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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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03~04 Side Kaito 01話

 秋兄の家を出ると、エレベーターホールに司が立っていた。

 即ち、エレベーター待ち。

「うぃーっす」

 司は振り返りこちらを見たものの、挨拶は返してこない。

 俺を一瞥するとエレベーターへと向き直る。

「おまえさぁ、朝っぱらからその陰気くさい顔なんとかなんないわけっ!?」

 せめて挨拶くらい返せよ。

 ここに真白さんか涼さんがいたらぜってー怒られっぞ?

 なんなら、湊ちゃんか楓くんでもいい。

 俺が司の隣に並ぶと、

「好きでこの顔なわけじゃない」

 言いながら、エレベーターへと乗り込んだ。

 顔以前に表情の問題だと思う、という俺の心の声は届かない。

 一階に着くまで終始無言。

 まぁ、何って午後のイベントがやなんだろうなぁ……。

 ほとんどの生徒はステージに立つ人間も観覧する人間もライブステージを楽しみにしている。

 きっと嫌がってるのは司くらいなものだろう。

 エレベーターを降りると、左の通路から翠葉が歩いてくるのが見えた。

「翠葉、はよっす!」

「海斗くん、おはよう」

 司とは違い、翠葉は穏やかな表情をしていた。

 それが結構意外っていうか、かなり意外。

 もっと緊張してカチコチしてるかと思っていたから。

 そんな翠葉に司が、

「あれから眠れたの?」

 その言葉から察するに、昨日翠葉が学校から帰ったあと、ふたりの間で何かしらのやりとりがあったと見て間違いないだろう。

 なんだよなんだよ、会いに行ったのかっ!? それとも電話? メールっ!?

 好奇心まみれの俺の隣で、翠葉がむっとした顔で司に抗議する。

「ツカサ、朝の挨拶は『おはよう』からだと思う」

 翠葉がこんなふうに人に噛み付くのは司以外にいないと思う。

 ……というよりは、俺は司に対してしているのしか見たことがない。

 対象Xイコール司、そんな感じ。

 翠葉に対しても司は顔色ひとつ変えず、

「……目も赤くないしクマもない。ちゃんと眠れたわけね」

 観察、分析を済ませて結果を口にする。

 翠葉がさらにむっとしたのは言うまでもない。

「昨日は電話切ってからすぐにお薬飲んで寝たもの」

「それは何より」

 ふーん、電話でしたかそうでしたか。しかも、寝る前とかいう時間帯に。

 先にひとり歩きだした司の背を見つつ、

「実は眠れなかったのって司なんじゃねーの?」

 翠葉に小声で話しかけた。すると、

「どうかな? だって、ツカサって何にも動じない気がするよ?」

 きょとんとした顔が俺を見上げる。

「さ、それはどうかな?」

 俺は意味深な笑みを浮かべてエントランスを出た。


 司に限って紅葉祭前夜で眠れなかった、なんてことはないだろう。

 そうとわかっていつつも口元が緩むのは、司の変化が微笑ましくて、だ。

 今まで他人に興味を示さなかった司が、自分以外の人間を気にして電話した、なんてね。

 半年前ならあり得なかったことっだ。

 もっとも、こんなことは翠葉限定なんだろうけれど……。

 それでも、間違いなく司は進化していると思う。

 それと同じように、目を瞠る変化を見せたのは秋兄。

 秋兄も司も、俺からしてみたら近すぎる存在なだけに、複雑な気分になることもあるけれど、こういうのって誰にでも起こり得る状況で、誰にでも等しくめぐってくるチャンスだと思う。

 そのチャンスを有効利用できるかどうかは自分しだい。

 そうでも思わないと、俺が今日やろうとしていることはできることじゃない。

 だから秋兄と司も――今、目の前にあるチャンスは逃すべきじゃないと思う。


 週間天気予報では曇りなんて表示されていた日もあったけど、今日は正真正銘の晴れ。

 雲ひとつない空を見ながら学校までの道を歩いていた。

 司は俺たちの少し前を歩き、翠葉は俺の隣で嬉しそうな顔をして歩いている。

「翠葉、なんだか嬉しそうだな?」

 俺が声をかければ、司も肩越しに振り返る。

 気になるくらいなら一緒に歩けばいいものを……と思うのは俺だけで、翠葉はとくに気にしていないみたいだ。

 その証拠に邪気のない笑顔を向けられる。

「うん、嬉しい」

「紅葉祭だから?」

「それもあるけど、ちょっと違う」

 翠葉は少し恥ずかしそうに笑った。

「あのね、歩く速度で景色を見られるのが好き。風やその季節の温度を肌で感じながら歩くのが好き。好きなものが身の回りに溢れていると幸せだよね?」

 そういえば……最近は学校の行き帰りも、この近距離ですら翠葉は送り迎えつきだったっけ。

 もしかしたら、こうやって外を歩くのは久振りなのかもしれない。

 翠葉は何もない宙に向かって手を伸ばす。

 手を伸ばしたところで何があるわけではない。

 目には見えないものに手を伸ばしたんだ。

 それは、大切なものに触れるような仕草だった。

 さらには前方に広がる景色を眩しそうに見つめる。

 俺や司にとってはなんてことのない景色。

 小さなときから見慣れている景色だけど、翠葉にとっては違うんだよな……。

 そういえば、前にも似たような会話をしたことがあった。

 ……確か、一学期の全国模試の帰り。

 今と同じ、三人で同じ道をマンションへ向かって歩いていたとき、翠葉のペースに合わせて歩いたら、肌に触れるものがいつもと違うと感じた。

 自転車で風を切る感覚ではなく、柔らかな風が自分の髪を舞い上げた。

 風なんていつでも身の回りにあるし、これといって気にするようなものではない。

 意識するとしたら、台風級の強風や突風。何か強烈な印象を受けるものだけだった。

 肌を優しく撫でていく風なんて、そんなの意識したことがなかった。

 翠葉の目は、小さな子が初めての風景を見たときのようにキラキラと映るのだろう。

 拓斗や琴ちゃんの目と似ていると思ったこともある。

 そういうの、変わらないでいてほしいって思ったっけ……。

 確か、司も同じようなことを言っていた気がする。

 そのときと今――。

 記憶があってもなくても、こういう部分は変わらないものなんだな……。

 しょせん、記憶がなくなったところで人の本質は変わらないってことなのか。

 ――いや、きっと翠葉はあと何年経っても、何十年経っても、この感覚を失わずにいる気がする。

 俺が軽く、「そっか」と口にした数秒後、司の声がボソリと聞こえた。

「俺も――ここから見える景色は割と好き」

 翠葉は全行動を停止させた。

 大きな目を見開いて、じっと司の後ろ姿を見ていた。

 驚いたのは翠葉だけじゃなくて俺もだけど、俺には隣にいる翠葉の観察ができる程度の余裕があった。

 きっと、秋兄や司だけじゃない。翠葉も変わり始めている……。

「……それも嬉しい」

 隣から聞こえてきた翠葉の声はとても小さなもので、前を歩く司に聞こえたかはとても怪しい。

 けど、届いていると思いたい。

「あいつ、地獄耳だからたぶん聞こえてるよ」

「聞こえていなくても別にいいの……」

 翠葉は穏やかに笑みを浮かべた。

 俺は翠葉の笑顔と言葉に面食らう。

 翠葉があまりにも自然に笑って、あまりにも自然にこの状況を受け入れてるから。

 なぁ、司……司はいつから翠葉が好きだった? 何をきっかけに恋愛感情に気づいた?

 俺もさ、人のことを言えないくらいに鈍感で、嫉妬とか焦りとかそういうの、つい最近知ったんだ。

 ハードルは高いと思う。でも、いつかはこんな話を司としてみたいとも思うんだ。


 私道入り口に着くと、翠葉は足を止めて文字どおりに固まった。

「話には聞いていたけれど……」

 放心状態に近い感じ。

 まぁね、外部生はびっくりするか……と思わなくもない。

 そこには通常以上の警備体制が敷かれているのだから。

 かといって、これらが特別かというと、そいうわけでもない。

 内容的には普段からやっていることだ。

 外部の人間が学園内に入るとき、これらの検問は必須事項。

 ただ、紅葉祭クラスのイベントともなると、外部から入ってくる人間の数が多いこともあり、それらに対応すべく人員が増強される。

 すると、必然的にこういう事態になる。

 少し行き過ぎ感は否めないものの、保護者からは賞賛されることはあっても批判されることはない。

 なぜなら、そこに通う自分たちの子どもを守るためのものだからだ。

 徹底されていればいるほど評価が上がる。

 なら、外部の人間がどう思うかという話だけれど、クレームを受けた、という話は聞いたことがない。

 それは検問所に詰めているのが藤宮警備であることにも要因がありそうだ。

「秋斗さん、今日はものすごく忙しいのかな……」

 翠葉が不安そうに訊いてきた。

「秋兄? 確かに通常とは違う仕事もしてるだろうけれど、秋兄に限ってそれで忙しく走り回るなんてことはないと思うよ。そういうのは下っ端にがっつりやらせて自分は報告を受けるだけのポジションをキープしてるに違いない」

 基本、秋兄の仕事は開発方面で、ここに仕事場を設けているのは本社での人間付き合いが面倒くさいからだ。

「学園警備責任者」なんて肩書きはあるけれど、そんなのはただのお飾りだ。

 ま、それなりの仕事はしているんだろけれど……。

「秋兄の要領の良さはこういうところで発揮されると思う」

「そうなの?」

 翠葉は不安を拭いきれない目で俺を見る。

「そうそう。秋兄の要領の良さなら司のほうが詳しいんじゃない? 正に身もって痛感してるっていうかさ」

 司に話を振ると、前方から冷たい視線が飛んできた。

 俺から翠葉に視線を移すと、目の温度は一変して「ぬるい」程度になる。

「秋兄は手の抜きどころをえげつないほどに熟知しているし、采配揮うのは趣味みたいなもの」

 その言い方どうなのよ……って思ったけど、間違ってないから否定もフォローもできやしない。

 校門に着けば、実行委員の人間からちらほら声をかけられる。

 その挨拶に翠葉は、「おはようございます」と自然な笑顔で答えていた。

 たったそれだけの変化に嬉しくなる。

 クラスだけではなく、学校自体に馴染み出した翠葉を見て、「あぁ、変わったな」と思えるから。

 この紅葉祭を通して、実行委員やクラス委員の人間とはかなり話せるようになったんじゃないだろうか。

 なんか、アレですね。子どもの成長を見守る親ってこんな感じなのかな、ってちょっと思う。

 ……そこに、自分の両親を重ねられないのはどうしてだろう。

 こんな場面では真白さんの顔が浮かんじゃう俺は親不孝者?

 両親といえば……今日、来るのかな? 昨日は藤山の家に帰ってないからわからないや。

 でも、来るような気はしている。

 だって、秋兄が見合いを断りまくっている理由なんて察しがついているだろうし、だとしたら、その相手を見に来ないわけがない。

 興味津々で、ふたり仲良く手をつないで来そうなものだ。

 翠葉さん……あなた、今日は色んな人の目に留まることになるんじゃね?

 ま、客寄せパンダ的に貢献してもらおうじゃないの。

 そのほかの危険からは全力で守るから、翠葉、おまえは今日も明日もただ楽しめばいい。

 こうやって楽しい思い出を増やしていこうよ。

 俺たちみんなと一緒にさ――。

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