

 長身の人間をじっと見ると、軽く息を吐き出し姿勢を正した。

「メインコンピューターが攻撃されています。今、本社の人間も駆り出して対応に当たっていますが、唯レベルの人間は秋斗様とふたりですからね。もうしばらくはかかりますが、唯が楽しんでいるようでしたからそう長くはかからないでしょう」

 やっぱり……。

 でも、説明が足りない。

「どの時点で気づいたんですか?」

「そこは信頼していただけると嬉しいのですが……」

 ならば、最初から信用に足る情報のみを口にしろ。

「うちのメインコンピューターの門番は、データの吸出しを許すような甘い人間ではありません。こういった件において、唯の敏捷性は群を抜くものがあります」

「なるほど……。進入された時点で気づけたわけですね」

「はい。こちらのアクセスを遮断される前に手を打っております。情報の吸出しはおろか、改ざんする間も中を盗み見る時間もなかったでしょう。今は侵入者を追い詰め中です。その傍らで、秋斗様は新しい防御ソフトの開発をしていらっしゃいます」

「……秋兄に、仕事が嵩むようなら声をかけるように伝えてください」

「かしこまりました」

 メインコンピューターの中には翠の情報も入っている。それが漏れたら間違いなく命に関わる危険に晒される。

 そうならずに済んで良かった……。

 胸を撫で下ろしたい心境でいると、

「……ツカサって、本当に秋斗さんのところでアルバイトしているのね?」

 俺が脱力したのは言うまでもない――。

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