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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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23~32 Side Asahi 01話

 彼女は茜先輩とのステージを終え奈落へ戻ってきたところ。

 司は茜先輩と翠葉ちゃんがふたりで話すことにひどく抵抗があったようだけど、結果的には良かったみたいだ。

 茜先輩がいつもどおりに見える程度には現状を維持できている。

 でも、会長と話しているところを見ていないから、問題が解決したわけじゃないんだろうな……。

 翠葉ちゃん、君が茜先輩とどんな話をしたかは想像もできない。でも、現時点で唯一茜先輩が縋れる人だということはわかった。

 司が危惧する程度にはヘビーな状況、もしくは内容なのかもしれないけれど、翠葉ちゃんがんばって。

 俺には翠葉ちゃんのように茜先輩の話を聞くことはできないから。君にしか聞けないことだから。

 目の前に助けたい仲間がいたとして、手を差し伸べたところで救えるか――。

 行動と結果がイコールにならないことなんて山ほどある。

 そんなときほど無力感を覚える。そして、「適材適所」という言葉を深く胸に刻むんだ。


 翠葉ちゃんはステージを重ねるごとに疲労の色が濃くなっていく。それと同時に、しだいに表情が曇っていった。

 今度こそ体調的なものじゃないのか、と不安に思うくらいには。

 いつも以上に彼女が気になる俺は、定期的に声をかけに行っていた。

 その間に交わした言葉の数々を思い出すも、なんとも不思議なものばかり。

 たいていの女の子なら司が歌っているのを見て赤面したら、「かっこいい」の一言でも聞けそうなものを、翠葉ちゃんの口からは「反則」だの「こんな歌カメラ目線で歌わないで」だの、そんな言葉しか聞けない。

 とりあえず、「あれも今は必死だからさ」と言葉を添えてみたけれど、それが聞こえていたかは不明。

 途中吹奏楽部顧問から翠葉ちゃんが呼び出され、俺はそれに付き添った。

 どうやらハープの弦が切れたらしく、弦の張替えが必要とのこと。

 しかし、奏者は演奏しかできず楽器のメンテナンスはできないらしい。

 そこで翠葉ちゃんに白羽の矢がたったわけだけど、ハープ奏者の子は司信者というオチがあった。

 俺はジェントルマンらしくハープ奏者の女の子に優しく声をかけていたけれど、実のところは翠葉ちゃんがどう動くのかに興味があった。

 司信者の女の子は彼女にハープを触らせることを拒み、あられもない言葉を吐いた。

 そこで翠葉ちゃんがどうするのか、どんな反応を見せるのか――そこに興味を持った俺は結構ひどい先輩かもしれない。

 だってさ、彼女が呼び出しを受けているところを生で見たことはないし、どんなふうに対応してるのかなんて噂でしか聞いたことがなかったから。

 それを目の前で見られると思えば内心わくわくしたよね。

 実際、目の当たりにして少し驚いた。

 翠葉ちゃんは怯むことなく、たじろぐことなく淡々と対応したのだ。

 こんな対応がいつものことなのかは知らないし、もしかしたらこの紅葉祭準備期間で慣れてしまったのかもしれない。

 そんなことも知る由はないけれど、少なくとも、俺の隣に立つ翠葉ちゃんは毅然としていた。

 翠葉ちゃんの視線が真っ直ぐなのはいつものこと。

 それに意思が宿ると一際輝きを増す目だと思った。

 こんな顔もするのか、と見惚れた瞬間でもある。

 一緒にいる時間が長ければ、こんな表情や目をする翠葉ちゃんを司は見たことがあるのかもしれない。

 俺は、司が翠葉ちゃんの何に惹かれたのかに興味があったから、そんな目で翠葉ちゃんを見ていた。

 そして、そのあとの対応の仕方に度肝抜かれたわけだけど……。

 音楽が絡むとなのか、司が絡むとなのか――どちらとはわからなかったけど、少し格好いいなと思った。

 翠葉ちゃんは俺に弦を探すように言うと、白い紙袋を開けた。その中からはさらに小さな紙袋が出てくる。

 床に出された無数の紙袋から言われたものを探そうとすると、再度ハープ奏者の声が割り込んだ。

 翠葉ちゃんは顔を上げることもなく、目と手は弦の捜索を続けたまま言葉を発した。

 最初に謝辞を述べ心を尽くす。

 本当なら相手の顔を見て言いたかったのだろうけれど、時間がそれを許さない。

 次に、相手に対する問いかけと自分の譲れない部分を提示。

 ちょっとした商談に連れて行きたくなる話し方。

 あくまでも学生らしい言葉であり内容だったけど、もし仕事でこの話術を使えるとしたら優秀な社員になりそう。

 俺はそんなことを頭の片隅で考えていた。

 相手を敵と思って話していないところがいいんだよね……。

 最終的には翠葉ちゃんが弦を張替え、途中からはハープ奏者の子の態度も心ばかり改まった。

 翠葉ちゃんの集中力のすごさは生徒会で見てきたつもりだけれど、それとはまた別次元の集中を見た気がした。

 呼吸、姿勢、指先にまで神経が使われている。

 そんな姿を目の当たりにした。

 生徒会就任式でピアノを演奏していた翠葉ちゃんとは別人。

 ハープという楽器に触れている彼女を見るのは初めてだけど、この華奢な身体のどこにそんな力があるのか、と思うような力でハープの調弦を進めていく。

 それを見ていた佐野くんのお姉さんたちが、「いい指導者についたのね」と呟いたのが聞こえた。

 俺は――そうだな……正直に言うなら、そんな彼女に見惚れていた。


 奈落の一部に普段は見ない顔を見つける。

 二学年下の飛翔だった。

 翠葉ちゃんが若干フリーズ気味なのは慣れていないからなのか、瞬時に苦手と判断されたのか、どっちかな。

 少し離れた場所にいる司に視線を移せば、すでに司はその状況を察知していた。

 司が動く。それに、翠葉ちゃんの周りにいつものメンバーがいるなら問題ないだろう。

 そんな確認を目視で済ませ、放送委員に渡されたプリントに目を通す。

 しばらくして司の歌が始まると、俺は自然と翠葉ちゃんを探していた。

「……ふむ、これは癖になったかな」

 少し口元が緩む。

 佐野くんとふたりでモニターから少し離れた場所にいるのを見つけると、俺はそこに足を向けた。

 まるで通りすがりのように通過しかけて彼女の前で止まる。

「翠葉ちゃん? また眉間にしわ寄ってるけど、どうかした?」

「なんでも、ない、です」

 明らかに無理して添えた笑みだった。

「……なんでもないって顔をしてないから見逃してあげない。ほら、言ってごらん? ほかの人には黙っていてあげるから。なんなら彼、佐野くんも追い払おうか?」

 体調不良なら湊先生に連絡させてもらうけど――。

 彼女は少し俯いてからポツリポツリと話し始めた。

 彼女の手元にはさっき渡した司の歌詞カードが握られている。

「私が歌う曲も恋愛を歌うものが多いみたいだけれど、ツカサの歌もそうなんですね……」

 え? これ、さっきまで「恋愛の歌ですか?」とか訊いていた子がする質問? もしかして、当たりが来た?

 浮き立つ心を抑え、俺はゆっくりと答える。

「そうだね、全部が告白ソングみたいなものだし、はもる部分も全部別録りしてツカサの声になってる。そこまで徹底するくらいにはがんばってると思うよ」

 選曲したのは司じゃない。でも、はもりの部分をどうするかという話になったとき、「全パート自分で歌いたいから別録りで」と言った会長に賛同したのは司自身。

 翠葉ちゃんに意識を戻すと目が潤んで見えた。

 そして、さらなる質問、という名の爆弾が投下される。

「こんなふうに想われている人が羨ましいと思うのは、おかしいですか?」

 真剣すぎるほどの眼差しと、放たれた言葉のすべてが痛すぎた。

 思わず絶句してしまった俺がおかしいわけじゃないと思いたい。

「朝陽先輩?」

 聞こえてる……。聞こえているし、目の前で振られている手も見えてはいるんだけど――。

 なんていうか、再起動に時間をいただけないでしょうか……。

「佐野くん、朝陽先輩がね――」

 佐野くんの方を振り向いた彼女は、

「あ、れ? 佐野くん?」

 辺りをきょろきょろと見回す。

 俺には見えてたよ。ちゃーんと。視界の端で彼が真下にフレームアウトするのをね。

 佐野くん、つまり、君も俺と同じ心境と思ってもいいかな?

 翠葉ちゃんは足元のクラスメイトに気づくと懸命に声をかける。

「えっ、佐野くん、具合悪いっ? 大丈夫っ!?」

 いや……それ、すごい見当違いだから、と思いつつ、自分もその場にしゃがみこむ。

「朝陽先輩、佐野くんがっ――……って、どうして朝陽先輩も座っちゃったのかな」

 訊かれてなんて答えようか考えた。

 けど、まともな言葉は出てこない。

「いやね、ちょっと……」

 なんて言葉を濁してみたけれど、どうにも歯切れが悪い。

 佐野くんと目が合えば、互いに苦笑いの境地。

 状況が呑み込めない彼女に、

「あぁ……とりあえず、御園生は歌のスタンバイに入ろうか。なんか、七倉がすごい剣幕で探してる気がするし……」

「うんうん、そうだよね……。まず、翠葉ちゃんは歌を歌わなくちゃね」

 佐野くんに便乗して言葉を発し、ふたりよっこらせと立ち上がる。

 まだ座ったままの彼女に手を差し伸べたのは佐野くん。

 俺はきょとんとしている翠葉ちゃん相手にどう対応したらいいのかわからなかった。

 ふたりを見送りながら思う。

「俺、もう少し耐性をつけるべき……?」

 この場合、何耐性って言うのかな……。


 翠葉ちゃんを昇降機へ送り届けた佐野くんが、俺を目がけてすごい勢いで戻ってくる。

「美都先輩っ」

「お疲れさん……」

 心からの言葉をかけると、

「ちょっと聞いてくださいよっ!」

 佐野くんに袖を引っ張られ人気の少ないところへ移動すると、翠葉ちゃんと話した会話のあらましを教えてくれた。

「御園生が強敵なのは知っていましたがここまでとは……」

 肩を落とす彼の気持ちがわからなくもない。

 そうですかそうですか……。

「好きな人誰かな」って司本人に尋ねてましたか……。

 それで司はあんな状態になっているわけですか、そうでしたか……。

 自分からは乾いた笑いしか出てこなかった。

「いやぁ……心から天然記念物に推奨したいよ」

 その言葉に佐野くんが力強く頷いた。

「仕舞いには、藤宮先輩とすれ違い様に言い合いですよ……。藤宮先輩も藤宮先輩だけど、御園生も御園生っていうか……。これ、どう収束するんでしょう」

 悩ましい顔で唸る佐野くんに、

「あのふたりってわけのわからないことで言い合いになるよね? なんでそこでケンカになるの? っていうようなことでさ」

 そんな会話をしているところ、インカムから翠葉ちゃんの声が聞こえてきた。

『ツカサっ』

 声を聞いただけで切羽詰まっている感じというか、不安そうなのが感じ取れた。

 そんなときに呼ぶのは桃ちゃんでもほかの生徒会メンバーでもなく司なわけで……。

 その行動原理を――翠葉ちゃん、君はわかっているのかな。

 司は昇降機下からモニターが見える位置まで移動して彼女の名を呼ぶ。

『お願いっ、十、数えてほしい』

 俺たちには「十」という数にどんな意味があるのかはわからない。でも、司にはわかるのだろう。

 司は了承の旨を伝え、静かに数を数え始めた。

 十を数え終わると再び彼女の名を口にする。

『……大丈夫。ありがとう』

 彼女がステージ上で顔を上げるとそれを合図にしたかのように演奏が始まり、それまでのステージと変わらず、落ち着いて歌を歌い始めた。

 翠葉ちゃん……今、なんでそんなに司のことが気になっているのかな?

 司の好きな人が誰かを知る前に、君の心に居座るものの正体を知ったほうがいいと思うんだけど……。

 こういうの、どう誘導したらいいのか悩む。

 この子が相手じゃなければ、躊躇することなく「君の心には誰がいるの?」と問いかけられるのに、彼女が相手だと、どうしてかそれすら躊躇われる。

 気づかせてあげたい気持ちと、自分で気づいてほしい気持ちが競り合う。

 嵐や優太があの場にいたら、なんて言葉をかけたかな。

 少しだけ、賭けがどうでもよく思えてきた。

 もともと、賭けがどうこう以前にうまくいってほしいと思っていたわけで、今この子を焦らせるのは何か違う気がする。

 司はそういうのもひっくるめて見守りたいってことだったのかな。

 秋斗先生はどうなんだろう……。

 二学期に入ってから、司と秋斗先生の関係に釈然としないものを感じていた。

 きっと翠葉ちゃん絡みなんだろうけれど……。

 そんなことを考える傍ら、俺は心の中で優太にごめんと手を合わせる。

 俺、この賭けここで手を引く。

 介入するよりも見守りたい。

 あの子が泣いていたら手を差し伸べられる人間でいたいかも……。

 それは男としてではなく、一先輩として――。

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