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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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00~08 Side Akito 01話

 今朝早くにやってきた蔵元が朝食を作ってくれ、海斗と三人揃ってダイニングのテーブルに着く。

「相変わらずよくお食べになられますね」

「だって育ち盛りだしっ!」

 にっ、と笑う海斗を満足そうな面持ちで蔵元が見ていた。

「私も作り甲斐があります」

 つまり、俺には作り甲斐がないと言いたいのだろう。

「蔵元さんって、本当になんでもできますよね?」

「そんなことはございません。ひとり暮らしが長いとある程度のことはできるようになるものです」

「秋兄もひとり暮らしは長いけど、ここまで料理はできないよね?」

 俺に振ってくれるな……。

「秋斗様はやればできるのですが、やろうとなさらないだけですよ」

 それ、フォローになってないし……。

「それでも、朝食にコーヒーのみ、という不摂生はおやめになられたのですからすばらしい」

 それ、本音じゃないだろ……。

「そーいや、最近コーヒー飲んでないよね?」

 突っ込まれると面倒だから余計なことは言うな。

 そんな視線を向けると、蔵元はクスリと笑ってキッチンへと向かう。

 逆に、海斗の「疑問」という名の眼差しからは解放されそうにない。

 仕方なくそれらしいことを口にした。

「For a change」

「趣向変え? 気分転換? なんでまた……」

「別に珍しいことでもないだろ? 好きな子が愛飲しているものを飲みたいと思うのなんて」

「……ふーん。相変わらず、そういうことサラッと言うよね?」

「俺はもともとこういう人間だったと思うけど?」

「……蔵元さん、秋兄はどうして機嫌が悪いんだろう」

「なぜでしょうねぇ。ひとまず、カルシウムでも補っていただきましょうか」

 蔵元がコトリ、とテーブルに置いたのはカモミールミルクだった。

 カモミールミルクは彼女がとても好きな飲み物のひとつで、ほんのりと黄色く色づくミルク色に心が和む。

「なんかよくわかんねーけど、俺、もう行くから!」

「気をつけろよ」

「……わかってるって。翠葉のことも任せとけ!」

 一瞬の間はあったものの、海斗は勢いよく席を立ち飛び出していった。

「本当に元気のおよろしいことで。見ているこちらも清々しくなります」

「俺は蔵元の言動に陰鬱な気分になるんだけど」

「それは、ご自分の気質的な問題では?」

 蔵元はしれっとした顔で答えては、食べ終わったプレート類を片付ける作業に入った。

 俺はノートパソコンを開き、彼女のバイタルを眺める。

 その一方、耳に装着したインカムからは学園警備からの報告が逐一上がってきていた。

 今年は海斗と司、湊ちゃんが学園にいるということもあり、例年よりも警備体制が厳重になっている。

 現会長の孫が三人。俺を入れれば四人。

 誰が狙われても不思議はない。

 だから、どんな些細なことでもすべて漏らさず自分まで報告を上げるように、と持ち場ごとの責任者に通達してあった。

「お言葉ですが……」

 気づくと、食器洗いを終えた蔵元がテーブルの脇に立っていた。

「秋斗様、翠葉お嬢様には何もお伝えにならないのですか?」

「どういう――」

 疑問を口にしたが、糸口を差し出されれば蔵元が言わんとすることはすぐに察しがついた。

 そのとき、携帯が鳴りだした。

 動揺を感じながら通話に応じると、聞き慣れた湊ちゃんの声が聞こえてきた。

『秋斗、翠葉の扱いはどうなってる?』

「……悪い。今、蔵元に言われて気づいた」

 今気づいたところで、俺が彼女に説明をする時間は取れない。

『秋斗だけじゃない。朝食のとき、司が気づいたのよ。それまでは私も気づかなかった』

 幾分か落胆した声だった。

『私たち、情けないわね』

 苦笑が漏れ聞こえる。

「湊ちゃん、悪い。今から配置換えをする必要があるから切る」

『そうして。翠葉には司が言うわ』

「連絡、ありがとう」

 どうやら、俺たちは相当暢気に構えていたようだ。

 感覚が麻痺してたとしか思えない。

 彼女自身に、俺たちと関わることの危険性を何ひとつ話してこなかった。

「蔵元……俺、仕事できてない?」

「いえ。今、猛スピードで配置換えをなさっている方の言い分ではないかと」

「そうじゃなくてさ――」

「翠葉お嬢様に対する配慮が欠けていた、という点につきましては、見事なまでに欠けていらっしゃいましたね」

 だよな……。

「それ以前に、今の仕事量に問題があるかと思いますが?」

 それは――藤宮グループと関係のない企業を立ち上げることは自分が決めたことだ。

 仕事量の多さにかまけて彼女に対する防衛が甘くなるようでは意味がない。

「ご自分を責められるのも結構ですが、今は一秒でも早くそれを仕上げてください。配置がが換われば現場の人間の移動があります。その時間を短時間に抑えることが先決でしょう」

「やってる。あと二分」

「余計なことを考えなければあと一分でできますね」

 ごもっとも……。

「唯を呼びます。私もチェックしますが、私より綻びを見つけるのは唯のほうが長けていますから」

 若槻に連絡を入れた直後には新しい配置が出来上がり、蔵元がそのチェックに入った。

 数分後、若槻と一緒に現れたのは静さん。

「自分がいたらないばかりにすみません」

 頭を下げると、悠然とした声が部屋に響く。

「ミスはミスだが、秋斗だけのミスでもないだろう? それに、秋斗たちが気づかなかったところで私が彼女に害が及ぶような事態を見過ごすと思ったのか?」

 え……?

「彼女には武政がつくんだったな」

「はい……」

「ほかにふたりついている」

 その言葉に、俺と蔵元、若槻も絶句した。

 警備会社の人間を動かしたとは思いがたい。だとしたら――。

「私の持ち駒がひとり、会長の持ち駒がひとり。彼女にひとつの危害も許すつもりは毛頭ない」

 持ち駒――つまり、ゼロ課を動かした、か……。

「若槻、私にも配置換えの内容を見せろ」

「イェッサー」

「若槻、いい。静さんはこれを」

 自分のノートパソコンを静さんに向ける。

「エンターキーを押せば指令が下ります」

「その役を預かろう」

 無言で頷き、あとは三人のチェックが済むのを待つ。

 窓際に立つと、見知った姿が三つ。

 海斗と翠葉ちゃん、それから司が二等辺三角形の配置で歩いていた。

 後ろ姿しか見えないが、彼女の頭は右へ左へと動き、周りの景色を堪能していることが見て取れる。

 その先には第一関門があるわけだが、それを見て彼女は何を思うだろう。

 挙句、司から打ち明けられることに何を思うだろう。

 タンッ――エンターキーを押したであろう音に振り返る。

「三人異議なしで指令を下した」

 ならば、すぐに武継たけつぐさんから連絡が入るだろう。

 インカムに意識を集中させると、数分して通信が入った。

 厳戒態勢を敷かれたトリプルAのチャンネルで。

『武継です』

「急な配置換えで現場は混乱していませんか?」

『秋斗様、私たちが普段どれほどの訓練をこなせばその不安は拭えるのでしょうね』

 返される言葉には若干笑いが混じる。

「そうですね……私の不安が拭えるまで訓練していただくことになるかと思います」

『これ以上はご勘弁願いたいものです』

 冗談のような会話はそこまで。すぐに通信の空気が変わる。

『現場には、この程度の配置換えで混乱するものはおりません。秋斗様のプランでしたらチェックなど不要でしょうが、緊急対策のようでしたので、こちらでもチェックを徹底するよう指示を出しました。今から十分以内には全責任者から報告が上がってくるでしょう。……今回の配置換えは司様、海斗様、湊様に対するものではないようですが……?』

「えぇ、遅くなりましたが御園生翠葉対策です。彼女の対策は逢坂の件も含め万全のつもりでいましたが、あってはならないミスがありました。飲食物に関する話を彼女は知りません」

『さようでしたか……。武政に今以上の指示を下すおつもりは?』

「ありません。彼女に専属がついていることを知らせると、要らぬ不安まで与えることになるでしょう。飲食物の説明は司がすることになっています」

『かしこまりました。地上では武政が、地下では武明が全力で警備にあたります』

「よろしくお願いします」

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