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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
54/110

54話

「不思議そうな顔してるね?」

 秋斗さんは笑いながら、ロッカーから出るのに手を貸してくれた。

「さすがに誰もが地下道を使えたら警備上まずいからね。入り口にはすべて鍵がかけられているんだ。中から開錠する方法もあるけど、今回は俺がお出迎え」

 私はごく当たり前のことに納得する。

 今通ってきた地下道を見る限りでは、学校の下をかなり細かく網羅しているように思えた。

 きっと、ひとりで歩いたら迷子になるに違いない。嵐子先輩ですら、メモを片手にその道を進んできたのだから。

「実は、奈落から図書棟以外の地下道を通るのは私も初めてだったんだ」

「え?」

 嵐子先輩の言葉にびっくりしていると、

「通常、生徒は地下道を使えない仕様なんだ」

「司がインカムで会長と朝陽に通信を入れてきたの。翠葉を地上から図書棟へ戻すのは難しいから地下道を使えって。こっちに連絡きたときにはすでに秋斗先生と湊先生に連絡済みだったみたい。司は相変わらず頭の回転がいいわ」

 ケラケラと笑う嵐子先輩を見つつ、ツカサの行動を思い出す。

 そういえば、校舎裏へ入ったとき誰かに通信を入れていた。

 あのとき、私のインカムには何も流れなかった。ということは、ツカサが個別通信を使っていた可能性が高い。

 そんなことを考えていると、

「手、冷たいね。図書室に暖房入れてあるから早く戻ろう」

 気づけば秋斗さんに手を取られ、エレベーターへ乗るよう促された。


 図書室へ入ると、

「こちら嵐子! 無事、図書室に到着です」

『ぴったり六時半っ! よっし、じゃ、嵐ちゃん放送入れてー』

「了解です!」

 嵐子先輩はすぐに放送ブースへ入った。

『六時半になりましたのでゲーム終了です! 姫は図書棟に無事帰還っ! 王子は最後まで逃げ切りました! 今回の鬼ごっこ大会は生徒会チームの勝ちです! 全校生徒の皆さん、昨日今日とお疲れ様でした! 今から三十分後には完全下校ですので、ご協力をお願いいたします。生徒会役員二年書記、荒川嵐子でした!』

 放送が流れる中、私は秋斗さんとお話をしていた。

「着替えたらすぐに帰る? マンションまで送るよ」

 秋斗さんはにこりと柔らかに微笑む。

「あの、このあと打ち上げというものがあるみたいで……」

「翠葉ちゃん、行くの?」

 少し驚いたような顔をされた。

「行くつもりはなかったのですが、お父さんが行っておいでって……。帰りは家族の誰かが迎えにきてくれることになっています」

「そっか……。そうだね、最後まで楽しんでおいで」

 そう言うと、大きな優しい手が頭に置かれた。その手はすぐに離れ、秋斗さんは嵐子先輩に声をかける。

「嵐子ちゃん、俺帰るから、司に戸締りよろしくって伝えてね」

 秋斗さんはそのまま図書室を出ていった。

 背中が寂しく見えたのは気のせい……かな。


 着替えを済ませると、ツカサ以外のみんなが揃って図書棟を出た。

 ツカサは戸締りをしてから出ると言い、私たちを先に出したのだ。

 どうやら、このメンバーはみんなサザナミくんのお母さんが経営しているカラオケボックス組らしい。

「ま、全校生徒は収容できないけど、四分の一くらいは入れるんじゃない?」

 そう言ったのはサザナミくん。

 今日は七時から藤宮の生徒による予約で埋まっているのだとか……。

 学校の私道から公道へ出ると、藤倉市街へ続く道は緩やかな下り坂となっている。

 その坂を二〇〇メートルほど下ったところにあるカラオケボックスまで、藤宮の生徒がゾロゾロと列を連ねていた。

 その様は、まるで小学校の集団下校のよう。ある意味壮観だ。

 言葉を失っていると、

「こんな光景、大きなイベントがあるときしか見られないわ」

 桃華さんがクスリと笑った。

 カラオケボックスは五階建てで、地下には茜先輩がいつも練習しているスタジオがあるとのこと。

 一階から三階までがカラオケボックスの個室で、各階にはダーツやビリヤード台なども設けられている。

 建物内の照明は蛍光灯の青っぽい光ではなく、オレンジ色の照明が使われていた。

 通路は等間隔にスポットライトが埋め込まれていてかなり明るい。けれど、それぞれの個室は外から見ると真っ暗に見えた。

 加えて、ダーツやビリヤード台が設置されているところは仄暗い照明になっている。

 脇にカウンターがあり、お酒のボトルが置いてあるところを見ると、大人の人が集う場所なのかもしれない。

「翠葉、キョロキョロしっぱなし」

 飛鳥ちゃんに言われて白状する。

「あのね、カラオケボックスに来るのが初めてなの」

 周りにいた人たちに驚かれたけど、「まぁ、翠葉だしね」の一言で片付けられた。

「あの……優太先輩、ツカサも――ツカサもここに来るんですか?」

 一番最後に図書室へ戻ってきたツカサは、十月末だというのに汗をびっしりとかいていた。

 全校生徒から逃げるためにそれだけ走ったのだろう。

 私は、そんなツカサに声をかけることもなく図書室を出てしまったのだ。

「うーん……それ、すっごく難しいな。そもそも、今までこういうのに司が来たことってないんだよね」

 思い切り苦笑いだった。

 でも、優太先輩が言うのもわからなくはない。ツカサはきっと、こういうお祭り騒ぎは好まない。

 人が大勢いるところを好みそうにない。ましてや学校外ならなおのこと……。

「残念?」

「いえ……残念というよりは納得したというか……」

「そっか。電話してみたら?」

「あ――」

 携帯取り替えたまま……。

 さすがに今日は返さないといけない気がする。

 紅葉祭が終わればツカサは実家へ帰るようになるだろうし……。

 ただの携帯――そうは思うのに、昨日から携帯がただの携帯に思えなくて、どうにも次の行動には移せそうになかった。

「翠葉ちゃんっ! B組はうちのクラスと合同だよー!」

 ポケットの中にある携帯を握りしめ悩んでいると、美乃里ちゃんに声をかけられた。

 カラオケボックスには広さが色々とあるみたいで、うちのクラスが使う部屋はとても広くA組と合同らしい。

 どうやら、美乃里ちゃんがうちのクラスとB組の予約をまとめてとってくれたことからそうなったのだとか。

 案内された個室はそれ相応に広く、当然のことながら、半数が私の知らない人だった。

 お腹が空いた人は個室を出て食べ物をオーダーする。そして、届いたものは各フロアにある飲食スペースで食べることになっていた。

 あとで聞いた話だと、そこは本来飲食スペースというというわけではなく、ダーツやビリヤードをする人が使うスペースらしい。

「本当はさ、ボックスの中でも食えるんだけど、この人数でこの盛り上がりっぷりでしょ? 零した何したってなると後片付けが大変だたからさ、とりあえず外で食わせるようにした」

 サザナミくんの説明に納得してしまう。

 確かに、みんながみんなヒートアップしていて、テンションはマックスを振り切りそうな勢いだ。

 そんな中で気後れせずにいられたのは、隣に桃華さんがいたからだと思う。

 桃華さんはひとり涼しい顔をして、

「みんな体力の底がないのかしら?」

 零しながらアイスティーを飲んでいた。

 飛鳥ちゃんも海斗くんもヒートアップ組に加勢しており、あの佐野くんすら見事にはじけていた。

 ほかの個室がどうかはわからないけれど、私たちのいる個室は人の出入りが多い気がする。

「気がする」の理由は、半数以上が知らない人だから。

 クラスメイト以外の人で私が認識できるのは、紅葉祭の準備で接点のあった人のみ。

 その唯一接点があった人たちが、入れ替わり立ち代りで入ってくることで、「あれ?」と思ったのだ。

「出た! 理美の十八番っ! 玉砕曲っ!」

 イントロが流れ始めた途端に周りが騒ぎ出す。

 隣に座るサザナミくんは、「懲りねえやつ」と小さく漏らす。

 理美ちゃんはサザナミくんを指差し、

「今日こそ百点目指すんだからねっ!」

 それまでは元気のいい曲ばかりを歌ってきた理美ちゃんはバラードを歌い始めた。

 歌い出しの歌詞に、声に、すべてを持っていかれそうになるほどの衝撃を受ける。

 曲は、DREAMS COME TRUEの「LOVE LOVE LOVE」。

 すごく上手で、いつも元気な理美ちゃんがとても切なそうな顔をして歌うから、私はその何もかもに釘付けになった――。

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