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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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09~10 Side Soju 01話

 紅葉祭中、大学の駐車場の半分が高等部の保護者枠となるため、今日は徒歩。

 俺は八時半のスタートに間に合うように家を出た。 

 父さんたちは関所が空いた頃を見計らって来ると言っていた。

 自分は藤宮学園関係者用のテントで学生証を提示し、ボディーセンサーゲートを通るだけでパスできる。

 生徒の家族と思われる来場客を横目になだらかな坂を歩くと、校門の前にはすでに長い列ができていた。

 時間になると門はすぐに開かれ列が動き始める。

 門の両脇に並ぶ実行委員から冊子を受け取った直後に携帯が鳴り、ディスプレイを見て不思議に思った。

「唯……?」

『あんちゃん、今どこ?』

「校門を通過したばかりだけど?」

『じゃ、昇降口で待ってる』

「は? 唯、仕事は?」

『なーんかさ、秋斗さんが家族してこいって。家族用の簡易ブレスプレゼントされちゃったよ』

「そっか……。了解、じゃぁ昇降口で」

 通話を切り、ほんのりと色づく桜並木の葉を見ていた。

 あと数日もすれば気温は急激に下がり、葉はきれいに色づくだろう。

 そしたら翠葉は喜ぶんだろうな……。

 学園環状道路を学内バスで遊覧するだけでも十分に見ごたえがある。

 そんな情報は知らないだろうから、学校から帰ってきたら教えてあげよう。


 校舎の前に唯の姿が見えてくる。

 曲がりなりにも仕事として出ていったはずの唯は、朝食のときに見た格好と変わらず、黒い細身のジーパンに半袖と長袖のTシャツを重ね着し、その上にフード付きのジャケットというラフな格好だった。

 足元もショートブーツ。

 まかり間違っても会社勤めをしている人間には見えない。

「何? まじまじと見て」

「いや……その格好で仕事っていうのもどうなのかと思ってさ」

「あぁ、俺、基本的に表に出ないからね。本社に行くときはもう少しちゃんとしてるよ?」

 その答えにこめかみを押さえたくなる。

 秋斗先輩、これでいいのでしょうか……。

「ま、いいか。唯がスーツ着てるほうが浮くかも」

「えぇっ!? 俺、ホテルでは支給されてる制服という名のスーツを着たりするんだよっ!?」

 咄嗟にグレーのスーツを思い出し、頭の中で唯に着せてみる。

 うーん……これは「浮く」というよりは「人目を引く」の間違いかも。

「リィのとこに行く前にちょっと話があるんだけど、いい?」

 唯に服を引っ張られ、昇降口から少し離れた桜並木のもとまで行く。

 思えば、今年の春にはここで翠葉がクラス分けの掲示板を見ているのを見守っていたんだな。

 半年ほど前のことを思い出していると、唯が世間話をするようなノリで話しだした。

「リィが警護対象になった、で意味通じる?」

 一瞬思考が停止しかけ、それでも一拍後には言葉を返せていた。

「警護対象なら前にも一度なったことがあるけど……」

 でも、そのときとは何か違う気がするのは気のせいか……?

 あのときは雅さんという人を警戒して警護対象になった。

 今回は逢坂コーポレーションの人間に目をつけられたかもしれないとは聞いていたが、それだけなら今改めて唯が俺に話すことでもないだろう。

「唯?」

「うん、以前にもあったよね。でも、それとは別。逢坂がどうのっていうのとも少し違うけど、基本的な部分っていうか、根本的な部分は同じかな?」

「……唯、俺は先輩の仕事を手伝うことはあるけど、警備に関して詳しいわけじゃないんだ。できればもう少しわかりやすく話してほしい」

「難しい話じゃないよ。すごく単純明快。リィは藤宮の人間と仲が良すぎるんだ。しかも、女の子だから標的にされやすい。だから、『警護対象』になった。これで意味わかる?」

「わかるようなわからないような……」

「本当はさ、彼ら、誰とも仲良くするつもりなんてないんだ。一族での内部派閥もあるから」

 そう言った唯は、少しだけ寂しそうな顔をした。

「人と深く付き合うことで面倒ごとが増える可能性がある。だから、基本は広く浅くの人付き合いしかしない。けど、リィはもうその一線を越えちゃってるから――」

「わかった……」

 それ以上聞くに耐えず、途中で言葉を遮った。

 翠葉が大丈夫かとかそういうことではなく、藤宮の人間がどう人と付き合ってきたか、という部分において、それ以上を聞きたくなかった。

 今まで秋斗先輩という人と付き合ってきて少なからず気づいていたことだったけど、それをあえて言葉にされるのは結構きつい。

 前に唯が言っていたこと。


 ――「あの人、基本自分はひとりだと思ってるから。俺や蔵元さんを仲間と見てるかも怪しい。俺たちの関係って最初からそんなものだよ」。


 あれはたぶん、藤宮一族のことを知ったうえで口にした言葉だったのだろう。

 そんなことに今さら気づくなんてな……。

「でも、あんちゃんはとっくに秋斗さんが引く線の内側にいたと思う。ただ、あんちゃんは男だからとくに問題がなかっただけ」

 唯に気を遣われた気がした。

 けれども、即座に釘を刺される。

「今も自分が線の向こう側にいると思っているなら、俺がその背中を蹴飛ばすけど?」

 天使の笑顔が靴の裏と一緒にこちらを向く。

「秋斗さんはもう気づいてる。どこに線があって、誰がその線の内側にいるのか……。ちょっと気づくのが遅かっただけだから」

「だから許してあげて」と言われた気がした。

 許すもなにも――怒るに怒れない内容だろ。

「このこと、翠葉は?」

「海斗っちが話したって。で、なんか大丈夫っぽいことも聞いてる」

 それは本当に大丈夫なのだろうか――?

 翠葉の身の安全は守られるだろう。でも、心は……?

「今からリィに会いに行くんだから、実際に目にして確かめたら?」

 俺の不安を見事に的中させた唯は、「ほら行くよ」と再度服を引っ張り昇降口へと向かって歩きだした。


 校舎に入ると壁のあちらこちらに宣伝のポスターが貼ってあった。

 その中で異彩を放つのは背景が真っ黒なポスター。

「あれ、目ぇ引くね」

 唯が指したそれは俺が見ていたものと同じだった。

「リィのクラスでしょ?」

「一年B組って書いてあるな」

 翠葉のクラスのポスターは二通りあるという。

 もし、気づいたら教えてほしいと言われていた。

 両方とも同じ写真だけれど、背景のみが違うらしい。

 ポスターの端にチラシのようなものがぶら下がっていたのでそれを一枚引き抜くと、メニューの詳細が記されていた。

「白い壁に黒じゃ目立つよね。ほかがカラフルなだけに余計浮いて見えるよ」

 きっとそれが目的だったのだろう。

 ほかと違うと意識させたもの勝ち。

 階段を上がるとすぐそこが翠葉たちの教室。

「白と黒でここまで差をつけるとはねぇ」

 唯の言葉に同感だった。

 下の階で見たポスターの背景白バージョンがずら、と横に一面並んでいる。

 そして、写っているものはケーキのみ。

 印字してあるのは「1-B Classical Cafe」の文字だけ。

 ほかの情報は一切載せていない代わりにチラシがそれを補っていた。

 順番待ちの列は長くはなく、俺たちの前に三人並んでいる程度。

 受付では「ただいまの待ち時間十分となっております」と案内され、さらには「クッキーはいかがですか?」と試食用のものを勧められた。

 入り口から教室内を覗き見ると、メイド服を着た翠葉がいた。

 黒いサテン生地はフリルがあしらわれたハイネックで、フリルは胸元にまで続く。

 それに真っ白な表面積少な目のエプロン。

 かわいいといえばかわいい。だが、スカートの丈がえらく短い……。

 誕生日に母さんの勧めで買ってきた黒いワンピースと同じくらいだ。

 それにニーハイソックスとラウンドトゥのストラップつきパンプス。

 露出は少ない、が――そこかしこの男どもの視線が気になって仕方ない。

「リィ、似合ってるじゃん」

 唯の一言に口元が引きつる。

 当たり前だ。翠葉は何を着せてもかわいい。

 でも、問題はそこじゃない……。

 伝票を片手にスカートの裾を押さえる翠葉を桃華が叱り飛ばしていた。

「あんちゃん、ここはちょっと大人になろうか?」

 唯が「落ち着け」と言わんばかりに俺の肩に手を置く。

「お待たせいたしました」

 受付の男子に言われ教室に入るとすぐ翠葉に声をかけた。

 翠葉は俺たちに気づくと笑顔を見せてくれる。

 それと同じタイミングでクラス中の視線を集めてしまった。

 やば――声、大きかったか?

「ったく大人気ない……」

 唯の小声がザクリと胸に突き刺さる。

 翠葉から唯に視線を向けると、

「来たよ来たよ!」

 唯はいつもの調子で歩み寄り、ごく普通に絡み始めた。

 教室内にいる男子はその光景を羨ましげに見ている。

 翠葉が案内してくれた席に座るものの、どうしてもメニューよりも翠葉の格好のほうが気になってしまう。

 何を言うでもなくまじまじと見ていると、

「また、えっらいかわいい格好してるけど、こんな格好してたらあんちゃん、気が気じゃないんじゃない?」

 こいつ、わかってて楽しんでるし……。

 本当に性質が悪い。

「さすがに衣装のことまでは聞いてなかった……」

「蒼兄……うちのカフェ、ケーキは美味しいの。でもね、この衣装にだけは慣れそうにないよ」

 翠葉の苦笑に安堵したのなんて初めてのことだった。

「……慣れなくていいよ。俺は今すぐにでも翠葉にジャージをはかせたい」

 そう言った直後、翠葉の後方から視線を感じた。

 そちらに視線を移すと、翠葉と同じ格好をした桃華がこちらを見ていた。

 彼女はクスリと笑う。

 声を発さない唇が紡いだ言葉は、「心配症」の一言だった――。

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