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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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16~17 Side Akito 02話

 好きな子の声が歌声となって耳に届く。

 それはなんだかとても不思議な感じだった。

 マイクを通した声は初めて聞くな……。

 そんなことを考えているうちに、まるで現実世界ではないところを浮遊しているような感覚に陥る。

 けれども、そんな時間は永遠には続かず、あっという間に終わってしまうんだ。

「あーあ、終わっちゃった。あの子の声、初めて聞いたわ。きれいなのは容姿だけじゃないのね?」

 なっちゃん先生は名残惜しそうに感想を述べる。

 意識をステージに戻すと、スクエアステージで司たちの準備が整い演奏が始まった。

 その司を見て、

「司くん……彼、変わったわね。今も変わらずかわいげないけど、昔よりはまし。あんなところに立って、歌を歌っちゃうくらいにはね」

「そうですね……」

 司が変わったのは、間違いなく翠葉ちゃんと出逢ったからだろう。

 もう一度彼女に視線を戻すと、彼女は司に釘付けになっていた。

 なっちゃん先生もそのことに気づいたらしい。

「あら、これは堪える?」

「堪える、というよりは、想定の範囲内、ですかね」

 彼女が司に惹かれるのは何度目だろう。

 俺がそんな彼女を目の当たりにするのは、これで何度目になるだろうか。

「なんか……本当にらしくないわよ? 余裕綽々のふてぶてしさが足りない気がするわ。どうしちゃったの?」

 心配そうに顔を覗き込まれた。

 この人になら話せるだろうか。

「……なっちゃん先生、今、恋愛駆け込み寺の扉は?」

 彼女は少し意外そうな顔をして、「いつでも開いているわ」と答えた。


 桜林館の天井近い位置にあるここは、昔話やこれまでのことを話す場所に相応しいとは言えない。が、とても話しやすい環境だった。

 まず、手に取るように人の動きが見えること。

 インカムには逐一報告が入ってくるものの、俺が返事を要すものは今のところない。

 そして、この大音量ともいえる音のもとならば、誰に聞かれることもないからだ。

 なっちゃん先生と俺はとくに親しい付き合いをしてきたわけではないし、今だって会えば軽く挨拶をする程度。

 ただ、高校三年生のときに一度だけ――なっちゃん先生の旦那さんも交えて長時間話をしたことがあった。




『藤宮秋斗くん、至急、保健室まで来るように』

 俺を呼び出した教師は保健室の住民、養護教諭だった。

 普段の生活で接点がある人間ではない。

「秋斗先輩が呼び出されるなんて珍しいですね? 何かやらかしました?」

 生徒会の集まりで一緒にいた蒼樹は不思議そうに尋ねてきた。

「何かな? とくに呼び出されるような所業をした記憶はないんだけど」

 この人が現れるまで、俺を呼び出す教師などいなかった。

 たいていは、呼びつけるのではなく用件を言いに教師自ら出向いてくる。

「あとはやっておきますから、明日の朝にでも確認してください」

 手にしていたプリントを蒼樹に奪われ、俺は図書室を出て保健室へ向かった。

 軽くノックをして中に入れば、見知らぬ男が養護教諭のすぐ近くにあるデスクに身を預け立っていた。

「何かご用でしょうか?」

 女はこめかみのあたりを引くつかせ、

「何か、じゃないわよっ。何よこれっ」

 この女、何を言ってるんだ?

 そうは思いったが、顔にも声にも出しはしない。

「なんの話ですか?」

 その男は何者だ、と多少警戒したものの、紺のスーツを着た男から鋭い気は感じられない。

 むしろ、口元や目元から好奇心のようなものがうかがえた。

 その男より目の前の養護教諭のほうが感情をむき出しにしている。

 少しして、その男と女がペアリングをしていることに気づいた。

「これ、秋斗くんでしょう?」

 見せられたデジカメのディスプレイには確かに俺が映っていた。

 先日寝た女と共に。

「それで……? それを材料に脅迫でもするつもりですか? あぁ……データがそれだけとは思いがたいですね。ほかにプリントアウトしたものとバックアップデータが取ってある?」

 別に慌てはしなかった。

 もみ消そうと思えばいくらでもやりようはある。

 それでも、学内の人間や教師にばれないよう、また親戚連中や面が割れている人間に知られないように藤倉からは適度に離れた場所で女漁りをしていた。

 呼び出され、こんな話をされたところで運が悪かったな、くらいにしか思わなかった。

「ちょっと、何言ってるの?」

 男子生徒が騒ぐだけのことはある。

 見目良い女は、よりいっそう口調を強め顔をしかめた。

「はいはい。なっちゃん、当初とちょっと違う方向へ行ってるからね。まずはこの部屋の鍵閉めるんじゃなかった?」

「あ、そうだった……」

 女は席を立ち、ドアの鍵を閉めて戻ってくる。

 再度俺の前に立ったときには、低いところから俺を射るような目で見てきた。

 眼差しが強いとは思うものの、祖父のそれとは比べるまでもない。

「脅したりしないわよ。なんで生徒を相手に脅迫しなくちゃいけないのよ。だいたいにしてね、人を貶めてお金を無心するほどお金には困っていないの」

 どうやら、この女は真面目に俺を生徒として扱い、怒っているらしい。

 俺は怒られていることはどうでもよく、はたまた撮られた写真もどうでもよく、自分を子ども扱いするこの奇妙な生き物に興味がわいた。

 少し相手をするのも楽しいかもしれない。

「先生は珍しい方ですね」

 俺の中では珍獣決定だ。

「俺のことを生徒だと思っている教師がこの学園内にいるとは思ってもみませんでした」

 あぁ、そうか――この女は新任教師だ。

「はあああっ!? 何バカなこと言ってるのよっ。制服着てるんだから生徒に決まってるじゃないっ。それに、こんなの絶対に本気じゃないでしょっ!?」

 デジカメを再度見せられそう言われた。

 わかってないな……。

 制服を着ている着ていないの問題ではなく、ここにいる教師たちは俺のことを藤宮財閥の次々会長候補としか見ていない。

 一族の人間もそうでない人間も――。

 俺にはそれ以外のものなど用意されていない。最初からそれ以外の枠など存在しない。

 この女もじきにその空気に染まるのだろう。

「それ……その人がもし俺の本命だったらどうするんですか?」

 単なる話のつなぎとして訊いてみた。

 すると、女の代わりに男が答える。

「それはないな」

「……藤宮秋斗と申します。あなたは?」

玉紀佳範たまきよしのり。なっちゃんの夫」

 そう言って、女を愛しそうに抱きしめ自身の腕の中に閉じ込めた。

「玉ちゃんは黙っててっ」

 その腕からもがき出た女は噛み付く勢いで男に食って掛かり、男は慣れているのか、そんな彼女を再度腕に閉じ込める。

「俺もちょっとこの子と話してみたいんだけどダメ?」

「私、仕事中っ」

「でも、それは俺のデジカメなんだけど」

「……ちょっとの間貸しておいてよぅ」

「因みに、それを撮り続けたのも俺なんだが?」

「むぅ……わかったわよ」

 どうしたことか、この女は生徒の前と旦那の前では若干態度が異なるようだ。

 これが惚れた弱みというものなのか……。

 ふたりを観察していると、今度は男が話しだす。

「これ、俺が三ヶ月かけて撮り溜めたものなんだよね」

 男は女からデジカメを取り上げると、いくつかのデータを俺に見せた。

「そこに写っているのは全部君。で、相手の女性は全員違う。君もそこそこ大人びて見えるけど、写っている女性たちはどう見ても成人している」

 面倒な人間に捕まったか、と思い始めていた。

 困ったわけではなく、面倒くさい、という部類。

「暇なんですね」

 笑みを添えて答えると、

「勘違いされたら困るな。君と俺はどうやら縁があるらしい。俺は君を尾行していたわけではない。たまたま仕事の営業先が撮影現場の近くだったというだけ。君は目を引くからね。何度か見かければ顔も覚える。そしたら奥さんが学校から持ち帰ってきた写真に君が写ってるじゃないか。だから、なんとなく写真におさめて奥さんに教えてあげただけ。過去三か月分のデータとしてね」

 男からは鋭い気配は感じなかったものの、今になって食えない人間に変わった。

「場所はいつも違う。藤倉を中心に四方に散らばっている。だいたい、電車で一時間から一時間半圏内ってところかな? 君、相当運が悪いんじゃない?」

 にこにこと話す男に、

「えぇ、そのようですね」

 俺も笑顔を返した。

「なぁ、これ、本当に藤宮の生徒?」

 夫と名乗ったその男は、俺を指差し妻に向き直る。

「玉ちゃん、人を指差しちゃダメっ。それに、秋斗くんはこの学園の歴とした生徒っ」

 そう断言した。

「ふーん、ずいぶんとかわいげのない子どもだな」

 どうやらそれが俺の第一印象になったようだ。続けて、

「俺、藤宮姓の人間に初めて会ったわ」

 まるで、育ちを疑う、とでも言いたそうな訝しげな目を向けられる。

 俺は笑いが止まらなくなった。

「何笑ってるのよっ」

 女が噛み付く。

 そりゃ、笑いたくもなる。

 生まれてこのかた、子ども扱いをされたことなどほとんどない。

 そんな胡散臭そうな視線を向けられたことも、一度たりともない。

 幼い頃から藤宮グループの後継者として育てられてきた。

 幼少の頃はそれなりに「子ども扱い」をされたこともあるが、自分に扱いきれないと思えば途端に手の平を返し、「媚び諂う」人間ばかりだった。

 俺を子ども扱いしようとする人間をほかの人間が「無駄だ」と嘲笑えば、その連鎖反応で子ども扱いされることはなくなった。

 笑えるだろ? たかだか初等部に上がったばかりの子どもに媚を売る大人たちなど……。

「この年になって子ども扱いをされるとは思ってもみませんでした。もっとも、子ども扱いされたことが少ないので、勝手がわからないのですが……。それで? 先生は俺にどうしろと?」

 ――これが、俺とこの夫妻が初めて会話をした日であり、大人の中にはまともな人間もいるのだと知った日の出来事だった。

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