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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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00~08 Side Akito 02話

 学校へ向かう車の中、若槻がお願いがあると言い出した。

「改まってお願い、なんて言われると、若干構えるんだけど……」

「かまえてもらってるところ大変申し訳ないんですが、そんな大それたお願いじゃないんで」

「ふーん……じゃ、何?」

「自分、学校の子たちに御園生唯芹で自己紹介してるんで、若槻姓を出されると困るんですよね。俺が困るというよりは、リィが困ると思う」

 あぁ、そういうことか……。

「唯、でいいか?」

「OKです。司っちにもそう呼んでもらってるんで」

「わかった」

「ところで、司っちは言えたんでしょうかね?」

「大丈夫だろ」

 そうであってもらわなくては困る――というのは、自分の失態を棚に上げて、ということになるのだろうか。

「ま、司っちだしね。大丈夫か」

 そんな会話をすれば、幼稚部初等部門入り口が見えてくる。

 今日、車で来場する人間は、ここか中等部門入り口からの入場となる。

「これが学園祭の規模かって訊きたいよ……。うちの高校もそれなりの私立だったけど、こんなじゃなかったですよ」

 若――唯は呆れてシートにふんぞり返る。

「ゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆいゆい――」

「いや、連呼されても困るんですけど――最後、『うい』に聞こえたし」

「……言い慣れなくて噛みそうなんだよ」

「いやいやいやいや、言いにくい度数なら若槻のほうが上じゃないですかっ!?」

 徐行しつつ車を進めると、この場の責任者が出てきた。

「お疲れ様です」

「おはようございます。問題はないと思うけど、一応車両チェックだけお願いします」

「かしこまりました。そのままお進みください」

 車両チェックを受けたあとは学園敷地内の環状道路を走り、いつもどおり教職員用の駐車場に向かった。

 車を降りるとき、ドリンクホルダーを見て思い出す。

 各ポイントにある飲食物は、彼女のことは考慮されていない。

 無線を操作し、

「武明、飲み物にミネラルウォーターと果汁一〇〇パーセントのリンゴジュースを追加。これに関しては冷やさないでほしい。主には御園生翠葉用になる」

『了解しました』

「それから、ノンカフェインのお茶。こっちはあたたかいものを用意するように」

『了解しました』

 ステージ下も空調完備されてはいるが、機材を持ち込む都合上、地上よりも温度設定が低めだ。

 彼女にはあたたかい飲み物があったほうがいいだろう。


 仕事部屋に入ると同時、携帯が鳴りだした。

 相手は司。

「話は湊ちゃんから聞いた。悪い、こっちの落ち度だ」

 湊ちゃんも静さんも、俺だけの責任ではないと言うが、それでもここの責任者は俺だ。

『もう動いてくれてるならかまわない』

「司たちが使うポイントに常温のミネラルウォーターや果汁ジュースの用意もしてある。奈落には武明を配置したから、何かあれば武明を使え。武明には五人持たせてある」

『了解。……秋兄』

「何?」

『今回の、別に秋兄だけの落ち度じゃないから。こんなの、俺や海斗だって気づけなくちゃいけないことだった。それから、姉さんも兄さんも、みんなが気づいてしかるべきことだった。今まで何もなかったから良かったようなものの、何かあったら連帯責任だ。俺たちは今まで、こういう事態になるような人間関係を築いてきていない。それが裏目に出たまで』

 俺が何を言う前に司は通話を切った。

「……蔵元ぉ、俺、泣きそうかも」

「本当に泣かないでくださいね。みっともないので」

「おまえ冷たいよ」

「えぇ、もっと冷たくなれるよう鋭意精進を重ねていく所存です」

 にこりと笑顔を返される。

「何、今の電話司っち?」

「そう。どうよ、十七歳の従弟に慰められる二十六歳って」

 唯と蔵元はふたり顔を見合わせ、「情けないですね」と声を揃えた。

「はいはい、情けないです。情けなくてやんなっちゃいます」

 各自パソコンを立ち上げ、あがってきた報告をチェックする。

「問題箇所はなかったようですね」

 蔵元の言葉を聞きつつ、ディスプレイを眺めていると、

「ただ単に、秋斗さんのプランに意見できないだけだったりして」

「それはない」

 俺が即答すると、蔵元が説明を加えた。

「今ここにいる警備員は勤続一年目の社員も含まれてはいるが、皆秋斗様の作ったシュミレーションゲームをクリアしてきた人間だ。緊急の配置換えがあったとして、どこかに穴がないか、それを徹底して探すことを叩き込まれた人間たち。さらには上司が提示したプランに穴があることを見抜けない、指摘できない人間のジョブランクはまず上がらない。ここにいるのはJ5の社員以外、皆Sランク昇段試験前のM5かSランクだ」

 蔵元の言うとおり。

 勤続一年目のジョブランクはジュニアを意味するJランク。

 Jランクは一から十等級に分けられ、五等級のうちにどこへ配属されるのかが決まる。

 即ち、シティホテルか病院、デパートなどの販売店。

 ここへ配属されるJ5の人間は、配属先を決めかねている人間のみ。

 パレスへ配属になるのはマネージャークラスのMランク以上と決まっている。

 Mランクからは一から五等級に分けられるが、通常Jランクの指導にあたるのはM4クラスの人間。が、この学園にいるのはステップアップする可能性があるM5のみ。

 M5の次はスペシャリストクラスのSランク。

 Sランクになると要人警護に就けるようになるが、Sランクも一から五等級までに分かれており、等級ごとに異なる要人警護任務になる。

「……さいでしたか。失礼いたしました」

 普段、本社にも現場にも出ない唯がジョブランクのことを知っているのは、入社させてすぐに内勤ジョブランクのS職試験までをパスさせたからだ。

 もっとも、やれといってS5までの昇段試験をパスできる人間はそうそういない。

 そんな快挙を遂げた人間にチェックさせたプランにミスがあるわけがない。

「一番目ざとい唯に指摘されなかった時点で問題はクリアしたと思っていた」

「はは、俺、もとはハッカーですからね。そりゃもう、穴を見つけるのは得意中の得意です。故意的に壁に穴をあけたりかいくぐったりするのも得意ですけど」

 得意げというよりは、若干引きつり笑いで答える。

 なんでそんな言い方をするんだか。

 前はハッカーでも、今は十分頼りになる部下だというのに。

 そんな唯を見つつデスクの引き出しを開け、数日前に用意していたのものを取り出す。

「唯」

 顔を上げた唯にそれを投げる。と、空中でキャッチした唯が「えっ!?」と俺を見た。

「簡易ブレス」

「見ればわかります」

「それは唯のだ」

「……えっと」

「今日は翠葉ちゃんたちと家族してこい」

 唯は天変地異というような顔で、俺を見ては蔵元と見比べる。

「そんな驚くことか?」

 蔵元に訊くと、

「鬼のような上司がこんなサプライズを用意していたら、私でも思考停止に陥りますね」

「あぁ、そう……。ところで、唯はこの部屋に入るときなんて言って入ったんだ? 司が一緒だったとはいえ、部外者が入れないことは生徒も知っていただろ?」

「それはもう、普通に? 藤宮警備の人間だって話しましたよ? でも、通常は内勤だからこういうところには出入りしないって話してあります」

「なるほどね」

 つい笑みが零れる。

 蒼樹が俺と先輩後輩関係にあり、もうひとりの兄は藤宮警備に勤めていて俺の部下。

 こんな状況はそうそうあることじゃない。

 俺と彼女が知り合いであることが不思議なことではなくなる。

 それが嬉しいような申し訳ないような、どちらとも言えない気分だった。

 彼女のバイタルを遡ってみるものの、際立った乱れは見つからない。

 まだ伝えられていないのか……。

 今はクラスにいる時間のはずだが……。

 悶々としていても、別のウィンドウは着々と色を変えていく。

 今、別のウィンドウに表示されているのは来場者リスト。

 スタートが近づくにつれ、セキュリティチェックが受け終わった人間たちのリストが色を変えていく。

「少し落ち着かれてはいかがですか?」

 蔵元がテーブルにカップを置く。

 それは、俺が彼女用にと買った耐熱ガラスのティーカップだった。

「ラベンダーティーです」

 それだけを言うと、蔵元はダイニングテーブルへと戻る。

 そのカップに口をつけたとき、彼女のバイタルが乱れた。

 いつもなら数値が乱れるたびに嫌なドキドキを味わうわけだけど、今は別の意味で安堵し、そのまた別の意味で不安が生じる。

 必要事項が伝えられたであろうことに対する安堵と、彼女がどう受け止めたか、ということに対しての不安。

 上がった心拍はなかなか落ち着かない。

 けれど、五分もすると落ち着いてきた。そして、再度乱れ始める。

 何が起こっているのか、と個別通信、もしくは電話をかけたい衝動に駆られていると、

「秋斗さん、安心して。リィはこんなことで友達を放棄するほど白状な人間じゃないし、こんなことで逃げ出すほど弱い人間でもない」

「……そう、だな」

「……もうっ、ちょっとちょっとちょっと! 俺の妹を疑っているようだと俺が怒るけどっ!?」

 疑うわけじゃない。

 ただ、こんなことは初めてなんだ。

 司の言うとおりだ。

 俺たちは今までこんな扱いをする人間関係など築いてきたことがない。しかも、「婚約者」でもない人間を「対象」に入れることなど頭になかった。

 俺たちは、そういう人間たちなんだ――。

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