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光のもとでⅠ 第十三章 紅葉祭  作者: 葉野りるは
本編
50/110

50話

「じゃ、翠葉はこれに着替えよっか?」

 嵐子先輩に渡されたのは水色のワンピースと白いエプロン。それに水色のリボンが追加された。

「翠葉は不思議の国のアリスになってね? 因みに、茜先輩は赤ずきんちゃんだから」

 後夜祭は仮装パーティーという別名を持っている。ゆえに、みんな制服から衣装へ着替えるのだ。

 私たち女子は書架の奥で着替え男子たちが着替えていたテーブルの方へ行くと、みんなの仮装にちょっとびっくりする。

 学校の学園祭とは思えない完成度の高さなのだ。

 桃華さんは不思議の国のアリスに出てくるハートの女王で、嵐子先輩は「スリーピングビューティー!」と言っていたので眠れる森の美女だろう。

「嵐子ちゃんは薬を盛っても眠ってくれそうにないよね」

 と言ったのは朝陽先輩。

 朝陽先輩は演劇部の人たちと三銃士をやるとかで、剣を携えていた。

 優太先輩は嵐子先輩に合わせて王子様の格好。

 爽やかな優太先輩にぴったりで、嵐子先輩とふたり並ぶと本当の王子様とお姫様みたいに見えた。

 久先輩は茜先輩に合わせたのだろうか。

 頭には狼の耳をつけたカチューシャをつけ、アームウォーマーは毛むくじゃらのもこもこ。ちゃんとお尻あたりから尻尾を生やしているのだけど、なんというかかわいくてたまらない狼さんだ。

 そんな久先輩をかわいいと思っているのは私だけではなく、茜先輩もとても嬉しそうにじゃれついていた。

 赤ずきんちゃんに「かわいいかわいい」と言われる狼さんな時点で、色々と話が成り立たない気がするけれど……。

 気を取り直して海斗くんに目を向けると、アラビアンナイトの格好だった。

 ひとり半袖で寒くないのかな、と思っていたけれど、本人は全くそんな素振りを見せない。

 これで飛鳥ちゃんがジャスミンの格好なら完璧――と思ったけれど、ジャスミンの格好はどう考えても寒い……。

 そんなことを考えていると、ひとりだけ毛色の違う格好をしている人がいた。

 顔が見えないので誰とは特定できないけれど、背格好や今のメンバーから引き算をするとサザナミくん。

 サザナミくんはジャックオウランタンの様相をしていた。

 あの、お化けカボチャの被り物をしているため、顔が見えないのだ。

 どうやら、海斗くんとジャンケンで負けてその格好になったのだとか……。

 あとひとり――すぐにでも見たくて、でも、見るのが怖くて見れない人がいる。

 それはツカサ。

 じっくり見てしまったら間違いなく赤面してしまう。

 だから、見ないように見ないように、と思っていたのに、結局は目に入ってしまうのだ。黒いマントを羽織ったその姿が――。

 ツカサは吸血鬼の格好をさせられていた。

 間違いなく、自分で選んだわけではなく、誰かに衣装を押し付けられてその格好になったのだと思う。

 生徒会メンバーの衣装はほとんど嵐子先輩が用意してくれたので、きっと押し付けたのは嵐子先輩だろう。

 黒いマントに身を包むツカサはとても格好良くて、どうしてこんなに黒が似合うのか、と考えてしまう。しかも、しっかりと牙までつけさせられていて、不機嫌な表情が余計にしっくりと馴染む。

 もうすでに陽は沈みきっているため、西日が当たって顔が赤く見えるといういい訳は使えない。

 だから、ここより断然暗い外灯のみが灯る外へ出たかった。

「も、桃華さんっ、校庭へ行こうっ?」

 私は桃華さんのドレスを引っ張って走り出した。

「翠葉っ!?」

 外へ出ると空気が冷たくて気持ちよかった。

 とくに、火照った顔にはちょうどいい。

 早く冷めて、と冷気に願う。

「どうかしたの?」

「どうもしないんだけど……」

「どうもしなかったらこんな行動は取らないでしょう?」

「――ツカサが……」

「え?」

「ツカサが格好良すぎて困るの……」

「……ごめん、もう一度お願い」

 小さい私の声は、周囲の音に消されてしまうらしい。

 だから、桃華さんの耳元で同じことを口にした。

 桃華さんは絶句して私の顔を見る。

 桃華さんにまじまじと見られて恥ずかしくなった私は、

「もともと格好いいのは知っていたのっ。知ってたんだけどねっ?」

 ……もう、やだ。

 いったいこれがなんの言い訳になるのだろう。

 うな垂れていると、

「そう……そうなのね」

 どうしてか、桃華さんは満足そうに微笑んだ。

 そして、何を思ったのか「藤宮司っ」とツカサを呼んでしまう。

 私はぎょっとして、ツカサは呼びつけられたことに眉をひそめてやってきた。

 風になびくマントがバサバサと音を立てる。

 私は桃華さんの影に隠れ、身を縮めていた。

 そして、はたと思う。

 こういうのも避けているうちに入るのだろうか……。

「姫のエスコートは王子でしょ?」

 桃華さんは、私の手を掴みツカサに差し出した。私はその手を瞬時に引っ込める。

「……っていうかそれ、アリスっぽいけど?」

「そうね。あんたも吸血鬼だし。……間違っても翠葉の血とか吸わないようにね?」

 桃華さんはクスリと笑い、ひとり校庭へ向かってカツカツと歩きだしてしまった。

 あとから出てきたはずの先輩たちも、図書棟脇の階段から一階へ下りたあとだった。

「……今日も俺を避けるつもり? そういうのだけはやめてほしいって言ったはずだけど」

「ち、違うのっ」

「何がどう違うのか教えてくれないか?」

 ツカサが一歩近づくと、後ろに一歩下がる自分がいた。

「翠……俺は昨日のほかに何をした?」

 訊かれても困る。だって、本当に何もないのだから。

「あの――あのねっ、昨日も言ったんだけど……。ツカサが、ツカサが格好良くて困ってるだけっっっ」

 目を瞑り、勇気を振り絞って口にした。

 別に「好き」と言ったわけではなく、ただ「格好いい」と言っただけなのに、どうしてこんなに心臓がバクバクいうのだろう。

「だからさ……」

「わかってるよっ。そんな短時間で顔は変わらないとか言うのでしょっ!? でも、服装が違うんだからっ」

 もう、自分が何を言っているのかすらわかっていない。

「翠、どれだけこの顔が好きなわけ?」

「え……? それは、ものすごく……。ど真ん中ストライクくらい……?」

 ツカサは深いため息をつくと、

「じゃぁ――翠がかわいくて直視できない。かわいくて困る」

 え……?

「……って、俺がそう言って翠を避けたらどうする?」

 ……すごく嫌なたとえ話だ。

 真顔で言うから一瞬本気にしそうになって、これ以上赤くなりようがない顔は汗をかき始めるんじゃないかと思った。

「意地悪……。そんなこと思ってないなくせに」

 自分で言っていて、胸に小さな槍をチクチクと刺している気がした。

「……思っているかもしれないだろ?」

 真面目な顔をして言うから性質が悪い。

「ツカサの意地悪っっっ」

「俺を避ける翠が悪い」

 ピシャリと言い返されたあと、

「ほら、手……」

 右手を差し出されて私は悩んだ。

「何を悩むのか訊きたいんだけど……」

 そんなの決まってる……。

「ツカサの好きな人が見たら誤解するかもしれない。それは嫌でしょう?」

「あぁ……そんなこと」

「そんなことってっ!?」

「やけにくだらない理由だと思って」

「くだらなくないでしょうっ!?」

「くだらないな。誤解したなら解けばいいだけだ。だいたいにして、今現在、根本的なところを誤解されているからなんの問題もない。本当にあり得ない誤解をするバカなんだ」

 ずいぶんとひどい言われようだけど、それでもその人のことが好きなんだな、ということはわかるし、「バカ」と言う言葉にすら優しさがこめられている気がした。突き放す言い方には聞こえなかった。

 痛いな……。ツカサの口から直接好きな人の話を聞くのはすごくつらい。

 自分から話を振ったようなものなのに、まるで傷に塩を塗るような行為をしているとしか思えない。

「それを言うなら翠も、か。いや、実のところは俺じゃなくて翠が困るからなんじゃないの?」

「え……?」

「翠だって好きなやつがいるだろ?」

 っ……ツカサにも好きな人がいるって気づかれているのっ!?

 昨日、挙動不審な行動をしていたから?

 ツカサを好きなことまで気づかれていたらどうしようっ!?

「そいつに勘違いされるのは困るから、だからこの手を取らない?」

 え――?

「そのほうが手を取らない理由としてはしっくりくるな」

 ツカサが出した手を下げようとした瞬間、

「やっ――」

 思わず、ツカサの手を両手で掴む。

「……何、本当になんなわけ?」

「……なんでもない。ツカサが、ツカサが困らないのなら、手、つなぎたい……」

「そのほうがいいと思う。校庭まで距離があるし、ランタンの光を演出するためにあまり外灯をつけてないから。ランタンに気を取られて足元の注意が疎かになる翠は何かに掴まっていたほうが安全」

 う゛……。

 注意力散漫、という指摘に返せる言葉は持ち合わせていない。

 でも、私の好きな人がツカサだということは気づかれていないみたい。

 なんだかとても心臓に悪いけど、とりあえずのところはほっとしていいのかな……?

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