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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
7/110

07話

 準備が整った教室にクラスメイト全員が揃う。

 紅葉祭がスタートすればこの顔が全部揃うのは難しい。

「じゃ、まずは記念撮影とまいりましょうか!」

 空太くんの提案に、海斗くんがすぐに動く。

 廊下に顔を出し、ちょうどそこを通り過ぎた人を捕まえた。

「聖司! 悪いんだけど写真撮って!」

「おぉ?」

 その人は教室をざっと見回すと、私に目を留めた。

「姫っ! 何その格好っ、超かわいい! 海斗、ツーショット写真撮ってよ!」

「聖司、落ち着け……。おまえはとりあえずうちのクラスの集合写真を撮れ」

 空太くんがその人の肩に手を置き諭すのも聞かず、「セイジ」と呼ばれた人は私に向かって足を繰り出す。

 私は近づかれるたびに一歩ずつ後退。

 格好も格好だから、誰かの後ろに隠れたくなる。

 裾をきゅっと掴んで下を向くと、数歩離れたところから、

「逃げなくてもいーじゃん」

 ちょっと不機嫌そうな声で言われた。

 そのすぐあと、その人は肩越しに空太くんを振り返り、

「意味わかった」

「でしょ? だから、あまり無茶しないでほしいんだけど」

 空太くんが私とその人の間に入ると、壁が一枚できたみたいな安心感があった。

 胸を撫で下ろす私を見たクラスメイトは、私の肩に手をかけたり、頭をポンポンと叩きながらくつくつと笑いだす。

「いい傾向いい傾向」

「っていうか、俺ら今すんごい優越感でいっぱいだし」

 男子が口々に言う。

「……どうして?」

 尋ねてみたけれど、誰も詳しい説明はしてくれない。

 苦笑を貼り付けた空太くんが、

「翠葉ちゃんはそれでいいと思うよ。クラス以外の人間にはそのうち慣れればいい」

「じゃ、撮るよー!」

 セイジと呼ばれた人は海斗くんからデジカメを受け取り、最初に一言だけ掛け声を発した。

 そのあとは何も掛け声なしでシャッターを何枚か切る。

 カメラを向けられるのは苦手だけど、掛け声がないと意外と大丈夫かもしれないと思った。

「姫、またね!」

 写真を撮ってくれた人は、片手を上げてクラスを出ていった。

「あいつ、テニス部の進藤聖司しんどうせいじ。入学当初から翠葉ちゃんのことかわいいかわいいって騒いでる人間」

 空太くんの説明にどう反応しようか考えていると海斗くんが会話に加わる。

「悪いやつじゃないよ。ノリ的には千里と似た感じ」

「……サザナミくんと同じ?」

 しばし回想。サザナミくんと出逢った頃のことを思い出す。

 名前が覚えられない、顔が覚えられない。ついでに、側に来られるのが苦手だった。

 でも今は――?

 今は大丈夫。苦手じゃないし普通に話せる。けど――。

「時間はかかるかも……」

 情けない声を漏らすと、桃華さんに軽く小突かれた。

「それが翠葉でしょ? 翠葉の手に負えない人間くらい私がどうにかしてあげるわよ」

 すごく頼もしい言葉だけど、それではまた守られてしまう……。

「簾条、あまり過保護なのはどうかと思う。御園生、慣れだよ、慣れ。今は知らないやつに挨拶されても意外と普通に返せてるじゃん」

 佐野くんに言われて、「そういえば」と思う。

 さらには、すっかりと忘れていることを思い出した。

「佐野くん、蒼兄からプレゼント預かっているの」

 出がけに渡された手提げ袋から自分の分を取り出し手提げ袋ごと渡すと、佐野くんは感涙するほどに喜んでくれた。

 この場にいるクラスメイトは蒼兄と佐野くんの関係を知らない。

 たいそう不思議そうな顔をしているクラスメイトに、

「御園生蒼樹さんって、俺の憧れのスプリンターなんだっ!」

 佐野くんが蒼兄の話を始めると長い……。

 クラスメイトは饒舌に語る佐野くんを物珍しそうに見ていて、その隣にいた私は嬉しいやら恥ずかしいやら、奇妙な気分だった。

 でも、「憧れの人」と胸を張って自分の兄を慕われるのはとても嬉しい。

 こんなことがなくても自慢の兄だけれど、こんなふうに話してくれる人がいるともっと誇らしい気持ちになる。

 こういうのを優越感っていうのかな?

 新しい感情に名前をつけては佐野くんに追加情報を促す。

「佐野くん、蒼兄はたぶん朝一でうちのクラスに来るよ」

「マジでっ!?」

 そう言ったあとはしばらくフリーズしていて、そのあとは忙しなく動きだす。

 どちらかというと、落ち着いた人に分類される佐野くんの、こんな姿はちょっと新鮮。

 そんな佐野くんを香乃子ちゃんがにこにこと見ていて、そんな光景も微笑ましく思えた。


 あと十分もしたら紅葉祭がスタートする、そんなときだった。

「翠葉、ちょっといい?」

「え?」

 ペットボトルの蓋にこめた力を緩めると、海斗くんがクラスメイトに向き直り、

「みんな悪い。数分でいいからバックヤード使わせて」

 海斗くんはみんなの返事も聞かずに私の手を取り、バックヤードへと移動を始めた。

 バックヤードに残っていた数人にも、「ちょっと悪い」と外に出てもらう。

 いつもは人の目を見て話す海斗くんが、誰とも視線を合わせずに取った行動は明らかにおかしい。

 朝、インカムの使い方を説明したときから何かおかしいとは思っていたけれど、それが露になった感じだ。

「海斗くん……?」

「安心して? 告白とかじゃないから」

 笑って言うけど……なんで笑うのかな。本当は……心は笑っていないのでしょう?

 そういう笑顔は見ているとつらくなる……。

「……教室に入ってきたときから何か変だったよね?」

 思い切って訊いてみた。

「……本当に、俺は繕うのが下手だよなぁ」

 海斗くんは頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

 いつもは見上げる人の頭が、今は私より低い位置にある。

 なんだか変な感じ……。

 そう思ったら自分も同じようにしゃがみこんでいた。

「何かあった?」

 頭を抱えて俯いている海斗くんに声をかけると、今度は繕った笑顔ではなく、苦く歪んだ表情だった。

「翠葉、悪い……。うちの一族に巻き込むことになる」

「……え?」

「正確には、もうとっくのとうに巻き込んでた」

 口を真一文字に引き結び、じっと見つめられる。

 真面目な話だということはわかるのに、なんのことなのかはさっぱりわからない。

「翠葉が俺たち藤宮とつながりが強いのは、傍から見て明らかだ。それはつまり、標的になりやすいってことなんだ」

 藤宮とつながりが強い人は標的になる……? な、に……? なんのこと?

「幼稚部から一緒なわけでもなく、高等部からの入学でこれだけ藤宮の人間と深く関わっている人間ともなると、狙われかねない。普段の校内ならまだしも、外部から人が入ってくるとなると話は別」

 もともと座ってはいたものの、気づけば床にお尻をついていた。そして、自分の身体を支えるように、両腕を身体の後方へつく。

 なんのことかもわからないまま話を進められることに危機感を覚え、

「海斗くん、何? なんの話?」

 海斗くんはす、と息を吸い込んでから口を開いた。

「ごめんな。俺たちと関わっていると身の危険に晒される可能性がある」

 私はゴクリ、と唾を飲みこんだ。

「薬物と外から持ち込まれた飲食物――それだけは警備ではじけない。だから――」

 海斗くんは私に合わせていた視線を逸らし、「それ」とさっき飲もうとしてやめたミネラルウォーターを指差した。

「開封済みのペットボトルや食べ物。一度でも自分が目を離したものは口にしないでほしい」

「っ……」

「本当にごめん……。薬物入れられてたら洒落にならないから。今日は色んなところで飲食物を出してるけど、俺か司が調達したもの以外は口にしないでほしい。もしくは湊ちゃんか秋兄。ほかからはもらわないで。もし、もらったとしても口にはしないでほしい。それを人にあげることも禁止」

 続けざまに話すけど、それに心が伴っていないことはすぐにわかった。

 このまま話し続けたら海斗くんが壊れてしまう気がして、慌てて口を挟む。

「海斗くんっ」

「本当にごめん――」

 違う、謝ってほしいわけじゃない。そうじゃない――。

「海斗くん……」

 海斗くんは俯いてしまった。

 私、遮るの遅かった……。もう少し手前で気づけたらよかったのに。

 ごめんね、すぐに気づけなくて。桃華さんやツカサみたいに機転が利かなくてごめんね。

 私、頭の回転はあまりいいほうじゃないの。だから、少し私のペースに合わせて話してもらってもいいかな?

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