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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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09~10 Side Soju 03話

「蒼樹さんっ」

 クン、と引っ張られたのは袖。

 振り返ったときには服ではなく手を――彼女の両手が俺の手をしっかりと掴んでいた。

「も、もか……?」

「こっち……」

 と、そのまま手を引かれ階段に設けられているゲートまで来ると、桃華は制服のポケットからピンク色のカードケースを取り出した。

 桃華に手を引かれるまま足早に進み、校内よりやや人気の少ない外へ出た。

 手が放された瞬間、桃華は壁伝いにしゃがみこむ。

 桃華は肩で息をし、胸に手を当てていた。

 桃華らしからぬ突飛な行動に戸惑い声をかけようとしたら、

「あのっ」

 桃華がしゃがんだ状態で俺を見上げた。今度はしっかりと目を合わせて。

「嫌とか、そういうのじゃなくて――ただ、ただ恥ずかしかっただけなんですっ」

 目がすごく必死で、嬉しい反面少し申し訳なくなる。

「誤解されたくない」と思ったからこそ、こんなにも必死になって否定してくれているのだろう。

 そう思えば嬉しくないわけがない。

 ただ、そこまで必死にならなくてもいいことで、俺の行動ひとつがそうさせてしまっていることが申し訳ない。

「そっか……でも、やっぱり謝るのは俺のほうかな。ごめん、強引すぎた。俺、少し浮かれてたんだ」

 桃華は高校一年生で俺は院生。

 年の差は秋斗先輩と翠葉とほとんど変わらない。

 うろたえる翠葉を散々見てきたのだから、このくらいは考慮してしかるべきだった。

「カードケース……すごく嬉しくて、使おうと思ってたんです。でも、佐野も翠葉も同じものを持っていて、どうやっても蒼樹さんからいただいたものってわかっちゃうし……」

「……嫌だった?」

「そうじゃないんです……。ただ、言うのが恥ずかしいっていうか……」

 見る見るうちに桃華の白い肌が赤く染まっていく。

「嬉しくてもそれを人に話すのが恥ずかしくて――こんなこと初めてで……。本当は校内巡回が始まったらさりげなく、普通にカードケースを使うつもりだったんです。でも、教室出たら蒼樹さんがいるし、佐野がカードケースの話題にするし……」

 なるほど……タイミングを逃がしちゃったってところかな?

「蒼樹さんも同じカードケースだし……」

 なんだかな……。

 いつもは凛としている桃華がこんなにも顔を真っ赤にしてあれやこれやと言い訳を並べているのがかわいくて仕方がない。

 そんな彼女に上目遣いで見られたら、抱きしめたい衝動に駆られた。

「それに、蒼樹さん……すごく人目引いてるのわかってます?」

 その一言で「衝動」が姿を消す。

「……は?」

「やっぱり……わかってないですよね」

 どうしたことか、視線を逸らした桃華に大きなため息をつかれる。

「確かに視線は感じなくはなかったけど、あれって桃華を見てるんでしょ?」

「……そういうところ、本当に翠葉とそっくりですよねっ!?」

「あ、れ……? 桃華さん、なんで怒ってるの?」

「あのですねっ、校内において私の制服姿なんて珍しくもなんともないんですっ。そんなことよりも、こんなに格好いい人が歩いていたら、女子が気に留めないわけがないじゃないですかっ。今頃、誰の身内かって騒がれてるんですからねっ!? だいたいにして、女子と男子の視線の差くらい気づいてくださいっ。さっきだって私たちが教室から出てきたとき声かけられてたし――」

「……桃華さん?」

「もう、やです……恥ずかしいからこっち見ないでください」

 そう言っては膝を抱えて蹲ってしまう。

「ね、桃華。もう一度訊く。校内を俺と歩くのは嫌? 困る?」

 蹲ってしまった彼女の表情は見えなくとも、サラリ、と前方に動いた髪のおかげでうなじが見える。

 そこは、先ほどの彼女の顔同様、ピンク色に染まっていた。

「や、じゃないです」

「あともうひとつ確認。俺は彼氏面していいのかな?」

「問題ないです」

「手つないで歩いたりとか、許される?」

「……だいじょぶです」

「……じゃ、お姫様。まずはその手に持ってるカードケースを首にかけてもらいましょうか?」

 彼女の手からカードケースを取り上げ、ピンク色した首にかける。

「次はお手を拝借、かな?」

 彼女の手を取りに引き上げると、立ち上がった彼女はまだ顔を赤く染めてはいるものの、さっきよりは目に力があり、幾分かいつもの調子を取り戻していた。

「こんな日でもないと桃華の彼氏って高等部の人間に見せつけられないでしょ?」

 大学の構内カフェではよく会うものの、そこに高等部の生徒が来ることはあまりない。

 したがって、こんな機会でもない限り、自分という存在を誇示することはできないのだ。

「……あぁ、俺、やっぱり桃華は自分の彼女だって誇示したいんだ」

 思ったことを口にすることで考えが明瞭になる。

「何度言ったらわかるんですか? 私は翠葉じゃないのだから、悪いムシくらい自分で撃退できます」

 どこか恨めしそうに見てくる桃華に「違うよ」と訂正を入れる。

「悪いムシがつくつかないじゃないんだ。そこは疑ってないと思う。そうじゃなくてさ、俺が自分の彼女っていうことを人に見せしめたいだけ。自己満足っていうのかな? どう? 俺の彼女かわいいでしょ? って。たぶん、自分の欲求を満たしたいだけ」

「……なんですか? それ」

「……俺たちは年が離れてるから、同じ学校で同じ行事を楽しむってことはまずできないよね? でも、今日なら? 一緒に廊下を歩いて同じものを見て楽しむことができると思わない?」

 以前、高校時代のアルバムを見せたときに桃華が口にした一言が気になっていた。


 ――「当たり前ですけど、ここに私はいないんですよね」。


 普段はリアリストとも言える桃華が、小さく零したその一言が頭から離れなかった。

「だから、仕事中ってわかっていても、この手、放したくないんだけど」

 つないだ手を彼女の顔の高さまで上げて見せる。

 彼女は一瞬目を見開き、すぐに俯いた。

 けれど、その行動に反してつながれた手には力がこめられる。

「問題、ないです」という小さな声とともに。


 そのあと、くまなく校内を回り、色んな人の目に留まったと思う。

 生徒会の対応をするときは手を離したものの、それ以外はどちらからともなく手をつないでいた。

 途中、恩師に会ったりして冷やかされもしたけれど、意外なことに何をどうこう言われることはなかった。

 一巡して戻ってきたとき、桃華たちのクラスのポスターが目に入る。

「そういえば……桃華さん、ウェイトレスの衣装がミニスカとは聞いてませんでしたよ?」

 つい、年下の彼女に敬語を使ってしまう。

「えぇ、言ってませんでしたね」

 すっかりいつもの調子を取り戻した桃華はにこりと微笑む。

 きっと彼女は確信犯。

「だって、話していたら翠葉に着せるなって言ったでしょう?」

 言ったかもしれない。

 いや、桃華にだって着てほしくないと――あれ?

 ……思わないのはどうしてだろう。

「なんですか? 急に難しい顔をして」

「いや、桃華にも着てほしくないかなって考えたんだけど、そうでもなくて……」

 まとまらない自分の考えをそのまま口にすると、桃華は俺を見上げてクスクスと笑った。

「私は翠葉と違いますもの」

「え? あぁ、そうなんだけど……」

 いや、この場合は何が違うというのだろうか。

「つまり、蒼樹さんの言うところの悪いムシが寄ってきたとして、私は自分で退治できますけど、翠葉には無理でしょう? そういうことじゃないですか?」

 それも何が違う気がする……。

 今はロング丈の制服に身を包む桃華をまじまじと見てしまう。

 たとえば、あの衣装ではなくこの制服だったとしても翠葉には不安を覚える。

 その一方、桃華にはそういったものを一切感じない。

「もっと簡単に言うなら、私には隙がなくて翠葉は隙だらけ。だから守ってあげたくなるのでしょう?」

 クスリと笑う桃華は俺よりも上手だった。

 桃華さん、惨敗です……。願わくば――。

「桃華、俺の前では隙を見せてね」

「どうしましょう?」

 艶然とした笑みを浮かべる桃華は、

「どうせなら、隙を作らせるか隙を見出すくらいの意気込みが欲しいところですね」

 くっ、完敗だ。

 そう思っては自分の表情が完全に緩むのを感じた。

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