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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
55/110

55話

 理美ちゃんは真っ直ぐサザナミくんを見て歌う。

 ……理美ちゃんは、サザナミくんが好きなのね。

 訊かなくてもわかる。きっと周りの人もみんな知っているのだ。

 冷やかしの声が混じるものの、あたたかい目で見守る人が多数いた。

 歌い終わるとそれまでの雰囲気はどこへやら。

「千里っ! 点数はっ!?」

 理美ちゃんがマイクを向けて尋ねると、

「惜しいな、九十八点」

 その直後、歌詞が表示されていたディスプレイに九十八点という数字が出た。

「もーーーっっっ! こんなに練習して心こめて歌ってるのになんで百点が出ないのっ!?」

 理美ちゃんが悔しそうに地団太を踏むと、美乃里ちゃんが肩をトントンと叩いて宥めていた。

「じゃ、俺も歌おっかなー? 割り込みごめんっ! ってことで福山いっきまーす!」

「またそれかよー。千里が歌うの古い曲多すぎ」

「仕方ねーじゃん。母ちゃんがファンでガキの頃から歌わされてるんだから。でも、古くてもいい曲はいい! それに、俺が流行の曲を歌ったら、おまえら何も歌えなくなるよ?」

 サザナミくんが不敵に笑みを浮かべると、佐野くんが「一理ある」と口にした。

 どうやら、「カラオケ屋の息子」というだけのことはあるらしく、なんの曲でもそつなく歌えてしまうらしい。だから、みんなが集るときは古い曲をチョイスして歌うのだとか……。

「御園生さんって少し茜ちゃんに似てるよ。音楽になると関心の度合いが上がるっぽい。御園生さんに歌うから、ちゃんと聴いててよね。とくに歌詞を」

 そう言うと、サザナミくんはマイクを手に持った。

 スピーカーからはノリのいい軽快な前奏が流れ出す。

 曲は福山雅治さんの「Message」。

 知らない曲だけれど、とても耳馴染みのいい曲だった。

 いつもは体育会系でサバサバと話すサザナミくんは、歌を歌い始めた途端に甘い声になる。

 女の子たちが色めき立つのも頷けた。

 ところどころで笑いが起きているのはどうしてだろう。

 不思議に思っていると、桃華さんが耳元で教えてくれる。

「今度、オリジナルを聞いてみるといいわ。声がそっくりだから」

 サザナミくんの声はそのアーティストの声にとても似ているらしく、ところどころモノマネをしているのだとか……。

 それでも、真面目に歌い始めると真横で視線を逸らさずに歌われるから困る。

 視線にも歌にも歌詞にも、すべてに困ってしまう。

 歌い終わると、サザナミくんがぐっと近くに顔を寄せた。

「……って、今の歌詞みたいに思っている人がすぐ側にいるんじゃないの? たとえば藤宮先輩とか?」

 一気に顔が熱を持つ。

 そんな私をクスリと笑うと近づけた顔を離し、部屋の一箇所へ向かって声を発した。

 マイクを使って声を発するから、室内の誰もが声をかけた先に目を向ける。

「理美っ、そんなところで寝るくらいなら上に行って寝ろよ」

 理美ちゃんの近くにいた男子が、

「いや、もうそんな余力もなさげ」

「しゃぁねぇなぁ……」

 サザナミくんは携帯を取り出し、

「あー、おばちゃん? 俺だけど、理美、エネルギー切れで寝ちゃったから上に運んでおく。――えー? 家まで連れていくの面倒。とりあえずリビングに転がしておく。明日休みだし問題ないだろ?」

 携帯を切ると、サザナミくんが理美ちゃんを抱え上げた。

「千里、どさくさに紛れて襲うなっ!」

「っつーか、こいつに手を出したら終わりじゃん?」

 サザナミくんはにっ、と笑って部屋を出ていった。

 サザナミくんが立ったあと、知らない男子が席を詰めた。

「姫も何か歌おうよ」

 そう言われても困る。

「昨日ステージで歌ってた曲でもいいし」

 そうは言われても歌える気はしないし、愛想笑いもできないくらいに身体が硬直を始めていた。

 平気な人とだめな人がいる。

 身体が触れていなくても近くにこ来られるだけで身体が拒否する人とそうでない人。

 何が違うのかはわからないけれど、それ以上近くに来ないで、と身体が逃げる。

 どうしよう――。

 ぎゅ、と目を瞑ったとき、私の隣にピタリと身を寄せていた男子が急に立ち上がった。

 その行動に驚き顔を上げると、ドアを開けてツカサが入ってきたところだった。

 ツカサは近くまで来ると、

「わざわざ席を空けてくれてありがとう」

 男子は慌てて部屋から出ていった。

「あんた来るの遅いのよ」

 そう言ったのは、私の右隣にいる桃華さん。

「俺がいなくても簾条がいれば問題ないだろ?」

「私は言葉にして威嚇する必要があるけれど、あんたなら姿形、名前だけで十分でしょ? そのほうが手間が省けて楽よ」

 曲と曲の間。その束の間の静寂に、ふたりはそんな言葉を交わした。

 特別なことは何もない。隣にツカサが座っただけ。

 ただそれだけなのに、私の身体は強張りが解けていく。

 代わりに、心臓の駆け足が始まった。

 ドキドキが止まらなくなりそうで、ぎゅ、と胸を押さえる。

 何か話さなくちゃ、と思えば思うほどに会話の内容が思いつかなくて、目についた携帯を話題にした。

「つ、ツカサっ、携帯っ」

 カラオケの大音量の中で会話をしようとすると、その人の耳元で話すか大声を出さなくてはいけない。

 私はその後者を選んだ。けど、自分で自分の声が聞こえないくらいの音量にしかならなかった。

「何?」と問い返されると思った。でも、ツカサはその手に私の携帯を持っている。

 聞こえ、たの……?

 不思議に思っていると、動かない私の代わりにツカサが携帯を交換した。

 反射的に、「ありがとう」とまるで伝わらない声を発すると、ツカサの唇が「どういたしまして」と動いた気がした。

 さっきの出来事を思い出すと心臓が壊れてしまいそうで、ツカサに悟られる前に席を立とうと思った。

 咄嗟に立ち上がると、両手が後ろへ引かれて元の位置へ腰を下ろす羽目になる。

 ツカサと桃華さんが同時に手を引っ張ったのだ。

 ふたりを交互に見ると、同じような笑顔を向けられる。

「何、急に立ち上がってるのかしら?」と言いたそうな桃華さんに、「翠の頭には学習能力が備わっていないのか?」とでも言いたそうなツカサ。

 ツカサの方は音声にすると、もっとあれこれ追加される気がした。

 桃華さん側の右手はなんともないのに、左側のツカサが掴んでいる場所がひどく熱く感じる。

 部屋自体が暑いのか、顔も身体も全身が熱い気がして、「お水を買ってくるっ」と今度は理由を告げてからゆっくりと立ち上がった。

 コインケースだけを手にして個室を出ると、通路のところどころに藤宮の生徒がいた。

 その人の多さにびっくりしつつ、自販機でミネラルウォーターを買う。

 ガコンと出てきたそれを手に取ると、

「御園生さん、うちのボックス来てよ」

 知らない人に手を取られ、咄嗟に手を引っ込める。

「あのっ、すみません……。私、暑いから――だから、外で涼んできますっ」

 ちょうど自販機脇にあるエレベーターが開いたので、上に行くのか下に行くのかも確認せずに乗り込んだ。

 幸い、エレベーターには誰も乗っておらず、行き先は一階となっていた。


 一階は一階で混雑していたけれど、三階に比べると人は少ないように思えた。

 早足でフロアを突っ切り、外に出てほっと一息つく。

 建物の外には花壇があり、その縁に腰掛けミネラルウォーターを口にする。

 冷たい液体が食道を通り、胃に落ちるまでのすべてを感じることができた。

 ここのところ、朝と夜はぐっと冷えるようになった。でも、今はその寒さすら心地よく思える。

 身体の火照ったような感じはだいぶ緩和されたものの、重だるい感じは抜けない。

 滋養強壮剤は万能薬じゃない。ただ、少しだけ時間の猶予をくれるもの。

「時間切れまであとどのくらいだろう……」

 そう口にしたとき、背後から声が降ってきた。

「どのくらいというよりは、すでに時間切れじゃない?」

「つ、ツカサっ!?」

 私は咄嗟に振り返り、顔を手で押さえる。

「何慌ててるんだか……」

「だって、なんか顔が熱い気がするから」

「それ、微熱だから」

「え……?」

「バイタル、見てみれば? 俺が最後に見たときは三十七度五分だったけど?」

 ポケットから取り出した携帯を見ると、そこには三十七度六分と表示されていた。

「今、簾条がかばん持ってくるから」

 ツカサはいつもと変わらず淡々と述べる。

 まるで、さっきのやりとりなど何もなかったかのように。

 あれは夢で、実は何もなかったのかな、と思い始める自分がいた。

 そこに桃華さんがかばんをふたつ持って出てくる。

「はい、翠葉の分とあんたの」

 桃華さんはふたつのかばんをツカサに押し付けた。

「どうしてツカサの分も……?」

「俺も帰るから」

「せっかく来たのに……?」

「来たくて来たわけじゃない。……とりあえず、選択肢はふたつ。御園生さんたちに連絡を入れて迎えに来てもらうか、俺と三〇〇メートルの坂道を上るか」

 私は何を考えるでもなく、「歩く」と答えていた。

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