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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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12 Side Kaito 01話

 昼食を摂ったあと、しばらくして「トイレ」という理由で図書室を抜け出した。

 携帯を取り出し秋兄にかける。

 インカムでも話せるけど、俺と話している間は業務用の連絡もシャットアウトされてしまうため、秋兄への連絡は極力携帯にする。

『どうした?』

「仕事の依頼……」

『……こういうの初めてだな』

「そうだね……」

 俺は未だかつてこんな依頼をしたことがない。

 したくないからしなかった。

 でも、したくなくてもこれからは必要になる。

「今まで、司はこういう話をしたことあった?」

『いや――司は海斗みたいに人と付き合うってことすらしてきていないからな。その必要がなかった』

「あぁ、そっか……。そうだね。今まで、司の周りにこんなに人がいることなかったし」

 みんなで物珍しがっていたのに、どうして――なんで気づけなかったのか、今となってはそっちのほうが不思議でならない。

「あのさ、翠葉の口にするもの――ライブが始まったら俺と司だけじゃフォローしきれない。警備員がいるけど、できる限り接触させたくない」

 俺と司がそこから飲み物を補給するのはいつものことだけど、翠葉がそれに加わることはほかの生徒が違和感を覚えるだろう。

 違和感を覚えるどころか、不必要に興味を持たれる。

「関心」「好奇心」といった人の感情で、翠葉が傷つくところは見たくなかった。

「ライブ中、翠葉にはうちのクラスの空太と七倉がつくことになっている」

 本当はこんなことしたくない。でも、やる――。

「ふたりの調査、よろしく。……問題がなければ、ふたりに翠葉の口にするものの管理全般をお願いしようと思う」

『わかった』

 こんなことはすぐに調べがつくだろう。

 携帯は切らずに秋兄側から聞こえるタイピングの音を聞きつつ、沈黙の間に罪悪感をひしひしと感じていた。

 クラスの人間を――友達を疑うなんてしたくない。

 それでも、念には念を――。

 俺はこれから何度でもこういうことをしていくんだろうな。

 会社に入ればその規模が広がる程度で、こういったことが仕事になる。

『現時点では海斗のクラスに要注意人物はいない。近しい親戚関連まで見たが、とくに注意が必要な因子はない』

 っ……この短時間にそこまで調べてくれたのかっ!?

『こんなことに慣れなくていいし染まらなくていい』

「……秋兄、すんごい甘えを言ってもいい?」

『いいよ』

「許可が欲しい」

『海斗、言葉が違う。「許可」だと、俺がおまえに請われたことになる。この場合は「許可」ではなく「命令」だ。俺が命令を下す。高崎空太と七倉香乃子の両名に御園生翠葉の飲食物管理を徹底するように話してくれ。内容を話すにあたり、どこまで話すかは海斗に任せる』

「……ありがと」

『俺はこんなことくらいしかしてやれない』

 通話はすぐに切られた。

 それ以上に話すことも、必要もなかったから。

 俺が動かなくてもこのくらいのことは司か秋兄が動いただろう。

 ただ、その場合、間違いなく警備の人間を使ったはず……。

 秋兄、逆を言えばさ……俺はこういうふうにしか動けないんだ。

 俺はまだまだ弱い。

 こんなことを自分の意思ではなく、人に任せてしまうあたりがとても弱い。

 でも、弱いままでもいられない。

 俺も決めたから。

 自分の枠に人を入れると、決めたから――。

 大切な人は自分で守る。

 けど、自分の力だけで守れるほど俺は大人じゃない。

 だから、使えるものはなんでも使う。

 そうは思っていても使い方がまだまだ甘い。

 それは俺に潔さが足りないせい。

 俺がこんなふうに一クッションおいたとしても、本当はもう翠葉は被害に遭っている。

 すでに、藤宮と親しい人間という意味合いで学園の生徒から見られてしまっている。

 今さらこんな一クッションを置いたところでなんの意味もなさない。

 それでも、俺は翠葉を気遣うような方法を取って、自分を擁護するんだ。

「……ほとほと嫌になる」


 リダイヤルを呼び出し空太にかけようとしたら、前方から空太が走ってきた。

「海斗、何さぼってんだよ」

 息を弾ませた空太に言われる。

 手にはブランド物のバッグを持っていた。

「事務室?」

「そう。案内所で一時預かりするのには高価すぎるから。ま、たぶん中にはチケットの半券が入っているだろうから、すぐに持ち主に返せるとは思うんだけどね」

 そう言うと、図書棟の一階へ続く階段に進行方向を変える。

「俺も付き合う」

 空太の隣に並ぶと、

「だからさ、おまえ仕事は?」

「トイレって行って出てきてる。色々用があってさ」

「じゃ、その用を済ませて早く戻れよ」

「うん、そうなんだけど……今、その用事の真っ最中なんだ」

「は?」

「俺は空太に用があんの」

「……何さ」

「午後、ライブステージのとき、七倉と空太が翠葉につくじゃん?」

「うん」

 それがなんだ、と言いたそうな顔。

「そのとき、翠葉が口にするものはすべて封を切ってないものにしてほしいんだ。空太と七倉が目を離したものはすべて処分。新しいものの調達先はステージ下に常駐している藤宮警備」

 空太が急いでいた足を止め、あたりを見回す。

 校内やテラスは人がごった返しているものの、図書棟脇のこの階段を使う人間は極めて少ない。

 今は俺と空太以外には誰もいなかった。

 周りに人がいないことを確認すると、

「それって……」

「空太ならわかるだろ……」

 空太とは幼稚部からの付き合いだ。

 わからないはずがない。

「翠葉ちゃん、狙われてるの?」

「その辺は詳しく話せないけど、備えあれば憂いなしの状態であることは確か」

「そっか。もしかして、朝バックヤードでふたりきりになったのって、そのこと話すためだった?」

「そんなとこ……」

「翠葉ちゃん、平気?」

「話したときは俺が励まされるっていう変な状況だったな。今は少し――色々混乱させてるかもしれない」

 それは、俺がきちんと話せてないから。

 かいつまむようにしか話せていないから。

 司だったらもっとうまく話せただろうか……。

 でも、それは俺が呑み込めなかった。

「わかった。七倉には俺から話すよ。飲食物に関しては徹底するから任せとけ」

「助かる」

「……こういうの、話してもらえて嬉しいよ。おまえ、いつも肝心なところは踏み込ませてくれないからさ」

 話の内容とは裏腹に、カラっとした空太の声と邪気のない笑顔に心が救われる。

「その一発目がこんなんで悪い」

「なーに言ってんだか。内容なんて関係ないだろ? ほら、とっとと図書室戻って藤宮先輩の下僕よろしく働いてこいやっ!」

 バシっと背中を叩かれ、背に走った痛みで気合が入った。

「うっし、がんばってくるか!」

 階段途中で空太と別れ、来た道を戻った。

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